徳山ダム建設中止を求める会・事務局ホームページ


公金支出差止等請求控訴 第1準備書面(控訴理由書)


第1 本件建設費用負担金支出の違法性判断の枠組みと法律解釈問題

1 本件請求
 徳山ダムの建設費は2540億円(1985年度単価)とされ、この建設費負担は、新規利水用途の事業費用割振り割合(368/1000)と水量に応じて、各利水者(流水を工業用水道や水道の用に供する者)毎に分けられる。岐阜県において流水を工業用水道の用に供する者の建設費負担額は281.94億円となる。
 工業用水の建設費負担については国庫補助(補助率30%)があり、これを差し引いた残額は、上記岐阜県の工業用水利水者の建設費負担額に対しては197.38億円である。同残額の30%について、後記表「徳山ダム建設費、岩屋ダム建設費支払い額」記載のように、1998年度から、岐阜県によって支払がなされている。また、同残額の残りの70%については、水公団が借り入れ、徳山ダム完成後に元利金の借り換えをして23年間の分割で費用負担同意をした利水者へ納付請求をする。
 控訴人らは徳山ダムの岐阜県において流水を工業用水道の用に供する者の費用負担金につき、岐阜県がなす支払は違法であるから、過去の支出について被控訴人梶原に対して損害賠償を求め、将来の支出については被控訴人知事および出納長に対して差止を求めるものである。
2 本件での控訴人らの主張の核心
 徳山ダムで開発される工業用水は、岐阜県では大垣地域を供給予定地域としている。控訴人らは原審において大垣地域には徳山ダムの工業用水の需要はないことを明らかにした。工業用水のダム建設費用負担金は、工業用水道事業によって水の需要者に供給して料金を得て、これによる独立採算で支弁することが地方財政法6条等によって義務づけられている。したがって、水需要がないならば、岐阜県が支出した徳山ダム建設費の回収は不可能であり、岐阜県の支出は全く無駄どころか費用負担のみを負う損害として県民の負担となるのである。
 徳山ダムの工業用水の需要がないので、岐阜県による徳山ダム建設費用負担金の支払いは、回収見込みのない支出であるから違法となり、また、その根拠となっている公団法20条2項に基づく流水を工業用水道の用に供しようとする者の費用負担の同意(以下、費用負担同意という)も違法となる。さらに、本件では岐阜県知事には費用負担同意をする権限がないにもかかわらず同意している点、違法であると主張しているが、このような違法な状態になったのは岐阜県において工業用水道事業管理者がいないためである。その理由は、工業用水需要が見込まれないため地方公営企業である工業用水道事業を行えないからである。行い工業用水道事業会計を設けることができないためである。また、本件では徳山ダムの工業用水の建設費用負担金を一般会計から支出している。本来、工業用水道事業は地方公営企業として特別会計を設けて費用支弁しなければならず、この建設費用負担金は工業用水道事業会計から支出されるべきであるところ、水需要がないため、工業用水道事業を行って工業用水道事業会計を設けることができないので、このような異常な事態となっている。
 このように、控訴人は徳山ダムの工業用水の建設費用負担金の支出について、賠償および差し止めを求めているが、それは全て岐阜県に工業用水の需要が見込めないという事実から発現している。これが本件の核心であり、原審はこの事実に対し誠実に判断するべきであった。
3 建設費用負担金支出や費用負担同意の工業用水道事業の独立採算制違反
 1) 控訴人らの主張
  イ) 上記のように、工業用水のダム建設費用負担金は、地方公営企業である工業用水道事業によって工業用水を需要者の給水契約者に供給して料金を得て、これによる独立採算で支弁すること地方財政法6条等によって義務づけられている。したがって、工業用水道の水需要がないならば、岐阜県が支出した徳山ダム建設費の回収は不可能であり、岐阜県の支出は全く無駄どころか費用負担金のみが残る損害として県民の負担となるのである。
 したがって、そのような結果をもたらす行為は、地方財政法6条によって経営収入による独立採算義務がある地方公営企業制度が予定しないことであって、許容されず、違法として排除されなければならない。工業用水のダム建設費用負担金に係る行為の適法要件として、工業用水道の水需要の見通しがあって、工業用水道事業が料金による独立採算で経営するのが可能なことが必要である。
 そして、この違法判断は、当然、判断対象行為である各個の行為時を基準としてなされる。
  ロ) したがって、建設費用負担金の納付では、まず、水公団の徳山ダム建設費用負担金の納付通知について、工業用水道の水需要があって、工業用水道事業の料金による独立採算での経営可能性があることが必要である。そして、その支払いのための支出において、工業用水道の水需要があって、工業用水道事業の料金による独立採算での経営可能性があることが必要である。
  ハ) また、公団法20条第2項の流水を工業用水道に供しようとする者の費用負担同意がある。費用負担同意をもって費用負担金債務を負担する行為であり、毎年度4回に分けてなされる水公団の金額を示した費用負担金の納付通知によって債務額が具体化する。建設費用負担金の支払いは、公団法20条第2項の流水を工業用水道に供しようとする者の費用負担同意を経て、その者に対して、水公団より建設費用負担金の納付通知がなされ(本件では岐阜県・代表者知事に対してなされれている)、その者が建設費用負担金を支払うのであるが(本件では岐阜県一般会計が支払っている)、流水を工業用水に供しようとする者が費用負担金債務を負担する根拠となる契機は費用負担同意しかなく、費用負担同意は債務負担行為と解すべきである。  
 したがって、費用負担同意に際して、工業用水道の水需要の見込みがなく、工業用水道事業の料金による独立採算での経営可能性が認められないならば、費用負担同意は違法であって無効となる。そして、その後になされる、これに基づく金額を示した建設費用負担金を支出することも違法であって許されない。
 もっとも本件では、一般職である知事が費用負担同意をしており、地方公営企業管理者の費用負担同意がないため権限がないものの費用負担同意である点においても違法無効である。
 そして、知事梶原の費用負担同意がなければ岐阜県が建設費用負担金を負担することはなかったのであるから、被控訴人梶原に対する損害賠償請求の根拠となるものである。費用負担同意の結果、岐阜県は建設費用負担金を支出しているのであるから、岐阜県にはそのつど損害が発生し、その累積額が損害賠償額である。
 本件は、費用負担同意時に、工業用水道の水需要の見込みがなく、費用負担同意を与えるべきではない事案である。そのうえ、平成10年の費用負担同意以降の工業用水需要の実績も含めて判断すれば、さらに明確である。したがって、平成10年度以降の個々の建設費用負担金の支出時の違法は一層明らかとなる。
  ニ) 原判決は、「2争点」として、「(3)本件負担金支出は適法か」のなかで「イ長期需給計画及び同計画に基づく本件費用負担同意は違法なものか」と争点整理をしている(p13)。そして、「4争点(3)イ(長期需給計画及び同計画に基づく本件費用負担同意の違法性とその承継)について」の原告らの主張として、「(2)長期需給計画の違法性の承継について」の表題のもと、「長期需給計画の違法は、これに基づいてなされた岐阜県の本件費用負担同……の違法をもたらす(違法性の承継)というべきである」と原告らの主張を整理している(p23)。また、p39から48において「争点(3)イ(長期需給計画及び同計画に基づく本件費用負担同意の違法性とその承継)について」と題して検討し、その冒頭において、「原告らは岐阜県の長期需給計画における大垣地域の工業用水需要予測は過大で違法であるところ、その違法性が、これに基づいてなされた平成10年同意、本件負担金の納付通知へと承継され、ひいては本件負担金の支出が違法となる旨主張する。」と整理している。
 しかし、上記のように、控訴人らの主張は、「平成10年同意は長期水需給計画に基づいており、長期水需給計画の違法性が平成10年同意に承継される」というものではない。原審でもそのような主張をしたことはない。原判決の上記の争点や主張整理は誤っている。
 控訴人らの主張は、原審原告第17準備書面P2最終段落でも述べているように、平成10年の費用負担同意が、工業用水道の水需要予測の精確性などのそれ自体の適法要件を欠いており違法であるということであって、長期水需給計画の違法が承継されて費用負担同意が違法となるというのではない。長期水需給計画は、費用負担同意をする際の水需要予測についての検討資料にすぎない。
 2) 地方公営企業である工業用水道事業
  地方公営企業とは、地方自治法2条3項3号に定める企業の経営等の事務であって、地方公共団体が経営する企業活動(事業)である。工業用水道事業の場合、地方公営企業法は2条1項で、工業用水道事業(2号)が当然同法の適用を受ける旨を定めている。
  地方公営企業の活動は、一般行政活動と対比されるもので、住民に財貨やサービスを供給する活動である。この場合の企業活動は、その効果が特定の個人に帰属するので、その経費の財源は公平の要請からその受益者・利用者の負担に求められるべきものとされている。こうした趣旨から地方財政法6条で「公営企業で政令で定めるものについては、その経理は特別会計を設けてこれを行い、その経費は・・・当該企業の経営に伴う収入・・・をもってこれに充てなければならない。」と定めている。経営収入とは、財貨やサービスの供給に対する対価である料金であることはいうまでもない。同条は、地方公営企業の受益者負担原則、料金による独立採算制を定めている。
 工業用水道事業は、当然に地方公営企業法の適用を受けて全て地方公営企業で経営しなければならないが、他の地方公営企業の事業が一般住民を利用者にしているのに比べて、利用者・需要家が少数であり、特定的な傾向を持つ事業である。たとえば、岐阜県営の可茂工業用水道事業では、ヤマザキマザック株式会社、株式会社三菱マテリアル岐阜工場、パジェロ製造株式会社 の3社に工業用水を供給しているにすぎない。
 そのため、工業用水道事業は、地方公営企業のなかでも、特に、独立採算制が厳格に維持されなければならない。地方公営企業の独立採算制をどうすべきかの議論がなされているが(実際は、病院事業、交通事業、水道事業について経営悪化の現状から議論されている)、どの論者も工業用水道事業は、独立採算制を厳格に適用することに異論はない。
 3) 工業用水事業の料金収入による独立採算制厳格化の行政運用 −水源開発費の一般会計からの繰入の不許容−
 工業用水道事業では料金収入による独立採算制を厳格に維持すべきことは、行政通達においても示されている。地方公営企業特別会計の経費のうち、地方財政法6条に規定する一般会計の負担に属さない経費についての一般会計から地方公営企業特別会計への繰入金の基準が「地方公営企業繰出金について」(自治省財政局長通知、平成10年度は同年4月28日自企1第34号)として示されている。
そこでは、水道事業では、水源開発に要する経費の建設費の30分の7相当の額の企業債の元利償還金額、および水公団に対する割賦負担金の3分の1相当額が一般会計から繰り入れできるものとされているが、工業用水道については、経営健全化計画において一般会計から繰り入れが認められた額(不良債務の額を限度とする)だけで、水源開発に要する経費自体は繰入対象の経費になっていない。
 水源開発費は資本的経費であって、地方公営企業の独立採算制からは、料金収入を財源とすべきものである。上記行政通達では、工業用水道事業では水源開発費を一般会計の負担とせず、料金収入を財源とすべきことが示されているのである。ちなみに、水道事業でも、認められている一般会計繰入金は、水源開発費の全てではなく3分の1以下である。
 4) 徳山ダム建設費用負担金と地方公営企業会計
 徳山ダム建設費負担金は、企業会計上、工業用水道事業の資本的取引(収支)の建設改良費(地方公営企業法施行令9条3項、21条)の負担金に該当するものである。この資本的支出によって徳山ダム完成後に得られる水利権・施設利用権は、無形固定資産の水利権・施設利用権に該当するものである。
 都市用水供給事業、特に工業用水道事業は地方公営企業であって独立採算制であり、料金収入を経費(資本費、維持管理費)の財源としている。したがって、工業用水道事業に料金収入による独立採算が義務づけられている以上、徳山ダム建設費用負担金は工業用水道事業者が負担し、給水料金で回収すべきものである。料金収入はどれだけ水が売れたか、つまり用水需要に応じて決まる。したがって、新規にダム建設費用の負担をしても、工業用水道の水需要が無く水が売れないと、料金収入がないのでその負担金などの資本費が払えない。
 したがって、地方公営企業の料金収入による独立採算制からは、工業用水道の水需要が見込まれず、給水料金よってダム建設費用負担金の回収ができないならば、ダム建設負担費用の負担はあってはならないことになる。そうでなければ、工業用水道事業は、たちどころに支払い不能なダム建設費用負担金を抱えて財政破綻してしまう。このような財政破綻が生じることは、それが予測されるならば、事前に回避されなければならないのは当然である。逆にいえば、料金収入による独立採算による経営が可能なものでなければ、ダム建設費用負担金の負担はあってはならないのである。このような工業用水道事業の料金収入による独立採算制は、水源開発計画の決定やダムなどの水源施設の建設費用の負担において、前提とし、また遵守しなければならない準則である。
