第2章 本件事業認定処分の違法性(土地収用法20条)

第1 総論

第2 収用法20条1号該当性

第3 収用法20条2号該当性

第4 収用法20条3号該当性

第5 収用法20条4号該当性

第1 総論
土地収用制度は公共の利益となる事業を行うにあたって必要とされる土地を強制的に取得するものである(収用法3条)。
 土地収用は、起業地の地権者に対して土地の所有権を一方的に奪うという究極的な財産権侵害をするだけでなく、その事業が過疎化の促進、地域の経済構造、社会構造の急激かつ深刻な打撃を地域社会に与え、生業、生活環境の劣悪化など地域住民への深刻な人権侵害を与え、さらには国土の荒廃や環境破壊、そして過大な財政負担を伴うものである。
 したがって、土地収用をするには事業認定が必要であり、収用法20条1ないし4号の事業認定要件を全て満たさなければならない。
 そして、各事業認定要件該当性は、実質的かつ厳格に判断しなければならない。

第2 収用法20条1号該当性
 収用法20条1号は収用事業の適格性を定める。
 本件事業は、水公団が収用法3条34号の2(水公団が設置する水資源開発施設であるダム)、35号(前各号の一に掲げるものに関する事業に欠くことができない通路等)に該当する事業として申請し、本件事業は収用法20条1号に該当するものとして認定された。
 本件事業が収用法3条34号の2に該当するのは、あくまで徳山ダムは水公団が起業者として公団法により建設する水資源開発施設であるからである。水公団は水資源開発基本計画に基づいて水資源開発施設を建設することを業務とする特殊法人である(公団法18条1項1号)。水資源開発施設は、洪水防御、流水の正常な機能の維持と増進の治水関係用途を目的に含むことができるが(公団法55条2号、20条4項、特定施設)、水資源開発施設にこのような治水関係用途の目的を併せ有することができるだけある。水公団が建設できるのはあくまで水資源開発施設であり、水公団がこのような治水関係用途の特定施設を建設できるのは、当該施設に水資源開発施設として新規利水の目的があるからである。水公団は、上記のようにあくまで水資源開発施設として新規利水の開発なしには施設の建設等の業務はできず、不特定補給や渇水対策は流水の正常の機能の維持、増進であり、洪水調節も含めて、これらは新規利水の目的が成り立つことを前提にして、それに附加された付随的な目的である。
 国土交通省は新規利水開発用途、治水用途、どの目的でも単独でダムを建設できる。したがって、国土交通省が、他の用途の目的と併せて、新規利水目的も設置目的の一つとする多目的ダム(特定多目的ダム法2条1項)を建設する場合、他の目的は新規利水を前提としない。水公団が水資源開発特定施設を建設するのは、国土交通省が新規利水目的も設置目的の一つとする多目的ダムを建設するのとは異なるのである。
 徳山ダムは水公団が公団法に基づいて、水資源開発施設として設置管理するダムであって(公団法18条1項1号、2項)、これに附加して治水用途などの目的も併せ有するだけである。

