徳山ダム建設中止を求める会・事務局ホームページ


たかがワシ・タカ、されどワシ・タカ

代表:上田武夫

はじめに

 揖斐川の源流で建設工事が進められている徳山ダムの周辺には、大型猛禽類(おおがたもうきんるい)のイヌワシが5番(つが)い、クマタカが17番い棲息している。
ここ徳山はまだ自然度が高く、全国でも有数の棲息地と言える。それは位置的にも「北方系のイヌワシと日本が北限の南方系のクマタカが寄り合うのに適している」からである。
 イヌワシ、クマタカは、レッドデータブックでともに絶滅危惧種に指定されていて、保護が急務とされている。徳山ダム建設の影響をもろに受けるのはイヌワシ1番い、クマタカ8番いである。クマタカが繁殖を続けている場所はエサとなる小動物が多く、豊かで多様性の高い生態系が保たれている。ここが湛水域(たんすいいき)となって水没してしまってはクマタカは死滅してしまうことになる。
 その影響はイヌワシにも及ぶ。イヌワシなどの大型猛禽類は、エサは丸ごと呑み込んでしまい、不消化物はペリットとして吐き出す。それを調べてみると、生のものをエサとしていることが分かり、食物連鎖(しょくもつれんさ)の頂点に立っていることが理解できるが、イヌワシこそは「他の生物によって生かされている」ことを思い知らされる。生態系の生産者は植物であるが、それが多様であれば、それを土台とする鳥獣も多様となる。

生態系の頂点に立つイヌワシ

【イヌワシの名の由来】イヌワシの語源は不詳だが、「ワシ」の語源には、次のような説がある。@車輪のごとく飛ぶことを、ワシ(輪如)というから。A自分の羽の素晴らしさを知っているから(ワサシリの反、ワサは姿の意、シリは知るの意)。B動作が敏捷であるからなど。
 イヌワシは漢字では「犬鷲」よりも「天狗」の由来説による「狗鷲」の方がふさわしい。その理由は、@各地にある天狗山、天狗岩、天狗谷などの地名と棲息地が重なる。Aイヌワシを正面から見ると、嘴(くちばし)が長い鼻に見え、眼が金色で足が長く、翼を持つなど「天狗」の特徴と一致する。Bカラスがイヌワシにモビングしている情景は、天狗が子分の烏天狗(からすてんぐ)を従えて飛ぶという説と一致する、などからである。
十二支の中でただ一つ存在しない動物、辰(龍、龍)を常食としている鳥がいる。金翅鳥という大鳥(おおとり)で迦楼羅(かるら)鳥王として、観音の伴衆(つれしゅ)中に烏天狗様に画かれたものである。これはアジア大陸の高山に住む。インドの金鷲(ゴールデン・イーグル)と呼ぶ鳥から誇大に作り出されたという。イヌワシを彷彿とさせる伝説である。
 イヌワシは地方によっては、「くろわし」「ほんたか」「ほんわし」「三つ星ダカ」(幼鳥)などと呼んでいた。それがイヌワシだと判明したのは、まだほんの20年ほどのことである。

【番いは共同で狩りをする】日本のイヌワシは、世界中に棲息する5つの亜種の中で一番小型、体長(75〜90cm)、翼開長(175〜200cm)、体重は(3〜5kg)である。
 番いごとにテリトリーを持ち、周年その中で生活し、年中一緒に行動する。番いの持つテリトリーの広さは平均で約60平方km、多いところでは200平方kmにも及ぶ。
エサはノウサギ、ヤマドリ、そしてヘビが全体のほぼ7割を占める。その他には、タヌキ、キツネ、ニホンジカ、シカなどの幼獣。リス、テン、キジ、キジバトなどの中小鳥獣が確認されている。
 イヌワシは番が共同で狩リをする。一羽が茂みの上を威嚇して飛び、その中にいる獲物が跳び出すと、もう一羽が上空から急降下して襲う。武器は強大な趾爪。7kgぐらいまでのものであれば持って飛べる。しかし、この力強さに反して極端に神経質。特に人間に対しは警戒心が強い。抱卵中や孵化直後などは顕著である。巣の近くに人間がいると親は巣に戻ることができず、雛が凍死した例もある。寿命は野外で20年程度だと推定される。

