徳山ダム建設中止を求める会・事務局ホームページ


徳山ダム裁判 第二審

控訴理由書

第2章 新規利水(都市用水確保)の必要性はない

第1 木曽川水系水資源開発基本計画(フルプラン)
1 はじめに−フルプランを検討すべき必要性−
 1) フルプランを検討すべき必要性
   原判決は、「都市用水の確保」の必要性を検討する中で、「本件水需要予測の合理性」を検討した上で、「フルプランの検討の必要性」について判示しており、本件事業認定処分の適法性判断に際し、まずフルプランを検討する必要性があるにもかかわらず、これを軽視している。
   しかし、次に述べるとおり、本件においては、まずフルプランそのものを検討することが不可欠である。
  イ) 徳山ダムの新規利水の必要性の根拠には合理性がない
    徳山ダムなどの公団法18条1項1号イの水資源開発施設の建設は、水資源開発基本計画に基づいて行われる(公団法18条1項1号)。したがって、その建設の必要性は、水資源開発基本計画で定められ、その決定過程において検討されている。徳山ダムも同様に、その建設は木曽川水系水資源開発基本計画(フルプラン)に基づいて行われる。つまり、徳山ダムの新規利水の必要性の根拠はフルプランに他ならないのである。
    なお、事業実施方針や事業実施計画は、水資源開発基本計画に基づいて指示、作成・認可されるのであって(公団法19条1項、20条1項)、これらでは、当該水資源開発施設についての水の用途別需要見通しや供給水量の検討を行わない。事業実施方針、事業実施計画においては、事業の必要性、根拠の検討はなされない。他方、水資源開発基本計画は、当該水系での水道用水、工業用水などの水の用途別の需要を予測してその見通しを立て、また、この需要に対処するための供給の目標を定め、この供給の目標を達成するために必要な施設(水資源開発施設)の建設事業を定めている(促進法5条)。
    したがって、徳山ダムの3号要件該当性の検討のうち、その中心をなす事業の必要性、適正・合理性の検討は、その事業の必要性=根拠を法律上検討し計画化しているフルプランでの検討について行われなければならない。そして、徳山ダムの新規利水の必要性は、フルプランの対象である木曽川水系を単位として検討されなければならない。この徳山ダムの必要性を根拠づけるフルプランに合理性がないことが明らかになれば、徳山ダムの必要性がないこと、すなわち、徳山ダムの必要性が根拠づけられないにもかかわらず本件事業認定処分がなされたことが明らかになるのである。
    この点、目標年次を1985年とした旧フルプランの水需要予測は過大な予測であり実績との間に大きな乖離があった。したがって、旧フルプランの目標年次を7年も過ぎた1993年に改訂された新フルプラン(目標年次2000年)では、旧フルプランの不合理な水需要予測の反省の上に立ち、現実に明らかになった実績との乖離を踏まえた水需要予測がなされなければならなかった。にもかかわらず、これまで繰り返されてきた過大な予測を再び行った点で、新フルプランは旧フルプランの過ちを引きずっている。このことを明らかにするために、2項で旧フルプランの予測とともに新フルプランの予測を検討する。
  ロ) フルプランと徳山ダム
    上記のように、徳山ダムの新規利水の必要性の根拠はフルプランである。
    このことから、フルプランに位置づけられない事業は違法であるということが結論付けられる。
  ハ) 事業の必要性判断において考慮すべき事項を考慮しなかった問題点
    上述のように木曽川水系を1つの単位としてフルプランが策定されているのであるから、木曽川水系のある地域で水が余っていれば、これを他の地域で用いて相互調整を図らなければならない。また、ある地域のある用途に供する水が余っているのであれば、これをその地域の他の用途に供する水に用いて相互調整を図らなければならない。甲37別添の「昭和63年5月30日付け各都道府県知事あて自治事務次官通達」で、「工業用水道事業について、既着手の水源開発施設で将来の水需要が見込めないものにあっては他用途への転換を図る………」と自治省も認めているように、フルプランにおいて、同じ木曽川水系のなかで、開発水の相互調整を図る必要があることは当然である。
    実際にも、木曽川水系においては、岩屋ダム、長良川河口堰によって開発された水のうち多くが未利用のままになっており(甲22の1)、水余り状態である。そして、新フルプランでは、実際に、ある地域のある用途に利用するとされている開発水が他の地域の他の用途に移譲されているのであるから(甲22の2)、水余りの開発水を相互調整することは可能である。
    以上のことからすれば、木曽川水系における水余りの実態はそのまま都市用水確保(新規利水開発)を目的として掲げた徳山ダムの必要性に直結する。つまり、水余りの実態、さらには開発水の相互調整が行われてきた現実がありながら、新規利水開発を目的として徳山ダム建設のための本件事業認定処分をすることは、事業の必要性判断において、本来、当然考慮すべき事項を考慮せずに判断したこととなる。
  ニ) 小括
    以上のように、徳山ダムの必要性が根拠づけられないにもかかわらず本件事業認定処分がされたことを明らかにする点、徳山ダムが水資源開発施設建設の根拠となるフルプランにさえ位置づけられなかったことを明らかにする点、事業認定処分に際して考慮すべき事項を考慮しなかった問題点を明らかにする点において、フルプランを検討することは不可欠なのである。
 2) 原判決の誤り
  イ) 水余りの実態を認識していない(原判決p114)
    上述したとおり、水余りの実態は、被控訴人大臣が事業認定処分をするに当たって本来考慮すべき事項である。
    この点、原判決は、「原告らは、フルプランに位置付けられた木曽川水系内の他の水資源開発施設で余っている水を足りないところに融通すれば、新たに徳山ダムを建設して水資源開発をする必要性はないと主張する」としている。
    しかし、控訴人は、木曽川水系において水が余っているとは述べているが、水が「足りない」とは述べていない。そもそも木曽川水系において水が「足りない」ということ自体あり得ないことであり、また、ある「水資源開発施設」で水が「足りない」ということもない。
    このように、原判決は、考慮すべき事項を考慮しているか否かを判断する前提となる「木曽川水系における水余りの実態」を認識していないものと言わざるを得ない。
  ロ) 開発水の転用を考慮していない点等について(原判決p113〜)
    原判決は、「(イ)本件水需要予測の合理性の有無」の中で、「開発水の転用を考慮していない点等について」の検討をしている。
    しかし、この問題は、フルプランの中で検討されるべきである。
    すなわち、前述したとおり、徳山ダムなどの公団法18条1項1号イの水資源開発施設の建設は、水資源開発基本計画に基づいて行われる(公団法18条1項1号)。したがって、その建設の必要性は、水資源開発基本計画で定められ、その決定過程において検討されている。徳山ダムも同様に、その建設は木曽川水系水資源開発基本計画(フルプラン)に基づいて行われる。徳山ダムの新規利水の必要性の根拠はフルプランに他ならないのである。そして、フルプランという計画の中で、木曽川水系における水余りの実態、さらには開発水の相互調整が行われてきた現実があるにもかかわらず、新規利水開発を目的として徳山ダム建設のための本件事業認定処分をすることは、本来、考慮すべき事項を考慮せずに判断したこととなるのである。

2 フルプランの予測が合理性を欠いていること
  前述したとおり、徳山ダムの新規利水の必要性の根拠はフルプランに他ならない。
