徳山ダム建設中止を求める会・事務局ホームページ



上田武夫(徳山ダム建設中止を求める会 代表)発表要旨


三ツ星鷹(イヌワシの幼鳥)の舞う聖地・徳山

・・・ 健全な生態系の要は生物多様性を保全するにある ・・・

☆ クマタカ衰弱死・イヌワシ危うし
 徳山ダムの工事現場、6月26日にクマタカが保護された。体長70aほどで、一見雄かと想われたが雌であった。病院で手当てを受けたが、7月1日に飢餓による衰弱死に至った。このクマタカ発見当時すでに衰弱して林道にうつぶせになっていた。衰弱死したクマタカは継続観察中の9組の番(つが)いのクマタカではなく、「フローター」であるとして記録には残すが、追跡調査はしないという。しかし、徳山は大型猛禽(きん)類の生息状況が複雑に入り組んでおり、イヌワシ5番い、クマタカ17番い(工事関連区域内にイヌワシ2番い、クマタカ9番い)の行動範囲が重なり合っている。フローターとして片付けられてしまうことには問題がある。精度の高い調査をしてこそ保全策が立てられるわけで、その必要性が求められる。湖岸道路をトンネル化することによって、大いに環境に配慮したと宣伝しているが、今、生息しているペアの巣に対する対症療法をしているにすぎない。「ありのまま残そう大作戦」も名目倒れである。1,010億円の事業費増額分のうち、200億円を充てるというが、費用対効果を考えると見合っていない。このまま工事を進めていけば、自然環境はますます悪化し、イヌワシ、クマタカが頼りにしている谷の地形、植生、餌動物などが繋がり合っている生息・繁殖環境をダムの底に沈めてしまうことになる。
環境に配慮して工事を進めると言い募っているが、先日(11月3日)に当会のホームページに、匿名の投書が寄せられた。「私は、今徳山ダムの下請け作業員です。粉塵を撒き散らして走るダンプ、違法燃料(重油)で真っ黒な排気、これが環境を守って造るダムか。野生のサル、シカ、ウサギなどダンプにひかれても知らん顔。最低だ。何が環境保全だ。破壊しまくってる」――。現場で働いている人がこのように告発するほど、凄まじい工事の進め方をしている。水機構は「ここまで出来てしまっているから仕方がない」という既成事実をつくるために、なりふり構わぬ突貫工事を強行している。昼夜兼行作業の夜間照明が、周囲の自然環境に重大な影響を与えているのが現状である。

☆ 『温かい無視』による共存/"小原秀雄"説
 人間が知っている生物は200万種、知らない種はその数十倍ともみられている。野生の鳥やけものは、個体数が発達、個体や群れを生活単位として、自然の生態系内に種の世界(種社会)を形づくり、他の生物と食物連鎖の関係を結ぶなどして、地域の野生生物「界」を構成している。こうした種の成果Tが維持され、生物界の進化史を築いてきた。生物多様性とは個体、種、地域ごとの生物の多様さを表すものなのである。
 生物多様性保全の重要性は「生物多様性条約」と呼ばれる国際条約によって認識されて、世界の180ヵ国以上が締約国であり、日本も93年に締約国となっている。これを受けて生物多様性を守るために具体的にどのような政策を展開するのか、02年3月に決定された「新・生物多様性国家戦略」に詳しく述べられている。その基本方針は生物多様性が確保された自然を保全することとなっている。今や、生物多様性の保全に配慮した暮らしが魅力となるような、新しい価値創造の可能性を探る必要に立たされているのである。
 10月10日に佐渡のトキ(キン)が死んだ。推定36才。これで日本で生まれ、繁殖して連綿と続いてきたトキの系統は絶滅し、地域の生物多様性は失われたのである。
 イヌワシ、クマタカなどの大型猛禽類やゴリラなどの哺(ほ)乳類は、自然界の健康の指標である。今、その減少や絶滅危惧の度合いは、地球上のバランスを崩し、人間の生存を脅かす事態にまで至っている。
 それは、次のような様相となって現れている。
 まずは、地域風土の変化である。地域の生物多様性の変化が、それまで結びついていた地域の文化を背景から変えてしまい、風土を形成し、郷土への印象を生む地域の自然景観が、都市的共通性に変わってきている。先進国の典型的な経済発展による故郷の喪失である。
 つぎに、大気や水、その他自然資源の荒廃である。熱帯雨林に代表される多様な種の生物界が単純化し、乾燥化し気候変動を起こしている。水不足、水質や大気の悪化が進み、人間の物質生活の基盤である自然の荒廃を招いている。
 さらに人間自身の保健への脅威である。今までは生物が多様に生息していることによって野生生物界に安住していた微生物が開発や破壊などによって、害を及ぼす病原菌となって流出し、新しい病を拡大させている。
 いまひとつは、現代人に広がる人心の荒廃である。これは自然の多様さの喪失がもたらすものとみていいだろう。四季の変化や鳥、動物の行動に寄せる人々の愛情は、人間の内なる自然が、自然そのものに共鳴するためだといえよう。
 野生生物の価値は、自然遺産としてだけではなく、文化遺産でもあるとして見直されるべきであろう。生物多様性条約の理念もここにある。野生生物と人間との関係を見直す縁(よすが)もここにある。「人が大事か、鳥が大事か」という二者択一ではなく、お互いに尊重しあえる『温かい無視』の関係に立脚し、人間と生物がモザイク状に暮らす新しい共存の実現へ向けて、価値創造の可能性を探るべきである。

☆ 『生態系の傘』(アンブレラ種)という考え/"樋口広芳"説
 食物連鎖の関係をイヌワシの場合で見てみよう。餌は、夏はヘビ、冬はノウサギ、そしてヤマドリである。餌の重さは、アオダイショウ310g、ノウサギ2.1〜2.6kg、ヤマドリ(オス943〜1,348g、メス745〜1,000g)で、イヌワシの1家族(オス+メス+ヒナ)が1日に必要とする餌の量は約1,000gといわれている。ノウサギだけ食べるとして、2日に1羽(1年182羽)のノウサギが要る計算になる。ヤマドリ1羽で1日分の餌を確保したことになる。アオダイショウだと1日に3匹以上は捕食しなければならない。これらの餌はクマタカも好むものなので、クマタカの1家族1日分としてやはり約1,000gの餌が必要となる。
 ノウサギは、キツネやテンなどの肉食動物も食べるので、イヌワシ、クマタカの生活を支えるには、相当な数のノウサギがいなければ成り立たない。
 これらの餌がバランスよく維持されていくためには、ヤマドリにはドングリ類が多い林(二次林や落葉広葉樹林)の広がりが必要。ヘビにはカエルの多く棲む水辺が、ノウサギには草本低木が繁っている地域が関わってくる。
 揖斐川の源流、徳山は生物多様性(健全な生態系)保全のためには、他に類をみない受容なエリアである。北方系のイヌワシの南端にあたるここには南方系のクマタカが共存して生息している。源流地域は環境が水準以上でないと生態系は維持できない。
 保全目標種(イヌワシ、クマタカ)の生息環境全体を保全することにより、そこに生息する他の種の保全も同時に達成される。という意味で、大型猛禽類は『生態系の傘』(アンブレラ種)なのである。


クマタカ衰弱死》 《4年前の“公団の失敗”


2003.12編集


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