 後述のとおり、大垣地域では工業用水道の水需要は見込めないのであるから、徳山ダムなど新たな水源開発は不要である。にもかかわらず、岐阜県が徳山ダムの建設費用負担金を負担することは、料金収入で回収できない経費負担を行うことであるから地方公営企業の料金収入による独立採算制からは許されないのである。
 5) 違法判断の基礎資料の範囲
  イ) 以上のように工業用水道の水需要が見込まれないにもかかわらずダム建設費用を負担することは工業用水道事業の独立採算制に違反して許されない。
 徳山ダム建設費用負担金の納付では、水公団の建設費用負担金の納付通知とその支出において、工業用水道の水需要の見込みがあって、工業用水道事業の料金による独立採算での経営可能性があることが必要である。また、徳山ダム建設費用の費用負担同意でも同様である。
 そして、ダム建設費用負担金の納付通知とその支出やダム建設費用の費用負担同意の違法性は、それぞれの行為時を基準時として判断されなければならない。したがって、工業用水道の水需要の見込み、つまり工業用水道の水需要予測は当該行為時までの資料に基づかなければならない。
 もっとも、工業用水道の水需要予測は当該行為時までの資料に基づかなければならないが、当該行為の違法性判断、つまり当該水需要予測が正しかったかは、当該行為時以降の証拠資料も加えて判断されるのは、事後的判断としてなされる違法性判断の性質上、当然のことである。当たり前のことであるが、水需要予測の基礎資料の問題と違法性判断の証拠資料の問題を混同してはならない。
 本件の費用負担同意の違法性について、原判決はp23やp39にて、本件の争点や控訴人らの主張を「長期水需給計画の違法が、それに基づく本件費用負担同意に承継されるかという」かと誤って整理し、本件費用負担同意の違法性については、専ら長期水需給計画についてのみ判断した。その結果、工業用水道の水需要予測の基礎資料の対象期間を1990年(平成2年)までに限定した。
 長期水需給計画が誤っていれば、その後になされる設費用負担同意も支出も違法となるのであるが、それは長期水需給計画の違法性が承継されて違法となるのではない。費用負担同意や支出において工業用水道の水需要予測の資料とした長期水需給計画が誤っていたため、費用負担同意や支出自体が違法となるのである。
 長期水需給計画は費用負担同意や建設費用負担金の支出時の水需要予測の判断資料の一つにすぎないのであって、長期水需給計画策定後、違法判断対象行為である費用負担同意や建設費用負担金支出時までの資料も含めて水需要予測は行われなければならない。そして、費用負担同意や建設費用負担金支出の違法判断である水需要予測が正しかったかは、当該行為時以降の資料も加えて判断されることは上記した。
 なお、徳山ダム建設費用負担金は岐阜県一般会計より直接に水公団に支払われているので、その支出は違法である。その点は後に詳述する。
 6) 損害
 工業用水道の水源確保のために、ダム建設の費用負担同意をして、一般会計から工業用水道事業会計に繰入をしてダム建設費用負担金を支払っても、工業用水道の水需要がないため工業用水道を事業化できなかったり、工業用水道を事業化しても、需要が少なく料金収入を経費が大幅に上回ってしまうと、その工業用水道事業は財政破綻に陥る。
 工業用水道の水需要がないため工業用水道事業が財政破綻したとき、結局は、ダム建設費用負担金は回収不能な経費支出として残る。一般会計から工業用水道事業会計に繰り入れられたダム建設費用負担金は、そのまま一般会計の負担となってしまう。このような結果は、本来、特別会計である工業用水道事業会計が負担すべき費用を一般会計で負担ものであり、一般会計からの支出は県の損害そのものである。
4 一般会計から直接支出することの違法
 1) 控訴人らの主張
   徳山ダム建設費用負担金は、以下のような地方財政法、地方公営企業法の定めから、工業用水道事業会計(特別会計)から支出するしなければならない。岐阜県においては平成8年以降、既に工業用水道事業が実施され、工業用水道事業会計が設けられていたのであるから徳山ダム建設負担金は工業用水道事業会計からから水公団に支出するべきであって、一般会計から直接支払ってはならなかった。
 2) 地方自治法、地方財政法、地方公営企業法の規定
 地方自治法(但し、平成11年7月22日法律第107号改正前のもの。以下同じ)は、2条3項で地方公共団体が処理する事務を例示列挙している。3号で「上水道その他給水事業……その他企業を経営すること」と、企業経営を地方公共団体の処理事務として明示している。
 地方財政法は、6条で地方公営企業の経営原則を定めている。「公営企業で政令で定めるものについては、その経理は特別会計を設けてこれを行い、その経費は……当該企業の経営に伴う収入……をもってこれに充てなければならない。」として、経営収入つまり料金収入による独立採算性をとることを定めている。同法施行令は工業用水道事業がこれに該たることを明らかにしている。
 地方公営企業法は、2条1項で、工業用水道事業(2号)が当然同法の適用を受ける旨を定めている。
 地方公営企業法は、同法2条1項の事業ごとに、地方公営企業の業務の執行とそれについて当該地方公共団体を代表する管理者を置き、長から直接指揮監督を受けない組織原則を定めている(第2章・7〜16条)。そして、20条2項、同法施行令9〜26条によって、企業会計方式(明細は地方公営企業法施行規則に定められている)によって計理を処理しなければならいとするとともに、17条によって特別会計を設けたうえ、17条の2〜第18条の2によって、その経費の充当は料金収入による独立採算によらなければならないと定めている。計理の企業会計処理と地方公営企業の経営収入(料金収入)による独立採算制とは表裏の関係にあるものであって、計理の企業会計処理なくして料金収入による独立採算制は成り立たない。
 以上のように、地方財政法や地方公営企業法によって、地方公営企業は、一般行政部門とは独立したもので、それとは異なった制度を採用している。
 3) 地方公営企業の料金収入による独立採算制
 工業用水道事業は、利用者の需要により、工業用水を供給する事業であり、財貨・サービスを特定の利用者に提供し、反対給付として料金を受け取るという、民間企業と同様の経済活動を営むことから、企業としての組織、財務、職員の身分取扱いなどの制度を適用するのに適している。とりわけ、工業用水道事業の受益者は工業用水の供給を受ける特定の事業者企業だけであって、一般住民が利益を受けるわけではないので、工業用水道事業を独立採算で賄っていく必要がいっそう高い。
 地方公営企業は、財貨やサービスを供給しそれに要する経費を料金という形で回収し、それによって新たな財貨又はサービスを生産するという生産活動を繰り返し継続していくものであり、投下した資本を自らの手で回収するという点においては一般の企業と何ら異なるところはない。地方公営企業の供給する財貨又はサービスは特定の住民によって享受されるのみならず、その財貨やサービス享受の程度は利用者ごとに異なるものであって、一般住民が等しく享受するものではない。このような財貨やサービスの供給に要する経費は、その財貨やサービスの供給を受ける者が、その供給される財貨やサービスの量に応じて負担すべきであり、財貨やサービスの享受と関係なく徴収される一般住民・国民の税収をもって経費に充てるべきではない。そこで、地方公営企業の経費は当該企業の経営に伴う収入をもって充てなければならないとされているのである。
 地方公営企業の料金収入による独立採算制は、一般会計からの分離独立を図ることを目的とするものである。地方公営企業は地方公共団体が経営する企業であることから、企業の中には、安易に一般会計に依存し、企業としての合理性、効率性の追求をなおざりにする場合がある。このような地方公営企業の一般会計への依存を排除しようとするのが独立採算の趣旨であり、独立採算の「独立」の意味は、一般会計からの財政面での分離独立を意味するのである。
 4) 徳山ダム建設費用負担金・ダム利用権の意義
 岐阜県は、徳山ダムを工業用水道の水源施設として利用するものとして、建設費用負担金を支出している。建設費用負担金は、性質上工業用水道事業会計から支払われるべきものである。
 需用者に工業用水を供給するには、工業用水道事業によらなければならないが、上記2)で述べたように、地方公共団体が行う工業用水道事業は、地方公営企業法2条により、地方公営企業法の適用を受ける地方公営企業でなければならないので、その経費については、同法20条およびそれに基づく政令(同法施行令9〜26条、同法施行規則)に定められた企業会計原則に従った計理処理をしなければならない。地方公営企業の計理の企業会計処理と地方公営企業の経営収入(料金収入)による独立採算制とは表裏の関係にあるものであって、計理の企業会計処理なくして料金収入による独立採算制は成り立たない。
 徳山ダム建設費用負担金は、地方公営企業会計上、工業用水道事業の資本的取引(収支)の建設改良費(地方公営企業法施行令9条3項、21条)の負担金に該当するものである。この資本的支出によって徳山ダム完成後に得られる水利権・施設利用権は、無形固定資産のダム使用権・水利権などの施設利用権に該当するものである(地方公営企業法施行令14条、同法施行規則9条別表第3号)。この建設改良費は、料金収入による独立採算で最終的には支弁されなければならない。
 したがって、徳山ダム建設費用負担金は、工業用水道事業者が負担し、給水料金で回収すべきものである。
 ところが、本件のように、岐阜県では、徳山ダム建設費用負担金は工業用水道事業会計に計上されず、地方公営企業である工業用水道事業により管理されないまま支出されている。
 木曽川水系でも、愛知県、三重県、名古屋市、どの地方公共団体においても、徳山ダムはもちろん、岩屋ダム、長良川河口堰、阿木川ダム、味噌川ダムの水公団への工業用水建設費用負担金の支払いは、工業用水道事業会計からなされている(そこでの問題は、それが料金収入のよる独立採算で回収できるかである)。これらと比べても、岐阜県の支出方法は異常である。
 本件のように、工業用水道事業会計から支出すべきダム建設費用負担金を法の原則に反して一般会計から支出すると、本来、特定の工業用水道の利用者が負担すべき費用を岐阜県が負担する結果となる。岐阜県に損害を与えて、特定の工業用水道利用者の利益を図ることになるのである。また、一般会計に限られた財源枠があるため、本来特別会計で支出するべき費用を一般会計から支出すれば一般行政事務の財源を奪う。その結果、一般行政事務はその活動に必要な財源を地方公営企業に奪われて制約され、一般県民の福祉は制限、低下を強いられる。このように一般会計から直接建設費用負担金が支払われると、そのまま岐阜県の損害となって現れるのである。
 原判決は、「工業用水道事業法の3条1項の事業届出をしておらず、工業用水道事業が開始されていないから、徳山ダムに係る工業用水道事業は、現在地方公営企業法及び地方財政法の適用を受けるものではない。」として、「ダム建設負担金の支出につき特別会計を設けるか一般会計で処理するかは、工業用水道事業を行おうとする者の裁量に委ねられていると解するのが相当である」という(P52)。
 しかし、それは、ダム建設費負担金が工業用水道事業の経費であるのに、工業用水道事業が地方公営企業として、ダム建設費用負担金などの経費は、料金収入による独立採算で支弁して、また、企業会計原則によって処理しなければならないという地方公営企業法制に反した解釈である。原判決のような解釈では、ダム建設費用負担金は料金収入による独立採算で支弁して、企業会計原則によって経費を処理しなければならないという地方公営企業法の脱法が可能となり、一般会計とは分離独立した特別会計で料金収入によって経費支弁しなければならない地方公営企業制度を否定するものである。これでは、一般行政事務はその活動に必要な財源を地方公営企業に奪われて制約され、一般県民の福祉は制限、低下を強いられて、一般会計の損害発生を防止できない。
 原判決の解釈は誤った解釈である。
 5) 一事業一会計の原則
 岐阜県は平成8年(1996年)に、工業用水道事業設置条例を制定して特別会計である工業用水道事業会計を設けた。そして、岩屋ダム開発水を水源とする可茂工業用水道事業を行っている。地方公営企業の管理者は、地方公営企業法の全部の適用を受ける事業ごとに置かれる(地方公営企業法7条)。一の地方公共団体において、同一の事業につき、複数の管理者を置くことや、複数の企業を設置することは許されない。したがって、地方自治体が工業用水道事業特別会計を設置したときは、当該事業に関するすべての資産、費用は同会計において管理すべきこととなる。
 原判決は、一事業を細分化した事業ごとに別個の会計を設けることは一事業一会計の原則に反しないという(P53)。しかし地方公営企業法17条は、「地方公営企業の経理は、第2条第1項に掲げる事業ごとに特別会計を設けて行うものとする。」と規定しており、工業用水道事業など、地方公企業法2条1項に掲げる事業ごとに特別会計を設けて会計管理しなければならないのである。地方公企業法17条は、地方公営企業法2条1項に掲げる事業に属する細分化された事業ごとに特別会計を設ることは許容していない。一事業を細分化した事業ごとに別々に経理処理をすることは可能であろうが、細分化された事業が属する事業として、一事業一会計の原則によって会計管理をしなければならないのである。原判決の理解は地方公企業法17条の明文規定に反している。