  しかし、次に述べるとおり、目標年次を1985年とした「旧フルプラン」の水需要予測は過大な予測であり実績との間に大きな乖離があった。そして、本来、旧フルプランの不合理な水需要予測の反省の上に立ち、現実に明らかになった実績との乖離を踏まえた水需要予測がなされるべき「新フルプラン」でも、これまで繰り返されてきた過大な予測が再びなされた。
  このことからも、旧フルプランのみならず新フルプランが予測の合理性を欠き、結局、徳山ダムの新規利水の必要性にそもそもの根拠がないことが明らかである。
 1) 旧フルプランの予測の不合理性
  イ) 工業用水における予測と実績との乖離(甲20p1、嶋津証人調書p3〜6、甲24図1)
 旧フルプランは高度成長時代の実績を大幅に上回る増加率を想定して1985年値を予測した。1967〜72年の実績の年平均増加量は約16万m3/日であったが、一方、旧フルプランの予測の年平均増加量は33万m3/日であり、高度成長時代の 急速な増加をさらに2倍に膨らますという理解しがたい予測を行った。その結果、1985年の予測値864万m3/日は、実績のピーク409万m3/日(72年)の2.1倍という異常に大きな値となった。
 しかも、実績は漸減の傾向に変わったため、予測と実績の乖離が年々広がり、目標年次85年における予測(864万m3/日)と実績(314万m3/日)との差は約550万m3/日にもなった。85年の予測値は同年の実績値の2.7倍にもなる(甲20p1)。この点は甲24の図1を見れば一目瞭然であり、旧フルプランの需要予測の動きと水需要実績の推移は1971年を境にして正反対の方向に向かっている。
  ロ) 水道用水における予測と実績との乖離(甲20p2、嶋津証人調書p6〜8、甲24図2)
 旧フルプランの水道用水の予測は高度成長時代における大幅な増加傾向をほとんどそのまま延長したものであったため、水道用水においても予測と実績の乖離は年々大きくなっていった。目標年次1985年の実績値254万m3/日に対して、旧フルプランの予測値はその1.7倍の433万m3/日であり、両者の差は約180万m3/日にもなった(甲20p2)。この点も甲24の図2を見れば明らで、旧フルプランの需要予測の動きと水需要実績の推移は1972年を境にして、予測は上方に実績は下方にと、二つの方向に大きく分かれている。
  ハ) 都市用水における予測と実績との乖離(甲20p2、嶋津証人調書p8〜9、甲24図3)
 工業用水と水道用水を合わせた都市用水についてみると、実績は高度成長時代においては急速な増加傾向を示していたが、高度成長時代終焉後には一転して漸減もしくは横這いの傾向に変わった。目標年次1985年の都市用水の実績はピーク時の75年より約40万m3/日小さい571万m3/日に留まった。
 一方、旧フルプランの予測は高度成長時代を上回る増加率であったため、実績と大きくかけ離れたものになった。目標年次85年の予測値は実績値を730万m3/日も上回る約1300万m3/日であった。これは実績値の2.3倍にもなるもので、全くの架空の予測であった(甲20p2)。
 2) 新フルプランの予測の不合理性
  イ) 改定が7年も遅れた新フルプラン(嶋津証人調書p9〜10)
 旧フルプランの期限が1985年で切れたにもかかわらず、新しいフルプランはなかなか策定されなかった。
 ようやく、93年になって目標年次を2000年とした新フルプランが策定されたが、86年〜92年の7年間もの間、依拠すべき水需給計画がないまま、ダムと河口堰の建設が進められるという異常な事態が続いた。そればかりでなく、93年に策定された新フルプランでは、その時点では既に経過していた85年からの需要予測がなされていたが、85年〜93年は過去分であり同じ年の新フルプランで予測されている数値との乖離が生じるはずがないのに、甲24図7の85年〜93年の□と▲の開きを見れば一目瞭然、85年〜93年の予測値が既に実績値と大幅に乖離するという出発点から誤っている異常な予測が行われた(甲24p11、p13、p16)。
  ロ) 工業用水における予測と実績との乖離(甲20p3、嶋津証人調書p11〜12、甲24図4)
 上記のように、旧フルプランの予測が実績と全く乖離したことを反省することなく、新フルプランはそもそもの予測の出発点から実績を無視して工業用水が大幅に増加し続けるという予測を行った。新フルプランの予測における年平均増加量は12万m3/日で、これは高度成長時代(1967〜72年)の実績(15万m3/日)を少し下方修正しただけであり、工業用水の動向が再び高度成長時代に戻るという予測であった。他方、実績の方は、横這いまたは漸減の傾向になっているのであるから、新フルプランの予測と実績の差は年々拡大していった。新フルプランが策定された93年にはすでに90年頃までの実績データが揃っていて、予測と実績の大きな乖離が明らかであったにもかかわらず、実績無視の予測が行われた。
 1998年までの動向から見て2000年の実績は290万m3/日程度になると予測される。これに対して新フルプランの2000年の予測値は490万m3/日であるから、実績値の1.7倍にもなる見通しである(甲20p3)。この点は、甲24の図4を見れば明らかで、新フルプラン需要予測の動きと水需要実績の推移は1985年を境にして、予測は上方に実績は横ばいないし下方にと全逆方向に向かっている。
  ハ) 水道用水における予測と実績との乖離(甲20p3、嶋津証人調書p12〜14、甲24図5)
 新フルプランの水道用水の予測も高度成長時代の増加傾向を基本的に踏襲するものであった。この予測の年平均増加量は10万m3/日であり、一方、高度成長時代の1967〜72年の年平均増加量は15万m3/日であるから、高度成長時代の増加率を多少下方修正しただけのものであった。一方、実績は、90年の前後5年間を除いて横這いに近い傾向であったから、予測は実績と大きく乖離するものになっている。98年までの傾向を延長すると、2000年の実績は300万m3/日以下と予測されるから、2000年の予測値403万m3/日は実績値の1.3倍以上になる見通しである(甲20p3)。この点も甲24の図5を見れば、旧フルプランの場合ほどではないにしても、やはり1985年を境にして新フルプラン需要予測の動きと水需要実績の推移が二方向に分かれ、その差が年々拡大していくのが分かる。
  ニ) 都市用水における予測と実績との乖離(甲20p4、嶋津証人調書p14〜15、甲24図6)
 新フルプランの都市用水の予測における年平均増加量は22万m3/日である。これは高度成長時代の年平均増加量30万m3/日を少し下方修正しただけで、高度成長時代と同様の急速な増加を予想したものであった。しかし、現実の都市用水はわずかな増加であったから、新フルプランの予測は実績とかけ離れたものになっている。98年までの実績から見て、2000年の実績は600万m3/日以下と予測されるから、2000年の予測値約900万m3/日は実績値の1.5倍以上になる見通しである。このように新フルプランは旧フルプランと同様、実績無視の架空予測である(甲20p4)。この点、甲24の図6を見れば明らかなように、水需要実績は全体として見た場合1985年以降横這い傾向なのに対して、新フルプランの需要予測はそれとは極端に傾向が異なる右肩上がりの予測となっている。
  ホ) 確保水源予定量と実績との乖離(甲20p4、嶋津証人調書p15〜16、甲24図7)
 新フルプランでは2000年までに阿木川ダム、三重用水、長良川河口堰、味噌川ダムを完成させて、合計約230万m3/日の都市用水の水源を開発し、岩屋ダムその他の既得水源と合わせて、2000年には約1000万m3/日の水源を確保することになっている。一方、2000年の都市用水の新フルプラン需要予測値は約900万m3/日であるから、これを基準にしても2000年時点で100万m3/日の水源が余剰となる計画である。
