第3章 新規利水(都市用水確保)の必要性はない

第1 木曽川水系水資源開発基本計画(フルプラン)

第2 水道用水

第3 工業用水

第4 地盤沈下

第5 自治体予測の問題点、特に自治体が抱える過大な財政負担

第6 まとめ

第1 木曽川水系水資源開発基本計画(フルプラン)
1 はじめに  −フルプランを検討すべき必要性−
 1) 徳山ダムの新規利水の必要性の根拠には合理性がない
 徳山ダムなどの公団法18条1項1号イの水資源開発施設の建設は、水資源開発基本計画に基づいて行われる(公団法18条1項1号)。したがって、その建設の必要性は、水資源開発基本計画で定められ、その決定過程において検討されている。徳山ダムも同様に、その建設は木曽川水系水資源開発基本計画(フルプラン)に基づいて行われる。つまり、徳山ダムの新規利水の必要性の根拠はフルプランに他ならないのである。
 なお、事業実施方針や事業実施計画は、水資源開発基本計画に基づいて指示、作成・認可されるのであって(公団法19条1項、20条1項)、これらでは、当該水資源開発施設についての水の用途別需要見通しや供給水量の検討を行わない。事業実施方針、事業実施計画においては、事業の必要性、根拠の検討はなされない。他方、水資源開発基本計画は、当該水系での水道用水、工業用水などの水の用途別の需要を予測してその見通しを立て、また、この需要に対処するための供給の目標を定め、この供給の目標を達成するために必要な施設(水資源開発施設)の建設事業を定めている(促進法5条)。
 したがって、徳山ダムの3号要件該当性の検討のうち、その中心をなす事業の必要性、適正・合理性の検討は、その事業の必要性=根拠を法律上検討し計画化しているフルプランでの検討について行われなければならない。そして、徳山ダムの新規利水の必要性は、フルプランの対象である木曽川水系を単位として検討されなければならない。この徳山ダムの必要性を根拠づけるフルプランに合理性がないことが明らかになれば、徳山ダムの必要性がないこと、すなわち、徳山ダムの必要性が根拠づけられないにもかかわらず本件事業認定処分がなされたことが明らかになるのである。
 この点、目標年次を1985年とした旧フルプランの水需要予測は過大な予測であり実績との間に大きな乖離があった。したがって、旧フルプランの目標年次を7年も過ぎた1993年に改訂された新フルプラン(目標年次2000年)では、旧フルプランの不合理な水需要予測の反省の上に立ち、現実に明らかになった実績との乖離を踏まえた水需要予測がなされなければならなかった。にもかかわらず、これまで繰り返されてきた過大な予測を再び行った点で、新フルプランは旧フルプランの過ちを引きずっている。このことを明らかにするために、3項で旧フルプランの予測とともに新フルプランの予測を検討する。
 2) フルプランと徳山ダム
 上記のように、徳山ダムの新規利水の必要性の根拠はフルプランである。
 このことから、フルプランに位置づけられない事業は違法であるということが結論付けられる。このことを明らかにするために、4項でフルプランにおける徳山ダムの歪な構造につき述べる。
 3) 事業の必要性判断において考慮すべき事項を考慮しなかった問題点
 上記のように木曽川水系を1つの単位としてフルプランが策定されているのであるから、木曽川水系のある地域で水が余っていれば、これを他の地域で用いて相互調整を図らなければならない。また、ある地域のある用途に供する水が余っているのであれば、これをその地域の他の用途に供する水に用いて相互調整を図らなければならない。甲37別添の「昭和63年5月30日付け各都道府県知事あて自治事務次官通達」で、「工業用水道事業について、既着手の水源開発施設で将来の水需要が見込めないものにあっては他用途への転換を図る………」と自治省も認めているように、フルプランにおいて、同じ木曽川水系のなかで、開発水の相互調整を図る必要があることは当然である。
 実際にも、木曽川水系においては、岩屋ダム、長良川河口堰によって開発された水のうち多くが未利用のままになっており(甲22の1)、水余り状態である。そして、新フルプランでは、実際に、ある地域のある用途に利用するとされている開発水が他の地域の他の用途に移譲されているのであるから(甲22の2)、水余りの開発水を相互調整することは可能である。
 以上のことからすれば、木曽川水系における水余りの実態はそのまま都市用水確保(新規利水開発)を目的として掲げた徳山ダムの必要性に直結する。つまり、水余りの実態、さらには開発水の相互調整が行われてきた現実がありながら、新規利水開発を目的として徳山ダム建設のための本件事業認定処分をすることは、事業の必要性判断において、本来、当然考慮すべき事項を考慮せずに判断したことである。
 4) 小括
 以上のように、徳山ダムの必要性が根拠づけられないにもかかわらず本件事業認定処分がされたことを明らかにする点、徳山ダムが水資源開発施設建設の根拠となるフルプランにさえ位置づけられなかったことを明らかにする点、事業認定処分に際して考慮すべき事項を考慮しなかった問題点を明らかにする点において、フルプランを検討することは不可欠なのである。

2 フルプランの概要
 1) 木曽川水系水資源開発基本計画
 徳山ダムはフルプランの1つの水資源開発施設である。本計画は旧国土庁が策定し、閣議決定の手続きがとられる。当初、フルプランは1968年(昭和43年)に閣議決定された。
 2) 旧フルプラン
 その後、フルプランは1973年(昭和48年)に全部変更第2次の閣議決定がなされ(旧フルプラン)、目標年次が1985年とされた。この旧フルプランは、木曽川水系に水資源開発施設として、岩屋ダム・木曽川総合用水、三重用水、阿木川ダム、味噌川ダム、長良川河口堰、徳山ダムを建設し、合計86.76m3/秒の都市用水を開発する計画である。
 徳山ダムは、計画では、新規利水として15.0m3/秒を取水し、そのうち、@岐阜県分は工業用水として3.5m3/秒、水道用水として1.5m3/秒、A愛知県分は水道用水として4.0m3/秒、名古屋市分は水道用水として5.0m3/秒、工業用水として1.0m3/秒であった。しかし、1997年、この新規利水15.0m3/秒のうち名古屋市の水道用水の3.0m3/秒が返上されて、新規利水は12.0m3/秒となった。
 3) 新フルプラン
 徳山ダムを含む旧フルプランは1973年に目標年次を1985年として閣議決定されたが、1985年になっても新しいプランが決められず、目標年次後の1993年にようやく目標年次を2000年にした全部変更第3次の閣議決定がなされた(新フルプラン)。しかし、徳山ダムは目標年次以降の施設とされ、この新フルプランにおいても必要な施設として位置づけられなかった。
 4) フルプランにおける水源施設、供給地域と取水点
 フルプランにおける水源施設、供給地域の関係は甲22の1に示したとおりである。また、徳山ダム関連の名古屋市・尾張地域の上水道についての供給施設(浄水場)は甲69に示したとおりである。
  イ) 名古屋市水道用水
 名古屋市水道用水について見ると、自流7.56m3/秒、岩屋ダム11.94m3/秒、味噌川ダム0.50m3/秒のいずれについても取水点は木曽川の犬山と尾西であり、これらの位置関係は、甲26の「管内概略図」、甲87のとおり、極めて近接しており、同じ木曽川の上流と下流である。なお、長良川河口堰の2m3/秒については取水、導水施設がなく未利用のままである。
 他方、徳山ダムに関する取水点は明らかでないが、いずれにしても名古屋市に供給するには揖斐川から長良川を一本跨いで木曽川までの導水施設を造らざるを得ないことになる。
  ロ) 尾張地域・愛知用水地域水道用水
 尾張地域水道用水について見ると、岩屋ダム7.22m3/秒の取水点は木曽川の犬山と尾西であり、他方、徳山ダムの取水点は同じ木曽川の尾西とされている(甲26p5、13、甲87)。この場合にも、徳山ダムの水を尾西まで引いてくるには長良川を一本跨いで木曽川までの導水施設を造らざるを得ないことは名古屋市水道用水の場合と同様である。そして、徳山ダムの水は結局のところ木曽川まで引かれるのであるから、徳山ダムの水と岩屋ダムなど木曽川の水を区別すること自体無意味である。
 愛知用水地域水道用水について見ると、牧尾ダム2.594m3/秒、阿木川ダム1.102m3/秒、味噌川ダム2.769m3/秒の取水点は木曽川の兼山と犬山であり、いずれも木曽川であって、尾張地域と変わるとことはない。また、長良川河口堰2.86m3/秒の取水点は長島で、木曽川の祖父江から取水された水と同じ筏川ポンプ場から伊勢湾をくぐって知多半島に送られている。
  ハ) 尾張地域・愛知用水地域工業用水
 工業用水道について見ると、愛知用水地域工業用水(牧尾ダム5.911m3/秒、阿木川ダム2.098m3/秒、味噌川ダム0.731m3/秒)の取水点は木曽川の兼山であるが、名古屋(徳山ダム1.00m3/秒)・尾張地域工業用水(岩屋ダム6.30m3/秒)の取水点はいずれも木曽川の祖父江である。なお、愛知県工業用水の長良川河口堰分8.39m3/秒については事業自体ない。
  ニ) 三重県水道用水・工業用水
 三重県水道用水(岩屋ダム1.00m3/秒、三重用水0.70m3/秒、長良川河口堰2.84m3/秒)・工業用水(岩屋ダム7.00m3/秒、三重用水0.20m3/秒)の取水点はいずれも木曽川の祖父江である。なお、三重県工業用水の長良川河口堰分6.41m3/秒については事業自体ない。
  ホ) 岐阜地区
 岩屋ダム・木曽川用水で開発した水のうち、現在、4.33m3/秒が岐阜県の工業用水のために確保されており、木曽川右岸地区の工業用水道の供給水として1.2m3/秒、岐阜地区の工業用水道の供給水として3.13m3/秒が予定されている。岐阜地区工業用水道の取水点は木曽川右岸・犬山頭首口上流付近部である。しかし、岐阜県の工業用水のうち実際に使用されているのは、木曽川右岸地区のうち、加茂工業用水道事業で利用されている0.173m3/秒に過ぎない。

3 フルプランの予測が合理性を欠いていること
 1) 旧フルプランの予測の不合理性
  イ) 工業用水における予測と実績との乖離(甲20p1、嶋津証人調書p3〜6、甲24図1)
 旧フルプランは高度成長時代の実績を大幅に上回る増加率を想定して1985年値を予測した。1967〜72年の実績の年平均増加量は約16万m3/日であったが、一方、旧フルプランの予測の年平均増加量は33万m3/日であり、高度成長時代の 急速な増加をさらに2倍に膨らますという理解しがたい予測を行った。その結果、1985年の予測値864万m3/日は、実績のピーク409万m3/日(72年)の2.1倍という異常に大きな値となった。
 しかも、実績は漸減の傾向に変わったため、予測と実績の乖離が年々広がり、目標年次85年における予測(864万m3/日)と実績(314万m3/日)との差は約550万m3/日にもなった。85年の予測値は同年の実績値の2.7倍にもなる(甲20p1)。この点は甲24の図1を見れば一目瞭然であり、旧フルプランの需要予測の動きと水需要実績の推移は1971年を境にして正反対の方向に向かっている。
  ロ) 水道用水における予測と実績との乖離(甲20p2、嶋津証人調書p6〜8、甲24図2
 旧フルプランの水道用水の予測は高度成長時代における大幅な増加傾向をほとんどそのまま延長したものであったため、水道用水においても予測と実績の乖離は年々大きくなっていった。目標年次1985年の実績値254万m3/日に対して、旧フルプランの予測値はその1.7倍の433万m3/日であり、両者の差は約180万m3/日にもなった(甲20p2)。この点も甲24の図2を見れば明らで、旧フルプランの需要予測の動きと水需要実績の推移は1972年を境にして、予測は上方に実績は下方にと、二つの方向に大きく分かれている。
  ハ) 都市用水における予測と実績との乖離(甲20p2、嶋津証人調書p8〜9、甲24図3
 工業用水と水道用水を合わせた都市用水についてみると、実績は高度成長時代においては急速な増加傾向を示していたが、高度成長時代終焉後には一転して漸減もしくは横這いの傾向に変わった。目標年次1985年の都市用水の実績はピーク時の75年より約40万m3/日小さい571万m3/日に留まった。
 一方、旧フルプランの予測は高度成長時代を上回る増加率であったため、実績と大きくかけ離れたものになった。目標年次85年の予測値は実績値を730万m3/日も上回る約1300万m3/日であった。これは実績値の2.3倍にもなるもので、全くの架空の予測であった(甲20p2)。
 2) 新フルプランの予測の不合理性
  イ) 改定が7年も遅れた新フルプラン(嶋津証人調書p9〜10)
 旧フルプランの期限が1985年で切れたにもかかわらず、新しいフルプランはなかなか策定されなかった。
 ようやく、93年になって目標年次を2000年とした新フルプランが策定されたが、86年〜92年の7年間もの間、依拠すべき水需給計画がないまま、ダムと河口堰の建設が進められるという異常な事態が続いた。そればかりでなく、93年に策定された新フルプランでは、その時点では既に経過していた85年からの需要予測がなされていたが、85年〜93年は過去分であり同じ年の新フルプランで予測されている数値との乖離が生じるはずがないのに、甲24図7の85年〜93年の□と▲の開きを見れば一目瞭然、85年〜93年の予測値が既に実績値と大幅に乖離するという出発点から誤っている異常な予測が行われた(甲24p11、p13、p16)。
  ロ) 工業用水における予測と実績との乖離(甲20p3、嶋津証人調書p11〜12、甲24図4
 上記のように、旧フルプランの予測が実績と全く乖離したことを反省することなく、新フルプランはそもそもの予測の出発点から実績を無視して工業用水が大幅に増加し続けるという予測を行った。新フルプランの予測における年平均増加量は12万m3/日で、これは高度成長時代(1967〜72年)の実績(15万m3/日)を少し下方修正しただけであり、工業用水の動向が再び高度成長時代に戻るという予測であった。他方、実績の方は、横這いまたは漸減の傾向になっているのであるから、新フルプランの予測と実績の差は年々拡大していった。新フルプランが策定された93年にはすでに90年頃までの実績データが揃っていて、予測と実績の大きな乖離が明らかであったにもかかわらず、実績無視の予測が行われた。
 1998年までの動向から見て2000年の実績は290万m3/日程度になると予測される。これに対して新フルプランの2000年の予測値は490万m3/日であるから、実績値の1.7倍にもなる見通しである(甲20p3)。この点は、甲24の図4を見れば明らかで、新フルプラン需要予測の動きと水需要実績の推移は1985年を境にして、予測は上方に実績は横ばいないし下方にと全逆方向に向かっている。
  ハ) 水道用水における予測と実績との乖離(甲20p3、嶋津証人調書p12〜14、甲24図5
 新フルプランの水道用水の予測も高度成長時代の増加傾向を基本的に踏襲するものであった。この予測の年平均増加量は10万m3/日であり、一方、高度成長時代の1967〜72年の年平均増加量は15万m3/日であるから、高度成長時代の増加率を多少下方修正しただけのものであった。一方、実績は、90年の前後5年間を除いて横這いに近い傾向であったから、予測は実績と大きく乖離するものになっている。98年までの傾向を延長すると、2000年の実績は300万m3/日以下と予測されるから、2000年の予測値403万m3/日は実績値の1.3倍以上になる見通しである(甲20p3)。この点も甲24の図5を見れば、旧フルプランの場合ほどではないにしても、やはり1985年を境にして新フルプラン需要予測の動きと水需要実績の推移が二方向に分かれ、その差が年々拡大していくのが分かる。
  ニ) 都市用水における予測と実績との乖離(甲20p4、嶋津証人調書p14〜15、甲24図6
 新フルプランの都市用水の予測における年平均増加量は22万m3/日である。これは高度成長時代の年平均増加量30万m3/日を少し下方修正しただけで、高度成長時代と同様の急速な増加を予想したものであった。しかし、現実の都市用水はわずかな増加であったから、新フルプランの予測は実績とかけ離れたものになっている。98年までの実績から見て、2000年の実績は600万m3/日以下と予測されるから、2000年の予測値約900万m3/日は実績値の1.5倍以上になる見通しである。このように新フルプランは旧フルプランと同様、実績無視の架空予測である(甲20p4)。この点、甲24の図6を見れば明らかなように、水需要実績は全体として見た場合1985年以降横這い傾向なのに対して、新フルプランの需要予測はそれとは極端に傾向が異なる右肩上がりの予測となっている。
  ホ) 確保水源予定量と実績との乖離(甲20p4、嶋津証人調書p15〜16、甲24図7
 新フルプランでは2000年までに阿木川ダム、三重用水、長良川河口堰、味噌川ダムを完成させて、合計約230万m3/日の都市用水の水源を開発し、岩屋ダムその他の既得水源と合わせて、2000年には約1000万m3/日の水源を確保することになっている。一方、2000年の都市用水の新フルプラン需要予測値は約900万m3/日であるから、これを基準にしても2000年時点で100万m3/日の水源が余剰となる計画である。
 しかし、前述のように、都市用水の需要実績はほぼ横這いの傾向が続き、新フルプランの予測を大幅に下回ったため、水需要実績と開発計画との乖離は非常に大きく、極めて過剰の水源が確保されることになった。
 確保水源予定量1000万m3/日に対し、都市用水の実績は約580万m3/日であるから、約420万m3/日の水源の余裕があることになる。長良川河口堰で開発された水源165万m3/日(一日平均水量換算値)は不要のものになっている。この点は甲24の図7を見れば明らかである。新フルプランの開発計画により、確保水源量は階段状に増加しているにもかかわらず、水需要実績は横這い傾向が続いているため、確保水源量が増えるたびに実績値との乖離が広がっている。
 これほど木曽川水系では水が有り余っているにもかかわらず、徳山ダムによって新たに103万m3/日(一日平均水量換算値)もの水源が造られようとしているのである。これが全く無用のものとなることは明らかである(甲20p4)。
 3) 実績と乖離した需要見通しに対して是正を迫る行政勧告
   −総務省の「水資源に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」−
 以上のように旧フルプランでも過大な水需要予測が行われており、水余りの実態があったにもかかわらず、85年〜93年の過去分についてさえ実績と予測の乖離が生じているという異常な新フルプランが策定されている。これは乙115で行うような過大な推計結果をもたらす推計手法が用いられているためである。このような旧フルプランにおける過大な予測の反省を踏まえない新フルプランの策定という経緯、乙115で行われている推計を見れば、推計手法その他の推計過程自体に問題があることが十分窺われる。
 このような推計手法等の誤りは、名古屋市の水道事業計画の需要予測、愛知県の地方計画における水道用水の需要予測、岐阜県の総合計画における工業用水の需要予測での度重なる推計の誤りにも窺われる(甲38p8、10、16)。水余りの実態があり、予測が過大となっているにもかかわらず、過大な予測の反省を踏まえていないため、計画の度に下方修正を繰り返さざるを得ないのである。これはフルプランにおける予測と軌を一にするものであり、推計過程自体に問題があることの結果である。
 このように推計過程自体に問題があることを明らかにしたのが、2001年(平成13年)7月に総務省が発表した「水資源に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」(甲80)である。
 同勧告によれば、「今回、基本計画の変更………の状況について調査した結果、次のような状況が見られた」とされ、「現行の基本計画………への全部変更を行った際に国土交通省(当時国土庁)が国土審議会(当時水資源開発審議会)に提出した資料をみると、水道用水および工業用水については、旧計画の計画期間内の需要実績および新計画案の目標年度における需要見通しは示されているものの、需要見通しの積算方法や積算のための基礎係数は示されておらず、また、需要見通しと需要実績とを対比して基本計画の達成状況を明らかにする資料や需要見通しと需要実績にかい離が生じている場合の原因分析に関する資料も示されていない」と需要見通しの仕方が批判されており、「需要見通しと需要実績にかい離が生じている」とまで明言されている。
 より具体的には、「水資源開発水系7水系6計画における現行計画6計画のそれぞれにおける需要見通し(手当て済み水量と新規需要水量との合計値)に対する需要実績(現行計画については計画最終年度ではなく平成8年度の実績)を見ると、………水道用水については、直前計画におけるデータが把握可能である5水系4計画の需要見通しに対する需要実績の割合は、約30%から約60%となっている。………工業用水(工業用水の開発が計画されていない豊川水系を除く6水系5計画)については、………直前計画における需要見通しに対する需要実績は約2%から約48%であり、現行計画においても約3%から約50%となっている。水道用水、工業用水ともに、………需要見通しと需要実績がかい離している」と指摘されている。
 以上のような分析に基づき、勧告は次のように結論付けている。
「国土交通省は、的確な水資源開発基本計画を策定するとともに、その一層の透明性の確保を図る観点から、次の措置を講ずる必要がある。
@ 基本計画の全部変更に当たっては、変更しようとする計画について総括評価を行うこと。また、全部変更を行った基本計画は、おおむね5年を目途に計画達成度について点検を行い、必要に応じて計画の全部変更又は一部変更を行うこと。
A 基本計画に記載した需要見通しについて、その推計方法等が的確であったかどうかを総括評価の際に検証するなどにより、推計精度の向上を図ること。
B 基本計画の全部変更を行った場合には、計画の総括評価の結果、需要見通しの推計手法、使用した数値等について分かりやすい資料を作成し公表して、情報提供の充実を図ること」
 上記の勧告は各水系において水余りの実態にあるにもかかわらず、水道用水、工業用水ともに需要実績とかい離した需要見通しがなされてきたこれまでのやり方を批判したものであり、当然の経験則を明らかにしたものである。そこには膨大な無駄遣いに対する是正を迫る強い意志が込められている。

4 フルプランにおける徳山ダムの歪な構造
 以上のように、旧フルプランだけでなく、その後空白の期間を経て策定された新フルプランもその旧フルプランの予測の誤りを引きずって時代錯誤の予測をしており、フルプラン自体合理性を欠いていることは明らかである。
 しかし、徳山ダムはその当のフルプランの枠外に位置づけられてしまっている。すなわち、新フルプランによって、工事中の長良川河口堰、三重用水、阿木川ダム、味噌川ダムは目標年次2000年までに必要な施設として位置づけられたが、徳山ダムは目標年次以降の施設となり、新フルプランの枠外に置かれることになった。
 このように、旧フルプランの予測の誤りを引きずり、新フルプランは誤った予測が行われていたのに、さらにその予測を誤った新フルプランの枠内にさえ位置づけられない徳山ダムの建設である本件事業に事業認定することは2重、3重の誤りを繰り返すことになる。