 この一事業一会計の原則からすれば、岐阜県工業用水道事業会計は、岩屋ダムに関する事業に関するものだけでなく、岐阜県が行う全ての工業用水道事業に関するものを対象とすることになる。徳山ダム建設費用負担金は、水源費として工業用水道事業の経費にあたるものであるから、岐阜県工業用水道事業会計において支出されなければならなかった。
 しかるに、本件では徳山ダム建設費用負担金は、一般会計からから直接に水公団に支払われ、本来、工業用水道事業利用者が料金によって負担すべき建設費用負担金を岐阜県が負担する結果となったのである。このような結果になる故に、一般会計から直接に水公団に支払うのは問題なのであり、違法なのである。
 このような支払いは、地方公営企業の料金収入による独立採算制からは違法な支出である。また、一般会計が財源とされることによって、工業用水道の利用者から回収されるべき費用を岐阜県が支払うことになり、岐阜県は支出相当額の損害を被ることになる。
5 工業用水道事業管理者の費用負担同意の無い費用負担の違法
 1) ダム建設費用負担金の支払いは、公団法規定の手続きを経て支払いに至るが、その過程のなかに、公団法20条第2項の「水資源開発施設を利用して流水を水道若しくは工業用水道の用に供しようとする者」(以下「用に供する者」という)の費用負担同意や水公団による用に供する者に対する建設費用負担金の納付通知などの行為が存在する。
 本件では、費用負担同意については、岐阜県知事梶原は平成元年2月1日付け、及び平成10年1月6日付けで同意をしている。そして、岐阜県は昭和51年度から建設費用負担金を毎年度支払っている。
 本件ではこれらの費用負担同意、納付書通知の法的意義ならびに効力の有無が問題になっている。
 2) 公団法20条2項が「用に供する者」の費用負担同意を求めている以上、費用負担同意がなければ建設費用を負担することはあり得ず、水公団が「用に供する者」に対し、建設費用負担金の納付を求めることもない。費用負担同意が正当になされているか否かが本件の結論を左右する重要な問題なのである。
 費用負担同意については「用に供する者」の費用負担同意を経ていないという意味での違法性(主体の違法)と、費用負担同意時に工業用水道の水需要が見込まれないにもかかわらず費用負担同意したという意味での違法(実体の違法)とに問題を分析できることは原審でも主張した通りである。
 後者の実体の違法の違法性を検討する場合、@長期水需給計画は費用負担同意時の水需要の予測の一資料にすぎないこと、すなわち、ここでは原審のいうような違法性の承継という問題は起こらないこと、A費用負担同意時の水需要の予測は長期水需給計画を含めた同意時までの資料に基づいて行われ、費用負担同意についての違法性の判断はその予測が正しかったかを判断時までの資料も含めて判断されるべきである。このことは既に述べた。
 前者の主体の違法についての違法性を検討する場合、上記42)〜4)で述べたように、地方公営企業の計理の企業会計処理原則と地方公営企業の経営収入(料金収入)による独立採算制によって、「用に供する者」は岐阜県工業用水道事業であり、その業務執行者は工業用水道事業管理者である。したがって、費用負担同意をする者は、岐阜県工業用水道事業であり、その同意行為は業務執行者である工業用水道事業管理者によってなされなければならない。
 そして、地方公共団体である岐阜県において、地方公営企業である工業用水道事業がなければ、公団法20条2項の「用に供する者」が特定していない場合である。この場合は、費用負担同意をする者が不存在である。
 また、上記45)で述べた一事業一会計の原則からは、平成8年から岐阜県工業用用水道事業が既に存在しているのであるから、それを代表する岐阜県工業用水道事業管理者による費用負担同意が必要であった。本件では、費用負担同意は、工業用水道事業管理者でない一般職の知事梶原によって行われており、費用負担同意をする権限のない者による同意である。
 原判決は、「公団法20条2項の同意者は、将来水源として工業用水道を利用し、同施設の恩恵を受けようとする者であれば足りるのであり、その同意者が工業用水道事業管理者(地方公営企業法7条)である必要はないという(p49)。
 しかし、「将来水源として工業用水道を利用し、同施設の恩恵を受けようとする者」の意味が定かでないが、ダム建設費用の費用負担同意者が工業用水道事業者である必要はないという理解は、上記4で述べた地方公営企業法とその制度に違反している誤った理解である。「用に供する者」とは流水を利用して工業用水道事業等を行うものであって、工業用水道事業者であり、ダム建設費用負担金は工業用水道事業の建設改良費であって得られたダム使用権等は工業用水道事業の無形固定資産となり、工業用水道事業のダム建設費用負担金などの経費は料金収入によって独立採算で支弁されなければならない。したがって、ダム建設費用の費用負担同意者は工業用水道事業者でなければならないのである。
 3) 費用負担同意がなければ建設費用負担を負うことがあり得ず、水公団が建設費用負担金の納付を求めることはなく、建設費用負担金の支出という公金を失う損害が生じることはないのであるから、費用負担同意は、それを行った者に対する損害賠償請求の根拠となる。
 本件では平成10年1月6日付けで岐阜県知事梶原によって費用負担同意がされているが、無権代理行為として、あるいは、もし主体の違法がないとしても、被控訴人梶原は、課せられた忠実義務からすれば、工業用水道の水需要の見込めない徳山ダム建設費用負担について同意をするべきではなかったのであり、岐阜県は被控訴人梶原に対して忠実義務違反による損害賠償請求権を有している。原判決は、このような被控訴人梶原の義務違反について全く検討していない。

第2 岐阜県の工業用水需要予測の誤り

1 工業用水需要予測とその検討についての基本的あり方
 1) 違法性判断は何について行われるべきか
  イ) 原判決
 原判決は、p39から48において「争点(3)イ(長期需給計画及び同計画に基づく本件費用負担同意の違法性とその承継)について」を検討しているが、その冒頭において、「原告らは岐阜県の長期需給計画における大垣地域の工業用水需要予測は過大で違法であるところ、その違法性が、これに基づいてなされた平成10年同意、本件負担金の納付通知へと承継され、ひいては本件負担金の支出が違法となる旨主張する。」と整理したうえ、「そして、本件のように、岐阜県が自ら策定した長期水需給計画に基づいて、被告岐阜県知事が平成10年同意をし、その結果、公団から岐阜県に対して本件負担金の納付通知がなされたという事案においては、長期需給計画に合理性がなく、同計画に基づいてなされた平成10年同意が裁量権の範囲を逸脱していると認められる場合に限って本件負担金の支出命令及び支出が違法となり、被告岐阜県知事及び同岐阜県出納長は本件負担金を支出してはならない注意義務を負うものと解するのが相当である。」との判断を示している。すなわち、争点を長期水需給計画の違法性とその承継(平成10年同意を介して本件負担金の支出命令及び支出への承継)の問題と矮小化しているのである。原判決も、長期水需給計画と平成10年同意、支出命令及び支出が一連の行為であるとしているのであるが、上記のような矮小化は正しくない。前述したように、原判決のこのような主張整理及び判断は誤りである。
  ロ) 費用負担同意時・納付通知・支出時における各需要予測
 控訴人らは、費用負担同意・納付通知・支出(支出命令及び支出)のそれぞれについて、それぞれの時点において、合理的な工業用水需要予測が存在することがその適法性の要件であると主張するものである。その理由は、本件は大垣地域の工業用水道による工業用水の需給に関するものであるところ、工業用水道事業は料金収入による独立採算が義務付けられており、料金収入でもって経費(水源開発費、維持管理費)を賄わなければならない。需要がなく収入がないときには、工業用水道事業は経営破綻に追い込まれる。需要が存在することが、工業用水道事業の存立の前提だからである。
 費用負担同意・納付通知・支出のそれぞれにおいて、合理的な需要予測が存在していたかが違法性判断の対象なのである。したがって、費用負担同意の違法の判断基準時はその同意がなされた時、本件では、平成10年1月である。また、各個別の納付通知や支出では、その行為がなされた時である。
 そして、長期水需給計画のような行政計画は、水需要予測の判断材料の1つにすぎないものである。それは、このような計画は一定の時点において行われるものであって、その後の変化が盛り込まれないからである。したがって、長期水需給計画での水需要予測は、その後の需要実績と対照してその需要予測が誤っていないか点検するとともに、その後の需要実績を加味して以後の需要予測をすることが合理的な水需要予測として必要である。
 これを本件に即していえば、長期水需給計画の需要予測に、その後の工業用水需要実績(甲13)を加味して、費用負担同意・支出のそれぞれの時点において、合理的な需要予測が行われなければならないのである。
 「違法性の承継」の問題としては、「長期水需給計画の策定」の違法性が「費用負担の同意」を介して「支出」に承継されるのではなく、「費用負担の同意」の違法性が「支出」に承継されるのである。費用負担の同意において、長期水需給計画は、それに基づいて同意がなされるものではなく、同意をするか否かの判断のための資料の一つにすぎない。費用負担の同意においては、長期水需給計画の内容を策定後の需要実績と対照してその需要予測が誤っていないか点検するとともに、この需要実績を加味して以後の需要予測がなされるのである。本件では、計画基準年を1990年として1994年(平成6年)3月に策定された長期水需給計画は、1998年(平成10年)1月になされた費用負担同意においては、計画基準年から5年経過した1996年までの需要実績を加えて、その予測が実績に合致しているか、以後の需要はどうなるか予測することが必要である。そこに誤りや検討不十分があれば、その費用負担の同意は違法となるのである。
 しかし、費用負担同意の違法の判断基準時がその同意がなされた時としても、その違法性判断、つまりその水需要予測が正しかったかは、その行為時以降の証拠資料も加えて判断されるのは、事後的判断としてなされる違法性判断の性質上、当然のことである。当たり前のことであるが、水需要予測の基礎資料の問題と違法性判断の証拠資料の問題を混同してはならない。
  ハ) 「基礎資料の対象期間」の誤り
 原判決はp42において、長期水需給計画が「昭和59年から平成2年までの調査結果」を用いて「平成2年を基準年として平成22年の目標年の水需要量を予測」したことを「相当」としている。原判決は、費用負担同意は長期水需給計画に基づいてなされるとするので、それ以上、費用負担同意における水需要予測の検討を行おうとしていない。
 しかしながら、上記したように、費用負担同意は長期水需給計画に基づいてなされるのではない。費用負担同意を求められた時点で、水需要予測を行って同意をすべきか否かを決定するのである。長期水需給計画は、その水需要予測における資料の一つとなるにすぎない。
 甲13で示す1991年からの工業用水需要実績値の顕著な減少傾向は、計画策定時でも認識可能であるが、平成10年の費用負担同意時には明らかに認識できた事実である。長期水需給計画の計画基準年は1990年であり、計画策定は1994年3月である。また、平成10年費用負担同意は1998年1月である(乙44、45)。岐阜県では毎年度、工業用水を統計整理しており、「統苑」において前年度の結果を発表している。従って、平成10年費用負担同意時には、計画基準年の1990年から1996年までの工業用水需要量の大きな減少動向を認識することができ、水需要の予測と実績とが乖離していることの認識は可能であり、現に認識していたはずである。そうでなければ、職務怠慢である。遅くとも平成10年の費用負担同意時点では減少傾向の認識をしていたはずであり、認識していて当然である。
 原判決は、「平成3年以降の資料を敢えて捨象したという作為を窺わせる事情は認められない。」としているが、問題点を全く理解していない。控訴人らが問題としているのは「平成3年以降の資料を検討しなかった」ことなのである。「敢えて捨象したという作為」があったかどうかは問題でなく、「すべきことをしなかった」ことが問題なのである。1990年から平成10年費用負担同意時までの6〜7年の資料を追加することによって、工業用水需要の減少傾向が顕著になっていることが容易に読み取れる。その作業をせずに、漫然と費用負担同意をしたことが問題なのである。
 そしてこのことは、毎年度になされている支出命令及び支出についても同様である。
 2)「水需要予測の際の基本的態度」についての誤り
  イ) 原判決
 ところで、原判決はp40〜41において、ダム等の水資源開発施設の整備は、「一時的な経済の変動や水需要の状況に左右されることなく、長期的な観点に立って立案されるべきものである。」と述べるとともに、「水資源開発に当たっては、将来の経済、社会の発展にも対応できるよう、長期的な需要想定の下で先行的に開発を進めることが重要である。」と述べる。しかし、これは、需要拡大を前提とした誤りを犯しているとともに、「長期的な観点」「先行的に開発」という中身のない言葉でもってその誤りを糊塗している点で、二重の誤りを犯しているものである。