 しかし、前述のように、都市用水の需要実績はほぼ横這いの傾向が続き、新フルプランの予測を大幅に下回ったため、水需要実績と開発計画との乖離は非常に大きく、極めて過剰の水源が確保されることになった。
 確保水源予定量1000万m3/日に対し、都市用水の実績は約580万m3/日であるから、約420万m3/日の水源の余裕があることになる。長良川河口堰で開発された水源165万m3/日(一日平均水量換算値)は不要のものになっている。この点は甲24の図7を見れば明らかである。新フルプランの開発計画により、確保水源量は階段状に増加しているにもかかわらず、水需要実績は横這い傾向が続いているため、確保水源量が増えるたびに実績値との乖離が広がっている。
 これほど木曽川水系では水が有り余っているにもかかわらず、徳山ダムによって新たに103万m3/日(一日平均水量換算値)もの水源が造られようとしているのである。これが全く無用のものとなることは明らかである(甲20p4)。
 3) 実績と乖離した需要見通しに対して是正を迫る行政勧告
   −総務省の「水資源に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」−
 以上のように旧フルプランでも過大な水需要予測が行われており、水余りの実態があったにもかかわらず、85年〜93年の過去分についてさえ実績と予測の乖離が生じているという異常な新フルプランが策定されている。これは乙115で行うような過大な推計結果をもたらす推計手法が用いられているためである。このような旧フルプランにおける過大な予測の反省を踏まえない新フルプランの策定という経緯、乙115で行われている推計を見れば、推計手法その他の推計過程自体に問題があることが十分窺われる。
 このような推計手法等の誤りは、名古屋市の水道事業計画の需要予測、愛知県の地方計画における水道用水の需要予測、岐阜県の総合計画における工業用水の需要予測での度重なる推計の誤りにも窺われる(甲38p8、10、16)。水余りの実態があり、予測が過大となっているにもかかわらず、過大な予測の反省を踏まえていないため、計画の度に下方修正を繰り返さざるを得ないのである。これはフルプランにおける予測と軌を一にするものであり、推計過程自体に問題があることの結果である。
 このように推計過程自体に問題があることを明らかにしたのが、2001年(平成13年)7月に総務省が発表した「水資源に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」(甲80)である。
 同勧告によれば、「今回、基本計画の変更………の状況について調査した結果、次のような状況が見られた」とされ、「現行の基本計画………への全部変更を行った際に国土交通省(当時国土庁)が国土審議会(当時水資源開発審議会)に提出した資料をみると、水道用水および工業用水については、旧計画の計画期間内の需要実績および新計画案の目標年度における需要見通しは示されているものの、需要見通しの積算方法や積算のための基礎係数は示されておらず、また、需要見通しと需要実績とを対比して基本計画の達成状況を明らかにする資料や需要見通しと需要実績にかい離が生じている場合の原因分析に関する資料も示されていない」と需要見通しの仕方が批判されており、「需要見通しと需要実績にかい離が生じている」とまで明言されている。
 より具体的には、「水資源開発水系7水系6計画における現行計画6計画のそれぞれにおける需要見通し(手当て済み水量と新規需要水量との合計値)に対する需要実績(現行計画については計画最終年度ではなく平成8年度の実績)を見ると、………水道用水については、直前計画におけるデータが把握可能である5水系4計画の需要見通しに対する需要実績の割合は、約30%から約60%となっている。………工業用水(工業用水の開発が計画されていない豊川水系を除く6水系5計画)については、………直前計画における需要見通しに対する需要実績は約2%から約48%であり、現行計画においても約3%から約50%となっている。水道用水、工業用水ともに、………需要見通しと需要実績がかい離している」と指摘されている。
 以上のような分析に基づき、勧告は次のように結論付けている。
「国土交通省は、的確な水資源開発基本計画を策定するとともに、その一層の透明性の確保を図る観点から、次の措置を講ずる必要がある。
@ 基本計画の全部変更に当たっては、変更しようとする計画について総括評
価を行うこと。また、全部変更を行った基本計画は、おおむね5年を目途に計画達成度について点検を行い、必要に応じて計画の全部変更又は一部変更を行うこと。
A 基本計画に記載した需要見通しについて、その推計方法等が的確であった
かどうかを総括評価の際に検証するなどにより、推計精度の向上を図ること。
B 基本計画の全部変更を行った場合には、計画の総括評価の結果、需要見通
しの推計手法、使用した数値等について分かりやすい資料を作成し公表して、情報提供の充実を図ること」
 上記の勧告は各水系において水余りの実態にあるにもかかわらず、水道用水、工業用水ともに需要実績とかい離した需要見通しがなされてきたこれまでのやり方を批判したものであり、当然の経験則を明らかにしたものである。そこには膨大な無駄遣いに対する是正を迫る強い意志が込められている。
 4) 原判決の誤り
   上述したように、旧フルプランにおいて実績と予測が異常なほど乖離しており、新フルプランにおいても同じ問題をそのまま引きずっていることは極めて自明である。
   しかるに、原判決はフルプランにおける実績と予測の異常な乖離を全く見逃している。原判決では、旧フルプランの目標年次を7年も過ぎた1993年に改訂された新フルプラン(目標年次2000年)において、85年〜93年の過去分についても予測値が実績値と大幅に乖離するという出発点から誤っている異常な予測が行われた(甲24p11、p13、p16)点には言及されていない。
   しかし、このように新フルプラン策定前の段階において予測値と実績値が大幅に乖離していたからこそ、旧フルプランの改定が7年も遅れ、86年〜92年の7年もの間、依拠すべき水需要計画がないまま、ダムと河口堰の建設が進められたという異常な事態は直視されなければならない。
   このようなやり方を厳しく指弾したのが上述の総務省「水資源に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」である。ここで言われているような「@ 基本計画の全部変更に当たっては、変更しようとする計画について総括評価を行うこと。また、全部変更を行った基本計画は、おおむね5年を目途に計画達成度について点検を行い、必要に応じて計画の全部変更又は一部変更を行うこと。A基本計画に記載した需要見通しについて、その推計方法等が的確であったかどうかを総括評価の際に検証するなどにより、推計精度の向上を図る」などの当然の措置が行われていれば、同じ過ちは繰り返されなかったのである。本訴訟において、同じ過ちを繰り返すことが追認されてはならないのである。
   原判決は、新フルプランにおいて出発点から誤った異常な水需要予測がなされているという重大な点に言及せず、被控訴人大臣が繰り返し誤った水需要予測を行うのを追認してしまったものである。

3 木曽川水系における水余りの実態と開発水の相互調整
  前述したとおり、原判決は、水余りの実態は被控訴人大臣が事業認定処分をするに当たって本来考慮すべき事項であるにもかかわらず、「水を『足りない』ところに融通すれば」などと判示しており、以下に述べるような「木曽川水系における水余りの実態」を認識していない。