【二個の卵に一羽の巣立ち】繁殖活動は秋に番いがテリトリーの境界と営巣場所を見回ることから始まる。そして求愛飛行に進み、巣を作る。巣は主として急峻な岩棚、時にはモミやキタゴヨウの大木の枝に、枯れ枝などで骨組みを作りマツやヒノキの枝を敷きつめる。2月の産卵直前にはカヤで産座を作る。普通2個を産卵後、42〜45日間ほとんど雌が抱卵する。その間雄は巣の監視と雛の分の狩りをする。
 3〜4月に孵化した雛は約80日後に巣立ちする。しかし、日本のイヌワシは一羽しか巣立ちをしない。先に孵化した雛が後から孵化した雛を殺してしまうからである。この習性イヌワシ族のワシに良く見られ、「兄弟間闘争」と呼ばれているが、その原因は不明である。巣立った幼鳥は秋まで親と過ごし、飛行や狩りの方法を学ぶ。そして次の繁殖期の到来とともにテリトリーから追い出される。幼鳥の移転先は不明である。

森の王様クマタカ

 タカの語源については、次のような説がある。@高(タカ)く飛ぶところから、Aタケキ(猛)意味から、B凡鳥でない(ケタカシ)の意味から。
【「タカ」と名のつくワシ】日本に棲むクマタカは、世界に分布する三つの亜種の内、最も北に棲息し、体の大きさは亜種の中で最大、体長(約80cm)、翼開長(165〜180cm)、頭頂の冠羽がほぼ直角に立っているのが目立つ。飛行中はイヌワシなど他の猛禽類に比べると比較的厚みのある翼である。タカ目タカの鳥の中で、大型のものをワシ、小型のものをタカと呼ぶ。クマタカは大型なのにタカと呼ぶのは、見事なタカフ(鷹斑)からきている。クマタカの「クマ」は、ツマタカ(爪堅)の転じたものらしい。大きいものや力強いものにつけられるクマ(熊)からきている。漢字では「角鷹」と書く。これは角ばった感じの頭の冠羽からきている。
【森林と一体になった生活】高空を飛翔中のクマタカは、幅広で厚みのある翼を張り、重量感ある飛び方で比較的ゆっくりと重々しく飛ぶ。主な生活場所である森林に入る時には、ほとんど減速することなく森の中に入ることができる。高空を飛翔する時は速度が強く、素早く樹林間を飛行することができる。それは体の仕組みにある。比較的短めで厚みのある翼は、急旋回や急加速などの細かい舵取りや、低速を維持しつつの飛行に適している。そのため森林の中をかなりの速度で巧みに飛行することができる。
 大型で力強いが、性格は温厚で穏やか、ハイタカやサシバなど自分より小型のタカがモビングしても、すっと森の中に飛び込んでトラブルを避ける傾向が強い。また、枝に止まっている時に数十羽のカラスがモビングを繰り返してきても、意に介せず止まり続けるので、カラスの方が諦めて飛び去ってゆく。クマタカが力強い攻撃力を発揮するのは、抱卵中や雛の居る巣の周辺を防衛する時である。うっかりその縄張を侵したイヌワシが慌ててターンして逃げ去るくらい果敢に攻撃を仕掛けてゆく。

適応能力の幅の広いオオタカ

 オオタカは、ユーラシア大陸と北アメリカ大陸の寒帯から温帯にかけて棲息しており、日本はその分布の南限に当たる。日本全体では数千羽が棲息しているといわれるが、レッドデータブックで危急種、種の保存法では国内希少種に指定されている。冬は全国的に見られるが、夏の繁殖期の地域は、250m以下のいわゆる里山に広がる二次林である。しかも、最近ではその分布を都市周辺の樹林地へと広げてきている。
 オオタカの狩りの方法は、ハヤブサのように上空から急降下して襲うことよりも、主に林縁などの枝の上に止まって待ち伏せ、獲物の背後から急襲することの方が多い。獲物は、ドバト、ムクドリ、カケス、カラス類。キジバト、クロツグミ、キジ、ヒヨドリ、スズメ、オナガ、コジュケイなどが90%を占め、少数ながらリスやネズミ類などの小型哺乳類も獲物とする。猛禽類であるオオタカは地域の生態系の頂点に立つが、もともと営巣地である里山の森林は、地域の農作業の営みの中で育林、維持されてきたもので、人間の生活圏に接近しているため、工事や伐採の影響を受け、それが原因となって繁殖を中断することが多く、巣立ち雛の数に影響が出てきている。