第3 収用法20条2号該当性
 2号は起業者の事業遂行の意思と能力について定める。
 能力とは法的、経済的、実際的(企業的)に事業を遂行することができることであり、経済的とは事業に要する経費の財源について財源確保がなされていることである。
 徳山ダムは起業者水公団によって建設されるが、水公団は事業に要する経費の最終的自己財源は全くない。事業の経費は、水資源開発施設としての本来の目的である水資源開発(新規利水)分については借入金と開発水の用途に応じた国庫補助金、特定施設として本来の目的に併せて有する目的である治水(洪水防御、流水の正常機能維持)分については、国からの交付金(県の負担金)を財源とする。新規利水の借入金は、ダム完成後にダムで開発した水を水道や工業用水道の用に供する者に負担させて転嫁している。
 しかし、後述のとおり徳山ダムで開発した水の需要はない。
 地方財政法は、6条で公営企業の経営原則を定めている。「公営企業で政令で定めるものについては、その経理は特別会計を設けてこれを行い、その経費は………当該企業の経営に伴う収入………をもってこれに充てなければならない。」として、独立採算性をとることを定めている。同法施行令は工業用水道事業がこれに該たることを明らかにしている。
 地方公営企業法は、2条1項で、工業用水道事業と水道事業が当然同法の適用を受ける旨を定めている。当然適用されるとは、地方公共団体の意思に関わらず、何らの手続きを要さず適用関係が生じるということである。
 工業用水道事業は、事業者の需要により、工業用水を供給する事業である。同じく、水道用水道事業は、地域住民の需要により、水道用水を供給する事業である。財貨・サービスを特定の事業者に提供し、反対給付として料金を受け取るという、民間企業と同様の経済活動を営むことから、企業としての組織、財務、職員の身分取扱いなどの制度を適用するのに適している。
 とりわけ、工業用水道事業の受益者は工業用水の供給を受ける特定の事業者だけであって、一般住民が利益を受けるわけではないので、その経費を一般会計から支出するのはいっそう適当ではなく、工業用水道事業を独立採算で賄っていく必要がいっそう高い。
 すなわちこのような地方公共団体の事業は、財貨やサービスを供給しそれに要する経費を料金という形で回収し、それによって新たな財貨又はサービスを生産するという生産活動を繰り返し継続していくものであり、投下した資本を自らの手で回収するという点においては一般の企業と何ら異なるところはない。地方公営企業の供給する財貨又はサービスは特定の住民によって享受されるものであるだけでなく、享受の程度は利用者ごとに異なるものであって、一般住民が等しく享受するものではない。このような財貨やサービスの供給に要する経費は、その財貨やサービスの供給を受ける者が、その供給される財貨やサービスの量に応じて負担すべきであり、財貨やサービスの享受と関係なく徴収される一般住民・国民の税収をもって経費に充てるべきではない。そこで、地方公営企業法はこのような事業の経費は当該企業の経営に伴う収入をもって充てなければならないとされているのである(独立採算制)。
 地方公営企業の独立採算制は、一般会計からの分離独立を図ることを目的とするものである。地方公営企業は地方公共団体が経営する企業であることから、企業の中には、安易に一般会計に依存し、企業としての合理性、効率性の追求をなおざりにする場合がある。このような地方公営企業の一般会計への依存を排除しようとするのが独立採算の趣旨であり、独立採算の「独立」の意味は、一般会計からの財政面での分離独立を意味するのである。
 地方公営企業が、長から直接指揮監督を受けない監理者を代表とし、監理者の任免・指揮監督のもとにある企業職員により構成される一般行政部門とは独立した組織によって運営され、企業会計の方式で一般会計から独立した特別会計を設けるなどの制度を採用しているのは、このような独立採算制を制度的に確立するためである。
 徳山ダム建設費負担金は、企業会計上、工業用水道事業の資本的取引(収支)の建設改良費(地方公営企業法施行令9条3項、21条)の負担金に該当するものである。この資本的支出によって徳山ダム完成後に得られる施設利用権は、無形固定資産の施設利用権に該当するものである。
 したがって、工業用水道事業および水道用水道事業に独立採算制が採用されている以上、徳山ダム建設費負担金は工業用水道事業者が負担し、給水料金で回収すべきものである。
 水資源開発の対価は水道事業および工業用水道事業の地方公営企業において支払われるが、地方公営企業法の定めにより、地方公営企業は利用する見込みのない不良資産を購入することができないから、水の需要がない限り建設負担金が支払うことは許されない。
 水需要がなく開発水を水道や工業用水道の用に供するの経費支弁の根拠がなくなり、これらの者の費用負担が許されなくなると、水資源開発施設は財源を失う。事業目的とされる水資源開発(新規利水)や治水の必要性がなく事業目的が認められないことになると、当該目的については費用の負担は許されない。これは、3分の2以上を借入金で調達して、施設完成後に開発水を水道や工業用水道の用に供する者に負担させている新規利水について、特に明らかである。水資源開発施設について、2号の能力要件は、3号の適正・合理的利用要件、四号の収用する公益上必要要件、特に3号要件とは表裏の関係にあるのである。
 したがって、後記第3章で検討するように、水需要がなく開発水が水道や工業用水道の用に供されないことが明らかである場合は、水公団は事業を行う財政的基盤を失うこととなるから、収用法20条2号に該当するということはできない。