 1) 木曽川水系における水余りの実態(甲22の1、甲19p4〜7、富樫証人調書p15〜21)
 すでに述べてきたことからも明らかなように、木曽川水系においては水余り状態である。「足りない」といったことはない。木曽川水系において、岩屋ダム、長良川河口堰によって開発された水量のうち多くが未利用のままになっている(甲22の1、甲19p4〜7)。
 このような水余りの実態については、@事業があって、水利権として許可されているのか、A事業があり水利権が許可されているというなかでもそれがどれくらい利用されているかという2点から検討する必要がある(富樫証人調書p15)。
 岩屋ダムについて言えば、岐阜県の工業用水の開発水量4.33m3/sのうち、4.17m3/sについては全く事業がない。また、愛知県の工業用水の開発水量6.30m3/sのうち、名古屋臨海第1期のためとされている2.52m3/sについては水利権が許可されていない。愛知県の水道用水の開発水量7.22m3/sのうち、尾張水道用水分0.62m3/sが未完成のため利用されていない。
 長良川河口堰についていえば、愛知県の工業用水の開発水量8.39m3/sの全てについて事業がないままになっている。また、名古屋市の水道用水の開発水量2.00m3/sの全てについても事業がないままになっている。
 2) 改定が7年も遅れた新フルプラン
 このように木曽川水系において水余りの実態があるため、前述したように新フルプランの策定は7年も遅れてようやく改定されたのである。
 フルプランの改定が遅れたのは、前述のように木曽川水系で水余りが生じている状況で、予測と実績の凄まじい乖離をどうするかについての議論がなかなか決着しなかったからである。にもかかわらず、実際に策定された計画はすでに実績と乖離している旧フルプランにおける過大予測の延長線上にあり、旧フルプランの過大予測の反省を踏まえない、過大予測計画であった。
 このように、新フルプラン策定前の数値さえ実績と乖離していることは、甲24図7の85年〜93年の□と▲の開きを見れば一目瞭然であり、このように一目瞭然であるにもかかわらず策定前(85年〜93年)の数値さえ実績と乖離した予測をしてしまっていることは、新フルプランの予測に全く合理性がないことを物語っている。
 3) 事業の必要性判断において考慮すべき事項を考慮しなかった問題点
 前述のように、木曽川水系を1つの単位としてフルプランが策定されているのであるから、木曽川水系のある地域で水が余っていればこれを他の地域で用いて相互調整を図らなければならない。この点は、前述したように、甲37別添の「昭和63年5月30日付け各都道府県知事あて自治事務次官通達」で、「工業用水道事業について、既着手の水源開発施設で将来の水需要が見込めないものにあっては他用途への転換を図る………」とされており、自治省も開発水量の相互調整を図る必要があることを認めている。
 まして、次に述べるように、フルプランにおける水源施設、供給地域の関係は甲22の1に、徳山ダム関連の名古屋市・尾張地域の上水道についての供給施設(浄水場)は甲69に示したとおりであり、名古屋市、愛知県、三重県、岐阜県といった同じ利水主体において同一河川(木曽川)から取水しており、また愛知用水地域の水道用水と同地域の工業用水、三重県の水道用水と同県の工業用水といった同じ利水主体における異なる用途においても同一河川(木曽川)から取水しており、さらに名古屋市と尾張地域といった異なる利水主体間においても同一河川(木曽川)から取水していることからすれば、相互調整が極めて容易なことは明らかである。
  イ) 名古屋市水道用水
 名古屋市水道用水について見ると、自流7.56m3/s、岩屋ダム11.94m3/s、味噌川ダム0.50m3/sのいずれについても取水点は木曽川の犬山と尾西であり、これらの位置関係は、甲26の「管内概略図」、甲87のとおり、極めて近接しており、同じ木曽川の上流と下流である。なお、長良川河口堰の2m3/sについては取水、導水施設がなく未利用のままである。
 他方、徳山ダムに関する取水点は明らかでないが、いずれにしても名古屋市に供給するには揖斐川から長良川を一本跨いで木曽川までの導水施設を造らざるを得ないことになる。
  ロ) 尾張地域・愛知用水地域水道用水
 尾張地域水道用水について見ると、岩屋ダム7.22m3/sの取水点は木曽川の犬山と尾西であり、他方、徳山ダムの取水点は同じ木曽川の尾西とされている(甲26p5、13、甲87)。この場合にも、徳山ダムの水を尾西まで引いてくるには長良川を一本跨いで木曽川までの導水施設を造らざるを得ないことは名古屋市水道用水の場合と同様である。そして、徳山ダムの水は結局のところ木曽川まで引かれるのであるから、徳山ダムの水と岩屋ダムなど木曽川の水を区別すること自体無意味である。
 愛知用水地域水道用水について見ると、牧尾ダム2.594m3/s、阿木川ダム1.102m3/s、味噌川ダム2.769m3/sの取水点は木曽川の兼山と犬山であり、いずれも木曽川であって、尾張地域と変わるとことはない。また、長良川河口堰2.86m3/sの取水点は長島で、木曽川の祖父江から取水された水と同じ筏川ポンプ場から伊勢湾をくぐって知多半島に送られている。
  ハ) 尾張地域・愛知用水地域工業用水
 工業用水道について見ると、愛知用水地域工業用水(牧尾ダム5.911m3/s、阿木川ダム2.098m3/s、味噌川ダム0.731m3/s)の取水点は木曽川の兼山であるが、名古屋市工業用水(徳山ダム1.00m3/s)と尾張地域工業用水(岩屋ダム6.30m3/s)の取水点はいずれも木曽川の祖父江である。なお、愛知県工業用水の長良川河口堰分8.39m3/sについては事業自体ない。
  ニ) 三重県水道用水・工業用水
 三重県の水道用水(岩屋ダム1.00m3/s、三重用水0.70m3/s、長良川河口堰2.84m3/s)と工業用水(岩屋ダム7.00m3/s、三重用水0.20m3/s)の取水点はいずれも木曽川の祖父江である。なお、三重県工業用水の長良川河口堰分6.41m3/sについては事業自体ない。
  ホ) 岐阜地区
 岩屋ダム・木曽川用水で開発した水のうち、現在、4.33m3/sが岐阜県の工業用水のために確保されており、木曽川右岸地区の工業用水道の供給水として1.2m3/s、岐阜地区の工業用水道の供給水として3.13m3/sが予定されている。岐阜地区工業用水道の取水点は木曽川右岸・犬山頭首口上流付近部である。しかし、岐阜県の工業用水のうち実際に使用されているのは、木曽川右岸地区のうち、加茂工業用水道事業で利用されている0.173m3/sに過ぎない。
 徳山ダムに関していえば、徳山ダムは揖斐川に建設されるダムであるから、取水点が木曽川にある実態を直視すれば、木曽川から取水するために徳山ダムの水を揖斐川から長良川を越えて木曽川へ送らなければならない。木曽川の水が余っているのに、揖斐川から木曽川に水を送ることは全く不合理性であることはいうまでもなく、長良川を越える導水管を造るのに過大な費用がかかることからしても経済的にも全く不合理である。
 以上のように、木曽川水系における水余りの実態、および後述するように開発水の相互調整が行われてきた現実と木曽川水系におけるその容易さがある。そして、被控訴人大臣はこれらを認識しながら、新規利水確保を目的とする徳山ダム建設のための本件事業認定処分しており、それは、本来当然考慮すべき事項を考慮せずに判断したということになる。
 4) 原判決の誤り
  イ) 長期的視野によれば水資源開発施設の建設が必要になるという神話の誤り