  ロ) 需要拡大を前提とした誤り
 まず、このような基本的態度は、水需要が必ず増大していき、そのための新たな水資源開発施設が必要になるとの考えに立つものであり、将来の水需要が増大するか否かは証明の対象であるのに、水需要の増大を前提にした誤りを犯しているものといえる。「長期的な観点」「先行的に開発」ということは、いずれは需要がそこまで達することを念頭に置くからいえることであって、まさに水需要は必ず増大するという右肩上がりの思想そのものである。
 ところで、徳山ダムのような巨額の水資源開発施設を建設することは、当然に巨額な財政負担をもたらす。需要と供給に開きがあって供給の余剰がある事態というのは、供給に余裕があるということでは決してなく、無駄な施設を建設して回収不能な財政負担を負ってしまったということである。将来水需要が発生しなければ施設は不要なものとなるだけでなく、建設費の負担が回収できずに残るばかりでなく、さらに必要もない巨額の維持管理費の負担も負い続けることとなる。莫大なダム建設費と維持管理費負担金は、地方財政を圧迫しており、破綻させるおそれもある。前述したように、昨年来の徳山ダム建設費増額問題で関係自治体が開発水量の返上をはかっているのは、そのような危機に直面しているからに他ならない。
 ダムに依存した水供給のような施設型事業は、事業において建設費用の占める比重が大きい。また、需要に応じて供給能力を変化させることができない。したがって、水資源開発ダムは、需要に応じた適正規模のものでなければ、回収不能な建設費負担を抱える負の施設となってしまう。「長期的、先行的観点」からは、過大な将来需要の予測をして、将来に回収不能な建設費負担を負わせることこそ避けなければならない。
 需要に合致した適正規模の事業を行うことが、水資源開発事業における正しい判断なのである。余剰の水供給施設があることは社会公共の利益に反するものである。水需要に対応しない施設を建設することは事業選択として誤りである。
 原判決は、上記に続けて、「なお、経済の動向には変動があるものであり、現時点での水需要の実績が予測値を下回るものであるとしても、将来水需要が上昇する可能性を否定することはできない。」と述べている。この一文の、判決理由のなかでの位置づけが不明であるが、原判決が需要拡大を前提とする誤りに陥っていることを端的に示すものである。
 そのようなことをいうのであれば、現時点で水需要の実績が予測値を下回っていても、将来水需要が上昇することを根拠を示して論証することがその論者の主張責任であり義務である。現時点で水需要の実績が予測値を下回ってきておれば、その予測が否定されつつあるのであり、その論者としては、それでもなお、将来水需要は上昇することを相当の根拠を示して論証しなければならない。その論者(原判決)のしなければならないことは、単に「将来水需要が上昇する可能性を否定することはできない。」というのではなく、「将来水需要が上昇すること」を根拠を示して、それも相当の根拠を示して明らかにすることである。原判決はそのようなことはしていない。
  ロ) 「長期的な観点」「先行的に開発」という誤り
 本件で問題となっている水需要予測は、予測を超える事態が生じることを想定しなければならないほどの遠い将来を目標年としているのではない。本件では、当初の計画立案から完成に至るまでの期間が問題となっているわけではない。「徳山ダム建設事業は昭和46年に着手され、平成19年度に完成する予定となっている」(判決書p4)から、事業全体で見ると非常に長い期間を要しており、この間に、建設予定地の住民や、関係自治体、関係機関などとの利害調整などの準備を要している。しかし、本件訴訟で問題となっているのは、本件費用負担同意をなした1998年(平成10年)時点で、完成予定である2007年(平成19年)や岐阜県が予測する2010年(平成22年)に大垣地域の工業用水に新規水需要が存在するかどうかであって、9〜20年先、長くても1990年(平成2年)から2010年(平成22年)の20年先の予測に合理性があるか否かなのである。
 原判決は、計画の目標年次に「予測を超える事態が生じている」可能性については全く言及していない。「予測を超える事態が生じている」おそれを合理性判断の要素とするのであれば、そのような事態が生じる可能性が認められなければならない。後述する水需要の実績を真摯に検討すれば、9〜20年後の将来に「予測を超える事態が生じている」可能性はないことは明らかである。
  ハ) 小括
 以上のことを踏まえて、水需要予測は精確に(精度良くという意味であって、「正確に」ではない)行われなければならない。「大は小を兼ねる」式や「大きいことはいいことだ」式の発想ではなく、そのようなやり方ではかえって取り返しのつかない負の遺産を生むのであり、精確な予測こそが求められているのである。
2 「長期水需給計画の水需要予測の合理性」についての判断の誤り
 1) 長期水需給計画の位置づけ
 原判決はp40から47において「長期需給計画の水需要予測の合理性」について検討している。長期水需給計画は、平成10年費用負担同意や支出命令及び支出との関係では、その違法性判断の1つの材料に過ぎないが、直近の行政計画である点や岐阜県としての水需要予測の基本的な考え方が示されている点で重要な意味を持つ。長期水需給計画は、次の予測式を前提にしているので、順次検討する。
 需要水量=使用水量原単位×(1−回収率/100)×製造業出荷額
 2) 使用水量原単位における誤り
  イ) 長期水需給計画における使用水原単位
 長期水需給計画は、使用水原単位について、生活関連先端型についてはベキ曲線を、他の5業種については逆ロジスティック曲線を採用している。逆ロジスティック曲線は飽和値に収斂していくものであるが、控訴人らは飽和値の設定に根拠がないと主張していた。そこで、飽和値の設定の根拠について証人山崎に尋ねたところ、同人は「最低値の10%減」と答えた(山崎p27)。ところが、甲12p17の図9は富樫によって整理された基礎資材・在来型に関する表であるが、それによると使用水量原単位の実績値中には収斂値より低い値が存在し、証人山崎の証言内容と矛盾する。岐阜県は原単位の収斂値も恣意的に設定し自己の都合良い結論を導き出そうとしたのである。
 ロ) 甲12(富樫幸一作成)
 甲12p17図10は実質工業出荷額と使用水量原単位の関係を示したグラフであるが、「1980年代の実質工業出荷額の成長に対して、使用水量原単位は右下がりの減少傾向を示していた。1990年代に入ると出荷額の増加と減少の振動に対して原単位の動きは少し複雑な動きを示している。一見して原単位の低下傾向が小さくなるかのようでもあるが、実質工業出荷額が減少した1991年から94年の期間はさほど低下せず、あるいは94年のようにむしろ上昇し、再び実質工業出荷額が上昇する94年から97年の期間は再び減少傾向が生じている」(甲12p9〜p10)。使用水量原単位(億円/ 年当たり)は、1980年から経年的に低下し、1990年までの最低値は1990年の56m3/日であった。その後は経年的に一定の動きをせず、再び上昇したり、低下したりして、複雑な動きをしている。なお、この間の最低値は1998年の48m3/日であり、1990年の86%になっている。証人山崎のいう実績の90%値という飽和値をすでに下回っている。
 このように原単位の動きは単純ではなく、一定の値に収斂するとか、あるいは上昇していくとするような動きを示すものではない。それは、使用水原単位が、単位生産額当たりの生産のため必要な使用水量として生産工程での基礎的なものではなく、使用水量と工業出荷額から計算によって求められた計算結果の数値だからである。使用水量と工業出荷額によって決まる数値なのである。そして、富樫も指摘するように、実際の使用水量は淡水補給水量と工業出荷額から決まるので、使用水量の原単位というのは淡水補給量の推移から計算された結果に過ぎないものである。使用水量原単位の推移から水需要を予測できるというものではないのである(甲12p9)。
 なお、原判決p43は、甲12図4の「平成元年から平成3年までは工業出荷額の伸びに伴って淡水補給水量も上昇していると認められるから、概ね両者は相関関係にあると認められる。」としているが、恣意的な引用以外の何物でもない。そもそもわずか3年という短期間で両者の関係を結論付けるということが無理である。甲12図4では、その前後の、1988年以前の工業出荷額と淡水補給水量との関係(基本的に、工業出荷額が顕著に上昇しているが淡水補給水量は横ばいである)と1994年以降の工業出荷額と淡水補給水量との関係(基本的に、工業出荷額が上昇しているが淡水補給水量は減少している)、及び、淡水補給水量は1981年以降ほぼ横ばい、むしろ1994年から減少してきていること、以上が明らかである。甲12図4は、淡水補給水量と工業出荷額には相関関係を見出せるものではないこと、また、工業出荷額の変化にかかわらず淡水補給水量はほぼ横ばいから減少してきていることを示すものであり、資料の読み間違いもはなはだしい。
  ハ) 小括
 過去の実績を整理すれば、補給水量の横ばいのなかで、使用水量原単位は変動している。その変動も必ずしも法則性のあるものではない。それにもかかわらず、長期水需給計画は使用水量原単位を一定の値に収斂するものとしたり、あるいは増加するものとして恣意的に値を設定し、その結果、過大な水需要予測をしていったのである。
 3) 回収率における誤り
  イ) 長期水需給計画における回収率
 原判決は、「回収率は、循環利用施設の規模や改修技術、コストなどの要因により一定程度の値で頭打ちになるもの」であるとし、その飽和値(上限値)の設定について、基礎資材型(在来型)はロジスティック曲線、加工組立型(在来型)は修正指数曲線、その他4分類型については基礎資料の期間の実績最大値固定という長期水需給計画の数値を合理的なものと認めている。結局、回収率は過去の実績最大値に固定されて、その改善を見込まないということなり、これを原判決は認めていることになる。
  ロ) 回収率の向上
 回収率は、使用用水量全体(合計)に対する回収水量の割合である。回収水は工場の工程内を循環している水である。したがって、回収水量は計測することができない。回収水量は、水量を計測したのではなく、全使用水量(つまり合計水量)から回収水以外の補給水の水量を差し引いて計算上求めた水量である。回収水は、使用水を循環再利用した水であるから、その水源は用途別の使用水である。再利用しやすいのは、工業統計の分類の用途別用水のうち、温度調整に用いられる冷却用水と温調用水、合わせて冷却温調用水である。これらは、基本的に冷やせば使用できる状態に戻って、再利用が可能となる(製品処理用水、洗浄用水は、再利用のためには、使用後の廃水を再利用できる程度に浄化処理しなければならない)。したがって、理論上は、冷却温調用水は100%回収が可能である。そうすると、冷却温調用水の全用水量の割合を検討すれば、回収可能な水がどの程度あるか、どの程度の回収率まで可能であるかをみることができる。また、水源別用水量と用途別用水量は等しいので、冷却温調用水量と回収水量を比較すれば、実際は回収可能な冷却温調用水のどれほどが回収されているか、将来回収率の向上は可能か、どの程度可能かをみることができる。
 大垣地域の回収率は、1990年(平成2年)は33%、2000年(平成12年)は37%である(甲14、乙49、51)。冷却温調用水率は、1990年は73%、2000年は67%、回収水量/冷却温調用水量は、1990年は45%、2000年は55%である(甲14)。大垣地域では、回収率は30%台と一般的水準からみて低いが、それも冷却温調用水の半分程度しか回収して再利用されていない。その理由は、補給水の96〜97%と殆どを地下水に依存しており、地下水利用のほうが回収するよりも安価だからである。補給水における地下水依存度が大きいことが、回収率が低い理由である。
 したがって、冷却温調用水を100%回収すれば、回収率は70%台に向上させることができる。
  ハ) 可茂・益田地域と比較することの意味
 ところで、原判決p45は、「岐阜県内で比較すれば、平成2年においては、地下水依存度が6.1%と低い可茂・益田地域の回収率が32.1%であるのに対し、地下水依存度が64.5%と高い大垣地域の回収率は32.6%であり、補給水のほとんどをダム開発水などの表流水に依存する可茂・益田地域と大差がない値となっている。このように、大垣地域の回収率は他地域と比べて著しく低いとはいえないから、原告らの上記主張は採用することができない。」と述べているが、これは、回収率について、まったくの無理解を示すものとしか言いようがない。
 そもそも、地下水依存度と回収率とを並べて比較しても何の意味もない。上記したように、回収水は最も回収しやすい冷却温調用水が回収再利用されるのが通常である。大垣地域の回収水/冷却温調用水は50%台であり、大垣地域の回収率30%台は、回収可能なもののうち半分程度しか回収利用されておらず、あまりにも低いことが明らかである。工業用水の用途別用水量のうち、回収可能な用水、つまり冷却温調用水のどの程度が回収再利用されているかを比較する必要がある。
 原判決が指摘する可茂・益田地域を、資料である岐阜県発行『統苑』の乙50(1990年)、乙52(2000年)によって見る。