5 木曽川水系における水余りの実態と開発水の相互調整
 1) 木曽川水系における水余りの実態(甲22の1、甲19p4〜7、富樫証人調書p15〜21)
 すでに述べてきたことからも明らかなように、木曽川水系においては水余り状態である。木曽川水系において、岩屋ダム、長良川河口堰によって開発された水量のうち多くが未利用のままになっている(甲22の1、甲19p4〜7)。
 このような水余りの実態については、@事業があって、水利権として許可されているのか、A事業があり水利権が許可されているというなかでもそれがどれくらい利用されているかという2点から検討する必要がある(富樫証人調書p15)。
 岩屋ダムについて言えば、岐阜県の工業用水の開発水量4.33m3/秒のうち、4.17m3/秒については全く事業がない。また、愛知県の工業用水の開発水量6.30m3/秒のうち、名古屋臨海第1期のためとされている2.52m3/秒については水利権が許可されていない。愛知県の水道用水の開発水量7.22m3/秒のうち、尾張水道用水分0.62m3/秒が未完成のため利用されていない。
 長良川河口堰についていえば、愛知県の工業用水の開発水量8.39m3/秒の全てについて事業がないままになっている。また、名古屋市の水道用水の開発水量2.00m3/秒の全てについても事業がないままになっている。
 2) 改定が7年も遅れた新フルプラン
 このように木曽川水系において水余りの実態があるため、前述したように新フルプランの策定は7年も遅れてようやく改定されたのである。
 フルプランの改定が遅れたのは、前述のように木曽川水系で水余りが生じている状況で、予測と実績の凄まじい乖離をどうするかについての議論がなかなか決着しなかったからである。にもかかわらず、実際に策定された計画はすでに実績と乖離している旧フルプランにおける過大予測の延長線上にあり、旧フルプランの過大予測の反省を踏まえない、過大予測計画であった。
 このように、新フルプラン策定前の数値さえ実績と乖離していることは、甲24図7の85年〜93年の□と▲の開きを見れば一目瞭然であり、このように一目瞭然であるにもかかわらず策定前(85年〜93年)の数値さえ実績と乖離した予測をしてしまっていることは、新フルプランの予測に全く合理性がないことを物語っている。
 3) 事業の必要性判断において考慮すべき事項を考慮しなかった問題点
 前述のように、木曽川水系を1つの単位としてフルプランが策定されているのであるから、木曽川水系のある地域で水が余っていればこれを他の地域で用いて相互調整を図らなければならない。この点は、前述したように、甲37別添の「昭和63年5月30日付け各都道府県知事あて自治事務次官通達」で、「工業用水道事業について、既着手の水源開発施設で将来の水需要が見込めないものにあっては他用途への転換を図る………」とされており、自治省も開発水量の相互調整を図る必要があることを認めている。
 まして、2(4)フルプランにおける水源施設、供給地域と取水点で述べたように、名古屋市、愛知県、三重県、岐阜県といった同じ利水主体間において同一河川(木曽川)から取水しており、また愛知用水地域水道用水と同地域の工業用水、三重県水道用水と同県の工業用水といった同じ利水主体間の異なる用途においても同一河川(木曽川)から取水しており、さらに名古屋市と尾張地域といった異なる利水主体間においても同一河川(木曽川)から取水していることからすれば、相互調整が極めて容易なことは明らかである。
 徳山ダムに関していえば、徳山ダムは揖斐川に建設されるダムであるから、24)フルプランにおける水資源施設、供給地域と取水点で見たように、取水点が木曽川にある実態を直視すれば、木曽川から取水するために徳山ダムの水を揖斐川から長良川を越えて木曽川へ送らなければならない。木曽川の水が余っているのに、揖斐川から木曽川に水を送ることは全く不合理性であることはいうまでもなく、長良川を越える導水管を造るのに過大な費用がかかることからしても経済的にも全く不合理である。
 移譲の実態について見ると、甲22の2からも明らかなように、新フルプランに伴い、三重県工業用水の岩屋ダム分2.0m3/秒が愛知県水道用水(1.9m3/秒)、名古屋市水道用水(0.1m3/秒)に移譲されている。また、同様に三重県工業用水の長良川河口堰分2m3/秒が愛知県工業用水に移譲されている(富樫証人調書p11〜14)。さらに、岐阜県工業用水の岩屋ダム分0.8m3/秒が岐阜県水道用水に移譲されている。このように、現実にも三重県から愛知県、名古屋市といったように異なった主体間において開発水の移譲が行われているのであり、同じ主体間においては、ある用途の開発水を他の用途に移譲することが著しく容易であることは明らかである。
 そして、このような移譲ないし転用がすでに全国で行われてきたことは、本件事業認定に際して提出された資料である乙115p129、130の「転用について(一般水系)」「水利転用水道負担額等の過去の事例」からも明らかである。被告は、本件事業認定に際して提出した資料からも移譲ないし転用が実例として行われていたことを認識していたのである。
 以上のように、木曽川水系における水余りの実態、および開発水の相互調整が行われてきた現実と木曽川水系におけるその容易さがある。そして、被告はこれらを認識しながら、新規利水確保を目的とする徳山ダム建設のための本件事業認定処分しており、それは、本来当然考慮すべき事項を考慮せずに判断したことである。

6 小括
 以上のとおり、徳山ダムの必要性を根拠づけるはずの新フルプランの予測は、策定時点では過去のものであった実績とさえ乖離しているように全く合理性がなく、結局、新フルプランによって根拠づけられないにもかかわらず事業認定がされたことは明らかである。
 そして、徳山ダムは、旧フルプランの誤りを引き継ぎ予測を誤った新フルプランの枠内にさえ位置づけられなかったことからしても、より一層徳山ダムの必要性がないことは明らかである。
 さらに、被告は水余りの実態、開発水量の相互調整が行われてきた現実を認識しながら、新規利水確保を目的として徳山ダム建設のための事業を認定している。これは事業認定処分に際して本来当然考慮すべき事項を考慮していないものである。

7 被告の主張に対する反論
 被告は以上の結論に関連して、以下のような主張をしているので、これにつきそれぞれ反論する。
 1) フルプラン全体について判断する立場にないという主張について
 被告は「被告は、公団が本件事業に関した事業認定申請に対し、事業の認定の処分をするに当たっては、本件事業が土地収用法20条各号のすべてに、該当するか否かを判断すれば足りる。したがって、被告は、フルプラン全体についてこれが正当か否かを判断する立場にはなく、本件事業が土地収用法20条の各号に該当するか否かを判断する際に、その必要な範囲においてこれが判断の対象となるだけのことである」と主張する(被告第5準備書面p7〜8、12、13、被告第7準備書面p4、7、10)。
 しかし、すでに述べたように、徳山ダム建設の必要性はフルプランで定められ、その建設はフルプランに基づいて行われるのであり(公団法18条1項1号)、徳山ダムの新規利水の必要性の根拠はフルプランに他ならない。建設の必要性の根拠、すなわち木曽川水系における新規利水の必要性の根拠が失われれば、根拠とすべき計画がないことであり、徳山ダムを建設する根拠が失われることになり、事業認定処分をすることもはきない。計画なければ事業なしである。
 事業認定庁たる被告は、法律に基づく行政の立場からしても、そもそも徳山ダム建設の根拠があるか否かを判断するのが当然であり、これは土地収用法20条各号に該当するか否かの判断そのものである。被告はフルプラン全体について正当か否かを判断する立場にはないと言って責任を逃れることはできないのである。
 前述した総務省の「水資源に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」はまさにこのことを指弾したものであり、国土交通省を名宛人として、的確な水資源開発基本計画を策定する必要性を指摘し、特に基本計画に記載した需要見通しについて、その推計方法等が的確であったかどうかを変更しようとする基本計画の総括評価の際に検証することなどによる推計精度の向上を図るよう求めていることは重要である。これは需要実績と乖離した需要見通しが繰り返されてきたこれまでの問題点とその是正を改めて指摘したものであり、本件の事業認定についても当然当てはまることである。
 したがって、被告は本件事業の収用法20条の事業認定要件、特に同条3号要件の該当性判断において、徳山ダム建設の根拠となっているフルプランの予測に合理性があるか否かを判断しなければならない。
 2) 供給予定地域や利水者が異なるという主張について(被告第5準備書面p11、13)
 被告は供給予定地域が異なるので本件と関係がないとか、供給予定地域や利水者が異なる事業に関するものであるから本件と関係がないなどと述べている。
 しかし、前述したように、供給予定地域や利水者(利水用途、利水主体)が異なっても、取水河川が同一であるという実態や異なる利水者(利水用途、利水主体)間で開発水の移譲が行われている実態も見られる。供給予定地域や利水者(利水用途、利水主体)が異なっていても、木曽川のように同一河川から取水するのであれば、ある地域、ある利水者(利水用途、利水主体)において水が余っていれば、他の地域、他の利水者(利水用途、利水主体)においてこの余剰水を利用するのが極めて容易なことは明らかである。また、水利用の相互調整を図るフルプランの反映として、異なる利水者(利水用途、利水主体)間で開発水を移譲することが現実に行われているのであるから、利水者(利水用途、利水主体)が異なることを以て、フルプランの実態に目を瞑ることはできない。被告の主張はこのような木曽川水系の水余りの実態を覆い隠し、原告の主張を、形式論・抽象論で論難するものであり、全く失当である。
 3) 本件事業が計画の枠外に置かれているなどという原告らの主張が失当であるという主張について
 被告は「フルプランの記載から明らかなように、フルプランは平成12年度までと限定された計画ではなく、平成13年度以降発生する需要への計画的な対処をも視野に入れたものであり、その中に本件事業が位置付けられているのである。したがって、本件事業が計画の枠外に置かれているとか、『2000年までの計画に組み込まれていないこと自体で既に本件ダム開発は合理性の根拠を失っている』という原告らの主張は全く失当である」と主張する(被告第7準備書面p6)
 しかし、前述したように新フルプランの目標年次は2000年(平成12年)である。目標年次の枠内にさえ位置付けられなかった徳山ダムは新フルプランの計画内に置かれているとは到底言えない。その上、目標年次を2000年とした新フルプランについてさえその需要予測は、過大であり、実績との乖離が著しく、合理性を欠くのであるから、合理性を欠く計画内にさえ位置付けられなかった徳山ダムの不必要性は言うまでもないことである。被告は「平成13年度以降発生する需要への計画的な対処をも視野に入れた」などと述べるが、そもそも開発水の余剰がはっきりしている状況下では、平成13年度以降も需要の発生が見込まれないのであるから、この主張が全く当を得ないことは明らかである。

第2 水道用水
1 はじめに
 1) 「新規利水目的」の重要性
 徳山ダムは、水公団が設置する公団法18条1項1号の水資源開発施設である。
 水公団は、水資源開発基本計画に基づく水資源開発施設の建設等の水資源の開発又は利用のための事業を行うため公団法に基づき設立された特殊法人であり、その目的は「水資源開発促進法の規定による水資源開発基本計画に基づく水資源の開発又は利用のための事業を実施すること」(公団法1条)である。徳山ダムは水資源開発施設として、新規利水目的ゆえに水公団の事業となり、水公団の水資源開発施設であるから収用適格事業となるのである。
 したがって、徳山ダムの事業目的である新規利水に根拠がなければ、水公団は徳山ダムを建設することは許されず、収用法20条の事業認定要件、特に3号要件が欠けるのである。
 2) 被告の審査
 よって、事業認定庁である被告が、本件事業認定処分をすべきか否かを審査するにあたって、最も基礎的かつ重要で第1にすべきことで、他の目的がその存在を前提とすべきことは、新規利水目的があるか否か、水需要があるか否かである。
 被告の審査は、本件事業認定処分を担当した建設省(当時)の土地収用管理室課長補佐山崎房長の証言によれば、水公団が作成し被告に提出した「徳山ダム事業認定に関する参考資料・資料V(徳山ダム公益性に関する資料)」(乙115)を判断資料にしてなされたとされる。
 被告は、水公団が本件事業認定申請時にあわせて提出してきた水需要予測についての資料(長期計画ベース、乙115p135以下)は、実績値との間で乖離があると門前払いし、平成30年時点の水需要予測が過去の実績との関係で合理的な値か否かを明らかにするよう水公団に指示した。長期計画ベースについて、「起点、推計の出発点をなぜここから採用するのかということが、実績値との乖離との関係で合理的な説明ができないというふうに事業認定庁は考え」(平成13年3月14日付け山崎証人調書p43)、申請書に記載がある平成30年時点の水需要予測値が「過去の実績との関係で合理的な値なのかどうかというのを説明してほしいと」、「指示した」(同p43、p95)のである。
 過去の実績をもとに、将来の水需要推計をしなければならないことは当然であり、過去の実績と乖離があることで合理的でないと判断した被告の審査はこの時点では事業認定庁としては正しい判断と言える。
 しかし、水公団が再度「実績ベース」と呼ぶ水需要予測を提出したが(乙115p49以下)、その予測結果が被告自身が却下した長期計画ベースと全く同じものでありながら、今度は、被告は本件事業認定処分を行った。
 3) 水公団の水需要予測の不合理性
 しかし、その「実績ベース」と呼ばれる水需要予測は、当法廷において、当該供給予定地域の過去の実績から著しく乖離しているものであること、そして被告はその著しい乖離を認識していたか少なくとも容易に知り得たことが立証されたように、到底過去の実績から合理的に説明できないことが本件事業認定処分当時から明らかであった。
 以下、当法廷で明らかになった、水公団の水需要予測が誤っており不合理であることを述べる。

2 水公団予測(乙115p49以下)
 被告や水公団が「実績ベース」と呼ぶ乙115p49以下の水需要予測は、水道用水については平成30年度の日最大給水量を予測したものであり、以下の式に要約される。
   給水人口×1人1日平均給水量/負荷率=日最大給水量
   負荷率=平均給水量/最大給水量
 この式は、@給水人口、A1人1日平均給水量(原単位)、B負荷率、以上を要素(関数における変数)としており、それぞれについて平成30年度における数値の予測を行わなければならない。乙115p49以下は、それぞれの要素について次のように将来予測をしている。
 @「給水人口」は、「過去10年間の増加割合が今後も継続するものとして推定」、すなわち、人口は、過去10年間の年平均増加率の単純な一次関数で直線的に平成8年度以降平成30年まで増加し続けるとする。
 A「1人1日平均給水量」は、「東海地方における生活用水1人1日平均有効水量の昭和50〜平成6年度の増加傾向はほぼ一定であることから、平成8年度以降も同様の傾向が継続すると仮定」し、1人1日有効水量の年当たり増加量を4.9Lとする。そのうえで、有効率(有効給水量/平均給水量)を0.9として、これを有効率で除した1人1日平均給水量(原単位)は年当たり5.4L増加するとする。その結果、名古屋市尾張地域の1人1日平均給水量は、平成7年度の377Lが平成30年度には501Lに、大垣地域のそれは、平成7年度の388Lが平成30年度には512Lになる。
 B「負荷率」は「計画上の余裕を考慮して70%とする」。
 その結果、名古屋地区の水道用水需要量(日最大給水量)は、平成7年度の118万m3/日が平成30年度には184万m3/日に、尾張地区の水道用水需要量(日最大給水量)は、平成7年度の65万m3/日が平成30年度には105万m3/日になる。また、大垣地域の水道用水需要量(日最大給水量)は、平成30年度には32万m3/日になる。
 しかし、各要素の予測は過去の実績と乖離した著しく過大なものであり、過大な予測をしたもの同士を掛け合わせることによって得られた水道用水需要量(日最大給水量)はさらに過大な誤ったものとなる。以下このことを明らかにしよう。