    原判決は、「水資源開発施設の建設は、その長期的視野を失うことなく計画的かつ着実に実行されるべきであり、ある時点において、一時的に水の需要量と供給量に差があることは不自然ではない」としている(原判決p114)。
    しかし、これはそもそも、水需要が右肩上がりに常に増え続けていくという前提に立った論理であり、水需要の実績を全く無視したものである。
    実際には、最終準備書面p25〜29でも述べたように、旧フルプランの段階から工業用水と水道用水を合わせた都市用水で見ても、予測値は実績値の2.3倍にもなるもので全くの架空の予測であった。そして、2項で述べたように、新フルプラン策定前の段階において予測値と実績値が大幅に乖離しており、このため、旧フルプランの改定が7年も遅れ、86年〜92年の7年もの間、依拠すべき水需要計画がないまま、ダムと河口堰の建設が進められている。
    このような状況を直視すれば、長期的視野に立ったとしても、水需要の予測値と実績値の差がより拡がることはあるにせよ、狭まることはないのであり、「長期的視野」によれば水資源開発施設の建設が必要になるというのは全くの誤りである。また、上述したように、実績値と予測値の乖離は旧フルプランの段階から繰り返されてきたことであるから、当然ながら、「一時的に」水の需要量と供給量に差があるに留まるものではない。むしろこのような予測を繰り返えして供給量を増やしていくと、今後も「永続的に」水の供給量が需要量を上回り続け、将来ほどその差が大きくなるという大変な事態になる。
  ロ) 木曽川水系における開発水の相互調整の容易性
    原判決は、「一般に、河川水の利用については、上下流間の地域バランス、多数の水利用者相互の調整を考慮せざるを得ず、流域全体で数字上水量が確保されていればよいという単純な問題ではない」とした上で、「特に木曽川水系では、水利権の転用等水資源の有効活用への努力がされているものの、古くから複雑な水利用が行われ、多数の水利用関係者から成る水利用秩序が形成されてきた歴史的経緯があるため、原告ら主張のような転用を実現するためには、多数の水利用関係者の調整と複雑な水利用秩序の再編成が必要となり、他の地域に当該水源を譲渡することについては困難が予測されるところである」としている(原判決p115)。
    しかし、控訴人はこのようなことを主張していない。
    原判決は自流取水権を削減して都市用水に転用する場合のことを言っているが、控訴人は木曽川水系における開発水の相互調整のことと言っているのであって、このような開発水の相互調整を検討する場合には、自流取水権は問題とならない。
    最終準備書面p24〜25の「フルプランにおける水源施設、供給地域と取水点」で述べたように、木曽川水系においては、名古屋市、愛知県、三重県、岐阜県といった同じ利水主体間において同一河川(木曽川)から取水されており、また愛知用水地域水道用水と同地域の工業用水、三重県水道用水と同県の工業用水といった同じ利水主体内の異なる用途間においても同一河川(木曽川)から取水されており、さらに名古屋市と尾張地域といった異なる利水主体においても同一河川(木曽川)から取水されていることからすれば、相互調整が極めて容易なことは明らかである。
    移譲の実態について見ると、甲22の2からも明らかなように、新フルプランに伴い、現実に、三重県から愛知県、名古屋市といったように異なった主体間において開発水の移譲が行われているのであり、同じ主体内においては、ある用途の開発水を他の用途に移譲することが著しく容易であることは明らかである。
    そして、このような移譲ないし転用がすでに全国で行われてきたことは、本件事業認定に際して提出された資料である乙115p129、130の「転用について(一般水系)」「水利転用水道負担額等の過去の事例」からも明らかである。被控訴人大臣は、本件事業認定に際して提出した資料からも移譲ないし転用が実例として行われていたことを認識していたのである。
    かえって、徳山ダムに関していえば、徳山ダムは揖斐川に建設されるダムであるから、取水点が木曽川にある実態を直視すれば、木曽川から取水するために徳山ダムの水を揖斐川から長良川を越えて木曽川へ送らなければならない。木曽川の水が余っているのに、揖斐川から木曽川に水を送ることは全く不合理性であることはいうまでもなく、長良川を越える導水管を造るのに過大な費用がかかることからしても経済的にも全く不合理である。
    以上のように、原判決は、控訴人の主張を全く誤解して、「他の地域に当該水源を譲渡することについては困難が予想されるところである」として、「したがって、建設大臣が現在使用されていない木曽川水系の開発水の転用を考慮しなかったことが不合理であるとはいえない」としているが、これは前提を誤っているから、結局、結論も誤っている。

4 フルプランについての検討
  原判決は、「建設大臣は、徳山ダムの供給予定地域における新規利水の必要性を判断するものであり、木曽川水系において、フルプラン等で個別ダムごとに設定されている開発水量について、同水系全体の水需給バランスからみて転用を行うべきかどうかという問題については判断する権限を有するものではなく、まして開発水量の転用を強制的に行わせる権限はないことが認められる」としている(原判決p114〜115)。また、「建設大臣は、事業認定庁として、本件事業に係る事業認定申請に対して、本件事業が法20条各号の要件のすべてに該当するかどうかを判断すれば足りるのであり、フルプラン全体についてこれが合理的か否かを判断する必要性はない」としている(原判決p115)。
  しかし、控訴人は「転用を行うべきかどうかという問題について判断する権限」や「開発水量の転用を強制的に行わせる権限」そのものを問題としているのではない。徳山ダムの供給予定地域における新規利水の必要性の判断は、将来における水需要の予測であり、予測された需要量に対する供給をどのようにするかであり、その供給方法として、既存水源で供給可能、同じ利水者内の余剰となっている同じ用途水の地域拡張、同じ利水者内の余剰となっている他用途水の用途変更、異なった利水者間の移譲、さらに新規水源開発、これらのいずれによるかをの検討なくしてできないことである。控訴人は、これらを考慮して検討しなかったことが問題であるという主張をしているのである。
  また、すでに述べたように、徳山ダム建設の必要性は木曽川水系フルプランで定められ、その建設は木曽川水系フルプランに基づいて行われるのであり(公団法18条1項1号)、徳山ダムの新規利水の必要性の根拠は木曽川水系フルプランに他ならない。建設の必要性の根拠、すなわち木曽川水系における新規利水の必要性の根拠が失われれば、根拠とすべき計画がないことであり、徳山ダムを建設する根拠が失われることになり、事業認定処分をすることもはきない。計画なければ事業なしである。
  事業認定庁たる被控訴人大臣は、法律に基づく行政の立場からしても、そもそも徳山ダム建設の根拠があるか否かを判断するのが当然であり、これは土地収用法20条各号に該当するか否かの判断そのものである。被控訴人大臣はフルプラン全体について正当か否かを判断する立場にはないと言って責任を逃れることはできないのである。
  前述した総務省の「水資源に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」はまさにこのことを指弾したものであり、国土交通省を名宛人として、的確な水資源開発基本計画を策定する必要性を指摘し、特に基本計画に記載した需要見通しについて、その推計方法等が的確であったかどうかを変更しようとする基本計画の総括評価の際に検証することなどによる推計精度の向上を図るよう求めていることは重要である。これは需要実績と乖離した需要見通しが繰り返されてきたこれまでの問題点とその是正を改めて指摘したものであり、本件の事業認定についても当然当てはまることである。