 可茂・益田地域の使用水量の大部分は可児市のものである(乙49、51)。可児市では、使用水の用水量合計とその主要な水源別および用途別内訳水量は次の表のとおりである。
 可児市では、確かに、回収率F/Aは30%台と低い。しかし、製品処理洗浄用水率G/Aが60%前後であるのに対して、冷却温調用水率J/Aが30%台である。用途別用水量のなかで、廃水が汚れていて回収再利用が困難な製品処理洗浄用水の割合が高いのである。一方、回収再利用の容易な冷却温調用水についてみると、回収水/冷却温調用水F/Jは100%を超えている。冷却温調用水はすべてが回収利用されている計算になるのである。そして、井戸水の割合が2%と低いのに対して、工業用水率B/Aが40%近くある。可児市では、工業用水道依存度が高いのである。このように、工業用水道依存度が高くなると、回収可能な水、つまり、冷却温調用水の回収が高まり、回収率は、理論上可能な冷却温調用水率まで高まり、むしろ、それ以上の率になる。これは愛知県尾張地区の尾張工業用水道においても見られた現象である。
 岐阜県発行『統苑』の乙49〜52の可茂・益田地域の資料は、工業用水道依存度が高くなると、回収再利用が進み、回収率は、冷却温調用水率よりも高くなることを明らかにする重要な資料である。つまり、地下水揚水規制などによって水源が地下水から工業用水道になると、回収水量は冷却温調用水量よりも多くなる、つまり、回収率は冷却温調用水率よりも高くなるのである。
  ニ) 小括
 したがって、大垣地域における回収率を実績最高値に固定し、向上を見込まないのは誤りである。回収率は、冷却温調用水を100%回収して得られる70%と見込むのが合理的である。
 4) 小規模事業所を加える誤り
  イ) 長期水需給計画
 通常、工業用水の需要予測では従業員30人以上事業所を対象にして行われる。ところが、長期水需給計画は、従業員1人以上事業所についても需要予測を行っており、原判決もそのことは不合理ではないとしている。
  ロ) 原判決の誤り
 原告ら第18準備書面p14でも指摘したように、本来、小規模事業所は工業用水道の対象外である。したがって、工業用水の統計は従業員30人以上事業所しかない(岐阜県工業統計調査)。このため、長期水需給計画では、それに従業員30人以上事業所と1人以上事業所の出荷額の比を乗じて、1人以上事業所の使用水量を計算で求め、これを需要予測に加えている(乙19p5注3)。したがって、本来、工業用水道の使用対象外で工業統計の集計対象外の小規模事業所まで工業用水需要者として集計するという過大な予測をしているといえる。
 原判決p46は、「全国の工業用水道事業の料金制度を見ると、責任使用水量制を採っていても、新潟県工業用水道、滋賀県工業用水道のように最低給水量を定めていない工業用水道もあるから(弁論の全趣旨)、料金制度の定め方によっては、使用水量の少ない事業者の工業用水道利用が妨げられるものではない。むしろ、水道用水より安価な工業用水を工場で利用すること考えられるところ、小規模零細事業所が多い大垣地域において、仮に工業用水を利用すると予想する事業所規模を30人以上と仮定すると、大半の小規模零細事業所が予測対象から漏れることになりかねない。」として、長期水需給計画が1人以上事業所についても水需要予測の対象としたことは不合理ではないとしている。
 しかし、これは、工業用水道事業の実際に無知な者の判断としか言いようがない。
 工業用水道の場合、殆どの場合に最低契約水量がとられ、必ず責任水量制が取られており、一定量以上の工業用水の買い取りが義務づけられている。そのため小規模事業者が工業用水を利用すれば、必要以上に水を購入することになる。また、工業用水道では、料金を下げる目的から、配水管は、本管しか設置されておらず、枝管の面整備は行われていない。給水契約の都度、本管から事業所への配水管を設置するが、これは契約事業者が工事負担金として負担する。その他に量水器や給水施設負担金のほか、24時間均等入水するための受水槽の設置費用が必要である。また、近年は、ダム等の建設費用を料金とは別に負担させるために、経営負担金を徴収する工業用水道もある。
 その結果、工業用水道と水道と比較すると、一般的には、100m3/日以下であれば、水道を利用したほうが安価であり、水道料金は使用量逓増料金となっていることもあり、100m3/日以上となれば、工業用水道のほうが安価となる。そにうえ、最近の工業用水道は、下記の岐阜県可茂工業用水道のようにm3当たりの料金・負担金の合計が高額となっており、かなり大量の契約水量でなければ、水道よりも料金的に安くならないものが多い。
 また、地下水と比較すると、工業用水道は到底、地下水に経費・料金としては太刀打ちできない。
 したがって、小規模事業者にとっては工業用水道を利用することは大きな負担になる。そのため、小規模事業者の場合、工業用水道を使用することはなく、水道、利用できれば地下水が使用される。
 例えば、同じ岐阜県の可茂工業用水道事業の場合を見てみよう。もし、徳山ダムの開発水を水源として工業用水道事業が行われた場合の姿を予想させる(なお、可茂工業用水道は岩屋ダムの建設費用負担金を料金化していない違法な料金体系であるので、徳山ダムの建設費(事業費増額後で3,500億円)は岩屋ダムの建設費(343.4億円)よりもはるかに高く、この建設費用負担金を料金・負担金化すると給水料金・経営負担金は可茂工業用水道よりもはるかに高くなることを覚悟する必要がある)。
 責任水量制(少なくとも1時間当たり4m3、一日24時間均等に受水するものとして扱う。日量は96m3)のもと、45円/m3の料金がかかり、そのほか経営負担金として24円/m3を負担しなければならないので、合計69円/m3、責任水量日量96m3当たり6,624円であるので、最低でも1ヶ月198,720円を支払わなければならない。この額は、工業用水道にもかかわらず、一般の水道料金よりもはるかに高額である。そのうえ、契約水量を超えて使用された場合は、超えた水量に対して超過料金90円/m3が適用され、料金は2倍にはねあがる。このほか、給水契約時には、受水施設・量水器設置の負担金、配管工事の負担金が科せられており、24時間均等に入水するための受水槽の設置も必要である。このような負担があるため、少量の契約水量では、工業用水道が水道よりも安価になることは考えられない。
 以上のように、少量の工業用水しか使用しない小規模事業者にとって工業用水道利用は多くの負担を抱え込むことになる。そのため、工業用水道は小規模事業者には利用されていないのである。
 原判決は、他の都道府県を例に挙げるが、岐阜県の工業用水道で行われていることこそ、将来の徳山ダムによる工業用水道の姿であり、具体例として検討すべきである。
 なお、長期水需給計画において、小規模事業所の使用水量については、上水道において考慮されており(甲15、水道用水の工場用水として考慮されている)、これを工業用水の需要予測でも考慮することは、同じ需要を二度計上することになり、不当である。
  ハ) 小括
 長期水需給計画は、従業員1人以上事業所まで加えて過大な予測を行ったものである。「需要予測」としてはそれもあり得るが、「需給計画」、つまり「供給計画」を含んだものとしては、不合理である。「需給計画」としては、従業員30人以上事業所という工業用水の本来の予測を行うべきであった。
 5) 予測手法の誤り
 長期水需給計画は、工業用水の需要水量予測式として、
  需要水量=使用水量原単位×(1−回収率/100)×製造業出荷額
を採用している。
 原判決はこの方法は、「建設省河川砂防技術基準(案)同解説 計画編」にもきさいされている一般的な方法と認められるとしている(p41)。
 この予測式によれば、使用水原単位は一定、回収率は一定になることから、製造業出荷額によって需要水量は決定されることになる。そして、製造業出荷額はとかく期待を込められて大きめに設定される結果、需要水量は右肩上がりに上昇していくことになる。そのことの繰り返しが、これまでの水需要予測であった。そして、この予測は、予測のたびに誤りを繰り返し、修正を余儀なくされてきたのである。
 その結果が、後述する徳山ダム利水計画の見直しである。そこでは、ついに、将来の工業用水需要量は、2010年も2015年も長期水需給計画の基準年である1990年より下回る下方修正が行われた。控訴人らの指摘通りになったのである。
 また、原判決が一般的な方法といっている乙46「建設省河川砂防技術基準(案)同解説3.5 工業用水の需要予測」では、「工業用水の需要予測にあっては、計画目標年次における製造業出荷額、工業用水原単位をもとに必要水量を算定する。」となっているが、引き続いて解説がある。そこでは「工業用水は使用目的によって、良質の淡水を必要とせず、他の代替手段(回収率の向上、下水処理水の再利用、海水の利用)が可能であるので、総需要量の予測はこれらの水量を考慮して検討することが必要であり、原単位としては淡水補給量としての原単位を使用する。」となっている。工業出荷額に工業用水量原単位を乗じて補給水量を求めるならば、原単位として用いるべきは補給水量原単位であって、使用水量原単位ではない。また、補給水量を減少させる回収率の向上等の節減要素を考慮することとしているのである。
 上述したように、そもそも使用水原単位は一定の値に収斂するようなものではない。それは、「出荷額の変動とあまり変化のない淡水補給水量の推移から生じる見掛け上の結果」に過ぎないのである(甲12p10)。また、回収率についても、きちんとその向上を見込まないのは、需要予測を誤る元である。
 いずれにしても、長期水需給計画が採用した予測式と回収率や補給水量原単位などの変数は採りえないことは明白である。
 6) まとめ
 以上のとおりであって、長期水需給計画の水需要予測には、それ自体において一片の合理性も見出せないのである。
3 実績と長期水需給計画との乖離
 1) はじめに
 前述したように、平成10年同意や支出命令及び支出は、それぞれの時点において合理的な需要予測にもとづいて行われることが適法性の要件である。ところで、長期水需給計画の基準年は1990(平成2)年であり、計画策定は1994(平成6)年3月である。平成10年同意は1998年1月であるから、基準年からすれば7〜8年の開きがある。つまり、その間の工業用水需要の実績の推移を検討することができ、それをもとに費用負担の同意をするかどうかが検討できるということである。そこで、以下、大垣地域における需要実績を検討する。
 2) 大垣地域の工業用水需要の実績
 控訴人らは、甲13および甲14により大垣地域の工業用水の使用水量、補給水量の実績を明らかにした。これは工業統計表などに基づくものであるが、この資料は水需要などの予測に携わる者であれば誰でも検討しなければならない資料である。岐阜県では、前年度の岐阜県内の工業統計資料を、毎月発行される「統苑」に、特集号で掲載している。経済産業省工業統計表が発表される前に岐阜県内のデータを検討することができる。以下では、これらの資料に基づいて、大垣地区の工業用水需要の実績と予測を検討する。
 イ) 大垣工業地区全体
 甲13の1および甲14によれば、大垣工業地区全体においては、使用水量・補給水量ともに、1960年代から1970年代に増加傾向があるものの、1973年をピークに減少し、1981年に大幅に減少し、その後は横ばいとなり、さらに1992年以降の減少という傾向が読み取れる。甲13の1の使用水量−●−の変化及び補給水量−■−の変化を見れば1981年以降の減少、横ばい傾向は明白である。
 その理由は、我が国は1973年に第1次石油危機が発生し、高度経済成長は終焉した。1990年代に入ってバブル経済の崩壊を経験し、高右肩上がりの成長を示す産業構造、経済構造とは質的に異なる時代に入ったのである。こうした産業構造、経済構造の変化を反映し、工業用水需要も上記の通り減少あるいは横ばい、特に、1991年以降の大きな減少傾向になっているのである。大垣工業地区の補給水量は、1990年の434千m3/日から、1995年には371千m3/日(85%)、2000年には332千m3/日(76%)に大きく減少しているのである。
 こうした実績の推移からすれば、工業用水道の水需要が将来伸びていくとする予測には合理性を認め難い。
 ロ) 分類された各産業分野の実績、特に繊維工業
 長期水需給計画における予測手法では、産業を基礎資材型、加工組立型、生活関連型に分け、さらにそれらを在来型と先端型に分けて、合計6類型に分けて補給水量を予測する。その中でも、1990年実績、2010年予測とも生活関連型が全体の約7割を占め、しかもその在来型だけで全体の約6割を占める(乙19p5)。生活関連型の産業のうち補給水量の最も多い業種は繊維工業であるが、それだけで使用水量の62.9%、補給水量で61.2%を占める。そのため繊維工業の動向は水需要全体の動向に大きな影響を与えることになる(甲16B表)。
 そこで、繊維工業における使用水量、補給水量の実績をみると、1975年をピークに、以降はハッキリとした減少傾向が見られ、特に1992年以降は減少が顕著である。補給水量についてみれば基準年である1990年では155,496m3/日であったものが、1995年では102,626m3/日(66%)に、2000年では64,337m3/日と実に50%以下に落ち込んでいる(甲13の3、甲14)。このように繊維工業は、生活関連型のみならず水需要全体のなかで占める割合の大きさ、また水需要の劇的な減少という点から工業用水需要予測において重要な意味合いを持つことは明らかである。この点を考慮しない水需要予測は、合理性を欠くものである。