3 水公団予測と実績の乖離
 1) 給水人口
   イ) 国立社会保障・人口問題研究所による将来人口の推計
 将来人口の推計は、国や地方公共団体が適切な規模の真に必要とされる社会基盤整備をするために不可欠なものであって、その推計結果によって基盤整備事業の実施有無、規模、時期が左右される重要な項目である。したがって、その推計方法については科学的・専門的研究が重ねられ、現在、国や地方公共団体の多くが、専門の研究機関である国立社会保障・人口問題研究所(前厚生省人口問題研究所)の将来人口推計の結果を用いている。
 その国立社会保障・人口問題研究所の推計では、既に本件事業認定時には、2007年に人口が減少に転じることを予測していた(乙115p218、甲5)。岐阜県について見れば、2005年(平成17年)と2010年(平成22年)を比べると人口は増加しておらず、2010年と2015年(平成27年)とでは減少に転じている。愛知県についても、2010年と2015年を比べると減少に転じている。
   ロ) 少子化傾向
 さらに、平成10年6月15日発行の平成10年版厚生白書は第1編 第1部 第1章で「人口減少社会の到来と少子化への対応」というテーマで特集が組まれており(甲27)、当時、「少子化傾向」「1.43」という言葉は広く周知されていた。
 本件事業認定処分のなされた平成10年当時、もはや将来人口が減少することは公知の事実と言ってよかった。
  ハ) 乙107の曲解
 山崎証人は、主尋問において、厚生省監修の水道施設設計指針・解説(乙107)に、いくつかの人口推計手法が紹介されていることのみを捉え、「どの手法が正しい、正しくないということではないということがこの資料からもわかりました」(平成13年3月14日付け山崎証人調書p49)と述べ、水公団の人口予測の手法も合理的だと判断したと述べている。
 しかし、その乙107は、「いずれの方法も決定的なものではないので、幾つかの方法によって得た結果について、十分考察した上で決定する必要がある。」(p10)と複数の方法で得られた結果の検討を求めており、どの手法でもかまわないと言っているわけではない。そもそも、その厚生省自体が厚生白書において人口減少社会の到来を前提にその対応について議論しているのであるから、乙107は水公団予測の合理性の根拠にはならず、これを根拠とするのは厚生省の水道設計指針の誤解である。乙107を正確に読めば、乙115のなかにある他の予測、すなわち国立社会保障・人口問題研究所の人口予測と水公団の予測とを比較検討しなければならず、そうしていれば水公団予測が不合理であることが容易に判明したのである。
   ニ) 山崎証人の認識
 その山崎証人も、反対尋問において国立社会保障・人口問題研究所の推計や「少子化傾向」について質問されると、さすがに人口が減少するという公知の事実を否定することができなくなり、「人口研の推計で、そういった推計があるというのは……当時も知っておりました。」「一般的に、21世紀になると人口がピークを超えて減少傾向にあるというのは、……そういったものがあるというのは、それはわかりますし、わかりました」(平成13年5月16日付け山崎証人調書p27)「少子高齢化になりつつあるというのは、大体世の中みんな思っていることだと思います。」(同p28)などと述べ、人口が減少することを十分予測できたことを認めざるを得なかった。
   ホ) 過大な将来人口予測
 以上より、水公団の、将来人口が直線的に増加し続けるという予測が合理的な予測と言えない著しく過大な予測であることは明らかであり、かつ、被告は、水公団予測が過大であることについて十分認識していたと言える。
 むしろ、水公団が作成・提出し、被告が判断資料としたとされる乙115自体の中に国立社会保障・人口問題研究所の推計が存在したこと、山崎証人自身が認定当時国立社会保障・人口問題研究所の推計を知っていたこと、少子高齢化が世間の常識であると山崎証人自身が認めたことからすると、水公団が意図的に過大な予測をし、かつ被告も意図的に過大な予測を追認したとしか考えざるをえないのである。
 2)  1人1日平均給水量(原単位)
   イ) 水公団予測と実績との乖離
     @名古屋市
     a) 乙115からわかる水公団予測と実績との乖離
 乙115p63以下に愛知県の水道年報がある。第4表の名古屋市の「原単位」(ここでは1人1日最大給水量)を見ると、昭和60年(p65)が531L、平成7年(p69)が528Lであり、10年経過しても増えておらず、むしろわずかだが減少している。乙115には、p71に平成6年のデータが、p73に平成5年のデータがあり、昭和60年、平成5年、平成6年、平成7年の順に名古屋市の1人1日給水量(最大)を見ると、531L、516L、478L、528Lとなる。
 これらの数値から、1人1日平均給水量についても右上がりに直線的に増加し続けると考えるのは無理があり、1人1日平均給水量が毎年5.4Lずつ増加するという水公団予測が実績と乖離していることは明らかである。
 山崎証人は、人口については、乙115p64の昭和60年の数値とp67の平成7年の数値が人口の増加量の根拠になっていると証言した(平成13年3月14日付け山崎証人調書p52)。そうだとすれば、同じ資料から、原単位については10年経っても増加していないことは容易に判ったはずである。そうだとすれば被告自身が実績と乖離しているとして「長期計画ベース」と呼ばれる予測を門前払いしたように、「実績ベース」と呼ばれる水公団の予測も実績と乖離があるので合理的でないと判断すべきであった。少なくとも水公団予測の合理性に強い疑いを持たねばならなかったのである。
     b) 名古屋市の過去20年間の統計からわかる実績との乖離
 これに対し山崎証人は、「期間のとり方だと思う」とし、水公団には過去の実績を「長期的に出してもらった」とする(平成13年5月16日付け山崎証人調書p30)。
 そこで実際に、名古屋市の20年間の実績を統計で見てみたものが甲67p1である。
 これによると、日最大給水量・日平均給水量とも、昭和50年度が最大値で、特に平成4年度以降は減少から横ばい傾向にある(甲68p6、在間正史尋問)。
 水公団が予測の要素としている1人1日平均給水量の実績を統計で見ても、昭和50年度が最大で、昭和50年度から年々減少し、昭和62年度から増加するが、平成4年度をピークにしてその後減少し、平成7年度以降は横ばいであり、昭和50年度は456Lあったが、平成10年度は389Lである(甲68p6、在間尋問)。水公団は平成30年に501Lになると予測するが、実績は20年間で67L減少しているのであり、水公団予測の数値に到達するには、今後20年間でその倍の112Lが逆に増加しなければならない。
 なお、水公団は1人1日平均有効水量の増加量を予測し、有効率で除して1人1日平均給水量の予測をしているが、その1人1日平均有効水量自体の実績を見ても、平成4年度(383L)がピークで頭打ちになって、以後減少して370L程度で横ばいになっている(甲68p7、在間尋問)。
 これらの傾向は、被告から提出された乙151の1を見ても明らかである。
 このように長期的に実際の過去の実績を見てみれば、より一層水公団予測が実績と乖離していることが明らかになるのである。
     A尾張地域
     a) 乙115からわかる水公団予測と実績との乖離
 乙115p63以下の愛知県水道年報を見ると、尾張地域の1人1日最大給水量は、昭和60年が422L(p65)、平成7年が438L(p69)であり、10年で16Lしか増えていない。単純に年平均すると年1.6Lの増加に過ぎない。年5.4Lずつ増加するという水公団予測が実績と乖離していることは明らかである。
     b) 尾張地域の過去20年間の統計からわかる実績との乖離
 甲67p5は、尾張地域の過去20年間の実績を統計で見たものであるが、日最大給水量・日平均給水量とも、少しずつ増加しているものの平成4年度以降伸びは鈍化している。1人1日平均給水量も平成4年度の360Lをピークにしてその後は横ばいである(甲68p17、在間尋問)
 1人1日有効水量の実績についても、昭和56年度から年々増加するものの、やはり平成4年度をピークにしてその後は330L前後で頭打ちないし横ばい傾向である(甲68p17、在間尋問)。平成4年から平成8年の4年間で3Lしか増えていない。
     c) 起点から実績と乖離
 乙115では、平成7年度を起点として予測され、尾張地域は名古屋市と合わせて、同じ1人1日平均給水量377Lが用いられている。しかし、1人1日平均給水量の値は、名古屋市に比べ尾張地域は小さい。甲68添付資料によれば、名古屋市の平成7年度の1人1日平均給水量が390Lなのに対し、尾張地域のそれは354Lである。にもかかわらず両地域を合わせた平均を用いると、尾張地域は水量の大きい名古屋市に引っ張られて、実際よりも大きい1人1日平均給水量を需要予測の起点として用いることになる。そのことを示しているのが、甲67p6の平成7年度における1人1日平均給水量の実績(□印)と水公団予測(■印)、1人1日最大給水量の実績(◇印)と水公団予測(◆印)である。水公団予測が実績よりも大きい。特に、実績からかけ離れた負荷率0.7を用いた最大給水量では、その乖離が著しい(甲68p17)。
 被告が「長期計画ベース」と呼ばれる予測を門前払いにしたのは、「起点のところの値と実績値の乖離が説明できない」(平成13年5月16日付け山崎証人調書p45)という理由からであった。そうだとすれば、上記のように尾張地域については起点から水公団予測と実績との乖離がある以上、「実績ベース」と呼ばれる水公団予測も同じく合理的でないと判断すべきであったのである。
     B大垣地域
     a) 乙158(過去の実績)からわかる水公団予測と実績との乖離
 被告は、在間証人の反対尋問の段階になって、大垣地域の実績データを書証として提出してきた(乙158)。この実績データこそ、水需要予測にあたって必要不可欠なものである。
 この乙158によると、1人1日平均給水量の実績は、平成2年度以降ほぼ横ばいであり、そのことは乙158の1の■のグラフ線をみれば明らかである。
 1人1日有効水量の実績についても、平成2年度以降、横ばいないし微増傾向である。平成2年度から平成8年度の平均増加量は1.833L/年であり、水公団予測である4.9L/年の半分をはるかに下回る。
   b) 起点から実績と乖離
 大垣地域は、乙115で出発年としている平成7年度の数値でみると、1人1日平均給水量は388Lであるが、1人1日有効水量は316Lであって、大垣地域の有効率は0.8である。
 乙115では、大垣地域の水道用水についても、有効率0.9を前提として計算しているが、それは誤りである。平成7年度の1人1日平均給水量388Lに0.9を乗じると358Lであり、これに対し、同年の大垣地域の1人1日有効水量は316Lである。乙115では1人1日有効水量を有効率で除して1人1日平均給水量を求める考え方に立っているので(p51)、実際の有効率が0.8なのに、0.9を用いると、計算の出発点となる平成7年度の1人1日平均給水量が過大になり(37L過大である)、同じ伸び率でも、その分、将来予測値も過大になる。
   ロ) 被告は水公団予測の実績との乖離を認識していたか容易に知り得た
 被告は、過去の実績から水公団予測を合理的だとするが、乙115を見るだけでも水公団予測が過去の実績とは合致しないことが明らかであった。
 少なくとも、乙115にある資料から、20年間の実績データを水公団に提出させるべきであり、かつ、提出させることは容易であった。「長期計画ベース」の予測を門前払いにできた程であるから水公団に提出を指示することは極めて容易なことであり、提出する資料は公刊されている資料をまとめるだけの比較的簡単な作業だからである。実際に本件審理において、乙151以下が水公団によって作成され提出されていることが、その何よりの証左である。
 そして仮に当時乙151以下が存在すれば、山崎証人自身が甲34(甲67)の実績を基にした図を見て、「見た目は横ばいで、山なりになって、ちょっと下がって、最近横ばいの形に見えます」と述べているように(平成13年5月16日付け山崎証人調書p35)、容易に水公団予測が誤りであると判断できたのである。
 にもかかわらず、当該供給地域の実績の資料の取り寄せは指示せずに(同p34)、実績データを検討せずに(同p32)、被告は、乙115p225の図に水公団が意図的に書き込んだ直線(後述)を見ただけで水公団予測が合理的だと判断した。ここに至っては、水公団が意図的になした過大な予測を被告が意図的に追認したと言わざるをえない。
 このように水公団予測と実績は大きく乖離しており、到底合理的な予測とは言い難く、かつ、そのことは被告も十分認識していたのであり、少なくとも極めて容易に知ることができたのである。
   ハ) 水公団予測の問題点(甲68p10以下、在間尋問)
 では、1人1日平均給水量が年5.4Lずつ増加し、平成30年度には名古屋市・尾張地域の1人1日平均給水量が501L、大垣地域のそれが512Lになるという、水公団予測が実績からは到底予測できない不合理な予測となった原因はどこにあるのであろうか。以下検討する。
     a) 乙115p225の東海地方の原単位の図を基に右上がりの直線回帰をして予測した問題点
 水公団は、乙115p225の東海地方の原単位の図を基に、その増減を直線回帰して各地域の1人1日平均有効水量の予測をしている。
【東海地方の数値を基にした誤り】
 まず、そもそも東海地方全体の数値を基に各地域の原単位の予測をしている点に問題がある。
 水需要予測は、過去の実績を基になされなければならないが、もっとも精確な実績は当該供給地域での実績であることは言うまでもない。本来、名古屋市の予測をするのであれば、名古屋市の過去の実績から検討しなければならない。
 名古屋市の将来予測をするのに、東海地方全体の数値を基に予測することが許されるのは、名古屋市の過去の実績の傾向と東海地方全体の過去の実績の傾向が同一または類似であることの資料に基づいた正当な根拠がある場合のみである。何ら正当な根拠なく、東海地方全体の数値を用いて名古屋市の予測をするのは、そもそも予測手法として全く合理性に欠けている。
 山崎証人は、東海地方全体の数値を用いて名古屋市の予測をしても「大きな問題、大きな差はないんだろうと思いましたんで」(平成13年5月16日付け山崎証人調書p33)とし、何ら正当な根拠を示さず、さらにはその山崎証人自身が、尋問において名古屋市の傾向と東海地方全体の傾向が異なることを認めている。甲34(67)p3の名古屋市の1人1日平均有効水量を示した▲のグラフ線と東海地方全体の1人1日平均有効水量を示した△のグラフ線を見て、「東海地方と名古屋市水道ベースで対象地域が違いますので、それをどういうふうに評価するのか、比較そのままではしづらいと思う」とし(平成13年5月16日付け山崎証人調書p36)、「一見したところ形が違うところがあるなというような感想は言えます」(同37)とまではっきり述べているのである。
 そもそも山崎証人自身、フルプランを判断資料に使わなかった理由として、「供給予定地域における水需要」を見るのであるから、「非常に広範な地域を対象としているということで、ベースも違いますし、参考資料とならなかった」と述べており(平成13年3月14日付け山崎証人調書p47)、当該供給地域の実績を基に予測しない不合理性を認識していたと言える。
【右上がりの直線回帰をした誤り】
 さらに問題なのは、乙115p225の図から、20年間の数値のうち12年分を渇水による取水制限があったので異常値として棄却し、残りの8年分の数値だけを最小二乗法で直線回帰している点である。
◎12年間分の数値を除外した誤り
 水公団は、愛知用水または木曽川用水で取水制限があった年の数値を異常値として除外している。しかし、異常値として除くには、それが異常値であることの合理的理由が必要である。東海地方のうち一部の地域の、20日間程度の5%や10%の取水制限が、東海地方全体の生活用水の使用量を制約するというのは飛躍がある。
 そもそも、名古屋市・尾張地域は愛知用水の供給地域ではないので、愛知用水の取水制限は名古屋市の生活用水の使用量に全く影響を与えない。
 木曽川用水の取水制限についても以下のように名古屋市の生活用水の使用量には影響を与えない。
 名古屋市は自己水源を有しており、木曽川自流水利権7.56m3/秒だけでも給水能力として60万m3/日(=7.56m3/秒×86400秒×0.93、0.93は給水量/取水量)がある(甲69)。これには取水制限がかからない。取水制限がかかるのは岩屋ダムからのダム依存水利権量11.94(旧フルプラン11.84)m3/秒だけである(甲69)。とすると、取水制限がそのまま給水量の制限に直結すると仮定したうえで木曽川用水に25%の取水制限があったとしても(なお、取水制限が直ちに給水量や使用量の制限に直結しないことなど取水制限の意味については後に詳述する)、132万m3/日以上(=11.84×86400×0.93×(1−0.25)+60万m3)の給水が可能であり、実績日平均給水量90〜100万m3の供給は十分に可能である。よって、木曽川用水の25%程度の取水制限は、名古屋市の水道用水の給水量に影響を与えない(甲68p11、平成14年2月20日付け証人在間調書p20)。
 尾張地域についても、木曽川用水の取水制限は尾張地域の水道用水の使用量に影響を与えない。
 尾張地域は地下水等の自己水源を有しており、それだけで給水能力として30万m3/日がある(甲69)。これには取水制限はかからない。取水制限がかかるのは岩屋ダムの木曽川用水のダム依存水利権(旧フルプランで5.32m3/秒)だけである。とすると、取水制限がそのまま給水量の制限に直結すると仮定したうえで木曽川用水に25%の取水制限があったとしても、61万m3/日以上(=5.32×86400×0.90×(1−0.25)+30万m3、0.9は給水量/取水量)の給水が可能であり、実績日平均給水量50万m3程度の供給は十分に可能である。よって、木曽川用水の25%程度の取水制限は、尾張地域の水道の給水量に影響を与えない。(甲68p19、平成14年2月20日付け証人在間調書p22)
 したがって、水公団が愛知用水または木曽川用水で取水制限があった年の値を異常値として除外することには合理的理由はない。
 また、念のため確認すると、大垣地域は地下水を使用しているため、愛知用水・木曽川用水の取水制限は全く関係ない。
 なお、乙169では、「申込水量」を前提とし、節水時の「申込水量」は取水制限の基準となる「節水対象取水量」から求めた水量とされているが、これはあくまで水公団管理の取水施設(木曽川大堰等)からの取水を前提とするものであって、ユーザー(利水者)が水公団に予定取水量を申し込む際の基準となるものである。しかし、名古屋市と愛知県は犬山および尾西において自ら水利権を有して河川から直接取水しており、水公団が管理する取水施設から取水していない(甲87)。よってそもそも、名古屋市と愛知県には、水利権の許可水利権量(乙169(B))しかなく、「申込水量」なるものがないので、乙169の「節水対象取水量」が取水制限の基準となるわけではない。
◎直近の2年分の数値を含めて検討しなかった誤り
 さらに、本件事業認定時の平成10年12月においては平成8年度までの統計が利用できたはずなのに、平成7、8年の数値は挙げられていない。そして、平成4年以降の推移を見ると、1人1日給水量は、平均も有効も減少または横ばい傾向を示しており(甲67p3、5)、家庭用も横ばい傾向を示している(甲67p3、5、乙160)。
【「右上がりの直線回帰」のトリック】
 このように、20年間のうち12年間分を何ら正当な根拠なく排除し、認定時に分かっていたはずの直近の2年間の数値を排除した結果、数値が横ばいになっている平成4年度以降の値が全て排除されてしまった。すなわち、右上がりの直線化しやすい数値だけが残されたのである。
 12年間分を排除することなく、直近の2年間の数値を含めて検討すれば、右上がりの直線回帰はできない。これらの数値を作為的に排除しないと右上がりの直線回帰はできないのである。
 水公団の予測は、右上がりの直線回帰、それも年増加量4.9Lという大きな増加量を得ようという予断に基づくものであり、右上がりの直線回帰をしやすい数値を得るため、その障害となる数値を作為的に排除したと言うべきである。
     b) 内外の都市との単純な数字だけの比較の不合理性
 水公団は、平成30年度に名古屋市・尾張地域の1人1日平均給水量が501L、大垣地域のそれが512Lになるという実績と乖離した大きな数字になっても、現在も500Lを超える都市が他に存在することから不合理とは言えないとしてその予測を正当化する。
 しかし、単純に表面的な数字だけを比較しても何ら合理的な根拠とはならない。
【1人1日平均給水量の中身】
 1人1日平均給水量は、日平均給水量を給水区域内の居住人口で除したものである。日平均給水量には、居住者である一般家庭用給水量の他に、都市活動用水である業務用給水量、さらに無効水量も含まれている。したがって、日平均給水量を居住人口で除すると、1人1日平均給水量の中に、居住者の家庭用以外のものも含めていることになる。例えば、1人1日家庭用水量が同じでも、都市活動用水が多いと1人1日平均給水量は多くなってしまうのである。
 1人1日平均給水量は、その市町村の給水量の用途比や有効率、特に一般家庭用給水量の割合が大きいか大きくないか、逆にいえば、業務用給水量や無効水量の割合が大きいかによって、大きく異なる。それは、各市町村の地域的、歴史的な性格からの違いに基づいている。したがって、他都市の実態を調べ、それに基づいた考察が必要なのであって、1人1日平均給水量の表面的な数字だけを比較してもそのままでは参考にならない。
【津市と名古屋市の比較】
◎甲68と被告の反論
 乙115p145に津市の1人1日平均給水量が558L(平成2年度)であると記載されている。原告は、甲68および在間証人主尋問において、このことをもって水公団の名古屋市における平成30年度の1人1日平均給水量予測を合理化することはできないことを指摘した(甲68p12〜14)。つまり、津市の給水量は、家庭用給水量だけをみれば名古屋市とほとんど変わりがないのに、家庭用給水量の給水量全体に占める割合が名古屋市に比べてかなり低いという特殊性から1人1日平均給水量が500Lを超えているのであって、単純に数値だけ比較しても水公団の予測を合理化できないということである。
 これに対し被告は、在間証人の反対尋問の段階になって乙148以下の書証を提出し、さらにその後に乙216以下の新たなデータを証拠として提出し、原告の主張の前提となるデータに誤りがあると反論してきた。
 提出能力・時期の問題点は後に述べるとしても、精確なデータに基づくべきことは間違いないので、被告提出のデータを前提にして再度検討する。
◎名古屋市の家庭用給水量
 まず、名古屋市の家庭用給水量の過去の実績について検討する。
 乙151の2によれば、名古屋市の1人1日家庭用(一般・集合)給水量(有収水量ベース)は、統計の取り方に変更があったことが予測される平成3年度以降、220L前後でほぼ横ばいである。これは、原告の甲67p1でいう「一般用」(乙148表「10−5」、乙149参照)より営業用、官公署学校用の分を除き、一般居住世帯が使う水の量に最も近い統計上の水量を表したものと言える。つまり、甲67のデータの元となった名古屋市統計年鑑では主に口径別に「一般用」給水量の統計がとられているが、乙151のデータの元となった水道統計では平成3年度以降、用途別にさらに整理し直した結果、一般居住世帯が使う水の量に最も近い水量が「家庭用」として表されていると言えるのである。この点については、参加人ら代理人と事実認識は一致している。
 ここで重要なのは、家庭用給水量として、名古屋市の過去の実績は220L前後でほぼ横ばいであることがより精確なデータとして判明したと言うことである。そして、この意味での家庭用給水量について、給水量全体に占める割合をみると、50%台となっている。
◎津市の家庭用給水量
 これに対して、津市の家庭用給水量について検討する。
 甲67p10によれば、津市の1人1日家庭用(生活用)給水量(有収水量ベース)は、300L程度で、給水量全体に占める割合が、50%台、年度によっては50%を下回っている。
 参加人代理人は、この50%という数字だけに着目し、在間証人の反対尋問において、名古屋市も津市も家庭用は50%台であって、津市が特異な例にはならないのではないかと指摘する。
 しかし、それは前提に誤りがある。
 すなわち、甲67のデータの元となった三重県統計書では、口径が20ミリ以下のものをすべて「家庭用」としているおり(甲78)、営業用も官公署学校用も口径が20ミリ以下であればすべて含まれた数字となっているのである。名古屋市の場合の水道統計でいう「家庭用」と同様に用途別にさらに整理し、一般居住世帯が使う水の量に最も近い水量をデータとして出せば、津市の家庭用給水量はもっと少なくなるはずであり、給水量全体に占める割合ももっと低くなるはずなのである。
 これに対し、被告は三重県統計書と水道統計の有収水量の用途別および口径別水量の比較表と水道統計および三重県統計書における用途別使用水量比較表を証拠として提出してきた(乙216、217)。おそらくこれによって、水道統計における口径別有収水量と三重県統計書における用途別水量に差があることから、三重県統計書の用途別水量は口径別の集計ではなく、他方、三重県のうち水道統計における用途別有収水量の記載のある市の数値が三重県統計書における用途別水量とほぼ一致することから、三重県統計書の「家庭用」の数値は、名古屋市の場合の水道統計における「家庭用」と同様に用途別の家庭用に整理し直してあり、一般居住世帯が使う水の量に近い水量がデータとして出ていることを主張したいのだと思われる。(なお、乙216に書かれている比は、全有収水量に対する比であって、甲67、乙151の全給水量に対する比と異なる点に注意を要する。)
 しかし、水道契約・料金体系には、大きく分けて口径別と用途別があり(甲83)、料金体系が用途別の場合は用途別の水量のデータを取りやすいが、料金体系が口径別の場合は用途別の水量の集約には限界がある。料金体系が口径別の場合には、「家庭用」を取り出すために、φ20oやφ25oから営業用や官公署学校用のものを差し引きしなければならないが、その全てを差し引きするのは不可能である。このような方法で求めた「家庭用」の中には、営業用も官公署学校用も残っているのである。津市の料金体系は口径別であって(甲81)、水道統計の口径別と三重県統計書における用途別に差があっても、最終的には三重県統計書の用途別の「家庭用」に営業用や官公署学校用が含まれているのである。
 むしろ乙216には、そのことの証左と言える数字が表れている。例えば、平成2年度において、三重県統計書の用途別有収水量と水道統計における口径別有収水量の差(@−D)は、816,000m3しかなく、これを1人1日あたりにすると14Lしか違わない。しかもこの平成2年度が最も差が大きい年であり、他の年は一桁程度しか違わない場合が多い。名古屋市の水道統計が統計の整理方法を変えた際に74L変化した(乙151の2家庭用小計、平成2年度が292Lなのに対し平成3年度が218L)のと比べても、三重県統計書の家庭用には、一般居住世帯が使う水以外の水量が残っていることは明らかである。
 なお、桑名市等4市が三重県統計書における用途別有収水量と水道統計における用途別有収水量とでほぼ一致する(乙217)のは、それら4市が用途別契約・料金体系となっているからであって、当然の結果である(桑名市について甲82)。乙150の水道統計「4−13.用途別年間有収水量」の表に三重県ではその4市しか載っていないことから明らかなように、三重県で用途別契約・料金体系となっているのはその4市しかない。水道統計「4−13.用途別年間有収水量」で整理されるのは、用途別契約・料金体系になっており、用途別水量が算定できる市だけである(甲83〜86)。被告は乙217に殊更この4市のみについて掲げるが、これは当然の結果であり、むしろ意図的に用途別契約・料金体系になっている市のみ掲げて、口径別契約・料金体系の市における統計上の用途別水量の数字の問題点を隠そうとしているとしか思えない。
 要するに、名古屋市の場合の水道統計の「家庭用」と三重県統計書の「家庭用」は定義付けが異なっており、前提が間違っているのであって、間違った前提での全給水量に対する比の数字だけをもって、水公団予測を合理化することはやはりできない。少なくとも、なぜ津市と名古屋市の1人1日家庭用給水量に60Lもの差があるのか、合理的理由が明らかにならなければ数字だけ比べても意味はない。
◎業務用給水量・無効水量が問題である
 ここで問題となっているのは1人1日平均給水量の多さであり、そのなかに、家庭用でない業務用給水量や無効水量が多く含まれていて、そのため1人1平均給水量が大きくなっているのではないかということである。そして、割合ではなく、水量、それも原単位化した1人1日当たり水量が問題なのである。
 平均給水量と家庭用(生活用)給水量の差が業務用給水量と無効水量である。甲68添付資料で、津市の1人1日当たりのこの差の水量を求めると、224L以上、最大287Lで、平成7年頃は250L前後である。一方、名古屋市の1人1日当たりの同じ水量を、最も家庭用が低くこの水量が最も多くなる乙151の2(平成3年以降)で求めると、最大192Lで、平成7年頃は160L台後半である。名古屋市において最も業務用給水量と無効水量が多くなる乙151の2で計算しても、津市のこの水量は名古屋市のそれを最少で30L、概ね80L上回っているのである。
 津市は業務用給水量・無効水量の占める水量の多いことが理解できよう。
【大阪市の場合】
 乙115p172には、大阪府の1人1日平均給水量が559L(昭和62年度)と記載されている。大阪府の他の都市がほとんど300L台であること(乙110p1218)に鑑みると、これは大阪市の誤りである。
 甲57によると、平成10年度の大阪市の有収率は84%である。これに対し同年度の名古屋市の有収率は91%であって(甲68添付資料の1人1日平均給水量に対する1人1日有収水量の比)、すでに前提が異なる。
 さらに、甲57によると、大阪市の家庭用給水量の給水量全体に対する比は47%であり、これは乙151の2の名古屋市の数値である57.9%と比べても約10%も低い値である。
 大阪市の1人1日平均給水量が他と比べ突出して多いのはこれらに原因があり、これをもって水公団予測の名古屋市の値を合理化することはできない。
【被告の杜撰な審査】
 以上のように、1人1日平均給水量の表面的な数字を比較しただけでは合理的な審査ができないことは明らかである。
 山崎証人は、反対尋問において上水を用途別に分けるという話にしどろもどろとなり、上水の使い道にデパートで使う水があるかどうかすら「事業認定庁としては知りません。」と述べ(平成13年5月16日付け山崎証人調書p46)、審査時に「家庭用」を全く意識せずに審査していたことが露呈した。
 本件訴訟において、本件事業認定時に存在し作成できた乙148以下、乙216以下の書証が提出されたことからわかるように、被告には各都市の1人1日給水量の中身を調べ検討する能力が十分にあり、かつ、実際に可能であった。にもかかわらず、それが全くなされなかった。本件事業認定の担当者である山崎証人にあっては、家庭用と業務用の概念すら知らず、そもそも担当者としての資格すらないと言える。
 被告の審査は余りにも杜撰である。
     c) 水公団予測の問題点
 以上のように、水公団予測が実績からは到底予測できない不合理な予測となった原因は、乙115p225の東海地方の1人1日有効水量の図を基に1人1日有効水量の年増加量4.9L(平均給水量では5.4L)の右上がりの直線回帰した点にある。この不合理な予測を内外の都市と単純に表面的な数字だけ比較しても何ら合理的な根拠とはならない。
 しかも、この水公団予測の誤りは、過失ではなく、予断に基づく作為的なものである。
 3) 負荷率
   イ) 負荷率の意義
 水道用水の供給量は年間を通じて変動する。これは、一般に気温の高い時期には散水、水浴等の需要が大きくなることがあるため、7、8月にその供給量は増加し、冬期には減少するからである。
 ここで、1日最大給水量に対する1日平均給水量の比を「負荷率」といい、以下の式で表される。
   負荷率=日平均給水量/日最大給水量
 よって、日平均給水量から日最大給水量を求めるためにはこの負荷率を用いて、
   日最大給水量=日平均給水量/負荷率
という計算を行うことになる。
 負荷率は上記のように日最大給水量に対する日平均給水量の比であるから、日平均給水量から負荷率を用いて求められる日最大給水量は、負荷率が大きくなればなるほど少なくなり、負荷率が小さくなればなるほど多くなる関係にある。
   ロ) 実績との乖離
 水公団予測は、負荷率について、名古屋市、尾張地域、大垣地域全てに同値を用い、名古屋市上水道事業の過去10年間(昭和60〜平成7年度)における実績、74〜80%の範囲(乙70)より、「気象などの影響を受けて変化するものであることから、計画上の余裕を考慮して70%とする」(乙115p49)としている。
 水公団自身が認めているとおり、この70%という数字は、名古屋市の過去10年の実績よりも過小に設定している。
 名古屋市(昭和50年度以降)・尾張地域(昭和53年度以降)・大垣地域(平成2年度以降)の各地域の過去の実績からみれば、平均はもちろん、最小でも70%になったことはない(甲67p9)。
 全国平均値(81%)とも、名古屋市・尾張地域・大垣地域のある東海ブロックの平均値(79%)とも大きくかけ離れている(甲6)。
 名古屋市・愛知県・岐阜県の水需給計画でも、負荷率70%という過小な数値は使用していない(甲38表3)
 水公団が用いる70%という数値は、これらの実績を需要過大な方向に大幅に逸脱する極めて現実離れした数値である。
 なお、水公団は、「気象などの影響を受けて変動すること」を負荷率を低く見積もる根拠にしている。
 しかし、「この気象など」というのが極めて曖昧な表現であるため何を意味するのか明確でない。
 それが「季節の変動」を指すのであれば、前述のように負荷率自体このような季節の変動を考慮に入れた値であるため、その負荷率にさらに「気象などの影響」を負荷率減少の要因とすることは、一つの要因を二重に評価して負荷率を不当に低下させ、ひいては将来需要量を増加させることとなり、将来予測として著しく科学性を欠く。
 この負荷率を74%から「計画上の余裕を考慮して」4%小さく設定することは、誤差の範囲ではない。この4%は誤差の範囲ですまされない大きな数値である。乙115p49の日最大給水量の算出式「404万人×501L/人/0.7」の0.7を0.74にすると、274万m3/日となり、15万m3/日の差が生じる。15万m3/日は、秒当たりに換算し、有効率0.9として有効水量ベースにすると、1.56m3/秒となる。これは徳山ダムによる名古屋市の新規利水分2m3/秒が不要となるほどの大きな数字である。山崎証人は、この数字を「余り大差ない」(平成13年5月16日付け山崎証人調書p74)と言うが、余りに現状認識に欠けるものであって、杜撰な審査をしたこと、徳山ダムが必要とされていないことを自ら認めたと言っても過言でない。
 少なくとも、被告自身が「計画上の余裕を考慮して」実績値より小さい値を設定していることを認め、より小さい値を設定することの合理的理由を説明できない以上、意図的に負荷率を過小に設定して水公団の過大な予測を追認したとの批判を免れない。
   ハ) 乙161について
 もっとも、被告は、乙161により、大垣地域で昭和54年に負荷率0.701という数値がある旨指摘する。
 確かに、乙158の2のCの数値をDで割って昭和50年度から平成10年度までの負荷率を計算してみると、昭和52年から56年までは0.73以下となっており、昭和54年は中でも最低の0.701となっている。
 しかし、その後の動向をみると、昭和57年以降は0.75を下回ったことはなく、特に昭和61年以降の13年間は、0.8を基本とする数値に変わってきている。
 その要因までは不明であるが、少なくとも負荷率の過去の実績の推移は、昭和50年代中頃に0.70〜0.73程度に小さかったことがあるものの、その後は上昇し、昭和62年以降は0.8前後となっているのであって、実績の傾向としては0.8程度まで大きくなっているといってよい。本件事業認定処分時から約20年前の昭和54年の0.701という数値だけをもって、水公団予測に合理性があるとはいえない。むしろ乙158の2の実績数値からは、負荷率は、種々の要因に基づく傾向として、過去の20年程度前は低くても、10年程度前の昭和62年以降は0.8程度なっていることを明らかにしており、水公団予測の不合理性を明らかにしたといえる。
   ニ) 水公団予測の不合理性
 以上からも明らかなように、水公団の想定する負荷率70%という値は実績と著しく乖離し、極めて客観性に欠ける小さすぎる数値である。小さすぎる負荷率は、日最大給水量の予測を過大にし、水公団の水需要予測を不合理なものとしている原因の大きな一つとなっている。
 そして負荷率の設定が小さすぎることは水公団自身が認めているところであり、かつ、乙161、158の2が被告から提出されていることからも、被告は水公団予測の不合理性について十分認識しながら、ここでも意図的に水公団の過大な予測を追認したとしか考えられないのである。