種の保存にとって、憂慮される繁殖成功率の低下

▽イヌワシの場合
 天然記念物で絶滅危惧種T類のイヌワシは、日本全体で130番(つが)い、300羽しか棲息していない。営巣場所は覆いのある岩棚、その下は絶壁という厳しい処、そこに青白色の地に赤褐色の大小の紋が密在した卵(75×65o)を産む。雌が抱卵を始めて45日たつとピッピングが聞こえ、雛が嘴の先にある卵歯(らんし)で殻の中から嘴打ちをして孵化する(卵歯は数日すると剥がれ落ちる)。孵化後の雛は21日目にはチャボ大となり、49日目にはトビ大となる。巣立ちをした若鳥は、翼下にある白い大きな斑と尾の根元の白がよく目立つ。異名の「三つ星鷹」は特徴を掴んだ呼び名である。老鳥になると、頭部の黄金褐色に輝きが増して、まさに「ゴールデン・イーグル」に相応しい雄大な姿になる。
 全国の野鳥研究者などで作られているイヌワシ研究会では、1981年からイヌワシの生息数と卵から孵化して幼鳥として巣立つ割合を調査している。
 イヌワシ研究会が北海道から九州までのイヌワシの営巣や孵化の状況を継続して調査した結果では、81年に確認できた47番いのうち55%について孵化し巣立ちしたが、92年には67の巣について27%に減少。95年の繁殖成功率は過去最低の22.2%に低下、絶滅の危機に瀕していた。その極めて危険な状況が97年にはさらに悪化して、調査できた88の巣について17%にまで低下した。種を維持するには、50%の繁殖成功率が必要。低繁殖率だと棲息数も急落する。このままだと、第二のトキになる可能性が極めて高くなってきている。
 繁殖率が急落しているのは、前々から指摘されている棲息状況の悪化にあることは否めない。ダム建設や森林伐採などによって、営巣地が脅かされて、狩りをする場所が減ってしまった。ノウサギ、ヘビ、ヤマドリなどのエサ不足大きな打撃を与えているし、加えて、親鳥が突然抱卵を止めたり、卵が割れたりする危機的状況にある。
 イヌワシが好んで捕らえるヤマドリは、ドングリ類が主なエサ、そのためには二次林や落葉広葉樹林を残して禁猟区にし、ヤマドリの棲息を可能にすること。カエルの多く棲む水辺を残すことはヘビを増やすことになる。ノウサギについては、草本低木を維持することがエサの確保に繋がる。
 イヌワシ研究会では、その原因を追求するため、93年から98年にかけて岩手や兵庫、大分県などで見つけたイヌワシの11の死骸と10個の卵について脂肪に含まれているポリ塩化ビフェニール(PCB)や,71年に使用禁止になった農薬DDTなどの濃度を調べた。
 その結果、死骸から検出されたPCBは最高で500ppmと食品衛生法の安全基準の1000倍に上っていた。食物連鎖の頂点にたつ大型猛禽類は、化学物質が体内に蓄積されやすく、生態系が汚染されて、絶滅に追いやられる危険度が高い。
 ところで、徳山ダムの5番いのイヌワシは、どんな状況にあるだろうか。工事に関連のある水没地域内に棲息している1番いについて96年5月から調査したが、繁殖は確認されなかった。イヌワシのすべてが調査対象となっていないし、対象とした番いも繁殖期のデータを取り出すといった杜撰なもの。繁殖できない原因は究明されていない。
 生息地の破壊と化学物質が引き金の汚染によるダブルパンチを受けてイヌワシは、絶滅に向かってひた走るという恐ろしいことになってしまっている。

▽クマタカの場合
 イヌワシに比べると、クマタカやオオタカは個体数が多く、比較的安心できると考えるむきがあるが、決してそうではない。クマタカの繁殖成功率が近年急激に低下してきている。広島クマタカ生態研究会の調査による5年間毎の平均を見ると、81〜85年は85.7%、86〜90年は62.5%、91〜95年36.8%と減少している。
 このことから考えられることは、現在棲息している個体が死滅し始めると、急速に個体数が減少し、絶滅に向かうことが予想される。猛禽類は比較的長寿なため、個体棲息数だけを見ていると、はっきりとした状況は見えてこない恐れがある。種の保存にとって大切なのは繁殖成功率である。日本、台湾、東南アジアの沿岸やスリランカなどのごく一部にしか棲息していなくて、世界的にも希少種であるクマタカのおかれている危険の度合いイヌワシと同程度ということになる。
 クマタカは、繁殖期がくると、ピィー、ピィー・ピピピピーと鳴く。高木の枝の上に樹枝を多量に積み重ねて巣とし、4月から5月ごろに灰白色で斑紋のまったくない卵(70×55mm)を1個産む。獲物を発見すると、翼をすぼめて急降下して襲いかかり、鋭い爪で捕らえる。ヤマドリやキジを好物とする。捕らえた獲物は、決まった高木に止まって鋭い嘴で引き裂いて食べる。ライチョウも獲物として狙われることがある。
 徳山には17番いもクマタカが繁殖しているのに、繁殖能力はかなり低い。
 問題となったのは、一般人が発見したF番いが「育雛放棄」というアクシデントに見舞われたことであった。F番いが営巣した場所は、大型猛禽類の保全上たいへん重要な位置にあった。営巣木のすぐ下が工事用土砂の捨て場にされていた。これがクマタカ親子にかなりのストレスとなった。工事による荒廃した環境では、育雛に必要なエサが十分供給できるわけがない。「水没域に営巣地はなく工事による影響はない」と水資源開発公団は嘯(うそぶ)くが、F番いの営巣木は水没域の吃水線(きっすいせん)ぎりぎりの処であった。
 1996年に3羽の巣立ちが確認された以後、97年にはかろうじて1羽、しかし、98年と99年は巣立ちはなかった。こうして2年連続して繁殖ができないでいるのは、「イヌワシ・クマタカの次世代を保全しよう」とする生態系保全にかかわる根本的な認識が欠如しているからである。