 その他の産業においても、押しなべて減少あるいは横ばいというのが実績である。詳しくは、原審の原告第18準備書面p5〜12で述べたので、これを見られたい。
 3) 長期水需給計画の乖離
  イ) 長期水需給計画の前提
 ところで、長期水需給計画では、各類型を構成する個々の産業の変化を全く考慮していない(乙19p5、6)。したがって、基準年(1990年)から目標年(2010年)まで6類型を構成する個々の産業の水需要の割合が変化しないことが前提となっていることになる。すなわち、生活関連型(在来型)を構成する繊維工業や食料品製造業などの水需要の割合が、基準年と同じ割合で変化していくことになる。
 したがって、需要水量全体の約6割を占める生活関連型(在来型)の動向が、さらにそのうち約6割を占める繊維工業の動向が、極めて重要となる。繊維工業の実績が予測と乖離しておれば、当該予測は誤っていることが判るのである。
  ロ) 証人山崎
 この点に関し、証人山崎は、各類型のくくりの中で全体として増えていくという予測をしたのだと述べる(山崎p18)。この証言自体は意味が必ずしも明確ではないが、おそらく、ある類型において、そのなかの一つの産業が衰退して補給水量が減っても、別の産業が伸びるので補給水量は全体として伸びていくというような意味と考えられる。しかし、その場合、一つの類型内の産業相互に補給水量の動向を補い合う関係、例えば繊維工業が衰退した場合に食料品製造業が伸びていくといった関係を予測しなければならない。そういった予測式を立ててその関係を予測していない限り、同じ類型を構成する個々の産業の水需要の動向は基準年から変わらない前提なのである。
 また、被告代理人に誘導されて、証人山崎は産業構造が変化するだろうということを含めて先端型というものを分類したと証言する(山崎p45、p54)。しかし、ここでも意味が不明である。この証言は、先端型の水需要が増えて、生活関連型(在来型)の水需要が減少しても補ってくれるという意味にもとれない訳でもないが、それは長期水需給計画の内容に反している。長期水需給計画は、生活関連型(在来型)が基準年(1990年)においても約6割、目標年(2010年)においても約6割と同じ割合なのである。証人山崎の言うように先端型を分類したとしても、水需要の割合は変化しない前提なのである。
  ハ )実績との乖離
 上述したように繊維工業における水需要の減少傾向は明白である(甲13の3、甲14)。産業構造の変化を織り込んで予測するのであれば、生活関連型(在来型)の水需要は減少傾向にならなければならず、長期水需給計画が予想するような将来需要が伸びていくという結果にはならない。そして、生活関連型(在来型)の水需要が全産業の水需要に占める約6割という大きな割合を考慮すれば、大垣地域の工業用水需要も減少し、長期水需給計画が予測したような増加にはならないことは明白である。出荷額の増加に合わせて工業用水需要が増加していくということにはならないのである。
 実績から将来を予測すれば、大垣地域の工業用水需要は減少または横ばいというのがもっとも合理的である。
 4) 実績と長期水需給計画との乖離の認識の容易さ
 以上のとおり大垣地域の工業用水需要の実績と長期水需給計画とが乖離し、予測と実績が大きな齟齬をきたしていることは容易に理解できることがらである。このことは、平成10年費用同意をした時点においては一層顕著である。すなわち、計画目標年の2010年に需要が発生しないことはもはや明白であった。したがって、このことを考慮しないでした平成10年費用負担同意は合理的な需要予測に基づかないでなされたものに他ならないのである。
 そしてこのことは、支出命令及び支出についても同様である。
4 大垣地区工業用水道事業は実施の可能性がない
 1) 以上のように、控訴人らは長期水需給計画における工業用水需要は架空なものであることを明らかにした。実際、岩屋ダム開発水量についてはほとんどが利用されていない。岩屋ダム開発水については、そのほとんどについて工業用水道事業が存在せず、当然、工業用水道事業に必要な施設も建設されていない。過大な需要予測に基づいて建設される徳山ダムにおいても同じ運命をたどるであろう。
 長期水需給計画によれば大垣地域の工業用水需要は増加していき、増加部分の需要は全量徳山ダムに依存するという。徳山ダムは2007(平成19)年度供用開始が予定されているが、「全量徳山ダムに依存する」というのであれば、@供用開始とともに1990年実績を上回る地下水揚水の禁止などの地下水揚水の強制的規制が進められなければならないし、A徳山ダム開発に対応する工業用水道事業が始まらなければならない。しかし、大垣地域の工業用水道事業は計画すら存在しないし、条例や要綱による新規地下水揚水の禁止などの地下水揚水規制も実施される気配すら存在しない。これらは岐阜県自身も徳山ダム開発水に需要がないことを十分了解している証左である。
 2) 甲11には工業用水道事業計画が示されているが、それを見れば工業用水道事業を実施するに当たっていかなる行動が必要であるかわかる。甲11の目次部分には工業用水道事業実施に必要なプロセスが示されている。工業用水道事業を実施するには工業用水需要を推計し、工業用水道施設計画を立てなければならない。施設計画では取水地点を選定し、浄水場、配水場など規模、位置が決められ、さらに配水管計画が策定されて配水管網も決められていく。施設全体の構造が決められてさらに事業の経済性が検討される。このように詳細な計画が立てられてようやく予算がつき、建設が始められていく。
 しかしながら、大垣地域の工業用水道事業については、このような詳細な計画は立てられていないどころか、計画すらも存在しない。岐阜県は水需要予測が現実と異なることを理解し、工業用水道事業計画を立てられないでいるのである。
 3) ところで、ダムの開発費は工業用水道事業会計からその料金収入によって支払わなければならない。岩屋ダム開発水については、工業用水道事業がほとんど実施されていないため、ダム開発費用の全てが一般会計から支払われる結果となった。徳山ダムが完成しても、それによる工業用水道事業が存在しなければ、同じ道をたどることになる。その結果、一般会計が多大な損害を被ることになる。このような支出は直ちに止められるべきである。
5 まとめ
 以上のとおり、大垣地域においては工業用水需要がないことが明らかとなった。平成10年同意や支出命令及び支出は、架空の需要予測にもとづいてなされたものであって、その適法性の要件を欠いており、違法である。

第3 供給可能水量が十分にあること

1 はじめに
 上記のように、岐阜県工業用水に徳山ダムを必要とする新規水需要がないことは明白である。
 さらに、原審において控訴人は、@徳山ダム以前に、既に存在する徳山ダム以外の開発水、すなわち岩屋ダムによる開発水が大幅に余っている現状から、水需要がないこと、十分な供給能力があること、よって徳山ダムが必要ないことを主張し、A加えて、地下水揚水規制による回収率の向上により、水供給量が実質的には増加することを看過してはならず、その意味からも新規水需要はなく徳山ダムは必要ないことを主張した。
 しかし、原判決は、これらの点について全く判断しなかった誤りがある。
 そこで、これらの点について以下詳論する。
2 岩屋ダム開発水の岐阜県工業用水道事業の開発水
 1) フルプラン水資源開発施設から岐阜県の工業用水道への供給体制
 木曽川水系水資源開発基本計画(フルプラン)に定められた水資源開発施設による開発水のうち、
 岩屋ダムによる開発水のうち、4.33m3/秒
 徳山ダムによる開発水のうち、3.50m3/秒
が、岐阜県の工業用水に割り当てられている。
 ここでは、岩屋ダムによる開発水(以下「岩屋ダム開発水」という)の利用実態及び見通しについて検討する。
 2) 岩屋ダム開発水量の割り当て
  イ) 開発水の一部の上水への転用
 岩屋ダム開発水は、フルプランU次全部変更計画では、5.13m3/秒が岐阜県の工業用水として供給されることになっていた。しかし、フルプランV次全部変更計画では、そのうち0.8m3/秒が岐阜県の可茂地区水道用水へ用途変更がなされ、岐阜県の工業用水は4.33m3/秒へと切り下げられた。
 このような開発水量の用途変更がなされたのは、確保された工業用水が利用される見込みがなかったからである。
 そのことは、以下に述べるところからも明らかである。
  ロ)  岐阜県工業用水道事業の水利権設定
 岐阜県の工業用水4.33m3/秒の開発水は、木曽川右岸地区工業用水へ1.20m3/秒、木曽川中流地区の工業用水に3.13m3/秒を供給する予定であった。
 このうち水利権が設定されているのは、木曽川右岸地区の工業用水のうち岐阜県営の可茂工業用水道事業のためのものだけで、水利権許可量は0.173m3/秒である。木曽川中流地区工業用水道事業については、岩屋ダムが1982年に完成してから20年が経過しているにもかかわらず、事業は全く行われていない。
 結局、岩屋ダム開発水の岐阜県工業用水4.33m3/秒のうち、約96%にあたる4.157m3/秒については水利権の設定すらされていないのである。
 3) 可茂工業用水道事業の実態
 可茂工業用水道事業は木曽川右岸地区工業用水として確保された岩屋ダム開発水を利用して実施している。1998年から給水を開始した。
 現在、工業用水を供給している企業は、ヤマザキマザック株式会社、三菱マテリアル株式会社、パジェロ製造株式会社のみである。
 上記のとおり、水利権許可量は0.173m3/秒(日配水量13、500m3)であるが、施設配水能力は9、760m3/日であり、そのうち契約水量は1、008m3/日、1日平均配水量は460m3に過ぎない。
 4) 「木曽川中流地区工業用水道事業」事業計画調査
  イ)  上記のように、木曽川中流地区工業用水道事業については、岩屋ダムが1982年に完成してから20年が経過しているにもかかわらず、事業は全く行われていない。
木曽川中流地区工業用水道事業については、平成元年に、名古屋通商産業局が工業用水道施設の経済性を検討した報告書をまとめているので、以下検討する。
  ロ) 岐阜地区工業用水道事業計画調査報告書(甲11)
 名古屋通商産業局は、岐阜県岐阜地区を中心とする対象地域において、将来の工業用水需要量を推計し、工業用水道施設の基本計画を策定して経済性を検討した。この調査は、「昭和63年度岐阜県岐阜地区工業用水道事業計画調査報告書(平成元年3月 名古屋通商産業局)」としてまとめられている。
 本報告書の、
「C 水利権量 岐阜中流地区 岩屋ダム(木曽川本流・犬山) 3.13m3/s」(6頁)
「4−2 取水地点の選定
      (略)
 このうち対象の岐阜中流地区の工業用水として最大3.13m3/sの水利権が確保されている。(木曽川水系利水計画概要図参照)
 今回はその内の約9割強、2.855m3/sを利水する計画となる。」
(49頁)
との記載から明らかなとおり、「岐阜地区工業用水道事業」とは、木曽川中流地区の工業用水道事業そのものである。
 本調査の調査対象地区は岐阜圏域岐阜地区のうち15市町村(岐阜市、羽島市、各務原市、川島町、岐南町、笠松町、柳津町、北方町、本巣町、穂積町、巣南町、真正町、糸貫町、高富町、伊自良村)である(3頁)。
  ハ) 記載内容
 現状(昭和63年)の工業用水補給水量(地下水揚水量)などについて聞き取り調査を行っている。
 調査対象地区は、長良川と木曽川に挟まれた非常に地下水の豊富な地域であり、現状において工業用水は、補給水のほとんど全てを安価で良質な地下水に依存している。地域全体で日平均31万9千m3を超える地下水が揚水されているが、現在のところ、揚水能力の著しい低下や地盤沈下などの支障は生じていないため、新たな工業用水道事業を積極的に推進しようという機運は乏しく、地下水揚水規制という行政指導がない限り、工業用水道への水源転換は難しいというのが聞き取り調査を行った結果の感想である。と結論づけている。(9頁)
 本報告書は、地下水揚水の抑制とその代替水源としての工業用水道の必要性に言及しているが、根拠として、
@ 調査対象地区が、濃尾平野地盤沈下防止等対策要綱対象地域の観測地域
になっていること。
A当地域での地下水揚水が、その因果関係は未だ不明であるものの、これに
続く下流域での地盤沈下の遠因となっている可能性もあること。
B地域住民共有の貴重な有限資源である地下水を未来永劫利用し続けるため
には適切な地下水揚水量に抑える必要があり、代替水源としての工業用水道の必要性は年々高まっていくこと。
を挙げている(9頁)。
 そのうえにたって、平成17年の調査対象地区の工業用水需要予測量(補給水量)272、967m3/日のうち、新規工場全て31、109m3/日と、既存工場の井戸水全て198、248m3/日の合計229、357m3/日を地下水から工業用水道に水源転換するものとして、平成17年を計画完了年とする計画給水量229、400m3/日の工業用水道事業を計画している(6頁)。
  ニ) 記載内容の検討
 本報告書は、昭和63年現在のところ、調査対象地区では、揚水能力の著しい低下や地盤沈下などの支障は生じていないため、新たな工業用水道事業を積極的に推進しようという機運は乏しいという現状認識である。