第4 収用法20条3号該当性
1 3号要件の意義
 3号は「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」を事業認定の要件とする。
 事業認定庁は「公共の利益」の存否、内容、大きさ・程度を判断しなければならないのであるが、そのためには、収用を認めれば収用により失われることになる種々の利益や収用により発生する種々の不利益を考慮しなければならないので、結局事業認定庁としては得られる公共の利益と失われる利益(生じる不利益を含む)を比較衡量することにより、収用を認めるべきか否かを判断する。
 3号要件は、「当該土地(起業地)がその事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益」と、「当該土地がその事業の用に供されることによって失われる私的ないし公共の利益」とを比較衡量して、前者が後者に優越すると認められることを意味している(公益性、合理性の要件)。
 そして、土地収用制度が前記のとおり地権者の私権や、地域社会や環境などの公共の利益を制限するものであることからすれば、3号該当性は実質的、具体的に検討する必要がある。本件に則せば、水資源開発、電源開発という単なる名目のみによって公益性と合理性が自明であるわけではなく、それぞれの内容について子細に検討しなければならない。たとえば、事業が権利の強制的取得に値するだけの高い合理性と公益性を備えているか、同じ目的を達するため当該事業以外の他の代替方法を講じる余地があったか、収用の対象となる土地の範囲が必要最小限度となっているかを検討する必要がある。
 水資源開発施設の建設事業による土地収用の利益衡量について敷衍すれば、開発水に対応する需要がなければ、開発水は利用されないまま海に注ぐだけであるから、当該土地をその事業の用に供することによって得られる公共の利益は存在しないのである。よって、この場合、事業によって失われる私的ないし公共の利益を検討し、これらと比較考量するまでもなく、当該事業が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであると認める余地はない。

2 本件事業の3号該当性は新規利水の必要性を前提とする
1) 徳山ダムは公団法18条1項1号イに基づき水公団により建設される。ダム建設の根拠となる法律は公団法のほか、河川法、特定多目的ダム法があるが、徳山ダムは公団法に基づき水公団により建設される水資源開発施設である。そのため、徳山ダム事業は収用法20条1号、同法3条34号の2に形式的に該当することから本件土地を収用法に基づく収用の対象として手続きを進めている。第2で述べた通りである。
 水公団は新規都市用水の開発をするために昭和37年5月に公団法に基づき設立されたものであり、その目的は「水資源開発促進法の規定による水資源開発基本計画に基づく水資源の開発又は利用のための事業を実施すること」(公団法1条)である。促進法は水資源の開発・利用を目的とする法律であって、水資源開発計画は水資源の開発、利用を実現するために策定される計画である。
 促進法および公団法の構造を見るならば、徳山ダム開発は新規利水目的があるゆえに、水公団の事業となり、水公団の事業であるから土地収用法の利用が可能なる関係にある。新規利水目的が無ければ、水公団は徳山ダムを建設することは許されないし、収用法3条34号の2にあたる余地もない。
 この点、被告は新規利水目的も含めて「複数の目的の一つが合理性を欠いたとしても、他の残りの目的に合理性があり、これらを総合的勘案すること」により、本件事業の合理性を失わないことがあるのだと主張している。しかし、新規利水の必要性があるからこそ水公団は本件事業の実施が許され、さらには土地収用が認められるのである。新規利水の必要が無ければ促進法、公団法に基づく水資源開発施設であるダム建設はできないのであり、逆に新規利水目的が存在すれば、他の目的が無くとも実施できるという意味で、他の三つの目的と質的に異なる。新規利水目的は、それが無ければ徳山ダムは事業実施の法的根拠を失う点で重要かつ基礎的な目的であり、他の目的から導き出される利益で補うことができるような性格のものではない。