  したがって、被控訴人大臣は本件事業の収用法20条の事業認定要件、特に同条3号要件の該当性判断において、徳山ダム建設の根拠となっている木曽川水系フルプランの予測に合理性があるか否かを判断しなければならない。原判決は誤っている。
5 本件事業は木曽川水系フルプランの枠外に置かれている
  原判決は、「フルプラン(乙8の6)は、・・・水需要の見通しについて、平成13年度以降においても、更に必要水量が発生する見込みであるとし、供給の目標について平成12年度の供給目標と合わせて平成13年度以降の需要の発生に対処するため計画的な水資源開発を推進するものとし、さらに、供給の目標を達成するため必要な施設のうち、・・・平成13年度以降発生する需要への計画的な対処を目途として、次の施設の建設を行うとし、本件事業も完成予定年度が平成19年度のものとしてその中に記載されている」として、「上記フルプランの記載から明らかなように、フルプランは平成12年度までと限定された計画ではなく、平成13年度以降発生する需要への計画的な対処をも視野に入れたものであり、その中に本件事業が位置付けられているのであるから、原告らの前記主張は採用することができない」と結論づけている(原判決p116)。
  しかし、新フルプランの目標年次は2000年(平成12年)である。目標年次の枠内にさえ位置付けられなかった徳山ダムは新フルプランの計画内に置かれているとは到底言えない。その上、目標年次を2000年とした新フルプランについてさえその需要予測は、過大であり、実績との乖離が著しく、合理性を欠くのであるから、合理性を欠く計画内にさえ位置付けられなかった徳山ダムの不必要性は言うまでもないことである。原判決は、平成13年度以降発生する需要への計画的な対処をも視野に入れたことを本件事業が計画の枠内に位置付けられた根拠としているが、そもそも前述したように開発水の余剰がはっきりしている状況下では、平成13年度以降も需要の発生が見込まれないのであるから、この判示が誤っていることは明らかである。

6 取水・導水施設の計画もない
  原判決は、「徳山ダムの完成(予定)自体が平成19年なのであるから、事業認定の時点で取水、導水事業が具体化していないことは何ら不自然ではないところ、導水施設については現に計画ないし検討の段階であって、・・・今後建設することが見込まれているものである」とする(原判決p119)。
  しかし、「事業認定の時点」で取水、導水事業がないことは重大な問題であり、前述したとおり、木曽川水系における水余りの実態そのものを示している。また、本件事業認定処分の時点は、1998年(平成10年)であり、そこから徳山ダムの完成予定年までは9年である。取水・導水施設を計画して建設が完了するまでの年数としては、9年は短すぎる。本当に徳山ダム開発水を利用して利水業を行うものであれば、本件事業認定処分時には、その計画がなければならない。
 したがって、事業認定の時点で取水・導水事業が具体化していないことは「何ら不自然ではない」のではなく、「極めて不自然」な事態であり、事業認定に当たって当然考慮されなければならない事項である。原判決が安易に「何ら不自然ではない」としていること自体、このような実態に全く目を瞑るものであり、根本的に誤っている。
第2 水道用水
1 原判決の問題点
 1)  原判決は、「公団の水道用水の需要予測は不合理であると断定することはできない」と判示するが、その中身は、水公団の過大な給水人口予測に過大な1人1日平均給水量(原単位)予測を掛け合わせ、負荷率を過少に設定してさらに過大な水需要予測結果としたものを、そのまま追認しただけのものであり、その予測結果が当該供給予定地域の過去の実績とかけ離れて連続性がない現実について何ら言及することもない。
 原判決は、水道用水に徳山ダムの新規水需要が有るか否かという本件において最も基礎的かつ重要な事実について、水公団が予測し、被控訴人大臣が追認した内容を「不合理とまではいえない」等とし、控訴人が詳しく明らかにした水需要増加要因について判断せず、その認定から逃げ、p120の「付言」で「水余り」であることを認めながら、徳山ダムの水道用水に水需要が認められることはないのを認定をしなかった点で明らかに事実誤認がある。
2) 水公団予測(乙115p49以下)
 以下、原判決の水道用水の水需要予測についての事実誤認を明らかにするが、前提として、水公団の水需要予測について確認しておく。
 被控訴人大臣や水公団が「実績ベース」と呼ぶ乙115p49以下の水需要予測は、水道用水については平成30年度の日最大給水量を予測したものであり、以下の式に要約される。
   給水人口×1人1日平均給水量/負荷率=日最大給水量
   負荷率=平均給水量/最大給水量
 この式は、@給水人口、A1人1日平均給水量(原単位)、B負荷率、以上を要素(関数における変数)としており、それぞれについて平成30年度における数値の予測を行わなければならない。乙115p49以下は、それぞれの要素について次のように将来予測をしている。
 @「給水人口」は、「過去10年間の増加割合が今後も継続するものとして推定」、すなわち、人口は、過去10年間の年平均増加率の単純な一次関数で直線的に平成8年度以降平成30年まで増加し続けるとする。
 A「1人1日平均給水量」は、「東海地方における生活用水1人1日平均有効水量の昭和50〜平成6年度の増加傾向はほぼ一定であることから、平成8年度以降も同様の傾向が継続すると仮定」し、1人1日有効水量の年当たり増加量を4.9Lとする。そのうえで、有効率(有効給水量/平均給水量)を0.9として、これを有効率で除した1人1日平均給水量(原単位)は年当たり5.4L増加するとする。その結果、名古屋市・尾張地域の1人1日平均給水量は、平成7年度の377Lが平成30年度には501Lに、大垣地域のそれは、平成7年度の388Lが平成30年度には512Lになる。
 B「負荷率」は「計画上の余裕を考慮して70%とする」。
 その結果、名古屋地区の水道用水需要量(日最大給水量)は、平成7年度の118万m3/日が平成30年度には184万m3/日に、尾張地区の水道用水需要量(日最大給水量)は、平成7年度の65万m3/日が平成30年度には105万m3/日になる。また、大垣地域の水道用水需要量(日最大給水量)は、平成30年度には32万m3/日になる。
 しかし、水公団の、各要素の予測は過去の実績と乖離した著しく過大なものであり、過大な予測をしたもの同士を掛け合わせることによって得られた水道用水需要量(日最大給水量)はさらに過大な誤ったものなのである。

2 給水人口
 1) 国立社会保障・人口問題研究所による将来人口の推計
 将来人口の推計は、国や地方公共団体が適切な規模の真に必要とされる社会基盤整備をするために不可欠なものであって、その推計結果によって基盤整備事業の実施有無、規模、時期が左右される重要な項目である。したがって、その推計方法については科学的・専門的研究が重ねられ、現在、国や地方公共団体の多くが、専門の研究機関である国立社会保障・人口問題研究所(前厚生省人口問題研究所)の将来人口推計の結果を用いている。
 その国立社会保障・人口問題研究所の推計では、既に本件事業認定時には、2007年に人口が減少に転じることを予測していた(乙115p218、甲5)。岐阜県について見れば、2005年(平成17年)と2010年(平成22年)を比べると人口は増加しておらず、2010年と2015年(平成27年)とでは減少に転じている。愛知県についても、2010年と2015年を比べると減少に転じている。