4 水道用水需要の合理的将来予測
 1) 合理的な予測と要因分析の重要性
 合理的な将来予測と言えるには、やはり過去の実績から推測するほかない。そして過去の実績の科学的な要因分析が必要である。
 1人1日平均給水量について言えば、過去の実績が横ばい傾向にあることから出発し、1人1日平均給水量の中身を科学的に分析することによって、その横ばい傾向の根拠が説明できれば、将来予測としては、横ばい傾向が続くと推測するのが合理的となるのである。
 2) 嶋津暉之による要因分析
   イ) 実績の分析
 嶋津によると、水道用水給水量の実績についての分析は以下の通りである(甲20、23、24、嶋津尋問)。
 水道用水の実績は、高度成長時代終焉後の1973年以降、伸び率が大きく鈍化した。その理由は、都市の人口増加の鈍化、上下水道料金の値上げと逓増制の料金体系に伴う大口使用者の節水、浴室の普及の頭打ちなどである。
 その後、バブルのはじけた1992年以降、水道用水の実績がほぼ横ばいの傾向になってきた。その理由は、人口の増加率の鈍化、水洗便所(下水道および浄化槽)の普及による普及速度の低下、漏水防止対策による漏水量の減少によるものである。
   ロ) 今後の動向を決める要因
 そして、嶋津は、今後の動向について、@給水人口、A1人あたり使用水量(原単位)、B無収水量(漏水量)、それぞれの要因についてその動向を見極めることが必要だと述べる(甲20、嶋津尋問)。
 @人口については、国立社会保障人口問題研究所の推計から頭打ちが明らかであるから、A原単位の横ばい・頭打ち傾向の原因(増加要因の限界)、B有効率、有収率の向上について検討することが必要となる。
 3) 1人1日平均給水量(原単位)の増加要因の限界
   イ) 用途別分析
 前述のように、1人1日平均給水量は、日平均給水量を給水区域内の居住人口で除したものである。日平均給水量には、居住者である一般家庭が日常生活で使用する家庭用給水量の他に、都市活動用水である業務用給水量、さらに無効水量も含まれているが、給水人口と直接結びつき給水量に直結するのは、家庭用給水量である。そこで、家庭用給水量の増加要因について分析するのが最も重要である。
 さらに業務用給水量など他の用途の水量についても検討すれば、その地域の1人1日平均給水量の今後の傾向が予測可能となる。
   ロ) 家庭用給水量
     a) 増加要因とその限界
 在間は、次のように指摘する。
 「家庭での水使用量で多いのは、水洗便所、風呂、洗濯である。(洗濯というのは洗濯機がもうかなり普及し、洗濯機自体が節水化が進み、増加要因としてはきいてこない(平成14年2月20日付け在間証人調書p12))そして、水洗便所と風呂は普及途上にある。したがって、家庭用給水量の増加要因は、便所の水洗化や家庭風呂の普及である。(中略)
 便所の水洗化、家庭風呂・浴室の普及が100%に……(中略)……なれば、家庭用給水量は基本となる増加要因がなくなり、その増加は頭打ちになる。家庭用給水量は限界なく増加し続けるものではない。これらの増加要因が限界に近づけば、1人1日家庭用給水量の増加は、限界に近づいて頭打傾向になる。1人1日家庭用給水量の推移パターンは、直線ではなく、ロジスティック曲線を示すのである。」(甲68p8、9)
 このことは、名古屋市を統計的に追求してみただけの結論ではなく、横浜市のデータを検討した結果からも裏付けられる(平成14年2月20日付け在間証人調書p11、甲68p9)。
     b) 横浜市の1人1日家庭用水使用量(甲20図15)
 嶋津の調査によれば、横浜市の家庭用水の1人1日水量は平成7年度の260L程度をピークにして頭打ちになっている(甲20図13)。そして、同年度には、水洗便所と家庭風呂の普及率が100%近くに達して限界に近づいている(甲20図14)。つまり、増加要因である水洗便所と家庭風呂の普及率が進むにつれて1人1日家庭用給水量も増加するが、水洗便所と家庭風呂の普及率が100%に近づくと同時に、1人1日家庭用給水量は横ばい傾向となって頭打ちになっているのである。このことを図で示したのが甲20の図15である。図15は、1人あたり便所用水、風呂用水をそれぞれ70L/日として、水洗便所と家庭風呂の普及率の変化から1人あたり家庭用水の増加量の構成を推定したものである(甲20p7)が、水洗便所と家庭風呂の普及率と1人1日家庭用給水量の増加率が連動していることがよく見て取れる(甲20、68、嶋津尋問、在間尋問)。
     c) 世帯細分化は増加要因にならない(乙151、152、225、226)
 もっとも、嶋津も、在間も、家庭用給水量の増加要因として、世帯の細分化を挙げていた(甲20p6、甲68p8)。「風呂のように世帯単位で最低必要な量がある。したがって、核家族化や単身者世帯の増加によって、世帯が細分化すれば(世帯当たり人数の減少となって現れる)、1人当たり家庭用給水量は増加する」(甲68p8)であろうと考えたのである。
 しかし、被告提出の乙151、152によって、世帯の細分化が増加要因として寄与していないことが実証された。すなわち、乙152によると、名古屋市では、世帯当たり人数が1965年以降2000年まで継続的に減少しているにもかかわらず、前述のように名古屋市の1人1日家庭用給水量は1987年からの数年間は上昇しているものの、ほぼ横ばいであり、最近でも1991年以降ほぼ横ばいである(乙151)。世帯細分化が1人1日家庭用給水量の増加要因であれば、他の要因が効いていないときでも、世帯細分化があればそれに応じて1人1日家庭用給水量も増加するという関係にならなければならないが、そのような関係にはなっていないのである(平成14年5月8日付け在間証人調書p8)。
 なお、他の要因(水洗便所、風呂の普及率など)を除いた世帯としての水使用が1人1日給水量(原単位)に関係がある指標は、世帯当たりの人数である。世帯数は、世帯当たりの人数が変わらなければ全体量としての日給水量の増減に影響することがあっても、原単位である1人1日給水量には関係がない。また、給水量のうち、世帯の水使用が関係するのは居住世帯が使う家庭用給水量であるから、世帯細分化の影響の検討において用いるべきは1人1日家庭用給水量である。
 また、最終弁論期日の直前に乙225(尾張地域)と乙226(大垣地域)が送られてきた。そこでは、1人1日家庭用給水量ではなく1人1日平均給水量が引用されており、資料の引用を誤っている。そして、乙225(尾張地域)の世帯関係の数値を乙160(尾張地域)の1人1日家庭用給水量と比較すると、世帯人数が減少し続けているのに比べて、1人1日家庭用給水量は、尾張地域では1991年から260L程度になると横ばいになっている。逆に、世帯人数の年減少数の少ない1980〜1989年は、1人1日家庭用給水量の年増加量はその傾きよりもより大きい。世帯細分化に応じて家庭用給水量も増加するという関係にはなっていないのである。
 乙226(大垣地域)の世帯関係の数値を乙158の1(大垣地域)の1人1日家庭用給水量と比較すると、1980〜1989年の世帯当たり人数の増加が少ないときに1人1日家庭用給水量の増加量が多く、1990年からは世帯当たり人数の増加が多くなったのに、1人1日家庭用給水量の増加量が減少している。世帯細分化に応じて家庭用給水量も増加するという関係にはなっていない。
 したがって、世帯の細分化は大きな増加要因とはならず、水洗便所と家庭風呂の普及率の傾向がもっとも大きな要因として家庭用給水量の増加率に連動していると見てよい。
   ハ) 業務用給水量
 嶋津は、用途別使用水量のデータが公表されている横浜市水道を例にとって、「1993年頃まで増加傾向が続いていたのは家庭用水のみである。都市活動用水は微増又は横ばいで、工場用水と公衆浴場用水は減少傾向が続いている」と指摘する(甲20p6)
 都市活動用水の微増又は横ばい傾向については、次のように分析する。「横浜市においては最近20年間において「みなと未来横浜」に大きなビル街ができるなど、ビルの建設が盛んに行われてきたが、都市活動用水の増加はわずかなものである。これは、都市活動用水のほとんどは人間が使うものであって、ビルの延べ床面積の増加が使用水量の増加にそのままつながらないことと、水道・下水道の逓増制料金体系によって大口使用者の料金がかなり高くなり、ビル等が節水機器の導入に努めなければならなくなっていることを物語っている」(甲20p6)と分析する。
 確かに、名古屋市、尾張地域、大垣地域でも、1人1日の有効水量から家庭用給水量を差し引いて求めた最広義の1人1日業務用給水量は、名古屋市は140〜160L程度、尾張地域は70L台程度、大垣地域は80L台程度で横ばいに推移してきている(乙151、158、160,甲67p5)。
 よって、業務用給水量については、せいぜい横ばいで、減ることはあっても増えることは余り考えられないと見てよい。
  ニ) 消費支出動向と1人1日水使用量(乙154)
 標記に関して、参加人代理人は、在間証人の反対尋問において景気(正しくは消費支出)と1人1日給水量に相関関係があるのではないかと指摘する。乙154の図によって、尾張地域と大垣地域では消費支出の傾向と1人1日平均給水量(有効水量)の傾向が似た動きになっているというのである。
 ここで重要なのは名古屋市の動向である。消費支出と1人1日有効水量に相関関係があるとすれば、名古屋市でも1人1日有効水量の動きは消費支出の動きと同じ傾向でなければならない。しかし、乙154を見ると、名古屋市の場合は消費支出の動向が一貫して上昇している時期であっても、1人1日有効水量は、それまで上昇してきたのが、1975年からは350〜380Lの間で横ばい、増減を繰り返して推移しており、消費支出動向とは対応していない。
 景気が好況になったからといってトイレに行く回数が増えたりすることはない。消費、つまりお金の支出はそのまま水の使用量に直結しないのである。消費と水の使用量との間には、水使用関係の設備投資があって、両者が関係付けられるのである。消費支出が住宅やビル建築をしたり、水洗便所にしたり、家庭風呂にしたりする水使用関係の設備投資に向けられて初めて、水を使う要因が作り出されるのである。
 そうだとすれば、乙154からむしろ次のことが判明する。つまり、名古屋市の1人1日有効水量は、尾張地域や大垣地域と比べて、早くから上昇したが、360L程度になってからは横ばい傾向になっており、それは、名古屋市では水洗化など増加要因が早くから進行していることに対応していると考えた方が合理的である。消費支出動向と水使用量の関係を考えるときは、消費支出が水使用関係の設備投資に向けられることが重要なのである。
 そして、1人1日有効水量の基礎になっている1人1日家庭用給水量は、水洗便所や家庭風呂の普及など増加要因には限界があるので、それらが限界に達すれば、1人1日家庭用給水量は限界値である300L以下、多くは250L程度で頭打ちになる。1人1日有効水量は、これに1人1日業務用給水量を加えたものである。1人1日業務用給水量は各都市の性格(昼間人口が多く都市的であるかなど)に応じて変化するが、1人1日業務用給水量(1人1日有効水量から1人1日家庭用給水量を差し引きした最広義のもの)は、木曽川水系地域では、最大でも、名古屋市は160L程度、尾張地域は70L程度、大垣地域は90L程度であり、これ以下で推移してきている。したがって、これらの地域では、1人1日家庭用給水量に、その地域の1人1日業務用給水量を加えると、1人日有効給水量は名古屋市では370L程度、尾張地域や大垣地域は330L程度で横ばいになるのである。
 景気が好況局面のときは、もの使いが荒くなって使用量が増える傾向はある。しかし、それは好況時の一時的な現象で、好況が去れば使用量は元に戻る。大都市ほどこのような傾向が強い。バブル経済後半から末期にかけての1990〜1993年の名古屋市における一時的な1人日有効給水量の増加は(推移線が山型になっている)、この現れと見られる。バブル経済がはじけた後は、1人1日有効水量はそれ以前の水準より10L程度多い370L程度になって(消費支出増が影響を与えたとすればこの程度である)、横ばいである。
 このように、被告が提出してきた乙152や154(それに、最終弁論直前に送付されてきた乙225、226)の数値によって、かえって世帯細分化は1人1日有効水量の増加に大きく寄与せず、また、消費支出動向の1人1日有効水量の増加には限界があり、1人1日有効水量は、名古屋市、尾張地域、および大垣地域では、330〜370Lの間で横ばいになることが明らかになった。
  ホ) 1人1日平均給水量の頭打ち傾向
 1人1日平均給水量は1人1日有効水量を有効率で除したものである。
 以上より、有効率に変化がなければ、用途別に分析すれば、1人1日平均給水量の傾向は、業務用給水量には大きな変化はなく、家庭用給水量が増加要素であるが、その増加要因は水洗便所と家庭風呂の普及率が最も大きなものであり、その普及率が100%になり限界に達すると、家庭用給水量の増加も限界に達し、つまりは1人1日平均給水量も頭打ち傾向になることが科学的に予想されるということである。木曽川水系地域の名古屋市、尾張地域、および大垣地域では、限界とみられる1人1日平均給水量は、有効率を0.9とすると、370〜410L程度である。
 4) 1人1日平均給水量の減少要因−有効率の向上−
 前述のように、1人1日平均給水量には、家庭用給水量や業務用給水量の他に、無効水量、すなわち給水されたがそのうち漏水等の有効な使用にならない水量も含まれている。
 漏水対策をとって無効水量を減らして、有効率を高めれば、給水量を減少させたり、増加させないことができる。1人1日使用量が増加しても、1人1日平均給水量や日平均給水量が減少したり、増加しなかったりするのである。
 実際、名古屋市は、漏水対策をとって無効水量を減らして有効率を高めることによって、平均給水量を減少させている(甲68p8)。甲67p1の図で、1人1日有効水量(▲)を1人1日平均給水量(■)と比較してみると、昭和50年度から昭和57年度にかけて、1人1日平均給水量(■)が大きく減少しているのに対し、1人1日有効水量(▲)は漸減から横ばいである。平均給水量と有効水量の差は無効水量であり、■と▲との差の部分が無効水量にあたる。この差の部分が次第に小さくなってきているということは、有効率を向上させて、1人1日平均給水量を減少させているのである(甲68p8)。
 よって、有効率を向上させる余地のある地域では、それによって給水量が減少したり、増加を抑制できることを視野に入れなければならない。
 5) 名古屋市の水道用水需要の合理的将来予測
 以上を前提に、各地域別に、その水道用水需要の合理的将来予測を検討する。
   イ) 家庭用給水量
 名古屋市の1人1日平均家庭用給水量の実績は、何度もいうように、平成3年度以降、220L台でほぼ横ばいである(乙151)。
 そして、甲58の図16(甲20、24の訂正、データは甲59)を見てもわかるように、三河地方を含めた愛知県全体で見ても、水洗便所普及率も浴室普及率も90%を超え100%近くになってきており、名古屋市の1人1日家庭用給水量の増加要因は限界近くに達したものと認められる。
 なお、最終弁論期日の直前に送られてきた乙228の1[名古屋市の下水道普及率]によって、被告は、名古屋市の「下水道普及率」が1970年の約33%から毎年増え続けており1997年に80%台になったばかりで、さらに増え続けるといいたいようである。しかし、乙228の1の「下水道普及率」は処理区域面積の市域面積に対する率で、面積当たりの下水道普及率である。「下水道普及率」には人口当たりのものがあり、下水道利用人口(水洗化人口)の市人口や処理区域内人口に対する「下水道普及率」がある。人間がいなかったり、人間に利用されないものは、1人1日給水量には結びつかない。下水道普及率で1人1日給水量に関係するのは、人口当たりの下水道普及率である(このようなことは被告等は分かっているはずであり、それを、わざわざ面積当たりの下水道普及率を出してくるのは、意図的な作為が窺える)。
 乙28の2以下(名古屋市統計年鑑)の[10-11.下水道普及状況]には、被告等が利用した面積当たりの外に人口当たりの数値が記載されている。それによれば下水道普及率(人口当たり)は、1996年度(平成8年度)には、水洗化人口(下水道利用人口)の行政区域内人口に対する率では94.9%、処理区域内人口に対する率では99.2%に達している(乙228の7p176)。すでに限界に近づいている。市域のうち処理区域になっていないところでも(人口で4.3%、面積で21.5%ある)、浄化槽によって水洗化が行われているので、浄化槽を含む水洗化人口の行政区域内人口に対する水洗化率では94.9%をさらに超えるのである。
 そして、世帯の細分化がさらに進んだとしても、上記したように、それは増加要因とはならない。
 そうだとすれば、名古屋市の1人1日家庭用給水量は、今後も220L台で横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。
   ロ) 業務用給水量
 乙151の1の図の営業用、官公署学校用、公衆浴場用、工場用の水量が1人1日業務用給水量である。過去の実績は横ばいないし減少傾向にある。資料整理基準が変更された1991年(平成3年)以降を見ると、合計した1人1日業務用給水量では、1991年頃の140L程度が最高で、その後は130L程度で横ばいである。また、1人1日有効水量から1人1日家庭用給水量を差し引きした最広義の1人1日業務用給水量も、1991年頃の160L程度が最高で、その後は130L程度で横ばいである。嶋津の横浜市についての分析は、同じ大都市圏である名古屋市にも当てはまると見てよい。
 1人1日家庭用給水量が頭打ちになっているので、増加要因となり得るのは1人1日業務用給水量であるが、実績からは、1人1日業務用給水量は、最広義のそれで最大160L程度で今後も横ばい傾向が続くものと考えるのが合理的である。特に、1人1日業務用給水量が水公団予測のような年増加量4.9Lで23年間増加し続けるというのは不合理である。業務用給水量も横ばい傾向が今後も続くと考えるのが合理的である。
   ハ) 合理的将来予測
 以上からすれば、名古屋市の1人1日平均給水量は、1人1日家庭用給水量は頭打ちであり、業務用(最広義)も減少から横ばい傾向というのが過去の実績であり、1人1日平均給水量の実績は、平成4年頃の410L程度が最大で、以後は390L程度で横ばい傾向が続いている。それを裏付ける根拠があるから、名古屋市の1人1日平均給水量は実績の390L程度、多くても410L程度以下で横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。とすれば、給水人口も頭打ちが確実な状況では、日最大給水量も大幅な増加はありえないと言ってよい。
 名古屋市水道は20m3/秒の開発水・水利権水量を有しており、供給能力として160.7万m3/日(=20m3/秒×86400秒×0.93、0.93は給水施設能力/取水量)ある(甲69)。さらにその外に長良川河口堰で2m3/秒の開発水を有しているが、取水施設・導水施設もなく水利権許可も得ていない供給過剰の状態である。
 実績の推移からの連続性からは、日最大給水量が供給能力を超えるに至るような予測は困難であり、実績の最大値である昭和50年度の1,235,140m3/日を超えるかどうかであろう。
 6) 尾張地域の水道用水需要の合理的将来予測
   イ) 家庭用給水量(乙160)
 甲67では、1人1日家庭用給水量について整理することができなかったが、横浜市や名古屋市の実例や試算例から、1人1日家庭用給水量は250Lから300L程度が限界で頭打ちとなると推定した。
 この推定が合理的なものであったことが、在間証人の反対尋問の段階になって被告から提出された乙160により明らかになった。すなわち、乙160によると、尾張地域の1人1日家庭用水使用量は平成4年度以降260L程度でほぼ横ばいであり、乙160の折れ線グラフをみればそのことは一目瞭然である。
 尾張地域の1人1日給水量は、もともと名古屋市に比べ値自体が小さかったので平成4年ころまでは伸びてきたが、乙160のグラフ線ではっきりと頭打ち傾向が現れており、これだけでも増加要因が限界に達し、今後も横ばい傾向が続くことが容易に予測される。
 甲58の図16(甲20、24の訂正、データは甲59)を見てもわかるように、三河地方を含めた愛知県全体で見ても、水洗便所普及率も浴室普及率も90%を越えて100%に近くなっていることから、尾張地域の1人1日家庭用給水量の増加要因も限界近くに達したものと認められる。
 また、1人1日家庭用給水量の260Lという値は、横浜市のそれとほぼ同じであり、名古屋市のそれに近い数字である。さらにいえば、尾張地域の水道契約・料金体系が春日井市、小牧市といった主要都市で口径別となっていることから、名古屋市の場合の水道統計でいう「家庭用」(乙151)と同様に一般居住世帯が使う水の量に最も近い水量をデータとして出せば、260Lよりも小さな値になるはずであり、名古屋市の場合の220Lより近い数字になるはずであると言える。1人1日家庭用給水量の値自体からも、増加要因が限界に達し、横ばい傾向が続くことが予測される。
 仮に世帯の細分化が進んだとしても、増加要因とはならない。
 そうだとすれば、やはり尾張地域の1人1日家庭用給水量は、今後も横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。
   ロ) 業務用給水量
 甲68p34の資料にある、年間有収水量を365日と給水人口で割れば、1人1日有収水量が算出される。この1人1日有収水量と乙160の「1人1日家庭用水使用量」の差が、1人1日業務用給水量となる。
 昭和55年の1人1日業務用給水量は54Lであり、本件事業認定時に利用できた資料では平成8年は66Lとなる。16年間で12Lしか増えておらず、年平均増加量は0.75Lである。しかも、平成2年のそれは65Lであり、その後の7年間はほぼ横ばいである。1人1日有効水量から1人1日家庭用給水量を差し引いた最広義の1人1日業務用給水量も、昭和55年の62Lが平成2年に70L程度になってから横ばいである。つまり、過去の実績としては、平成2年までは微増傾向(年平均増加量0.8〜1.1L)であったが、その後は横ばい傾向である。
 1人1日家庭用給水量が頭打ちになっているので、増加要因となり得るのは1人1日業務用給水量であるが、実績からは、1人1日業務用給水量は最広義のそれで70L程度で、今後も横ばい傾向が続くものと考えるのが合理的である。特に、1人1日業務用給水量が水公団予測のような年増加量4.9Lで23年間増加し続けるというのは不合理である。業務用給水量も横ばい傾向が今後も続くと考えるのが合理的である。
   ハ) 合理的将来予測
 以上からすれば、尾張地域の1人1日平均給水量は、1人1日家庭用給水量も業務用給水量(最広義)も横ばい傾向いており、360ないし370L程度で横ばい傾向が続いているのが過去の実績である。それを裏付ける根拠があるので、過去の実績の360〜370L程度で今後も横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。とすれば、給水人口も頭打ちが確実な状況では、日最大給水量も大幅な増加はありえないと言ってよい。
 尾張地域の水道は自己水源30万m3/日と木曽川用水7.22m3/秒の開発水・水利権水量を有しており、供給能力として86.1万m3/日(=7.22m3/秒×86400秒×0.90+30m3/日、0.90は給水施設能力/取水量)ある(甲69)。
 実績の推移からの連続性からは、日最大給水量(平成8年で63.8万m3/日)が供給能力(86.1万m3/日)を超えるに至るような予測は困難であり、供給能力を超えるようにはならないと予測される。
 7) 大垣地域の水道用水需要の合理的将来予測
   イ) 家庭用給水量
 乙158によれば、大垣地域の1人1日家庭用給水量は、もともと名古屋市や尾張地域に比べ値自体が小さく、平成8年までをみれば増加傾向にある。
 しかし、甲58の図16(甲20、24の訂正、データは甲59)を見ると、浴室普及率はむしろ岐阜県の方が愛知県より高くなっている。また、平成10年度の1人1日家庭用給水量245L(乙158の2)という値は、尾張地域の260Lにかなり近づいてきていると言える。名古屋市や尾張地域がそうだったように、増加要因が限界になれば、頭打ちになることが予測され、実際、平成9年度と平成10年度の数値をみれば、ほとんど増加がなく、頭打ち傾向がすでに現れ始めているとも言いうる。
   ロ) 業務用給水量
 乙158の2には、1人1日有収水量全体のデータがないので、1人1日有効水量から1人1日有収水量(家庭用)を差し引いた最広義の1人1日業務用給水量で検討してみる。そうすると、過去20年間では、平成3年度の90Lをピークにして、横ばいないし減少傾向にある。
 1人1日家庭用給水量が頭打ち傾向になっているので、今後の増加要因となり得るのは1人1日業務用給水量であるが、実績から見て、1人1日業務用給水量は、最広義のそれで最大90L程度で今後も横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。特に、1人1日業務用給水量が水公団予測のような年増加量4.9Lで23年間増加し続けるというのは不合理である。業務用給水量も横ばい傾向が今後も続くと考えるのが合理的である。
   ハ) 有効率の向上
 大垣地域の特徴は、無効水量が大きいことである。乙158の1の図で、1人1日平均給水量(■)と1人1日有効水量(▲)を比較してみると、大垣地域の有効率は、0.8くらいしかない。名古屋市や尾張地域が0.9以上あるのに比べ、かなり低い数値になっている。
 漏水対策をとって無効水量を減らして、有効率を高めれば、給水量を減少させたり、増加させないことができる。実際大垣地域でも、平成2年度と平成8年度を比べると有効率は3%程度上昇しており、その間、家庭用給水量は増加し、有効水量は横ばいないし微増傾向であるが、平均給水量はほぼ横ばいである。平成8年度の1人1日平均給水量387Lを前提として、有効率を名古屋市の平成8年度の実績0.95まで高めたとしたら、1人1日有効水量は368Lとなり、大垣地域の実績323Lから45Lの1人1日有効水量を生み出すことができる。これは、大垣地域の平成8年度までの10年間の1人1日家庭用給水量の増加量よりも多い。
 なお、最終弁論期日の直前に送られてきた乙227の1[1人当たり水道配水管延長と無効水量率]によって、被告は、1人当たり水道配水管延長が小さい名古屋市は無効水量率を減らすことができるが、1人当たり水道配水管延長が大きい大垣市など大垣地域の市町は無効水量率を減らすことが難しいといいたいようである。しかし、無効水は水道管の接続部等からの漏水が殆どである。したがって、水道配水管延長が大きくなればなるほど、接続部の数は増えるので、漏水の可能性は増大する関係にある。水道配水管延長が大きい名古屋市でも、無効水量がかって昭和53年は17%であったのが、その減少の取組により、平成7年には6%に減少してきているのである。名古屋市よりも水道配水管延長が小さい大垣地域の市町、特に水量の多い大垣市では、無効水量減少のための取組がなされれば、有効率は向上していくのである。
   ニ) 合理的将来予測
 以上からすれば、大垣地域の場合、家庭用給水量は増加傾向にあるものの、頭打ちの兆しが見えており、業務用は横ばいないし減少傾向にある。有効率が低いので向上の余地があり、これにより1人1日平均給水量を減少させたり、増加させないことができる。
 実際、1人1日平均給水量の実績は、平成2年度以降390L程度でほぼ横ばいであり、そのことは乙158の1の■のグラフ線をみれば明らかである。1人1日有効水量の実績についても、平成2年度以降、横ばいないし微増傾向である。平成2年から平成8年の平均増加量は1.833L/年しかなく、水公団予測である4.9L/年の半分をはるかに下回る。
 したがって、1人1日平均給水量は390L程度で横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。この390Lは名古屋市の1人1日平均給水量と同じで、かなり大きい数値である。仮に1人1日有効水量が平成7年から30年までの23年間、1.833L/年で増加し続けるとしても、平成7年度の316Lから約42Lしか増えず、有効率の向上によって平均給水量の増加が抑制されるので、有効率の低い現状での400L以下で横ばい傾向が続くと考えられる。
 とすれば、給水人口も頭打ちが確実な状況では、日最大給水量も大幅な増加はありえないと言ってよい。
 大垣地域の場合には、水道用水の水源はほとんどが地下水であり、河川水源を前提とした供給能力というものは想定できない。もっとも、上水道の計画1日最大取水量をみると19.4万m3/日、簡易水道の最大給水量実績推定値2.1万m3/日を合わせると21.5m3/日になり、これを大垣地域の供給可能水量と見ることができる(甲20p11、乙137p798)。
 実績の推移からの連続性からは、日最大給水量(平成8年で15万m3/日)が供給可能水量(21.5万m3/日)を超えるに至るような予測は困難であり、供給能力を超えるようにはならないと予測される。