 そこで、地下水揚水規制がない限り、工業用水道への水源転換は難しいとして、平成17年までに既存工場の井戸水の全てと新設工場の全水源を工業用水道に転換するための工業用水道事業を計画したのである。
 本報告書は上記@〜Bの理由を挙げて、地下水揚水規制と代替工業用水道の可能性と必要性を述べている。しかし、
@ 調査対象地区は濃尾平野地盤沈下防止等対策要綱の観測地域であって規
制地域ではない。昭和63年はもちろん平成16年の今も観測地域である。
 調査対象地区では、工業用水法に基づく法的な強制的規制はもちろん、地
盤沈下防止対策要綱に基づく行政指導による規制も行われていない。さらに、観測地域においては、大垣地区では、主として深井戸使用の自主規制が行われているが、調査対象地区の岐阜地区では、そのような自主規制すら行われていない。以上は平成16年の現時点においても同じである。調査対象地区では、昭和63年以降現在に至るまで、揚水規制は何も行われていないのである。
 そして、平成17年を計画完了年とする工業用水道事業計画が検討されて
いるが、昭和63年の調査から16年を経過した平成16年現時点においても(計画では、第2期が平成12年に完成し、第3期の工事中である)、工業用水道事業は全く具体化していないのである。
A 本報告書自身が言及しているとおり、調査対象地区の地下水揚水がその
下流域での地盤沈下の原因となっているとの因果関係は明らかにされていない。これは昭和63年の調査時点はもちろん平成16年現時点においても同じである。
 上記@のように、調査対象地区は、現在でも観測地域で、地下水揚水の規
制は何も行われていない。調査対象地区の地下水揚水によって下流地域等の地盤沈下が生じているとの因果関係が明らかになれば、観測地域ではなく、規制地域になり、要綱さらには法律による厳しい規制がなされる。調査対象地区でそのような規制の動きすらないことは、この因果関係が認められないからである。
B 本報告書の工業用水道事業計画は、新設工場だけでなく、既存工場でも
井戸水の全量を工業用水道に転換するものである。調査対象地域では、既存工場についても、地下水の使用を認めず禁止して、全てを工業用水道に転換する計画である。
 既存工場についても、既存の地下水揚水を認めず、工業用水道への水源転
換をさせるためには、工業用水法3条に基づく強制的規制か既存工場の納得と協力が必要である。
  工業用水法による強制のためには、地下水揚水禁止の根拠となる対象地
域での地下水揚水が地盤沈下の原因である因果関係が明らかにされることが必要である。調査対象地域は、上記Aで述べたように、そのような因果関係は認められておらず、規制地域でなく観測地域のままである。
  また、既存工場にとって、安価な地下水から高価な工業用水道へ全面的
な水源転換は、水源費用の増蒿をもたらす。既存工場に新たな経済的な負担をさせるためには、既存工場に地下水揚水禁止の必要性、つまり上記因果関係を納得させて、その協力を得ることが不可欠である。上記因果関係が明らかでなく、既存工場にこれらを納得させて、地下水揚水を止めて工業用水道に水源転換する協力を得ることができないため、工業水道事業は実現しないのである。
 以上が昭和63年の調査以後、平成16年までの実際なのである。
 結局、調査は昭和63年に行われ、平成7年を第1期の、平成12年を第2期の、平成17年を全計画の完了年とする工業用水道事業計画を検討しているが、調査から16年を経過した平成16年の現時点においても、工業用水道事業は全く具体化していない。
 それは、本報告書が前提とした既存の工場についても地下水揚水を認めず、その代替水源として工業用水道を使用させる理由が認められないからである。
  ホ) 施設計画(配水区域と配水管網計画)
 本報告書は、日量229,400m3を配水する工業用水道施設計画を検討している。
 取水地点は木曽川右岸・犬山頭首口上流付近部、配水場は伊木山の北西斜面、浄水場は伊木山北斜面山麓付近とされた(49〜52頁)。
 配水区域は調査対象地区全域に及び、配水管網は国道21号、22号、156号、東海道本線、名鉄名古屋本線、木曽川、長良川、境川、荒田川などを水管橋で渡って張り巡らされている(71〜73頁)。この配水管網計画は重要な資料である。
 工業用水の配水管は長良川を越えて、幹線1、000o管が揖斐川左岸の穂積町、巣南町まで延びている。揖斐川を越えれば徳山ダム開発水の工業用水の供給予定地区である大垣地区の主要地域であり、揖斐川左岸を南下すれば、大垣地区の墨俣町、安八町、輪之内町、平田町、海津町である。
 したがって、もし、大垣地区の工業用水にダム開発水が必要だというのであれば、現在全く使用されていない上記の岩屋ダム開発水(全体で4.157m3/秒、木曽川右岸地区で3.13m3/秒)を使用することは技術的に容易である。また、費用的にも、徳山ダム建設による場合よりは経済的である。
 もっとも、現実には、先に見たように大垣地区には工業用水道の水需要はなく、岩屋ダム開発水を大垣地区に導水する必要はない。
 5) 費用の支弁
  イ) 工業用水道事業は法律上当然に地方公営企業法の適用があり、一般会計とは区分した特別会計を設け、その経費は、工業用水道事業の経営に伴う収入をもって充てなければならない(地方公営企業法17条の2)。したがって、可茂工業用水道事業も、本来事業収入からダム建設費負担金などの事業費を償還しなければならない。
 しかし、木曽川右岸地区工業用水の確保水量1.2m3/秒(103、680m3/日)に対して上記のとおり、可茂工業用水道事業は、施設配水能力9、760m3/日で、そのうち契約水量は1、008m3/日、日平均配水量は460m3に過ぎず、極めて小規模な事業をするにとどまっている(1998年度の実績)。契約水量1、008m3/日は、確保水量の0.97%、水利権許可量の7.47%に過ぎない。そのため、事業収入から岩屋ダムの建設負担金の償還を行うのは全く不可能な状態に陥っている。
 その結果、岩屋ダムの建設費負担金などは、徳山ダム事業と同様、一般会計から直接水公団に支払いをするという違法な状態に陥った。そしてそのまま岩屋ダムの建設費負担金の償還期間が経過し、すでに終了してしまったため、事業収入から建設費を負担することはできなかったのである。このような場合でも、ダム建設費は水源開発費として工業用水道事業の資本となるべきものであるから、地方公営企業法の独立採算の原則からすれば、工業用水道事業の企業会計から支払をしなければならず、地方公営企業債を起債するなどして償還資金を企業会計で調達して支払をすべきであるはずなのだが、岐阜県においては一般会計から直接建設費負担金の償還がなされ、完済されてしまった。
 他自治体においても起債をせずに、一般会計から工業用水道事業特別会計に法の予定しない繰入をして、工業用水道事業特別会計から支払をしている例はみられるが、工業用水道事業特別会計からではなく、一般会計から直接に建設費負担金を支払い、そのまま完済してしまった例は全国にも例がない。
  ロ)  可茂工業用水道は、供給対象企業に、給水料金として基本料金(45円/m3)のほかに、経営負担金(24円/m3)を徴収し、合計69円/m3を徴収している。水源施設の建設費を一般会計に負担させても、なお給水料金である基本料金では給水施設の建設費を賄うことができないため、給水料金で賄うことができない金額を経営負担金として企業から徴収しているのである。
  ハ) このように、岩屋ダムを水源とする工業用水道事業は、完成後20年以上が経過しても事業が実現しておらず、負担金を支払わないまま償還を完了してしまったという異常な状態である。これだけの期間が経過しても事業が現実化する兆しもないということは、開発水の需要予測は全く的はずれであった証左である。開発水が利用されていないということは、供給余力を持っていることでは全くなく、見通しを誤った使われるあてのない設備投資をし、不良資産を抱えてしまったということである。民間企業であれば過剰設備投資による倒産である。岐阜県の県財政を健全化するためにも、岩屋ダム開発水の工業用水道事業割当分の有効利用を検討しなければならないのである。
6) 岐阜県における工業用水道事業の独立採算義務についての無自覚
 岐阜県基盤整備部水資源課長であった証人山崎は、岐阜県の水資源開発課では岩屋ダムの建設費負担金が岐阜県の一般会計から直接支払われていることも知らず、岐阜県工業用水道の岩屋ダムの開発水割当分の利用状況もほとんど理解しておらず、可茂工業用水道で実施されている水価、責任水量も知らず、中流地区工業用水道事業計画調査の内容についても全く知らないと証言したが、あり得ないことである。
 水資源課は、工業用水道事業が地方公営企業として、経済性を発揮して、独立採算により、利用者から徴収した料金によって水源開発費その他の経費を賄うように経営されることを前提に水資源の需要予測をしたり、補助ダムの開発などを担当する部署である。その課長である証人山崎が、工業用水道に割り当てられたダム開発水の利用状況や、利用計画調査を知らないはずがない。証人山崎は追及を恐れて知らないととぼけたのではないかと疑われる。もしそうだとすれば偽証にもあたりかねない大問題である。
 しかし、もし本当に、証人山崎が岩屋ダム開発水の利用状況や岩屋ダムの建設費負担金が一般会計から支出されていることを知らず、岐阜地区工業用水道の事業計画調査を見たこともなく、存在すら知らなかったのであれば、徳山ダム開発水需要予測の精確性を揺るがす大問題である。すなわち徳山ダム供給地域とされている大垣地区の水需要予測の精確性判断においては、同じ岐阜県内の可茂地区、岐阜地区でなされた当初の水需要予測と実際の利用実績を比較検討したり、工業用水道事業計画の実現可能性を検討して当初予測の精確性を検証することが不可欠である。また、不合理な水資源開発計画や、それによる無駄な施設の設置の反省に立って水利用の合理化が求められており、総務省(旧総務庁)でも同旨の勧告がなされている。水需給のアンバランスがあれば余剰水を水が必要な地域に振り分け、あるいは水利権の委譲をすることなどが求められているのである。そのためには、利水者において水利用実態を調査検討することが不可欠であるが、証人山崎はそのような検討が岐阜県においてはなされていないと証言したのである。
 証人山崎の証言には、「ダム開発水は今のところ必要ないのだから使わないのだ。使わないことの一体何が問題なのか」という感覚を感じざるを得ない。先に述べたように、使われない水源施設を抱えるということは、負債のみを負って使われない設備投資をすることで、不良資産を抱えることに他ならない。被控訴人梶原の指揮監督の下にある岐阜県職員のこのような感覚に、根元的な原因があるというほかない。岩屋ダムの工業用水道用開発水について犯した過ちを糧に、精確な水需要予測をなして、徳山ダム事業において同じ過ちを犯さないようにすること、また、誤って使い道の見つからない岩屋ダムの工業用水開発水の使い道を考えることこそ、被控訴人梶原を始めとする岐阜県職員に求められることである。
3 地下水揚水規制による回収率の向上
 1) 長期水需給計画
 長期水需給計画(乙17、19)では、1990年(平成2年)の地下水揚水量が2000年(平成22年)も保たれる、つまり、それ以上地下水揚水量を増やさない、増えないという前提である(山崎p70)。
 工業用水使用水の水源内訳は、大きくいって、地下水(井戸水)と工業用水道の補給水、それに回収水である。
 もし将来、工業用水の使用水量が増加するようなことになれば、それは、以上のいずれかの水源から供給されることになる。なお、使用水量を増やさないで生産を増やす方法があるので、生産高の増加がすぐに使用水量の増加に直結するわけではないことに注意を要する。1973年以降、回収率に変化がなくなっても、工業出荷額が増加ながら補給水量が増えていないのはこの使用水量を増やさない生産のせいである。
 2) 地下水揚水規制の結果
 地下水揚水をこれ以上させないようにするには、条例、少なくとも要綱によって規制を厳しくしなければならない。それによって、使用水量が増えても、地下水以外の他の水源、つまり、回収水あるいは工業用水道が使われることになる。あるいは、生産に必要な使用水量を削減して、生産高当たりの使用水量を減少して対処される。
 長期水需給計画では、回収率は実績最高固定である。例えば、2010年需給予測水量の61%を占める生活関連・在来型では25.70%、13%を占める基礎資材・先端型では39.38%である。したがって、この仮定では、使用水量の増加があるとき、残された使用水の水源は工業用水道ということになる。
 証人山崎がいうように、工業用水道を使用するかは企業が決めることである(山崎p71)。企業は、生産における採算性によって、工業用水道を使用するかどうかを決める。
 水源のなかで、経費的に安い順番に並べると、@地下水(井戸水)、A回収水、B工業用水道である。
 企業が水源として地下水使用ができなくなれば、次に選択するのは、地下水の次に経費の安い回収水である。工業用水道は最も高価であって、回収水利用、使用水量原単位の節減をして、その上でなお補給水が必要なときに選択される。工業用水道に依存する傾向が強くなれば、回収率が向上し、ついには、回収可能な冷却温調用水を上回る回収率となるのである。上記した可児市の水使用実態はその典型例である。
 長期水需給計画のような「水需給予測」は、単なる水需要予測ではない。水の需給、つまり、需要と供給の予測であって、その需要は供給を前提としたものであり、工業用水では、工業用水道で供給される工業用水の需要予測である。