 さらに、平成10年6月15日発行の平成10年版厚生白書は第1編 第1部 第1章で「人口減少社会の到来と少子化への対応」というテーマで特集が組まれており(甲27)、当時、「少子化傾向」「1.43」という言葉は広く周知されていた。
 本件事業認定処分のなされた平成10年当時、もはや将来人口が減少することは公知の事実と言ってよかった。
 2)  原判決の誤り
イ) ところが、原判決は、給水人口の将来推計について、水公団の採用した一
次関数で推計する時系列分析手法は一般的な方法として幅広く使用されているとし、「水道施設設計指針・解説」(乙107)には時系列的傾向分析、要因別分析のいずれも決定的な方法とまでいえないとしながらも、時系列傾向分析手法は「比較的簡単な予測手法として幅広く使用されている旨記載されて」おり、他方、控訴人の主張した国立社会保障・人口問題研究所の推計について、@統計が市町村別のものではなく都道府県別のものしかなく、A女子年齢別出生率について仮定の上で推計されたものであるとして、水公団の推計方法が不合理であると断定できず、その推計結果も不合理であると断定できないと判示した。
ロ)  しかし、乙107においては、要因別分析の方が「地域別の人口推計に適
してる」とされており、原判決はこれをあえて無視している。他方、そもそも原判決は名古屋地域と尾張地域を合わせたものによってこれらの地域の推計することや(判決書p105)、さらに広く県域を越えた東海地域の実績値から名古屋市等の地域の推計をすることも可としているのに(同p107)、なぜ人口だけ「市町村別でない」として、国立社会保障・人口問題研究所の推計に基づくものを排斥するのか全く不可解である。「女子年齢別出生率について仮定の上で推計」というが、それだけ要因を考慮した「綿密な分析」(乙107)を行っているのであって、綿密であればあるほど不明確であるかのような認定は明らかに間違っている。
 このように原判決は、給水人口の将来推計について、被控訴人大臣も主張していないようなかなり強引な理由によって水公団の推計方法・推計結果を無理に合理化しようとしていることは明らかである。
ハ)  そもそも、乙107は、「いずれの方法も決定的なものではないので、幾
つかの方法によって得た結果について、十分考察した上で決定する必要がある。」(p10)と複数の方法で得られた結果の検討を求めており、どの手法でもかまわないと言っているわけではない。
 その厚生省自体が厚生白書において人口減少社会の到来を前提にその対応について議論しており、そのことは山崎証人も「一般的に、21世紀になると人口がピークを超えて減少傾向にあるというのは、……そういったものがあるというのは、それはわかりますし、わかりました」(平成13年5月16日付け山崎証人調書p27)と認めている。
 そうだとすれば、被控訴人大臣が、判断資料としたとされる乙115のなかにある他の推計、すなわち国立社会保障・人口問題研究所の人口推計と水公団の推計とを比較検討しなかったことに推計方法に誤りがあり、かつ、将来人口が直線的に増加し続けるという水公団の推計結果が不合理であることも明らかであり、水公団の予測が合理的な予測と言えない著しく過大な予測であることは明白と言え、それを看過した原判決には誤りがある。

3 1人1日平均給水量(原単位)
 1)  原判決の誤り
イ)  原判決は、1人1日平均給水量(原単位)の将来予測について、水公団予
測が乙115の東海地方全体の原単位のグラフから、しかも20年間の数値のうち12年分を渇水による取水制限があったので異常値として棄却し、さらに直近2年分の数値を捨象した上で、残りの数値から最小二乗法で右肩上がりの直線回帰し、年増加量4.9L(有効水量ベース)という実績と大きく乖離した将来予測をしている点を、そのまま認め、控訴人の主張をことごとく排斥している。
 しかし、このような推計手法には明らかに間違いがある。
ロ)  20年間のうち12年分及び直近2年分を捨象した点
  a) 原判決は、12年間分の数値を捨象した点について「渇水等の影響を受
けたと思われる年についてその旨の記載をしているものであり、このような手法は統計処理の際に通常行われるものと認められ」と判示している。
 しかし、渇水の影響はなく、このような手法は「通常行われるもの」ではない。
 検討対象として用いる資料はできるだけ多くに資料が望ましい。そして、異常値として資料から棄却するのは、自己都合的な結論先取りの恣意的な資料整理をもたらすので、基本的には行ってはならない資料整理方法である。異常値として除くには、それが異常値であることの合理的理由が必要である。
 東海地方(愛知、岐阜、三重、静岡、長野の5県よりなる)のうちの極一部の地域を供給地域とする木曽川用水や愛知用水の、20日間程度の期間の、5%や10%の取水制限が、東海地方全体の生活用水の使用量を制約するというのは飛躍がある。東海地方全体の数値を用いるとき、これらの取水制限があった年を異常値として除くのは、合理性がない。
 そもそも、名古屋市・尾張地域は愛知用水の供給地域ではないので、愛知用水の取水制限は名古屋市の生活用水の使用量に全く影響を与えない。
 木曽川用水の取水制限についても以下のように名古屋市の生活用水の使用量には影響を与えない。
 名古屋市は自己水源を有しており、木曽川自流水利権7.56m3/秒だけでも給水能力として60万m3/日(=7.56m3/秒×86400秒×0.93、0.93は給水量/取水量)がある(甲69)。これには取水制限がかからない。取水制限がかかるのは岩屋ダムからのダム依存水利権量11.94(旧フルプラン11.84)m3/秒だけである(甲69)。とすると、取水制限がそのまま給水量の制限に直結すると仮定したうえで木曽川用水に25%の取水制限があったとしても(なお、取水制限が直ちに給水量や使用量の制限に直結しないことなど取水制限の意味については後に詳述する)、132万m3/日以上(=11.84×86400×0.93×(1−0.25)+60万m3)の給水が可能であり、実績日平均給水量90〜100万m3の供給は十分に可能である。よって、木曽川用水の25%程度の取水制限は、名古屋市の水道用水の給水量に影響を与えない(甲68p11、平成14年2月20日付け証人在間調書p20)。
 尾張地域についても、木曽川用水の取水制限は尾張地域の水道用水の使用量に影響を与えない。
 尾張地域は地下水等の自己水源を有しており、それだけで給水能力として30万m3/日がある(甲69)。これには取水制限はかからない。取水制限がかかるのは岩屋ダムの木曽川用水のダム依存水利権(旧フルプランで5.32m3/秒)だけである。とすると、取水制限がそのまま給水量の制限に直結すると仮定したうえで木曽川用水に25%の取水制限があったとしても、61万m3/日以上(=5.32×86400×0.90×(1−0.25)+30万m3、0.9は給水量/取水量)の給水が可能であり、実績日平均給水量50万m3程度の供給は十分に可能である。よって、木曽川用水の25%程度の取水制限は、尾張地域の水道の給水量に影響を与えない。(甲68p19、平成14年2月20日付け証人在間調書p22)
 したがって、水公団が愛知用水または木曽川用水で取水制限があった年の値を異常値として除外することには合理的理由はない。
 また、念のため確認すると、大垣地域は地下水を使用しているため、愛知用水・木曽川用水の取水制限は全く関係ない。
 よって、12年間分を捨象することに合理的理由はなく、このような手法は「通常行われるもの」ではない。
 控訴人は、上記のように渇水の影響がないことについて、原審でも詳細に論じたにもかかわらず、原判決は控訴人の指摘について全く判断しなかった。ここでも原判決は控訴人の主張に対する判断を避け、ただ被控訴人大臣の主張に盲従しているのである。