5 小括(甲67p2、6、8)
 1) 名古屋市における水公団予測と実績との乖離
 名古屋市における水公団予測と実績との乖離について、甲67p2の図によって説明する。
 名古屋市について、乙115の水公団予測で示された平成30年度の予測値の1人1日平均給水量501Lが■印であり、日最大給水量184万m3が黒色棒グラフである。これが平成7年度の1人1日平均給水量377Lが年当たり5.4L増加し続けた結果である。
 昭和50年度以降の実績は、1人1日平均給水量が□印、日最大給水量が白色棒グラフである。この実績値の推移から水公団予測値への連続性を見いだすことはできない。1人1日平均給水量の実績は、平成4年頃の410L程度が最大で、以後は390L程度で横ばい傾向が続いており、今後もこの傾向が続くと考えるのが合理的であり、年当たり5.4Lも増加し続けることは到底考えられない。実績の推移からの連続性からは、日最大給水量が供給能力160.7万m3/日を超えるような予測は困難である。
 名古屋市についての乙115の水公団予測は、実績から大きく乖離しているとしか言えない。
 2) 尾張地域における水公団予測と実績との乖離
 尾張地域における水公団予測と実績との乖離について、甲67p6の図によって説明する。
 尾張地域について、乙115の水公団予測で示された平成30年度の予測値の1人1日平均給水量501Lが■印であり、日最大給水量105万m3が黒色棒グラフである。これが平成7年度の1人1日平均給水量377Lが年当たり5.4L増加し続けた結果である。
 昭和50年度以降の実績は、1人1日平均給水量が□印、日最大給水量が白色棒グラフである。この実績値の推移から水公団予測値への連続性を見いだすことはできない。1人1日平均給水量は370L程度で横ばい傾向が続くと考えるのが合理的であり、年あたり5.4Lも増加し続けることは到底考えられない。実績の推移からの連続性からは、日最大給水量が供給能力86.1万m3/日を超えるような予測は困難である。
 尾張地域についての乙115の水公団予測は、実績から大きく乖離しているとしか言えない。
 3) 大垣地域における水公団予測の実績との乖離
 大垣地域における水公団予測と実績との乖離について、甲67p8の図によって説明する。
 大垣地域について、乙115の水公団予測で示された平成30年度の予測値の1人1日平均給水量512Lが■印であり、日最大給水量32万m3が黒色棒グラフである。これが平成7年度の1人1日平均給水量388Lが年当たり5.4L増加し続けた結果である。
 平成2年度以降の実績は、1人1日平均給水量が□印、日最大給水量が白色棒グラフである。この実績値の推移から水公団予測値への連続性を見いだすことはできない。1人1日平均給水量は390L程度、多くとも400L程度以下で横ばい傾向が続くと考えるのが合理的であり、年あたり5.4Lも増加し続けることは到底考えられない。実績の推移からの連続性からは、日最大給水量が供給可能量21.5万m3/日を超えるような予測は困難である。
 大垣地域についての乙115の水公団予測は、実績から大きく乖離しているとしか言えない。
 4) 水公団予測の不合理性は本件事業認定処分時に明白であった
 これらの水公団の水需要予測が過去の実績から大きく乖離している不合理性を、被告は、本件事業認定処分時に十分認識していたか、少なくとも容易に知り得た。
 人口については、それが減少することを予測し得たことを山崎証人自身が認めた。原単位についても、乙115を見るだけでも実績との乖離は明らかだった。在間証人の反対尋問にあたって必要かつ重要なデータを法廷に提出してきたことは、被告に水公団予測と実績との乖離を認識する能力が十分あったことの何よりの証左である。負荷率についても、あえて実績より小さな値を用いている。
 このような事情から、被告は単に水公団予測の不合理性を過失によって見過ごしたにとどまらず、むしろ意図的に過大な予測を追認したと考えざるをえない。

第3 工業用水
1 徳山ダムよって開発される工業用水について
 1) 徳山ダムで新規利水として開発される都市用水12m3/秒のうち、工業用水は4.5m3/秒で、そのうち、3.5m3/秒が岐阜県、1.0m3/秒が名古屋市に供給されう。岐阜県の工業用水は大垣地域(工業統計では大垣市をはじめとする20市町村)で工業用水道事業を行う利水者に使用され、名古屋市の工業用水は名古屋市営工業用水道に使用される予定である。
 2) 名古屋市には名古屋市の経営する工業用水道事業(名古屋市営工業用水道、地方公営企業)が存在するが、大垣地域には工業水道事業が存在しておらず、工業用水道事業は具体的な計画すらない(乙115p58)。
 木曽川水系では、工業用水を開発したものの、かなりの開発水が利用されていない状態が恒常化している。例えば、岩屋ダム(昭和51年完成)は岐阜県の工業用水として4.33m3/秒を開発したが、これは、0.35m3/秒の半分を使用して可茂地区工業用水道が原水供給しているだけで、残りは現在まで使われておらず、工業用水道を敷設する計画のめどすら立っていない。岩屋ダムは愛知県の工業用水として6.30m3/秒を開発したが、うち2.52m3/秒は名古屋臨海工業用水道事業の水源であるが、事業自体が休止して、全く利用されていない(長良川河口堰が完成するまでは、暫定転用利用として、知多地方の水道用水に使用されていた)。
 名古屋市および岐阜県の工業用水の需要実績および供給能力からすれば、今後、新たな水源として徳山ダムを求める必要などない。にもかかわらず、著しく過大な水需要予測を行なうことにより水公団および被告は徳山ダム建設を行おうとしているのである。以下では被告等の予測が過去の実績とかけ離れている事実を明らかにした上で、被告等による予測手法の問題点を明らかにする。