 被告は徳山ダム事業の4つの目的から導き出される各利益を総合評価して、「複数の目的の一つが合理性を欠いたとしても」他の目的で補い得る場合は合理性を導き出すことができると考えているようであるが、新規利水目的を欠けば徳山ダムは事業実施の法的根拠を失うのである。
 後に明らかにするとおり、徳山ダムは新規利水の必要性がないなかで計画が中止されなかったダムである。被告の都市用水需要の予測は根拠のない数字を重ねて途方もない予測をしており、実態から乖離している。徳山ダムに事業の必要性は認められない。水資源開発施設として徳山ダムに新規利水の必要性が認められない以上、土地収用法20条3号が求める当該事業の合理性、その第1段階としての必要性も当然に認められない。
2) 徳山ダムは被告が主張する4つの目的の用途毎に貯水容量が定められ、事業費の分担(アロケーション)用途毎に定められることにも注目する必要がある。これらの内容については、上記第1で整理した。
 乙15p2には「徳山ダムの諸元」とあり、ダムの規模が記されている。それによると、徳山ダムの総貯水量は6億6000万m3、有効貯水量は3億5140万m3、堤高は415mとなっている。徳山ダムの貯水容量のうち、「非洪水期利水及び発電容量」は3億3740万m3、「洪水期利水及び発電容量」は2億5140万m3である。そのうち、「非洪水期利水及び発電容量」での新規利水の規模は1億6600万m3とし、「洪水期利水及び発電容量」での新規利水の規模は1億2900万m3と定められている。乙15p24には「徳山ダムでは、都市用水を新たに12m3/秒供給するために、洪水期は約129,000千m3、非洪水期は約166,000千m3の新規利水容量が確保されています。」と説明し、新規利水の必要からダムの規模が決められていることが記されている。この他にも、発電など新規利水以外の他の目的についても目的達成に必要な容量が定められている。このように、徳山ダムの規模はダムの目的に応じて貯水容量が割り当てられられ、ダムの有効貯水容量、総貯水量が計画されている。したがって、新規利水目的が欠ければ、新規利水のための容量は不要となり、当該事業計画は根拠がなくなる。
 同じく乙15によれば、徳山ダムの建設費は2540億円(昭和60年度単価)とされ、この建設費の各負担者の負担割合については公団法26条、同法施行令14条が定められているが、同施行令14条では特定多目的ダム法施行令1条の2から6条までの手法に準じて算出するものとするとしている。
 特定多目的ダム法施行令では「建設に要する費用」に対して、いわゆる分離費用身替り妥当支出法を基準として算出するとしている(1条の2)。分離費用身替り妥当支出法は同施行令2条に定められ、当該ダムの目的とする各用途に関して分離費用、身替り建設費、妥当投資額などを算定し、これらを基にして、各用途毎に負担額を決めるとしている(2条)。ここでの重要点はダムの目的とする用途毎に負担額が定められ、各用途の受益者がその用途毎の建設費用を負担するしくみになっている点である。
 このような法的な関係から、徳山ダムについても用途毎の建設費負担が定められている。乙9の7、乙10の5には徳山ダム建設事業の実施計画が記されているが、そこでは「水道用水及び工業用水に係る費用の額は、事業に要する費用の額に1000分の368を乗じて得た額とし、公団において支弁するものとする。」(乙10p53)。そして、水公団はこの新規利水目的の建設費用を岐阜県内、愛知県内の水道事業者および工業用水道事業者に負担させることになっているのである。
 このように、徳山ダムの新規利水目的は建設費用の負担者、負担額と密接に結びついており、他の目的で新規利水目的を補える関係にはなっていないのである。
 以上のように、徳山ダムでは新規利水開発目的から事業の規模・内容が定められる関係になっている。そして、新規利水目的を始めとしてその目的の一つでも欠ければ当該事業計画の実行はできないようになっている。したがって、新規利水の目的が欠けたとき、他の目的がそれを補うというようなことはできないことであり、あり得ないことである。新規利水目的が欠ければ、徳山ダムに必要不可欠な事業内容が維持できないということであって、本件事業は事業自体の合理性、必要性を欠くことになるのである。