 したがって、工業用水道の使用量の予測しなければならないのである。対象地域で工業用水道が使用されるかは、対象地域での水使用実態、特に回収率の向上の可能性、回収が容易で可能な冷却温調用水の水量と率、その回収実態、回収率/冷却温調用水の検討が不可欠である。 被控訴人が依拠したという乙47建設省河川砂防技術基準案同解説p38にも「他の代替手段(回収率の向上……)が可能であるので、総需要量の予測はこれらの水量を考慮して検討することが必要であり、原単位としては淡水補給水量としての原単位を使用する」と記載されている(下線代理人)。
 にもかかわらず、長期水需給計画では、大垣地域の工業用水について、冷却温調用水率が60%台と高いうえに、回収水/冷却温調用水が50%と低いのに、回収率を実績の30%台に固定し、回収率が向上する予測をしていない。前述のように、冷却温調用水は100%回収可能なのであり、大垣地域の工業用水については、冷却温調用水を100%回収するだけでも、回収率は70%台に向上させることができるのである。回収率の向上を予測していない点は、水需給予測、特に工業用水道の水需給予測として、必要なことが全く行われていないと言わざるを得ない。
 強制的に、地下水揚水を禁止、削減すれば、回収率は冷却温調用水率までは向上する。そうすれば、補給水の増加は必要がなく、徳山ダムの開発水による工業用水道事業は必要がない。もし、この工業用水道事業を行ってしまうと、全く利用されず、徳山ダム建設ダムの費用だけではなく、工業用水道事業の費用も料金で支払えない不良資産を、さらに増大をさせるだけなのである。
 3) 岐阜県における地下水揚水の無規制状態
 企業に地下水揚水を1990年実績以上にさせないためには、岐阜県による条例少なくとも要綱によって、地下水揚水を禁止、最低でも新規揚水は禁止する厳しい規制をしなければならない。
 しかし、長期水需給予測が前提としたり岐阜県が実際に行っている規制は、岐阜県が強制的な規制ではなく企業の自主規制である。条例や要綱による岐阜県の手による規制は行う意思がない(山崎p64〜68)。それも、実際に行われている自主規制の内容は、新設を認めないのは大垣市街区域だけで、それ以外の大部分の対象地域は深層地下水の揚水をさせるというものである(甲18p35、36)。乙56の冒頭見出しの前半の「西南濃地域南部に沈下域。地盤沈下は依然として進行中」というアジ演説風の内容に比べて、実際に行われている規制は無いに等しく、岐阜県には、本気で地下水揚水規制を行ったり、行う意思が見られない。
 このような規制では、工業出荷額の減少によって使用水量が減少する場合以外、補給水量の増加の防止を期待できない。使用水量が増加するときは、経費的要因などの地下水揚水を制約する要因がなければ、最も安価な地下水使用に向かう。そのときは、最も高価な工業用水道の使用が期待できないのは当然である。
 結局、岐阜県が行い予定している地下水揚水規制では、徳山ダム開発水によって工業用水道を建設してもこれを利用する者がいない。徳山ダムの工業用水は需要がないのである。
 4) 以上のように、地下水揚水規制を強化すれば、回収率が向上することにより補給水の増加は必要がなく、徳山ダムの開発水による工業用水道事業は必要がなくなる。また、地下水揚水規制が現状のままだとすると、仮に工業用水の使用水量が増えても最も安価な地下水使用に向かうので、工業用水道は利用されない。いずれにせよ、徳山ダムの開発水による工業用水道事業は必要がないし、その水は使用されないのである。
 原判決は、地下水揚水規制により、長期水需給計画によれば不足する108,000m3/日の工業用水の代替水源を確保する必要があるとし、むしろ地下水揚水規制を徳山ダムの必要性の根拠とするが、これは全くの誤りである。
 上記のように、地下水揚水規制をすれば、企業が選択するのは地下水の次に経費の安い回収水であることは自明の理であり、回収率を向上させることによりその分補給水の増加が必要なくなることを完全に看過している。尾張工業用水道を代替水源として地下水揚水を厳しく規制するようになった愛知県尾張地域がその典型である。また、地下水のない岐阜県可児市の場合も同じである。地下水揚水規制をすれば、直ちにその分が工業用水道の新規需要になるわけではなく、まずは回収率の向上により対処するのであって、原判決は、この点について全く理解を欠いている。
 大垣地域で工業用水が108,000m3/日が不足するという予測が不合理であることは前述のとおりであるが、仮に、大垣地域で、平成2年需要量53万m3/日に加えて、108,000m3/日が必要となったとしても、前述のとおり回収率は70%台まで向上させることができるから、その回収率増加分によってまかなえることをまず検討しなければならない。
 以下の計算のとおり、控訴人の水需要予測を前提としても、回収率が70%まで向上すれば、平成22年度の需要量予測は29.6万m3/日となる。これは、平成2年需要量53万m3/日の約55%で済むことになることを示している。新規に水源を求める必要性は全くないのである。むしろ、40%を超える一層の地下水揚水量の削減が可能なのである。
◎長期水需給計画(乙17)
  平成2年需要量実績  53万m3/日  回収率30.9%
  平成22年需要量予測 63.8万m3/日 回収率35.4%
需要量=使用水量×(1−回収率)ゆえ
◎平成22年使用水量
  63.8万m3/日÷(1−0.354)≒98.8万m3/日
◎平成22年の回収率を70%とした場合の需要量
  98.8万m3/日×(1−0.7)≒29.6万m3/日
◎平成2年需要量実績と、回収率を70%とした場合の差
  53万m3/日−29.6万m3/日=23.4万m3/日
◎平成22年需要量予測と、回収率を70%とした場合の差
  63.8万m3/日−29.6万m3/日=34.2万m3/日
 以上より、回収率向上を全く無視した原判決は明らかに間違っており、地下水揚水規制により回収率が向上すれば、それ自体が代替水源となり、それだけで代替水源として必要十分であって、徳山ダムの開発水による工業用水道事業は必要ないのである。そして、必要のない工業用水道事業を行ってしまえば、徳山ダム建設ダムの費用はもちろん、さらに工業用水道事業の費用も料金で支払えない不良資産を増大をさせてしまい、その結果、岐阜県の一般会計が多大な損害を被ることになるのである。このような事態は何としても防止なければならない。

第4 岐阜県の徳山ダム利水計画の見直し( 新長期水需給計画 )

1 岐阜県の計画見直し
 木曽川水系水資源開発基本計画(フルプラン)の改定に伴い、岐阜県は、平成16年3月9日に、2015年(平成27年)を目標年次とする新しい長期水需給計画をとりまとめ、発表した(以下、新長期水需給計画という)。その発表内容は以下の通りである。この内容は、現行の長期水需給計画を大きく変更するものであり、その需要予測は控訴人らが当初から主張していたものに近づいてきている。
2 工業用水の需要推計
 岐阜県は、「今後の工業用水需要量は、横這いまたは微増傾向で推移するものと考えられる。」とし、目標年である平成27年(2015年)の大垣地域の水需要は465,000m3/日と予測した。これは、現行長期水需給計画での平成22年(2010年)の大垣地域の工業用水需要予測値638,000m3/日を大幅に下方修正したものである。
 しかも、この予測値は従来通り「製造品出荷額×使用水量原単位×(1−回収率)」により求めているが、製造品出荷額の予測においては安全側をとって、予測の上限の経済成長率を採用して、すなわち需要予測値が大きくなる大きめの経済成長率を使用しているのであるが、それでも水需要量がこれほどの大きな変更となったのである。
3 供給計画
 1) 地下水
 大垣地域の工業用水は地下水に依存しているが、今回明らかにされた供給計画では、県の地下水保全指針により、大垣地域の平成6年の地下水揚水量の90%を揚水量の目標値としていることに、地下水涵養面積の、降雨量の減少、地下水汚染、地下水脈変動の可能性及び地球温暖化に伴う海面上昇による地下水塩水化の可能性などからさらに地下水利用可能量が10%減ずることを加味して、平成6年度揚水量の81%を地下水利用可能量としている。
 2) 水資源開発施設
 近年の少雨化傾向によりダムの安定供給能力が低下していることから、ダムの供給能力は近年2/20の安定供給能力とし、木曽川水系のダムの供給能力は開発水量に対する割合では、牧尾ダムは70%、岩屋ダムは44%、阿木川ダムは57%、味噌川ダムは84%、徳山ダムは約60%として供給能力を切り下げたうえ、さらに近年の小雨化傾向から徳山ダムの利水安全度に変動幅−10%を見込むとしている。
 また、徳山ダムの完成による地域の開発ポテンシャルの上昇による、予想を上回る水需要の増加も想定されるとしている。
4 新長期水需給計画から言えること
 1) 水需要予測について
 大垣地域の工業用水について、目標年次平成27年(2015年)の需要予測量は日量465,000m3と大幅に下方修正された。しかし、これも現状の著しく低い大垣地域の回収率を前提とした水量である。
 現在の全国的に見ても非常に低い回収率は、大垣地域の工業用水は殆ど全面的に地下水を水源としており、水使用者である工場などは受水コストとして地下水をくみ上げるポンプの電気代しかかからないことが原因である。地下水は水質、水温的に優れており、そのうえ経費的にも最も安価であるので、それが利用可能であれば、企業として最も使用したい水源である(この地下水が豊富であるということは、地域として最大の売りどころであり、自慢すべきものである)。
 大垣地域では、回収率上昇の余地は非常に大きいし、もし本当に厳格に地下水揚水を規制すれば、また、強制的に地下水揚水規制をして地下水代替水源の工業用水道の使用を強制すれば、経費削減のために回収率が飛躍的に上がることは間違いない。
 新長期水需給計画は、回収率38.8%で計算している。上記第3で現行長期水需給計画でも述べたが、新長期水需給計画の水需要予測の将来需要量を前提にしても、回収率を上昇させることによって、以下の計算のように、需要に対する供給が十分に可能である。
◎平成2年需要量(実績)  53万m3/日  回収率30.9%
 平成10年需要量(実績) 44.8m3/日  回収率35.2%
 平成22年需要量(予測) 46.3万m3/日 回収率37.6%
 平成27年需要量(予測) 46.5万m3/日 回収率38.8%
需要量=使用水量×(1−回収率)ゆえ
◎使用水量
 平成22年 71.8万m3/日≒44.8万m3/日÷(1−0.376)
 平成27年 76.0万m3/日≒46.5万m3/日÷(1−0.388)
◎回収率を70%とした場合の需要量
    平成22年 21.5万m3/日≒71.8万m3/日×(1−0.7)
    平成27年 22.8万m3/日≒76.0万m3/日×(1−0.7)
◎需要量実績の81%とその差(余裕)
 平成2年需要量81%   42.9万m3/日
    (差) 平成22年 21.4万m3/日  平成27年 20.1万m3/日
 平成10年需要量81%  36.3m3/日
    (差) 平成22年 14.9万m3/日  平成27年 13.5万m3/日
 以上により、地下水揚水規制により回収率が向上すれば、それ自体が代替水源となり、それだけで代替水源として必要十分であって、徳山ダムの開発水による工業用水道事業は必要ないのである。そして、必要のない工業用水道事業を行ってしまえば、徳山ダム建設ダムの費用はもちろん、さらに工業用水道事業の費用も料金で支払えない不良資産を増大をさせてしまい、その結果、岐阜県の一般会計が多大な損害を被ることになる。
 2) 供給計画について
 計画では、大垣地域の地下水利用可能量は、平成6年度実績の81%としている。しかし、上記第3で述べたように、大垣地域の地下水揚水を規制する法令は全くなく自主規制にすぎないし、その規制は無いに等しい。地下水利用可能量を制限するとの前提は、徳山ダム開発水を利用するという結論を得るためのこじつけに他ならない。
 また、水資源開発施設能力を、小雨化傾向を理由にして大幅に目減りさせるとともに、さらにすでに検討されているはずの小雨化傾向を理由にさらに10%施設能力を目減りさせている。これらはいずれも徳山ダムの開発水に見合う水需要を作り出すためのこじつけであって、全く合理性がない。
 3) 結語
 被控訴人らは、原審において、大垣地域の工業用水需要は平成22年度に638,000m3/日に増加するという現行長期水需給計画に固執して主張を展開してきた。しかし、被控訴人岐阜県知事らは訴訟の場でそのような主張をしながら、一方で将来予測を大きく下方修正させる新長期水需給計画を作成している。
 これは、被告岐阜県知事らすら、現実の水需要動向を見ると、現行長期水需給計画のように、将来水需要が大幅に伸びるという前提に立つことができなくなったことを認めざるを得なくなったものである。
 また、地下水揚水規制を、被告知事らが言うような「アジ演説」風でなく、本当に厳しくすれば、回収率が向上する。回収率の向上分が代替水源となって、需要に対する十分な水量があり、徳山ダムの開発水による工業用水道事業は必要ないのである。そのうえ、一層の地下水揚水の削減も可能なのである。

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