2 実績と予測の乖離
 1) 水公団および被告の工業用水需要予測
 乙115p52〜54にかけて水公団が行った予測の推計過程が記載されている。この予測・推計は次の式を用いて求められたものである(平成11年10月15日付被告第2準備書面p30以下)。
 将来工業用水需要量(将来淡水補給量)
 =将来の工業出荷額×将来の補給水原単位
 =将来の工業出荷額
  ×{(将来の工業出荷額当たり淡水使用水量原単位×(1−回収率)}
 乙115p52では名古屋地域の工業用水の、同p54では大垣地域の工業用水の需要予測について記載されている。いずれの予測も次の3つの考え方を基本に推計されている。
 @ 淡水使用水量原単位は将来にわたって変化しない。
 A 回収率は将来にわたって変化しない。
 B 工業出荷額は今後も継続して伸びていく。
 上記@〜Bを前提にして推計式に当てはめれば、工業出荷額の伸びと共に当然に使用水量も増大する。この水公団の予測に立てば、時が経てば経つほど使用水量は伸びていくことになる。
 その結果、工業用水需要量(淡水補給水量)は、大垣地域では平成7年度の37.1万m3/日が平成30年度には64万m3/日に、名古屋市では平成7年度の7.6万m3/日が平成30年度には16万m3/日に、2倍近くになる予測をしている。
 しかし、このような予測は明らかに過去の実績の推移とは異なっており、これから乖離している。
 2) 水公団および被告の予測の過去の実績との明らかな乖離
 甲20図19には岐阜県大垣工業地区の工業用水に関する水公団の予測が、同図20には名古屋市工業用水道に関する予測が示されている。これらの図中の水公団予測に関する部分は乙115p52〜54を基に作成したものである。
 先にも述べたが、水公団予測に従えば、工業用水需要量(淡水補給水量)は、大垣地域では、予測の開始時点である1995年(平成7年)には371,000m3/日であったのが、2018年(平成30年)には640,000m3/日と急激に増加することになる(甲20図19、甲59)。
 同様に、名古屋市工業用水では、水公団予測の開始地点である1995年(平成7年)には76,000m3/日であったのが、2018年(平成30年)には160,000m3/日と急激に増加することになる(甲20図20、甲59)。
 乙115の予測は、工業用水需要量(淡水補給水量)はいずれの地域も直線的に増加する予測になっている。一方、甲20図19、図20で黒丸で示された工業用水の実績は1991年から減少傾向にあり、過去の実績に比較して被告等の乙115の予測は明らかに異なった傾向を示している。
 甲67p12、14、15にも1995年(平成7年)までの工業用水(淡水補給水量)の需要実績と水公団予測の関係が図示されている。それらによると水公団予測の目標年である平成30年における淡水補給水量の数値は実績の傾向とは全く異なったものとなっている。
 被告等は「実績ベース」と称して、過去の実績傾向は今後も続くものとして過去の実績をもとに将来を予測しているというが、そうであるならば被告等が示す将来の傾向は過去の実績傾向と連続する結果になってしかるべきである。しかし、補給水量の実績が示す傾向は、乙115の予測とは大きく異なる。乙115等の被告等の予測(水需要の直線的上昇)が不合理であることはこうした過去の実績を示す図を一見するだけでも明らかである。
 3) 乙115p78、79の表
 原告らは平成12年2月21日付第3準備書面p35にて、大垣地域および名古屋地域の工業用水について補給水量の動向および問題点を明らかにした。
 それは乙74および75をもとにしたもので、原被告に争いのない過去の実績をもとに主張したのである。乙74の表は乙115p79の、乙75は乙115p78の各表にそれぞれ対応しており、内容は全く同じである。但し、乙74および75は補給水量(使用水量−回収水量で求められる)の欄を作成していないため、補給水量が横這い又は減少傾向であることが隠蔽された内容となっている(このような自己に不都合な重要データを隠して誤解をさせるというやり方は、随所で見られる水公団や被告のやり方である。その代表的な例は、愛知県、名古屋市、および岐阜県の水道用水の1人1日給水量の実績が判っているのに、これを用いず、実績と異なる東海地方全体の直線化しやすい数値だけを用いて将来値を予測したやり方であるが、これもそのようなやり方の一つである)。
 乙115p78は名古屋地区の工業用水関係資料であるが、昭和60年の工業出荷額(H7ベース)は42,334億円、使用水量は1,912,653m3/秒、補給水量は411,169m3/秒である。これが平成7年になると出荷額は55.603億円と上昇しているのに対し、使用水量は1,734,814m3/秒に大きく減少し、補給水量も353,892m3/秒と減少している。
 乙115p79は大垣地区の工業用水関係資料であるが、昭和60年の工業出荷額(H7ベース)は7,970億円、使用水量は615,617m3/秒、補給水量は407,675m3/秒である。これが平成7年になると出荷額は10,189億円と上昇しているのに対し、使用水量は564,264m3/秒に大きく減少し、補給水量も371,262m3/秒と減少している。
 過去の実績から判断すれば、工業出荷額の上昇に対し使用水量、補給水量は減少している。証人山崎房長は当法廷で「一般論として過去の実績をふまえるということは重要な要素だと思います。」、「過去の実績は重要な要素だと思います。」と繰り返し証言する(第14回調書p94)。そして工業出荷額と補給水量の関係について、乙115p78の数値を示して水公団予測と過去の実績があわないことが反対尋問で追及されたところ、水公団予測と過去の実績が合わないことを認めざる得ない結果となった(同調書p95)。
 乙115は本件事業認定処分の基礎となった資料であるが、この資料から水公団予測が不合理なものであるかは容易に理解できるのである。
 4) 甲20
  イ) 甲20は嶋津作成にかかるものであるが、図19では岐阜県の、図20では名古屋市の工業用水の過去の実績が●で示されている。甲67p11、13にも同様に過去の実績が図化されている。これらの図からも1977年(昭和52年)から1998年(平成10年)にかけての実績は岐阜県において明かな減少傾向にあり、名古屋市においては横這いから減少傾向にあり、いずれの地区においても1991年から減少傾向にあるる。
 なお、甲20の名古屋工業用水の実績は、乙115p76、78の使用水量に、乙115p53に記載されている名古屋市工業用水の名古屋地区全体に対する補給量率28.7%が乗じて求めてある。これは、乙115p76、78の使用量に「名古屋市工水」と「県工水その他」が含まれていることから、名古屋市工水分を被告の手法によって算出したためである。
 甲20図19、図20には「公団の予測」が□‥‥□で示されているが、年の経過と共に工業用水の需要が限りなく伸びていくという乙115の被告等の予測は、過去の水需要の実績と全く異なる傾向であることが明白に見て取れる。
  ロ) 嶋津は、甲20図1では木曽川流域の工業用水の実績と旧フルプランとの関係を、同図4ではそれと新フルプランとの関係を明らかにした。図1でも分かるように旧フルプランは過大な予測となっており、1970年以降は実績とは全く異なる。このような誤った予測がされていたにもかかわらず、新フルプランにおいても実績とは乖離した過大な予測がされたのである。
 新フルプランは、旧フルプラン期限切れの1985年(昭和60年)を出発年としているが、現実に改訂決定がなされたのは1993年(平成5年)であった。新フルプラン改訂時には旧フルプランの過大予測は明白となっていたのであるから、新フルプランでは旧フルプランの誤りを分析して改めるべきであった。しかし、新フルプランにおいても甲20図4の通り、同じ誤りが繰り返された。しかも、新フルプランが決定された1993年は、既に予測出発年の1985年から7年経過していた。その7年間について実績と比較しても、既に新フルプランの予測は実績と齟齬していた。新フルプランが実績と齟齬する不合理なものであることは新フルプラン決定時に既に判明していたのである。
 乙115など水公団および被告による大垣地域と名古屋市の工業用水需要予測は新フルプランの予測を追認するものであり、過去に繰り返されてきた過ちが改められないままなされた予測なのである。
 5) 甲67
 乙115p78の表に従えば、名古屋地区の場合、工業出荷額(H7ベース)は昭和60年(42,334億円)から平成7年(55,603億円)にかけて上昇傾向にあることが容易に判断できる。一方、補給水量は横這いまたは減少傾向である。
 在間正史は乙115p78などを利用して甲67を作成した。甲67p14には名古屋地区について、工業出荷額H7年ベースが−×−の線で示され、市補給量が−◇−の線で示されているが、工業出荷額は昭和60年頃から平成3年にかけて上昇傾向にある一方で、名古屋市補給量は横ばいあるいは減少傾向であることが容易に理解できる。平成3年以降工業出荷額の線は減少傾向あるいは複雑な動きをするが市補給量にはそれに対応した変化はなく横ばい、減少という傾向を示している。
 乙115p79には大垣地区の値が示されているが、この表の数値を眺めるだけでも工業出荷額の上昇があるにもかかわらず補給水量は減少傾向にあることが見て取れる。甲67p11および12には乙115p79が図化されたものが示されているが、工業出荷額と補給水量との関係に特定の関係を見いだすことはできない。
 このように工業出荷額および補給水量の過去の実績を検討すれば両者が正の相関性を示すとは言えない。むしろ過去の実績は企業は「使える水」の範囲で生産活動を行う傾向にあると思われる。
 6) 被告等の予測手法は、工業用水需要量(淡水補給水量)は1)で述べた推計式で得られ、式の変数の使用水量原単位も回収率も一定という前提に立つ。したがって、工業出荷額の増加に併せて、使用水量、補給水量ともに同じ傾向で増加していくというのが被告等の予測であった。しかし、乙115p78、79で示された実績値は、工業出荷額が伸びていても補給水量は横ばい又は減少傾向にあり、工業出荷額に変動があってもそれと同じ傾向で補給水量は変動しておらず、むしろ補給水量はあまり変動していない。被告等の予測手法に合理性があるならば、過去の実績においても、工業出荷額の変動に併せて、使用水量、補給水量ともに同じ傾向で変動していくという関係がなければならないが、事実は以上のように全く異なる。このように事実は明白なのである。
 しかも特に重要なことは、甲20あるいは甲67によって示された過去の実績は全て乙115の資料をもとに作成されている点である。乙115p78には名古屋地区の工業用水についての、同p79には大垣地区の工業用水についての補給水量などの過去の実績が記載されている。これらの数値の傾向を追っていけば、被告は過去の補給水量の実績が漸減傾向にあることは、グラフ化しなくても容易に判断できた。平成7年度から平成30年度へ急激に上昇していく水公団の推計が過去の実績と矛盾することの判断も、被告にとっては容易にできることだったのである。被告は、本件事業認定処分時に実際に水公団から提出された資料から、水公団予測が不合理であることをきわめて容易に判断できたにもかかわらず、これをせず本件事業認定処分をしたのである。
 7) 過去の実績と確保量
  イ) 乙115p59には、徳山ダム以外の既存供給施設等による確保量が示されている。甲20図19には大垣地区工業用水の、甲67甲20図20、甲67p13〜15には名古屋地区工業用水の実績が示されている。いずれの図にも示されている大垣地区、名古屋地区の工業用水の供給量は乙115p59「現在の確保量(給水量)」である。上記で指摘した工業用水の過去の実績からすれば将来にわたっても工業用水需要は確保量内で対応でき、徳山ダム開発の必要はない。
  ロ) 名古屋市工業用水
 名古屋市工業用水道の給水能力と供給実績との比較が甲67p15の図に示されているが、市補給量および名古屋市工業用水道平均配水量の過去の実績は8万m3/日または6万m3/日で横ばいないし漸減傾向にある。過去の実績からすれば名古屋市工業用水道の給水能力15万m3/日を上回ることはない。嶋津は甲19図20で、ウォータープラン21をベースにした予測を示しているが、過大予測との批判があるウォータープラン21を基にしたとしても将来の工業用水需要が名古屋市工業用水道の供給能力を上回ることはない。
  ハ) 大垣地域工業用水
 大垣地域では工業用水道事業は存在せず、計画すら決定されていない(乙115p58)。工業用水の水源は殆どが地下水である。そのため確保量を確定することは困難であるが、水公団は昭和60年〜平成7年で最大となった平成2年の淡水補給水量をもって「現在の確保量」としている(乙115p57、79)。そして、平成11年10月15日被告第2準備書面p56によると、「大垣地域では、今後(平成7年)の新たな需要増に対してはすべて徳山ダム開発に依存することになる。」としている。大垣地域では全量地下水に依存しているから「今後の新たな需要」が徳山ダム開発水に依存するとは、新たな工業用水需要全量に対して地下水使用禁止の規制が行われるということが前提になる。また、前述の通り、乙115によれば大垣地域では淡水補給水量を確保量としているのであるから、平成8年以降は新規の地下水揚水を禁止する揚水規制が行われ、新規水需要分は全て徳山ダム開発に依存することを前提とする。この点、後記第4地盤沈下において明らかにするように、大垣地域では、新規地下水揚水の禁止はもちろん、その他の本格的な地下水揚水規制は平成14年の今日でも行われていないし、今後本格的な規制を実施する予定もない。
 甲67p11の使用水量の推移、補給水量の推移で見られるように大垣地域の工業用水の実績は減少傾向にあり、現在の確保量(地下水揚水量)で十分対応できる。また、乙19p19図ではウォータープラン21をベースにした予測が行われているが、それであっても「徳山ダムを除く供給量」に収まる結果となっている。後記の通り大垣地域の回収率は33%程度できわめて低い。大垣地域での回収率が70%程度に向上することは可能なことであり、回収率の向上により水源を得るのと同じ結果となる(甲68p28)。そのような事情のある大垣地域の工業用水について、新規に水源開発をする必要はないのである。
 8) 実績の重要性
 一つの予測が合理的であるかは、過去の実績を説明できるかどうかによって判断されることは言うまでもない。原告らが繰り返して説明してきた内容は、すべて過去の実績データやそれを分析した結果を基にしたものである。これらのデータについては既に原被告間で争いのない事実なっている。
 ところで、本件での被告等の予測、すなわち将来にわたって工業出荷額は限りなく増加していく、また、その増加と共に補給水量も限りなく増加していくという予測は、過去の実績に基づくものであるから合理的であると被告はいう(証人山崎房長)。その被告の合理的であるという判断の基礎資料が乙115である。
 乙115には2つの推計が示されているが、本件では被告はそれぞれ「長期計画ベース」、「実績ベース」と命名し、「長期計画ベース」を排したうえで、「実績ベース」予測から判断して本件事業認定申請に合理性ありと判断した。被告が「長期計画ベース」を採用しなかったのは「起点のところの値と実績値の乖離が説明できない」(平成13年5月16日付け証人山崎の調書p45)という理由からであった。証人山崎房長は1つの予測が合理的であるかどうか判断する上で、過去の事実を説明できるかどうかどうかは合理性判断の「かなり重要な要素だと思います。」と証言した(証人山崎の平成13年5月16日付調書p84)。
 このように、当該予測が過去の実績で説明できるかどうか、あるいは当該予測で過去の実績を説明できるかによって、その予測が合理的であるか、科学的であるかが判断されることを被告は認めざる得ないのである。
 被告の考えを貫くならば、それまで補給水量が横ばい又は漸減であるならば、将来においても横ばい又は漸減であろうと推測すべきである。実績値において工業出荷額の上昇と補給水量が正の相関性が認められないというのであれば、将来も正の相関性は認められないだろうと考えるべきなのである。過去の工業用水の需要実績は増加傾向にないのであるから、その需要が増加し続けるという本件事業認定申請での水公団の予測は、過去の実績と乖離しているので不合理であると、被告は結論づけなければならなかったのである。
 9) 被告等は、工業出荷額の増加に併せて、工業用水需要量は伸びていくと予測した。このような考えが不合理であることは上記の通りである。「工業出荷額の増加に併せて淡水使用水量も増加するという前提で将来の淡水使用水量や淡水補給水量を予測するのは、誤っているのである。」(甲68p25)。
 水公団は、@使用水原単位が変化がない、A回収率は変化がない、B工業出荷額は今後も継続して伸びていくという考えによって推計を行い。被告はそれを容認した。これら@〜Bはいずれも、本件事業認定処分時はもちろん現在でも実績とは異なる。被告は実績に反する考え方によって推計過程で無理を重ね、実績と著しく乖離する予測を正当化してきたのである。以下ではこれら@〜Bに沿って検討を加える。

3 原単位について
 1) 変化する原単位
 乙115p79には大垣地区の使用水量原単位が記載されている。それによると昭和60年から平成7年にかけての実績は年毎に著しく変化し一定していない。甲67(甲34)p12には使用水量原単位が−◇−で示されているが、昭和60年から平成6年にかけての変化を見れば減少の一途をたどってきたことが分かる。平成6年から平成8年頃については一定の傾向を見いだすことが難しい。また、甲54p1は乙115p78の大垣地区の使用水量と工業出荷額を散布図にしたものであるが、使用水量原単位が一定であれば、直線状に並んで右上がりの点群にならなければならないが、点は図全体に散らばっており、傾向は読み取れない。いずれにしろ、被告がいうように使用水量原単位が変化せず一定であるという事実はない。
 甲67p14には名古屋地区の使用水量原単位が示されているが、それも昭和60年から平成7年にかけては減少の一途をたどっている。甲54p2は乙115p78の名古屋地区の使用水量と工業出荷額を散布図にしたものであるが、点は図全体に散らばっており、傾向は読み取れない。このように過去の実績から判断すれば、使用水量原単位が将来にわたって変化がないとすることは実績を無視した不合理な判断である。
 2) 水公団の考えとその矛盾
 乙115p54によると、大垣地域の工業用水について水公団は平成3年から平成7年の「実績を見てもほとんど変化はなく、この間の各年のバラツキの方が大きい」と説明したうえで、使用水量原単位は平成7年度の値から将来にわたって変化のないものとして扱っている。
 しかし、既に述べたように甲67p12のように、昭和60年から平成6年ころについては使用水量原単位は減少傾向にありその後また変化している。平成3年から平成7年の間をみれば「バラツキ」が大きく、そこに一定も含めて変化の法則を見いだすことは難しい。平成3年から平成7年にかけては年毎に変化がある。このような大きな「バラツキ」を認識しながら、水公団はこれを「実績をみてもほとんど変化はなく」、つまり一定という、読み誤りとしか考えられない評価を下しているのである。
 これは名古屋地区工業用水についても同じことが言える。乙115p78、それを図化した甲67p13およびp14からみれば、使用水量原単位は減少傾向にあり、明らかに年ごとに変化している。このような明確な変化、それも乙115p78のように水公団が被告に対してわかりやすくまとめた表があるのであるから、使用水量原単位が将来にわたって変化しないと言い切ることはできない。
 3) 甲19p17図10は、富樫幸一が大垣地区における淡水使用水量原単位と実質工業出荷額との関係を図に表したものである。
   被告等の主張に沿えば、工業出荷額が変化しようと淡水使用量原単位は変化がないのであるから、グラフ線は一定の水準で水平な直線傾向にならなければならないのであるが、そうはなっていない。「1980年代に入ると実質工業出荷額の成長に対して、使用水原単位は右下がりの減少傾向を示していた。1990年代に入ると出荷額の増加と減少の振動に対して、原単位の変化は少し複雑な動きを示す。一見して原単位の低下傾向が小さくなるかのようであるが、実質出荷額が減少した1991年から94年の期間は原単位はさほど低下せず、あるいは94年のようにむしろ上昇し、再び実質出荷額が成長する94年から97年の期間は再び減少傾向が生じている。」(甲19p10)。このグラフ線で示された1980年(昭和55年)から1998年(平成10年)の一連の使用水量原単位の数値を見れば一定傾向にないことは明らかである。とりわけ、平成3年から平成10年にかけての変化には法則を見いだすことは難しい。同様の分析は甲68p24でも行われている。
   名古屋地区の工業用水についても事情は同じである。甲67p13には名古屋地区工業用水について工業出荷額と使用水量、補給水量の関係が示されている。甲68p30にはその分析を次のように行い、「これら(工業出荷額、使用水量、淡水使用水量原単位)の間に何らかの定まった関係を見いだすことは困難である。」と指摘する。
@ 昭和60年度から平成3年度にかけては、工業出荷額が増加しているが、淡水使用水量は増減を繰り返している。そのため、淡水使用水量原単位は少しずつ低下している。
A 平成3年度から平成6年度までは、工業出荷額が減少し、淡水使用量も減少している。そして、淡水使用量の減少率が出荷額の減少率よりも大きいため、淡水使用水量原単位は低下している。
B 平成6年度から平成7年度までは、工業出荷額が増加し、淡水使用水量は増加した。しかし、工業出荷額の増加率が淡水使用量の増加率よりも大きいため淡水使用水量原単位は低下している。
 この事実は工業出荷額が伸びれば使用水量が伸びていくという関係にはないことを物語っている。たとえば工業用水道の場合、工場側の受水量の変動にかかわりなく一定量までは同一の水道料金を支払う仕組みになっている。そのため、一定量までは節水に向けての動機付けに乏しい。逆に生産量の上昇と共に使用水量が増加してコストの上昇に転嫁される段階になると節水の動機付けが生まれ、使用水量の減少につながるのである。そうした事実一つとってみても工業出荷額と使用水量原単位との関係は複雑になると言わざる得ないのである(甲19p10)。
 4) 被告等の恣意性
 そもそも、被告等は使用水量原単位について平成3年から平成7年の5年間の数値を持ち出して「実績をみてもほとんど変化はなく」と結論づけた。
 上記にように、この期間を見ても実績に変化があることは明らかなのであるが、昭和60年からの数値を判断すれば年ごとに変化しており、特に、使用水量原単位が減少していることが明らかであった。乙115p78、79に表によってわかりやすく整理されているにもかかわらず、使用水量原単位一定という自己を少しでも正当化しようとして、平成3年から平成7年を選び出しているのである。
 後に述べるように被告は工業出荷額変化の基礎資料としての過去の実績値を使用する場合には昭和60年から平成7年の10年間の数値を用いた。一方で、使用水量原単位となると平成3年から平成7年の5年間を用いている。同一の推計計算式に用いる数値を得るための基礎データの選択において、一方で過去10年分を基準とし、他方で過去5年分を基準とする合理性はどこにも見いだせない。工業出荷額も工業出荷額当たり使用水量原単位も、本来から言えば工業出荷額に結びついたものであるから、両者を別異の期間から求める理由に乏しい。自分に不利な数値は隠して用いないという水公団や被告のやり方をここでも見いだすことができる。
 5) 被告は長期計画ベースが誤っているとしてやり直しさせ、実績ベースの推計を水公団に出させた。しかし、実績だとしつつも被告が採用した原単位の傾向は実績とは異なるものであった。そして、変化する原単位については他の資料からも見て取れる。
 中部地方整備局事業評価監視委員会議事概要(乙193)添付説明資料9には大垣地域の工業用水の使用水量原単位を示した図が掲載されているが、そこでは使用水量原単位は明らかに減少傾向を示している。特に、工業出荷額が上昇している年に使用水量原単位が減少している。添付説明資料11には名古屋市の工業用水の使用水量原単位が図で示されているが、様々に変化している。大垣地域と同様に、工業出荷額が上昇している年は使用水量原単位が減少し、工業出荷額が横這い又は減少した年に使用水量原単位は横ばい又は上昇している様子が分かる。いずれの地域においても、補給水量(需要量)は減少または横ばいである。企業などが取り入れる水の範囲内で生産活動を行っている傾向を読みとることができる。
 平成8年度版「流域別下水道整備総合計画調査」(乙224p36)には工場の排水量の予測について記載されている。
 工場排水量=用水量合計−(ボイラー用水量+原料用水量+回収水量)
 補給水量=用水量合計−回収水量
で求められるので(乙193p37)、工場排水量は工場補給量と基本的に同じ計算である(水量としても、用途水量においてボイラー用水と原料用水の占める割合は小さい)。工場排水量の予測は補給水量と同様の手法で行われているのである。p39図3-9は排水量原単位と工業出荷額の関係が図化されているが、それによると、工業出荷額が増加傾向になっているときに、排水量原単位は減少傾向にある。さらに、平成3年以降、工業出荷額は減少しているが、排水量原単位は横ばい傾向に転じている。補給水量に相当する排水量は減少傾向であり(p38図3-8)、企業などが取り入れる水の範囲内で生産活動を行っている傾向を読みとることができる。この資料でも、甲67p11の図と同様の企業などが取り入れる水の範囲内で生産活動を行っている傾向を読みとることができる。
 6) 被告等は乙115p238の使用水量と工業出荷額の図(全国)をもって正当化しようとする。しかしながら、この図を利用できるかどうかは、全国についての資料が大垣地域、名古屋地域で当てはまるかどうかの検討が不可欠である。
 大垣地域と名古屋地域についての工業出荷額、使用水量の過去の実績が乙115p78、79に分かりやすい表となって示されている。甲54は乙115p78、79の名古屋地域と大垣地域の使用水量と工業出荷額を散布図にしたものである。使用水量原単位が一定であれば、乙115p238の全国値のように直線状に並んで右上がりの点群にならなければならないが、甲54では、点は図全体に散らばっており、傾向は読み取れない。大垣地域および名古屋地域の工業出荷額と淡水使用水量との間に一定の関係を見いだすことは難しい。乙115p238の図が両者の関係を正の直線となっていることと明らかに異なっている(甲68p31)。乙115p78〜79に示されている数値から、乙115p238の図は大垣地域、名古屋地域には当てはまらないことは明らかであるし、乙115にあるのであるからそのように判断することも容易であった。
 本件事業認定では、乙115p78、79によって名古屋地域と大垣地域での使用水量原単位の一定は否定されており、乙115p238の図をもって名古屋地域と大垣地域での使用水量原単位の一定の根拠にすることはできず、被告等は名古屋地域と大垣地域の実績に即して予測を進めるべきだったのである。
 大垣地域と名古屋地域の使用水量原単位の動向が乙115p78、79で判っていることを考えると、大垣地域と名古屋地域の実態と異なって、使用水量原単位一定を正当化するために、わざわざ対象地域の値を用いずに、全国の乙115p238の図を持ち出したものである。