気にかかる森の力の低下

 岩山に続く広大な草原や荒地を棲息地としている北方系のイヌワシにとって、崖地はあるものの森林面積の広い日本は、もともと棲みやすい環境とはいいがたい。しかも森林地帯には同じくらいの大きさの南方系のクマタカが棲んでいる。棲息に必要な範囲は、イヌワシで半径4〜5km、クマタカは同3km、オオタカは同1kmと言われている。すると、競合せずに棲息できる場所は多くはない。しかも生態系の頂点に位置することでもあり、個体数はもともと多くはない。それに本州中部以北では繁殖期に積雪も少なくないために、営巣場所としての岩棚も雪の吹き込まない方向に向いており、しかも屋根がついていることが必要。それに適した場所がない時には、イヌワシは樹上に営巣するしかない。だから森林にはイヌワシとクマタカが競合しあえる広さと豊かさが必要なのである。
 しかし、ここで気にかかることは、最近のクマタカには力強さが喪失してきたことである。雄は果敢にディスプレイと営巣地の防衛を行い、雌は逞しく子育てを行う感があった。ところが、1980年代の半ば以降は、ペアの絆も希薄になり、近隣の個体が行動圏の中心付近まで来たような場合でも、意識して警戒したり、追い出すそぶりがほとんど見られなくなった。特に繁殖に失敗した年は、個体に一層その傾向が見られる。これは、森の力の低下によってクマタカが毎年繁殖できなくなってきたことに起因すると考えられる。
 棲み慣れた場所に執着する性質の強いクマタカは、棲息環境が悪化しても、簡単にそこを離れることはなく、繁殖を放棄することで、個体の維持を図ろうとする。繁殖力が低下している今こそ、可能な限りの保護策を講じることが当然である。ペアが棲息するためのコアエリアにとっても、繁殖テリトリーにとっても、バランスのとれたエサの供給される自然環境が不可欠である。
 悪化した環境は、ますます森の力を低下させる。その影響は、学術上の観点から重要とされている野鳥たちにも及んでくる。夏鳥のコノハズクやブッポウソウにとっても森林がとても大切。土地の人から「トキトン」と呼ばれて親しまれているコノハズクは、ヒノキやスギの木の洞に営巣し、夕暮れから夜間にかけて盛んに活動する。エサは昆虫食である。ブッポウソウは木上生活が主で、スギ、ヒノキ、モミなどの針葉樹、トチ、クリなどの落葉樹、キツツキの古巣跡などに営巣する。エサは昆虫食である。また徳山には、誰もが一度は出会いたいと思っているアカショウビンが、夏鳥として山地の落葉広葉樹林に渡ってくる。水恋鳥異名を持つアカショウビンは水辺が棲息地である。小渓流に棲むサワガニ、アカガエル、アマガエルなどをエサとしている。どの野鳥たちにとっても営巣場所があり、エサを供給してくれる自然が必要なのである。
 例え、目的を治水だと言い繕っても、取り返しのつかない自然破壊は許されない。猛禽類保護と開発事業の調和が社会的要請である今日、生態系の保全なくして「自然との共生」はあり得ない。
 イヌワシ、クマタカ何するものぞ。「たかが鳥」ではないか。と言っても、食物連鎖の頂点に立つ鳥である。豊かな自然が保たれているかどうかを計る大切な指標となる。『されどワシ・タカ』なのである。今こそ、大型猛禽類の宝庫である徳山の自然環境の保全に向けて総合的な対策を打ち立てるべきである。

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