3 徳山ダムの開発水は利用される見込みがない
 しかし、徳山ダムの開発水は後記のとおり利用される見込みがない。
 開発水の需要がなければ事業の必要性、合理性はなく、それだけで公共の利益は認められない。得られる利益がなければ失われる利益と比較衡量するまでもなく3号要件非該当である。

4 水需要予測の重要性
 新規利水ダム建設事業の公共の利益は水需要の有無という一点にかかる。ダムによる水資源開発は多額の事業費が必要で、水需要のないダム建設事業は給水対象地域の地方公共団体などの財政を破綻させ、国に不要な負担をさせる。ダム建設事業は、それに伴い広大な水没地が発生するなど事業対象地の地域社会、環境に与える影響は非常に大きい。したがって、水需要予測は非常に重要であり、精確な予測をしなければならない。予測が過大で誤っていてはならない。
 予測の手法は過去の予測が実績と乖離していなかったかどうか、していたとすれば予測手法のどの点に問題があったのかを検証し、より精確な予測がなされなければならない。

5 利益衡量の方法
 「公益性」「合理性」の判断については覊束裁量か、自由裁量かという問題があるが、本件事業認定処分が憲法上保障された財産権を強制的に奪う処分であることを考えれば当然覊束裁量と考えられるべきである。もっとも、自由裁量としたところで事業認定処分に対し、司法審査が及ぶことについては争いはないことから、結局、問題はどのような範囲に及ぶか、司法審査の判断の手法をどのように定めるかということである。
 この点については、東京高裁昭和48年7月13日判決(いわゆる日光太郎杉事件判決)は、リーディングケースとなるものである。収用法20条3号要件の該当性について、同判決は「その土地がその事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益と、その土地がその事業の用に供されることのよって失われる利益(この利益は私的なもののみならず、時としては公共の利益をも含むものである。)とを比較衡量した結果、前者が後者に優越すると認められる場合に存在するものであると解するのが相当である。」という。
 このような判断の手法は基本的にはその後の多くの判例で採用されている。但し、この場合の失われる利益というのは、土地収用法がわざわざ当該事業の公共性、合理性を要件としている以上、単に土地などを失う権利者の不利益ではなく、地元住民、さらには地域、国、地球、未来世代への不利益を考慮しなければならない。それは、事業によって得られる利益と事業によってもたらされる不利益とを比較した結果得られる純の利益がその事業による真の利益だからである。
 さらに、先の日光太郎杉事件は判断の手法について次のように述べる。建設大臣が判断するにあたり、「本来最も重視すべ諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、その結果当然尽くすべき考慮を尽くさず、または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れもしくは本来過大に評価すべきでない事項を過大に評価し、これらのことにより(建設大臣)の判断が左右されたものと認められる場合には(建設大臣)の判断は、とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤りがあるものとして違法となるものと解するのが相当である。」と判示する。
 これは判断過程の方法に過誤がある場合には裁量権の逸脱があるとするもので、合理的判断形成過程を審査する手法として高く評価されているものである。このように考えることによって、判断過程の妥当性が検討され、ともすると主観的判断に陥りやすい「公共性」「合理性」の判断が客観化される。
 同判決では右の判断の手法についての原則を判示した後に「本件土地付近のもつかけがえのない文化的諸価値ないしは環境の保全という本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し、………オリンピックの開催に伴う自動車交通量増加の予測という、本来考慮に入れるべきでない事項を考慮に入れ………かつ、暴風による倒木(これによる交通障害)の可能性及び樹勢の衰えの可能性という、本来過大に評価すべきでないことがらを加重に評価した………点で、その判断過程に過誤があり、」「建設大臣の判断は、その裁量判断の方法ないし過程に過誤があるものとして、違法なものと認めざる得ない。」と判断要素について子細かつ具体的事実に基づいて判断し、土地収用法上の事業認定処分を取り消している。
 もっとも、本件事業認定では、新規利水目的が欠ければ徳山ダムに必要不可欠な事業内容が維持できないということであって、得られる公共の利益がないことであり、それだけで本件事業は事業自体の必要性、合理性を欠くことになる。もはや、得られる公共の利益と失われる利益との利益衡量をするまでもないのである。
 徳山ダムなどの公団法18条1項1号イの水資源開発施設の建設事業の必要性=根拠は、水資源開発基本計画で定められ、水資源開発基本計画の決定過程においてその検討がなされている。事業実施方針、事業実施計画においては、事業の必要性、根拠の検討はなされていない。水資源開発基本計画のほかに、法律上、徳山ダム関する水資源開発の必要性について検討しているものはない。したがって、徳山ダム事業の必要性、適正・合理性の検討は、何よりもまず、その事業の必要性=根拠を法律上検討し計画化している水資源開発基本計画に沿って行わなければならない。

第5 収用法20条4号該当性

 4号要件は、「収用という手段をとる必要性が認められるか。」を問題とするものである。
 収用という手段をとる必要性については、開発水の利用計画が全く具体化しておらず、計画が現実化される目途すら立っていないことを考慮する必要がある。
 徳山ダムの開発水は大垣地域と名古屋市の工業用水、愛知県と名古屋市の水道用水に利用されることになっている。しかし、大垣地域の工業用水道事業は計画も立っていない。また、名古屋市の工業用水道事業と愛知県や名古屋市の水道事業は、取水・導水施設の計画もない。このように利用計画が具体化していないのは、そもそも新規水需要がないからである。需要がないから給水事業が現実化する可能性はないが、たとえ無理に給水事業を実行しようとしても、これから事業計画を立て、用地を確保し、施設を建設して事業を開始するのは、何時になるか分からない。このような実施される可能性がなく、無理矢理実施しようとしても、何時になれば計画が立てられ事業が実施されるか分からないような、出来るかどうか分からない給水事業の水源開発のために、収用という手段をとることは必要性が認められない。
 できるかどうか、いつ使われるかわからない事業のために、収用という強制的手段を執る必要性は認められず、4号要件に該当しないことは明らかである。



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