4 回収率
 1) 大垣地域では、回収率は34.2%が継続するものと仮定している(乙115p54)。この回収率は全国的に見ても著しく低い数値である。
 なお、乙115p146では、平成4年度から平成7年度までの実績に基づいて求めた年当たり回収率改善率0.31%を用いて、平成12年度における大垣地域の回収率は34.0%としている。これは、岐阜県想定の回収率37.7%と大きな違いはないとしているが、その理由について何も触れていない。そして、乙115p147では、年当たり回収率改善率0.31%を用いて、平成30年度における岐阜県の回収率を43.3%としている。上記の34.2%はこの値よりもさらに小さい。ここでも少しでも水需要を増加させる数値を用いようとする被告や水公団の姿勢が見て取れる。
 もっとも、乙115p241では、回収率が向上するとの考えに対しては一応のコメントがしてある。それによると、平成6年の実績との比較から見て、水公団は向上するとの見解をとらないとしている。用水量に大きな制約を受けた平成6年の渇水時にも回収率が上昇しなかったことから、回収率の向上は限界にあるとしている。しかし、大垣地域の工業用水はほとんど全部が井戸水(地下水)を水源としている。したがって、河川水の取水制限は関係がない。実際、平成6年度においても、大垣地域を含む岐阜県の濃尾平野地盤沈下等対策要綱観測区域では、工業用水の地下水揚水量は前年度よりも多かった(甲36p)。回収率の予測に当たって平成6年の渇水を持ち出すことは根拠がない。
 2) いずれにしろ、30%や40%の回収率が著しく低い値であることは間違いない。名古屋地域の場合には80%台で推移しているし、北九州市では90%を超えている。大垣地域の回収率が著しく低いのは、大垣地域ではほとんどが工業用水に地下水を利用しており、節水に向けての動機付けに乏しいうえ、行政も地下水揚水規制条例のような回収率を向上させるための積極的な施策をしていないからである。
 前述の「建設省河川砂防技術基準(案)解説」(乙126p38)には「工業用水は使用目的によって、良質の淡水を必要とせず、他の代替手段(回収率の向上、下水処理水の再利用、海水の利用)が可能であるので、総需要量の予測はこれらの水量を考慮して検討することが必要であり、」としている。工業用水ではその用途によって回収し易さが大きく異なる。工業統計表では工業用水の用途を「ボイラー用水、原料用水、製品処理用水、洗滌用水、冷却用水、温調用水」の別に分類しており、冷却用水、温調用水は使用後の排水の水質がよいため、回収利用による再使用が容易である。実際に回収して再使用される水は冷却・温調用水が大部分であると考えてよい。
 大垣地域の場合、用途別合計水量(=水源別合計水量)に対する冷却・温調用水の占める割合は72.3%である(甲68p27)。回収率は33.9%であるので、50%以上の冷却・温調用水が回収されていない(甲68p27)。このような大垣地域の状況を考えれば、今後の回収率の向上は可能である。さらに、厳格な地下水揚水規制が実施されれば、節水に向けてのインセンティブが働き、実際にも回収率は向上する。「大垣地域では地下水の揚水規制は、条例はもちろん要綱による規制すらなされていない。……地下水揚水を、最終的には条例、初めにまず要綱によって厳しく規制するとともに、回収率向上のための指導や努力をすべきである。」(甲68p28)。
 大垣地域に隣接する尾張地域は、回収されにくい製品処理洗浄用水の比率が高い繊維関連業種が大垣地域にもまして多いとされる。用途別合計水量に対する製品処理洗浄用水量の率は40.5%であり、またこれに対する冷却・温調用水量の率は54.1%にすぎないが、回収率は66.5%であり、驚くべきことに回収水量の冷却・温調用水量に対する率は123.1%であり、100%を超えている(甲67p16)。尾張地域は、大垣地域よりも回収しにくい条件にありながら、はるかに多く回収されているのである。
 大垣市の回収率はあまりにも低く、回収率をさらに高めていくことは容易なことであり、回収の動機付けさえあれば、回収率はすぐに向上する。

5 工業出荷額
 1) 経済構造の変化による出荷額と水需要の関係の変化
 被告等の予測は経済構造の変化に全く目を向けることなく、出荷額の上昇が伸びて止まらないものとしている。
 いわゆるバブル経済の崩壊を契機に日本の経済構造が大きく変化したことは公知の事実である。
 甲198では、富樫は工業出荷額の予測について1990年代以降の日本の経済構造の変化を「90年代におけるバブルの崩壊、製造業の海外進出などによって、マイナス成長ないし低成長となる大きな構造変化が認められ、1994年で既にそれが事実として明白になっていた」と指摘する。
 このような経済構造の変化について、嶋津はバブル経済以降の我が国の経済構造の変化を指摘し、工業における用水部門の減少がある一方で、「非用水型工業の生産増または用水型工業の非用水部門の生産増」があるとし、「用水型工業である重厚長大型産業の停滞という産業構造の変化は歴史的な流れであって、今後、鉄鋼業や化学工業などの用水型工業の生産が再び増加傾向に変わることはなく、これからの生産増は非用水型工業、非用水型部門によるものである。」という(甲20p6)。
 産業構造の変化は当然、淡水使用水量あるいは補給水量に反映することになる。被告はこのような経済の構造の変化があるにもかかわらず、工業出荷額が伸び続ける、工業出荷額の上昇に応じて工業用水は限りなく大きく上昇していくものだという前提に立って予測をしているのである(乙115p52、同p54)。
 2) 工業出荷額の実績
 乙115p78、79には、昭和60年から平成7年の名古屋地区と大垣地区の工業出荷額が示されているが、それによると昭和60年から上昇しているが、平成3年をピークに減少傾向となっている。このように、平成3年ころをピークにして出荷額が伸び悩んでいるが、それは先に述べた産業の構造変化が反映しているためである。
 在間は甲67p11およびp12では大垣地区の、p13およびp14では名古屋地区の工業出荷額の傾向を−×−で示し明らかにした。それによれば、いずれの地区も工業出荷額の傾向は昭和60年ころから平成3年ころまで上昇し、その後減少傾向を示している。
 3) 被告等がおこなった工業出荷額の将来予測について
 被告等は昭和60年と平成7年の二つの年を比較して1年当たりの平均伸び率を大垣地域にあっては1.024倍とし、名古屋市地域にあっては1.027倍として将来にわたって同じ割合で工業出荷額が伸びていくと判断した。この時、被告等は昭和60年と平成7年との間の10年間の平均伸率が将来を予測するのに適するかについては何らの判断もしていない。被告等のやり方は、過去の任意の2点を好きに捉えて、その間の平均伸率を用いればよいというものである例えば過去5年間の平均であってもよいし、過去30年の平均であってもよいということである。
 既に述べたように我が国の産業構造は昭和48年の第一次オイルショックを期に高度経済成長が終焉し、昭和54年の第二次オイルショックを経て、経済成長率の伸びは鈍化した。さらにバブル経済を経て大きな変化をが生じた。高度経済成長期には重化学工業といった用水型産業が中心であったものが、今日では非用水型の加工組立産業や重化学工業でも非用水部門が生産の中心となっている。社会的には低成長時代に入ったされ、経済の右肩上がりの時代は終わったと言われて既に久しい。バブル経済の崩壊を経て、経済成長は殆どなく、海外生産の展開によって国内産業はスクラップされている。大垣地域でも名古屋地域でも、工場の閉鎖が相継いでいる。このような産業構造の大きな変化を経ている今日、工業出荷額の変化も将来を予想するのに有意な期間、すなわち、バブル経済崩壊以降の実績を選択するべきであった。
 乙115p78、79ページで示された平成3年から平成7年間の工業出荷額の傾向は大垣地区、名古屋市ともに減少傾向にあることは既に述べた。バブル経済崩壊以降の産業構造が将来大きく変化する要素は見いだせない。そうであるならば、工業出荷額の予想は横這い或いは減少傾向を考慮した手法が用いられるべきであって、被告のように将来にわたって限りなく伸びていくものとすることは合理性がないと言わなければならない。

6 小括
 1) 以上の通り、工業用水需要量(淡水補給水量)の実績は減少から横ばいであり、今後も横ばいが予測される。乙115の水公団予測のように、大垣地域では平成7年度の37.1万m3/日が平成30年度には64万m3/日に、名古屋市では平成7年度の7.6万m3/日が平成30年度には16万m3/日に、2倍近くになることはあり得えない。甲67p12、14を見ただけでも明らかである。大垣地域および名古屋市では徳山ダムの工業用水は将来においても需要がないことは、本件事業認定処分時はもちろん現時点でも明らかである。
 水公団および被告が予測の基礎とした
   @ 淡水使用水量原単位は将来にわたって変化しない。
   A 回収率は将来にわたって変化しない。
   B 工業出荷額は今後も継続して伸びていく。
等の関係は大垣地域、名古屋市地域の実績や実態とは異なっている(@について甲68p24、Aについて同p28)。これらは根拠がない。
 2) そもそも将来の水需給を考える上で重要なのは、どれほど新規に工業用水の補給が必要かである。したがって、原単位として注目すべきは補給水に関する補給水量原単位であり、また、これに影響を与える回収率の向上や使用水量の節減を考慮することである。
 本件事業認定における工業用水需要予測のやり方の根拠として、乙115p238は、「建設省河川砂防技術基準(案)同解説3.5 工業用水の需要予測」を引用して、「工業用水の需要予測にあっては、計画目標年次における製造業出荷額、工業用水原単位をもとに必要水量を算定する。」としている。
 しかし、「建設省河川砂防技術基準(案)同解説3.5 工業用水の需要予測」には続きがあり、乙126p38にそれが示されている。そこでは「工業用水は使用目的によって、良質の淡水を必要とせず、他の代替手段(回収率の向上、下水処理水の再利用、海水の利用)が可能であるので、総需要量の予測はこれらの水量を考慮して検討することが必要であり、原単位としては淡水補給量としての原単位を使用する。」と続いている。工業出荷額に工業用水量原単位を乗じて補給水量を求めるならば、原単位として用いるべきは補給水量原単位であり、また、補給水量を減少させる回収率の向上等の節減要素を考慮することとしているのである。
 上記の指摘内容が、本件事業認定処分の根拠となった乙115に添付されている「建設省河川砂防技術基準(案)」に明確に記載されている。
 3) 水公団や被告は工業用水の需要予測について、「使用量原単位を独自の説明要因として誤って位置づけ、さらに需要が増加するような予測を導くために、原単位の低下傾向の弱まりや横ばいを恣意的に想定した」(甲19p10)。このやり方(乙164もp93の式で明らかなように、使用量原単位を独自の説明要因とするこのやり方の一例である)は、これまで、「たえず誤った需要予測を繰り返してきた。」(甲19p10)のである。
 甲73p5図4の愛知県地方計画における各計画次での需要予測と実績の乖離の繰り返し、また、新フルプラン(甲20図4)の旧フルプラン(図1)と同様な実績との乖離は、この誤った需要予測の繰り返しの一例である。工業用水需要量(淡水補給水量)の予測は、これまで、特に第1次オイルショック後の1975年(昭和50年)以降については、実績が予測の通りになったことは、1例も1度もない。全ての予測が、実績が予測値を下回っており誤っている。将来予測を下方修正しても、実績は必ずその予測を下回って、減少または横ばいであり、この繰り返しである。工業出荷額が上昇しても、工業用水需要量(淡水補給水量)は、減少から横ばいに推移し続けている。
 将来を誤った需要予測において説明されていることは、いつも決まっている。それは、「水使用合理化が限界に近づき、使用水量原単位は低下せず、回収率は上昇せず、両者は今後変化しない」、という説明である。しかし、実際は、工業用水需要量(淡水補給水量)は、予測に反して、減少または横ばいに推移してきている。それは、回収率の低下はもちろんであるが、水使用合理化によって使用水量原単位が減少しているからである。
 取り入れる補給水量の範囲内で生産するのは水使用合理化の具体的な現れである。また、甲68p28で述べたように、回収水は工場プラント内を循環している水であるので、その循環速度を速めてより多い回収水量を得るのも水使用合理化の一つである。乙115p78、79で用いられている工業統計表を整理してみると、尾張地域の回収水/冷却・温調用水は1.231である。企業はこのような水使用の合理化をして、補給水量を増やさないで、言い換えれば補給水量の範囲内で生産を行っているのである。
 実際の工業用水需要は淡水補給水量である。淡水使用水量原単位は淡水補給水量から導き出される結果にすぎないのである。「要するに、淡水使用量の原単位とは予測のための説明変数ではなく、(工業)出荷額の変動とあまり変化のない淡水補給量の推移から生じる見掛け上の結果に過ぎないのである。」(甲19p10)。
 乙163のような水需要予測で特徴的なことは、予測対象の工業用水需要量である淡水補給水量については、その実績の経年的な推移が示されないことである。例えば乙163では、重要な1975年(昭和50年)以降の実績の推移が明らかにされていない。乙163でも、工業出荷額、使用水原単位、回収率については、経年的な実績の推移が図で示されているが、予測対象の淡水補給水量については、経年的な実績の推移が図で示されていない(p8、10)。その結果、予測が実績の傾向から乖離していることが判らないようになっている。
 乙115では、淡水補給水量の実績資料はあるが(p78、79)、これを本文で図としては整理していない。しかし、本件事業認定の処分権者である被告は、この実績資料によって、本文の水公団予測(p52〜54)がこれと乖離していることを認識、判断することができるし、それが事業認定処分権者の役割であり、責務である。
 工業出荷額、使用水原単位、回収率などを説明要因とする推計式を用いて、将来予測をする場合、予測対象(淡水補給水量)と説明要因との間に質的変化が生じているのに、その質的変化が解っていない等のため、質的変化を推計式の中に織り込むことはかなり困難である。したがって、説明要因を多用しない比較的簡単な予測手法の方が適切なことが多い(乙229p76でも同旨のことが述べられている)。工業用水需要量(淡水補給水量)の場合、得ようとする将来値は淡水補給水量であるから、それは淡水補給水量の実績に基づく、あるいはこれを重視した予測である。
 被告は乙115p78、79で示されている淡水補給水量(工業用水需要量)が横ばい、減少している実態を直視し、将来の工業用水需要量を判断すべきであったのである。

第4 地盤沈下
1 地盤沈下と地下水揚水の関係
  −地下水揚水による地盤沈下のメカニズム−
 1) 地下水揚水がどうして地盤沈下を起こすか、その地盤沈下のメカニズムはどのようになっているのか。
 濃尾平野の地下の地質構造は、表層から、沖積砂礫層、沖積粘土層があり、その下は、洪積世の砂礫層、粘性土層が交互に存在している(甲89『濃尾平野の地盤沈下と地下水』p40)。
 地下水は、この砂礫層を流れる(詳しくは、砂礫粒子の間隙部分を流れる)水である。この砂礫層を帯水層という。地下水は、地上に降った降水が、地下帯水層に浸透し、それがより水頭の高い上流から下流へと流れて涵養されている。
 帯水層のうち、表層砂礫層の地下水は水圧が開放されており、不圧地下水である。沖積粘土より下の砂礫層の地下水は、その上にある粘土層の透水性が低いため、粘土層によって被圧されており、その位置の標高よりも地下水頭値が高くなる。したがって、そこに井戸を掘って、粘土層を貫く孔を開けると、地下水位は上昇し、地表上に自噴することが多い。濃尾平野では自噴地下水が多くみられた。これは、濃尾平野では、地下水が豊富であることの結果であり、現れである。
 地下水は、井戸を掘って、ポンプで汲み上げれば利用できる。非常に安価であって、温度変化も少なく、水質も良い。この安価で良質の地下水は、工業用水として、高度経済成長期に、揚水量が急激に増加していった。
 この工業用の地下水揚水の急激な増加は地下水の過剰揚水を引き起こした。上記したように、地下水は、降水が地下帯水層に浸透し、上流側から流れて補給されて涵養されている。揚水量が涵養量を上回ると、地下水収支がマイナスになる。この涵養量を上回る揚水が、過剰揚水であり、地下水位の低下を引き起こす。(甲89p140)
 地下水の過剰揚水があると、帯水層の砂礫層の地下水位(水頭)が低下するが、その上下にある粘性土層の地下水流速は非常に遅いので、粘性土層の地下水位(水頭)よりも低くなる。水は水頭値の高いところから低いところに流れるので、粘性土層から砂礫層への地下水の流れが生じるが、粘性土層の地下水流速は非常に遅く、粘性土層から地下水が絞り出される。粘性土は水がなくなると収縮するので(圧密収縮)、粘性土層の収縮が起こり、それより上の部分の沈下を起こして、地盤沈下が生じる。
 以上が地盤沈下の基本的メカニズムである。
 2) したがって、地下水揚水を原因とする地盤沈下の解明において、キーになり最も重要なことは、地下水揚水による地下水位の低下である。地下水揚水と地下水位の状況について、時間、地域、帯水層に関して解明することが重要であり、それ問題なのである。
 したがって、地下水揚水による地盤沈下の調査、解明には、必ず、地下水汲み上げの状況ともに、地下水位の状況も調べることが必要である。
 本件事業認定処分の根拠となった資料である乙115のなかの地盤沈下の関係部分(p116〜122、177〜185)には、地下水採取量全体の推移の図があるだけで、それ以外には資料がない。特に、地下水位に関する資料が全くない。このような資料の程度では、地下水揚水による地盤沈下の検討をしたとはいえない。何も検討しなかったに等しい。
 3) 濃尾平野の地質構造、粘性土層−砂礫層(G、帯水層)の層序は、表層からみて、おおよそ以下の通りである(甲89p59〜73)。
 沖積粘土1−G1−熱田層粘土2−G2−海部累層粘土3(部分的)−G3
(G深度)  −50m    −100〜200m        −150〜250m
 甲89p59〜73には、大垣地域を含む南北断面オ、カと東西断面B〜Hが記載されており、大垣地域の帯水層の分布状態が読みとれる。これによれば、大垣地域の被圧帯水層は、南北方向では傾きが殆どなく、内陸側の北から南に向かって少し傾いている程度である。しかし、東西方向では、西に傾き、それも深い帯水層ほど傾きが大きく、また、圧密収縮層の粘土層と帯水層を含めた堆積層全体の厚さも西側ほど深い。以上が読みとれる。
 地下水はそれぞれの帯水層から揚水されている。したがって、地下水位の変化も帯水層毎に異なり、その過剰揚水による地下水位の低下によって収縮する粘土層も異なる。そうすると、どの帯水層の地下水位が低下しているかが重要となる。

2 近年における地盤沈下
 1) 最近の東海三県地盤沈下調査会『濃尾平野の地盤沈下の状況』の年次報告(甲35・平成10年、甲36・平成11年、甲52・平成12年)において、地盤沈下対策等要綱の観測地域の平野北部と南西部の観測点で、継続的な地盤沈下が近年認められる、と報告されている。
 確かに、地盤沈下対策等要綱の観測地域である濃尾平野北部の穂積町、羽島市、川島町、また同平野西部の海津町、輪之内町、大垣市では、この10年間の累積沈下量が5〜10p程度あり、毎年1p前後の継続的な沈下が観測されている(甲35、36、52各p10)。
 この沈下量は、濃尾平野南部において、毎年10pを超える沈下があり(上記の沈下量の10年間分が1年間で生じていることになる)、10年間で1m以上という激しい沈下を記録し、地盤沈下対策が求められた1960年代に比べれば(甲35p17)、比較にならないほど少ない沈下量である。濃尾平野では、2p以上の沈下域は1880年(昭和55年)以降、異常渇水の1994年を除いて、殆どなくなり、1〜2pの沈下域も大幅に減少し、年によってはなくなるようになった(甲52p8)。
 もっとも、毎年、わずかとはいえ1p前後の沈下が観測され、10年の累積沈下量が10p程度となっているのは事実のようである。この原因を検討してみよう。
 地盤沈下は地盤の収縮や沈降によって地表面が沈下する現象である。その原因は、地震による急激な沈降変動を除けば、軟弱粘土層の自然圧密による収縮、基盤の沈降や傾動運動(濃尾傾動盆地運動)、そして地下水の過剰揚水によって地下水位が低下しての粘土層の圧密収縮である。(甲89p143)
 地盤沈下が問題になったのは、最後に挙げた地下水の過剰揚水により地下水位が低下して粘土層に圧密収縮が生じたため地盤沈下が激しかったからである。昭和28年から昭和57年の期間においては、これによるものが地盤沈下変動量の約83〜95%に達するとされている。(甲89p143)
 過剰地下水揚水は地盤沈下の原因であるけれども、それが地盤沈下の原因の全てではない。それは、沈下変動量の83〜95%であり、それ以外にも、軟弱粘土層の自然圧密による収縮、基盤の沈降や傾動運動(濃尾傾動盆地運動)が継続的な地盤沈下の原因なのである。
 また、地下水揚水が地盤沈下の原因になるのは、地下水の補給量(涵養量)を超える過剰な揚水により、地下水位が低下し、それが粘性土層の収縮を引き起こすからである。したがって、地盤沈下が観測されている地域では、地下水位を検討して、地下水揚水が沈下の原因であるかを検討することが何よりも重要である。
 2) 地盤沈下観測地点の特徴
 この10年間の累積沈下量が5〜10p程度あり、毎年1p前後の継続的な沈下が観測されている地点は、共通して河川堤防沿いで堤防が道路として使用されているところが殆どで、それ以外は道路または鉄道沿いである(甲35、36、52各p19、甲52p9)。河川沿いは地層形成が若く、粘性土層の自然圧密による収縮も収縮過程にあり、収縮が完結していないことが多い(甲89p143)。砂質土層でも堆積が新しいので、粒子の結合も緩く、間隙部分が多いので、振動等(車両の通行は振動原因の一つである)によって粒子結合が密に変化して、間隙部分が少なくなって、地盤沈下を引き起こすことがある。
 また、これらの地点は、多くが濃尾平野西部、特に揖斐川沿いである。濃尾平野は、基盤が養老断層を端にして西側ほど大きく沈降する濃尾傾動盆地運動があり、岐阜県の揖斐川沿川は最も沈降している地域であり、この地域は現在も沈降を続けている。(甲89p143、38、39、68〜72)これによる地盤沈下があっても当然である。
 これらの地点やそれに近い地点で地下水位が観測されている。五町、大須、墨俣、大垣の各観測所である。これらの観測所の地下水位は、観測当初(昭和46〜52年)から比較的高い地下水位のままで変わっていない(甲52p59、61、62)。また、地下水位低下の原因になる地下水揚水は揚水量が減少してきている(甲35p39)。これに比べて、1960年代に地盤沈下激しかった地盤沈下対策等要綱の規制地域(例えば、松中、飛島、十四山)の地下水位は、これら観測地域よりも、観測当初(昭和46〜52年)は20p程度も低く、現在も同程度までに回復していない(甲52p51〜53)。これらの規制地域では、地下水位の回復によって、地盤沈下量が極めて少なくなり、地盤沈下が沈静化している(甲52p17)。したがって、近年地盤沈下が観測されている岐阜県の観測地点では、地盤沈下を引き起こすような地下水揚水量や地下水位ではない。そこの地盤沈下は地下水揚水による地下水位の低下に原因する地盤収縮以外の沈下原因を考えるべきである。
 3) 濃尾平野西部の地盤沈下
 濃尾平野西部の海津町・五町観測所では地下水位に併せて地盤沈下量が、−55m(第1帯水層)と−200m(第2帯水層)で観測されている(甲35、36、52各p12〜14)。
 地下水位は毎年殆ど変わっていない。
 地盤収縮量は、0〜−55mの収縮量も0〜−200mの収縮量も殆ど変わらない。したがって、地盤収縮は地表から−55mまでのところ、沖積層で生じていることが確認された。(甲35、36、52各p12)
 沖積層は地層形成の若い地層であるから、自然の粘土層の圧密による収縮等が生じても当然である。
 なお、大垣地域の市町の水道用水は第2帯水層以深から取水しており、第1帯水層から取水していないので、水道用水の取水はこの地盤沈下とは関係がないことになる。
 4) 平野北部(穂積町、巣南町、羽島市、川島町)の地盤沈下
 この地域は長良川や木曽川流域にあり、地下水流動も、第1帯水層、第2帯水層とも、長良川、木曽川流域である(甲89p118、187)。
 また、岐阜地域であって、「岐阜地区工業用水道事業」の区域である(甲88p3)。
 したがって、揖斐川の大垣地域とは関係がない地域である。
3 岐阜県における地盤沈下対策の現状
 1) 岐阜県域は、濃尾平野地盤沈下防止等対策要綱(以下地盤沈下対策等要綱という)の観測地域であって、規制地域でない(甲35p68)。
 地盤沈下対策等要綱では、規制地域にあっては、地下水採取に係る目標量を設定し、その遵守のための規制、代替水源の確保、代替水の供給および地盤沈下による災害の防止等の措置を講ずるが、観測地域にあっては、地盤沈下、地下水位の状況の観測又は調査等の措置を講ずるだけで、規制地域のような代替水源の確保と代替水の供給は講ずべき措置とされていない(甲35p67、69)。したがって、観測地域である岐阜県域、特に大垣地域では、徳山ダムによる代替水源の確保とそれによる代替水の供給は措置すべきものとされていないのである。
 2) 岐阜県の地下水揚水規制は、条例による規制はもちろん、要綱による規制もなく、自主規制だけで、それも大垣地域だけである(甲35、36、52各p35)。
 大垣地域の自主規制は、昭和49年6月に始まり、平成12年になりようやく規制地区を拡大した。規制内容は、大垣市街のA地区を除いて新設のみに対する規制で、既設については規制がされておらず、新設に対する規制は大量のもの(1000m3/日・口径80oと500m3/日・口径65o)についてストレナーの位置を深くして深井戸にさせることである。大垣地域の規制内容は以下の通りである。(甲35、36、52各p35、36)
A地区:新設認めず。既設は昭和52年3月までに基準日の30%削減
B'地区(平成12年から地区指定):新設のみ100m以深
B地区(大垣市内だけから平成12年に地区拡大):新設のみ70m以深
C地区:新設のみ30m以深
D地区:新設のみ25m以深
 愛知県、名古屋市、三重県は、昭和49年から条例によって、既設について全地域で揚水量の20%を削減するだけでなく、新設については、ストレナー位置10m以浅のみ、つまり被圧地下水の深井戸揚水を認めないで、1日揚水量も350m3以下と、厳しい規制を行っている(甲35p35)。これに比べて、上記のように、岐阜県の地下水揚水規制は極めて緩やかである。岐阜県は、愛知県、三重県、名古屋市が厳しい地下水揚水規制を行っているのに対して、条例制定もしておらず、地下水揚水規制は無いに等しく、地盤沈下防止対策に殆ど取り組んでいない。このような条例はもちろん要綱による規制もしない岐阜県の地下水揚水規制状況は、濃尾平野の地盤沈下が大きな問題になり規制が始まった昭和49年頃だけでなく、上記のように岐阜県域の近年における地盤沈下が指摘されている現在でも同じである(甲35、36、52各p35)。
 3) 岐阜県が地盤沈下対策に殆ど取り組んでいないことは、揚水規制だけでなく、地下水代替用水の供給にも現れている。
 岐阜県は岩屋ダムの工業用水4.33m3/秒・給水能力347千m3/日(新フルプランにおける岐阜県の2000年の給水量/取水量0.93による、以下同じ)を岩屋ダムが完成後の昭和52年度から開発水源として有しているが、これを水源とする工業用水道事業は、可茂工業用水道(水利権許可量0.18m3/秒)が行われているだけで、残りの4.15m3/秒・給水能力333千m3/日については全く事業が行われていない(甲19表3)。
 より正確には、1988年度(昭和63年度)に名古屋通商産業局によって、そのうちの2.855m3/秒を水源とする「岐阜地区工業用水道事業」の事業計画が詳細に調査されたが(甲88『岐阜県岐阜地区工業用水道事業計画調査報告書』)、岐阜県ではこの事業化は全くされようとしていない。同調査では、「岐阜地区工業用水道」は、地盤沈下対策等要綱の観測地域である各務原市から羽島市、さらに揖斐川左岸の穂積町・巣南町までを供給区域とし、この地域の工業用地下水の全量を水源転換する工業用水道事業の計画であった(甲88p3)。岐阜県が口先だけなく本当に地盤沈下対策に取り組む考えであれば、この「岐阜地区工業用水道」を事業化するはずである。しかし、上記調査から10年以上経過しているのに、岐阜県では、「岐阜地区工業用水道」の事業化の動きは全くない。
 岩屋ダムの建設費の償還期間(23年間)が2001年度(平成13年度)に終了したにもかかわらず、未だに、岩屋ダムの工業用水4.15m3/秒が使用されないままであり、この建設償還金は全額が一般会計から支払われている。
 地盤沈下対策等要綱の観測地域のうち、岐阜地区と大垣地区とを合わせた岐阜県域の平成8年の工業用地下水揚水量は606千m3/日であり(甲35p39)、上記した未使用の岩屋ダムの工業用水4.15m3/秒・給水能力333千m3/日はこの55%に相当する。これだけの地下水代替用水の供給が可能なのであり、地下水転換の意志があれば、容易に用水転換できる。しかし、岐阜県には同観測地域を供給区域とした工業用水道の事業化の動きは全くなく、岐阜県には地下水転換の意志がない。
 4) 岐阜県が地盤沈下対策に殆ど取り組んでいないことは、揚水規制、地下水代替用水の供給の外にも、工業用水回収率にも現れている。
 大垣地域の工業用水の回収率は34%であり、極めて低い。大垣地域は、容易に回収可能な冷却・温調用水の全用水に対する比率が72%であるのに、回収率はその2分の1以下の34%である。冷却・温調用水の全用水に対する比率が大垣地域よりも低い54%である尾張地域の回収率67%と比べて、違いが顕著である。(甲67『徳山ダム関係水需給図表集(補正版)』p16)
 大垣地域では、冷却・温調用水に対する回収水の比率が47%であって、冷却・温調用水の47%以下しか回収されておらず、回収率の向上が可能であり、容易である。地盤沈下対策等要綱の規制地域の尾張地域の例(冷却・温調用水の全用水に対する比率54%、回収率67%、冷却・温調用水に対する回収水の比率123%)から、大垣地域で回収率を70%、2倍まで向上させることが可能である。(甲67p16)

4 大垣地域での地下水揚水規制の強化の順序 
 1) 上記のように大垣地域を始めとする地盤沈下対策等要綱の観測地域である岐阜県域の地下水揚水規制は極めて緩やかである。この規制強化は可能か、どのような順序、方法があるのか。岐阜県のように口先だけで地盤沈下問題を言うだけで要綱や条例による規制をやろうとしないのではなく、このようなことを検討することが何よりも必要である。
 岐阜県が地下水揚水の規制として最初に行うべきことは、要綱、ついで条例による愛知県、名古屋市のような厳しい揚水規制である。岐阜県では、このような規制も未だ行われていない。(甲35、52各p35)
 この要綱、条例による規制は、条例による強制力に基づく規制においても、工用水道による代替水源の供給を伴わない規制である(甲35p29)。
 地盤沈下対策等要綱の愛知県の規制地域では、昭和49年9月から始まった条例による規制により、工業用水の地下水揚水量が、昭和51年の743千m3/日から、尾張工業用水道の稼働前年の昭和59年には438千m3/日と、305千m3/日・41%の削減がなされた(甲35p37)。この地下水揚水の削減は、代替用水によらない工場の補給水量自体の減少によるものであって、工場の回収率の向上、水使用の合理化による使用水量原単位の減少による結果である。この条例による規制により、愛知県観測地域の地下水位は大幅に上昇し(一宮観測所では、70m井、250m井で約4m上昇)、地盤沈下も大きく沈静化した(甲35p17)。
 大垣地域を始めとする地盤沈下対策等要綱の観測地域でも、愛知県のような条例による規制が行われれば、愛知県の例からみて、地下水揚水量を40%程度削減することが可能である。大垣地域の回収率が34%と低い現状からすれば、これ以上の地下水揚水量の削減が可能である。平成8年の工業用地下水揚水量は、岐阜県の観測地域(岐阜地域と大垣地域)で606千m3/日(甲35p39、)、うち大垣地域で346千m3/日であり、これを40%程度削減して、岐阜県の観測地域364千m3/日、大垣地域208千m3/日以下に削減することが可能である。
 2) 条例による規制からさらに進んで地下水揚水を規制するには、最終的に工業用水法によって工業用水道によって代替工業用水を供給して規制を行うことである。
 地盤沈下対策等要綱の愛知県規制地域では、江南市、一宮市以西の第1、2規制区域を対象として、岩屋ダムの開発水を水源とする尾張工業用水道が昭和60年8月から供給を開始し、同61年1月には地下水から工業用水道への水源転換をほぼ終えた(甲35p28、29、36)。その結果、地盤沈下対策等要綱の愛知県規制地域の工業用水の地下水揚水量は、昭和59年の438千m3/日から、昭和61年には194千m3/日・44%に減少した(甲35p37)。上記のように地下水揚水量は、昭和59年には昭和51年に比べて代替用水がなくても60%程度まで減少していたのが、代替用水によってさらに45%程度まで減少したのである。その後も工業用の地下水揚水量は減少を続けている(甲35p37)。尾張工業用水道の給水開始により、地盤沈下対策等要綱の愛知県規制地域(一宮観測所)では、地下水位がさらに1m程度上昇し、その後も少しずつ上昇傾向にある。また、地盤沈下量も一層沈静化した。(甲35p17)
 地盤沈下対策等要綱の観測地域である大垣地域を始めとする岐阜県地域で、工業用水道による代替用水を伴っての地下水揚水の規制を真剣に考るならば、全く使用されずにいる岩屋ダムの工業用水4.15m3/秒・給水能力333千m3/日を水源とする工業用水道事業によって工業用水を供給すれば十分である。
 地盤沈下対策等要綱の観測地域の岐阜地域と大垣地域とを合わせた岐阜県域の平成8年の工業用地下水揚水量は606千m3/日であり、未使用の岩屋ダムの工業用水4.15m3/秒・給水能力333千m3/日はその55%に相当する。これだけの地下水代替用水の供給が可能なのであり、容易に工業用水道に用水転換できる。
 水量的に可能なだけでなく、上記のように名古屋通商産業局の『岐阜県岐阜地区工業用水道事業計画調査報告書』では、各務原市で取水した工業用水道は、長良川を越えて揖斐川左岸の穂積町・巣南町まで幹線配水管が布設され、南は羽島市全域が供給地域とされている。揖斐川を越えれば、大垣地域の中心である大垣市であり、そのまま南下すれば、大垣地域の安八町、墨俣町、輪之内町、平田町、海津町(羽島市の長良川対岸であり、岐阜県自主規制のB'地区)である。岐阜地域に加えて大垣地域も供給地域にすることは、現実的であり、可能なことである。
 3) 以上のような要綱や条例によって地下水揚水を規制し、さらに岩屋ダムの工業用水の未使用開発水4.15m3/秒を使用した工業用水道の供給地域を大垣地域まで含めることで、岐阜県の地下水揚水規制の段階的規制として十分である。
 したがって、徳山ダムの開発水がなくても、大垣地域での厳しい地下水揚水規制や地下水揚水の削減ができるのである。

第5 自治体予測の問題点、特に自治体が抱える過大な財政負担
1 岐阜県、愛知県、名古屋市の各水需要予測を検討する意義
 水公団は、本件事業認定申請にあたって、供給対象地域(大垣地域、尾張地域、名古屋市)における都市用水の新規水需要について独自の予測を行い、徳山ダムの必要性を主張している。被告はこの水公団の独自予測を追認して事業認定処分を行っているにすぎない。
 他方、本件訴訟においては、岐阜県、愛知県、名古屋市の各陳述書(乙117、119、120)によって、各自治体としての新規水需要予測も述べられている。
 この2つの予測(水公団予測と自治体予測)について、原告らとしては、@事業認定処分との関係では水公団の独自予測を検討すれば十分であると考えるが、各自治体の予測によっても新規水需要の必要性が根拠付けられていないこと、Aしかも水公団の予測は各自治体の予測と齟齬をきたしており、かえって問題性が一層鮮明になっていること、B現在および将来においても、真の利水者である最終需要者(水道用水にあっては家庭など、工業用水にあっては工場など)において水需要が発生せず、2つの予測とも水資源開発の予測のあり方としては誤っていることを明らかにしてきた(以上について、甲19、甲38、富樫証人)。ここでは繰り返しを避け、不要なダムの建設に伴い自治体が抱えることになる財政負担についてのみ述べる。

2 不要なダムの建設に伴う過大な財政負担
 各自治体の陳述書(乙117、119、120)では、ダム建設事業の利水面での費用対効果(費用/便益)について、説明が一切なされていないことが問題である。
 1) 徳山ダムの建設費用の負担割合
 徳山ダムの建設費用(1985年単価で2540億円)の負担割合全般については、第1章において示したとおりである。ここでは、都市用水(水道用水、工業用水)の負担金額と負担割合のみを再掲する。
         水道用水         工業用水
  愛知県   274億円(108/1000)      −
  名古屋市  193億円( 76/1000)      81億円( 32/1000)
  岐阜県   104億円( 41/1000)     282億円(111/1000)
 上記のうち、岐阜県分の工業用水の一部は建設中にすでに水公団に支払いが行われている。残りの部分については、建設中の利息を含めて水公団が財政投融資から借り換えをして、それを費用負担金として各県市が20数年間の割賦支払いをすることになっている(水公団法29条、同法施行令24条1項、4項)。
 岐阜県、愛知県、名古屋市においては、建設中の建設費や費用負担金の支払いは、水道事業や工業用水道事業の地方公営企業として特別会計を設け、経常収入による独立採算で支弁しなければならない(地方財政法6条)。したがって、水道用水や工業用水に需要がないと、料金収入が得られないので、建設費償還金や費用負担金の支払いができないことになる。実際、岩屋ダムや長良川河口堰では、一般会計からの繰り入れ、すなわち税金の投入が行われている。
 2) 名古屋市の財政的負担
甲38図12に、名古屋市上下水道局が試算した木曽川水系の水資源開発への水道の事業参加にともなう名古屋市の水源開発費の償還額が示されている(図のデータ数値については別紙表3-5-1の通り)。このうち、味噌川ダム、長良川河口堰については、水需要が低迷しているために取水用の専用施設を拡張していないが、償還が始まっている。これによれば、需要の伸び悩みによる料金収入の低迷と合わせて、償還額が水道事業の会計の負担を招いていることが分かる。徳山ダムについては、3m3/秒分の開発水量を返上したものの、そのペナルティ支払いと、なおも残っている2m3/秒分の負担がかぶさってくる。水源開発費以上に、今後は取水・導水などの専用施設費、水源施設と専用施設の維持管理費などの負担が生じるので、水道事業会計はさらに逼迫することが予測される。
 3) 岐阜県における徳山ダム建設費の工業用水分の負担
 甲38図13に、徳山ダムの開発水量のうち、岐阜県の工業用水の費用負担が示されている(図のデータ数値は別紙表3-5-2の通り)。
 上記費用負担割合により、岐阜県の工業用水分は1000分の111であり、1985年単価で282億円とされている。このうち、30%は国(通産省)の補助金が充てられる。岐阜県は建設期間中に21%を負担し、これについては県債を発行して支払っており、その元金と利子を現在償還中である(図で県債利子、県債元金として表示)。残りの49%について建設期間中の利息を合わせた額を、水資源開発水公団に対して、完成後から23年間で元利均等償還する(図で工水公団償還額として表示)。
徳山ダムは事業開始後、期間が長く、また移転補償費支出などで高金利時代の部分を抱えているために、本来の事業費以上に金利部分の負担が増大している状態にある。
 4) 木曽川水系の他の地域では過大な開発のツケがどのような結果を招いたか
 三重県の北伊勢では、亀山市が地下水量を見直した結果、三重県の長良川河口堰からの受水の再検討を公表した。北伊勢地域の市町も需要の低迷のため、受水時期の延期を検討していることが明らかになっている(甲38資料2)。
 最近、三重県北伊勢10市町でつくる「北勢広域水道事業促進協議会受水部会」では、四日市市など5市町の長良川河口堰からの受水開始時期を5年先送りし、2011年度からとすることを正式決定した(2002年8月24日付けの新聞報道)。理由は、水需要が伸び悩んでおり、予定どおり受水すると水道会計が圧迫されるためである。なお、亀山市は受水の決定自体に対して態度を保留している。
 徳山ダムでも、完成後には同様な事態を生ずることが十分に予想される。
 5) 自治体財政の破綻を招くことは必至
 2001年7月、総務省は「水資源に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」を行った(甲80)。この「勧告」は、現在の水資源開発は、水需要の予測と実績が大きく乖離していることを的確に指摘している。このような勧告を行った理由は、このまま水資源開発を進めていくとやがて財政破綻を招くからにほかならず、無駄なダム開発に警鐘を鳴らしているものに他ならない。
 実際、岩屋ダムの岐阜県・愛知県・三重県の工業用水、長良川河口堰の愛知県・三重県の工業用水および名古屋市の水道用水について、使用されるあてのない水のために一般会計から繰り入れ、すなわち税金の投入が行われている。特に、岩屋ダムの岐阜県工業用水については、すでに建設費の支払いが終了したのにもかかわらず、稼動率は数%でしかなく、ほとんど全てが一般会計の負担となっている。
 不要なダム建設を止めることは、自治体にとって緊急の課題である。

第6 まとめ
1 上記第2章で述べたように、徳山ダムは、水公団が木曽川水系フルプランに基づいて建設する水資源開発施設である(水公団法18条1項)。本件事業が収用法20条1号の収用適格性をもつのは、本件事業が収用法3条34号の2の水公団が設置する水公団法18条1項に規定する水資源開発施設だからである。
 水公団は水資源開発基本計画に基づいて、水資源開発施設の建設・管理などの水資源の開発又は利用の事業を実施する特殊法人である(水公団法1条、18条1項)。新規利水開発の目的が欠如したダムの建設は、水公団にとっては目的外行為であって、水公団はできない。
 また、水公団が水資源の開発又は利用の事業のため建設する水公団法18条1項1号の掲げる水資源開発施設は、この目的に併せて、洪水防御、流水の正常な機能の維持と増進の治水用途を設置目的に含めることができる(水公団法55条2号)。このような水資源開発に併せて治水用途も設置目的に含んでいる水資源開発施設を、水公団法では特定施設という(水公団法20条4項、55条2号)。水公団が建設できるのは、水資源の開発・利用、つまり新規利水開発を目的とするダムなどの水資源開発施設であり、治水用途は新規利水開発という本来の目的に付加された付随的なものである。
 したがって、新規利水開発の目的が欠如した水公団による水資源開発施設としてのダムの建設は、水資源の開発という当該ダムの本来の設置目的がないということであり、水公団はそのようなダムの建設はできない。水公団の事業として建設するダムについて、当該ダムの建設の理由となっている新規利水開発の必要性が根拠づけられないならば、当該ダム事業はその必要性が認められないのである。その必要性が認められない事業は、収用法20条3号の事業認定要件を欠くものである。
 したがって、水公団が建設する徳山ダムについても、その建設理由となっている新規利水開発の必要性が根拠づけられないならば、本件事業は、事業の必要性がなく、収用法20条3号の事業認定要件を欠くのである。

2 徳山ダムの建設理由となっている新規利水開発の必要性について、上記第1〜第5において詳しく検討した。
 その結果、徳山ダムはフルプランによって根拠づけらているが、その新フルプランの予測は、策定時点では過去のものであった実績とさえ乖離しているように全く合理性がない。そして、徳山ダムは、このような誤った新フルプランの枠内にさえ位置づけられていない。徳山ダムの必要性がないことは一層明らかである。さらに、木曽川水系における水余りの実態や開発水量の相互調整が行われてきた現実とその容易さがあり、これは事業認定処分に際して本来当然考慮すべき事項である。
 徳山ダムの水道用水の供給地域とされている名古屋市、愛知県尾張地域、および岐阜県大垣地域では、いずれも、徳山ダムの水道用水は将来においても需要がないこと、および乙115の水公団予測が過大で誤っていることは、本件事業認定処分時はもちろん現時点でも明らであることが明白となった。
 徳山ダムの工業用水の供給地域とされている名古屋市および岐阜県大垣地域では、いずれも、徳山ダムの工業用水は将来においても需要がないこと、および乙115の水公団予測が過大で誤っていることは、本件事業認定処分時はもちろん現時点でも明らであることが、これもまた明白となった。
 徳山ダムの新規利水開発の必要性は、全く根拠がないことが明らかとなった。水公団による徳山ダムの建設はその根拠が全くなく、本件事業はその必要性がないことが明らかになったのである。

3 新規利水開発の必要性がないことで、徳山ダムなどの水資源開発施設の建設を中止、それも早期に中止することは、地方財政を過酷な不良債務や破綻から救うために必要である。今すぐにしなければならない。
 徳山ダムの建設費の新規利水開発分うちの岐阜県、愛知県、名古屋市の負担部分については、工業用水の一部が建設中に水公団に支払われ、残りは、建設利息を含めて水公団が財政投融資から借り換えをして、それを費用負担金として各県市が20数年間の割賦支払をする(水公団法29条、同法施行令24条1、4項)。
 岐阜県、愛知県、名古屋市においては、建設中の建設費や費用負担金の支払は、水道事業や工業用水道事業の地方公営企業として特別会計を設けて、経営収入による独立採算で支弁しなければならない(地方財政法6条)。岐阜県、愛知県、名古屋市においては、水道事業や工業用水道事業を経営して水道用水や工業用水を需用者に供給し、経営収入である給水料金を財源としなければならないのである。したがって、水道用水や工業用水に需要がないと、給水料金が得られないので、建設費償還金や費用負担金の支払ができない。
 徳山ダムのように、開発水に需要が全くないものは、岐阜県、愛知県、名古屋市においては、地方公営企業としての水道事業や工業用水道事業の破綻を引き起こす。結局、県や市の一般会計がその補填をさせられてしまう。使用されるあてのない水のために税金が注入されるだけである。岩屋ダムの岐阜県、愛知県および三重県の工業用水や長良川河口堰の愛知県、三重県の工業用水および名古屋市の水道用水について、現在、使用されるあてのない水のために税金が注入されている。
 徳山ダムの建設を、建設早期の現段階で中止することは、岐阜県、愛知県、名古屋市を、これ以上の無駄かつ過酷な費用負担から解放し、不良債務と不良資産による財政破綻から救うために必要なことである。



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