b) また、原判決は、平成7、8年の数値を捨象した点について、「平成7
年、8年の統計資料はこの時点で作成されておらず、使用することもできなかったものと推認される」とする。
 しかし、明らかに事実に反する「推認」である。
 乙115ではすでに平成7年のデータが含まれているものがある。さらに、第17回山崎尋問では、「(在間)本件の事業認定処分は平成10年ですので、この水道統計の資料からいきますと、平成8年のまで資料があると思うんですが、そのことについてはお気づきになりましたか。(山崎)大体平成7年とか平成8年とか、そこら辺の値が確定値として大体出ていたんじゃないかと思っております。」と山崎自身がデータがあったことを認めている。ちなみに、平成8年度版の水道統計の発行年月は平成10年2月であり、本件事業認定に十分間に合っている。
 乙115p225の図は、本件事業認定処分の2年前に行われた徳山ダム審の資料である。その時には、1994年(平成6年)までの統計資料しかなかった。しかし、本件事業認定処分時には、その後の1995年、1996年の2年分の統計資料が出ているのである。
 よって、判示のような「推認」はできず、そうだとすれば、直近の資料として利用可能であった1995年、1996年の2年分を捨象することも、「通常行われるもの」ではない。
c) このように、20年間のうち12年間分を何ら正当な根拠なく排除し、
また、本件事業認定時に統計資料があり分かっていたはずの直近の2年間の数値を排除した結果、数値が横ばいになっている1992年(平成4年)以降5年分の数値が全て排除されてしまった。すなわち、右上がりの直線化しやすい数値だけが残されたのである。
 水公団の予測は、右上がりの直線回帰、それも年増加量4.9Lという大きな増加量を得ようという予断に基づくものであり、右上がりの直線回帰をしやすい数値を得るため、その障害となる数値を作為的に排除したと言うべきである。にもかかわらずそれを看過した原判決の判断には明らかな間違いがある。
ハ)  東海地域の数値を基にした誤り
 原判決は、「本件事業の給予定地域の実績値を基礎にして水道用水の需要量を予測するのも一つの推計方法である」とし、「水道用水原単位の伸び率に影響を与える要因には、気象等の自然的要因、世帯の細分化等の社会的要因、消費支出の動向等のマクロ経済的要因等多様なものが考えられるところ、その範囲、各要因の相対的寄与度についての解明は困難であり、平成30年度という遠い将来の予測をするためには、データの母集団を合理的な範囲で広く収集し、かつ、過去の実績データも多く収集して、その回帰計算から将来の伸び率を推定する方法も推計方法の一つとして考えられるところである」とし、水公団が東海地域の実績値を用いたことが不合理なものと断定できないとする。
 しかし、最も精確な将来予測は、当該対象地域での数値、それも実績値に基づいた予測であることは言うまでもない。当該対象地域の数値がないのではなく、それがあるのに、これを用いずに、より広い地域の数値を用いるのは、将来予測のやり方として誤りである。
 そのうえ、「母集団」は広ければいいというものではなく、同じ性質や傾向のものを母集団としなければならないというのは、統計や推計のイロハである。違う性質のものを同じ母集団に含めれば、推計結果を歪めてしまうことになるのは誰にでも分かる道理である。そうだとすれば、名古屋市の将来予測をするのに、東海地方全体の数値を基に予測することが許されるのは、名古屋市の過去の実績の傾向と東海地方全体の過去の実績の傾向が同一または類似であることが資料に基づいて明らかになっているような正当な根拠がある場合のみである。何ら正当な根拠なく、東海地方全体の数値を用いて名古屋市の予測をするのは、そもそも予測手法として全く合理性に欠けている。
 そして、「自然的要因」「世帯の細分化」「消費支出」がどのように原単位の伸び率に影響を与えるのか、全く根拠が示されていない。
 むしろ、世帯の細分化が1人1日平均給水量の増加要因となっていないことは、被控訴人大臣が原審で提出し乙151、152によって実証された。詳細は後述するが、名古屋市では、世帯当たり人数が1965年以降2000年まで継続的に減少しているにもかかわらず(乙152)名古屋市の1人1日家庭用給水量は1987年からの数年間は上昇しているものの、ほぼ横ばいであり、最近でも1991年以降ほぼ横ばいであって(乙151)、世帯細分化に応じて1人1日家庭用給水量も増加するという関係になっていないのである。
 また、消費支出についても、それと水使用量については相関関係になく、「景気」がよくなれば水使用量も増えるというのは先入観に基づく全く根拠のない仮説に過ぎない。これも後に詳述するが、乙154を見ると、名古屋市においては、消費支出の動向が一貫して上昇している時期であっても、1人1日有効水量は、それまで上昇してきたのが、1975年からは350〜380Lの間で横ばい、増減を繰り返して推移しており、消費支出動向とは対応していないのである。
 山崎証人自身、原審での尋問において名古屋市の傾向と東海地方全体の傾向が異なることを認めている。甲34(67)p3の名古屋市の1人1日平均有効水量を示した▲のグラフ線と東海地方全体の1人1日平均有効水量を示した△のグラフ線を見て、「東海地方と名古屋市水道ベースで対象地域が違いますので、それをどういうふうに評価するのか、比較そのままではしづらいと思う」とし(平成13年5月16日付け山崎証人調書p36)、「一見したところ形が違うところがあるなというような感想は言えます」(同37)とまではっきり述べているのである。また、山崎証人は、フルプランを判断資料に使わなかった理由として、「供給予定地域における水需要」を見るのであるから、「非常に広範な地域を対象としているということで、ベースも違いますし、参考資料とならなかった」と述べており(平成13年3月14日付け山崎証人調書p47)、当該供給地域の実績を基に予測しない不合理性を認識していたと言える。
 このように、当該供給予定地域の実績値を基にせず、正当な根拠なく東海地域の数値を基に水需要予測をするのは不合理であり、そのことは原審で控訴人も指摘し、山崎証人も認めたにもかかわらず、それを看過した原判決の判断には明らかに間違いがある。
ニ)  大垣の有効率
 原判決は、控訴人(原告)が大垣市の水道用水の有効率が0.8と低く、その向上による1人1日平均給水量の減少を考慮すべきと主張しているのに対し(最終準備書面p64、70)、「しかし、水需要予測の増加量については、大垣地域においても有効率0.9が使用されているので、原告らの上記主張は理由がない」と判示している(p108)。
 しかし、原判決は、控訴人の主張を全く理解できていない。控訴人が問題としているのは、有効率の向上が1人1日平均給水量の将来予測に考慮されていないことである。大垣地域においても、将来予測値の算定について有効率0.9が使用されているとしても、その予測の起点で用いた有効率が、実績の0.8とは異なり0.9であれば(乙115)、起点でも将来予測でも同じ有効率が用られており、何ら有効率の向上が考慮されていない。全て、有効水量を0.9で除したものが、そのまま平均給水量になってしまう。起点における実績値0.8から将来には有効率が向上すること問題としているのに、水需要予測の増加量については、起点でも将来でも有効率0.9を使用しているから「理由がない」というのは、全く答えになっていない。
 さらに、原判決は、「大垣地域の平成7年度の日平均給水量原単位の実績値を388L/人/日としたことについては、大垣地域の有効率が将来確実に向上すると断定することはできないから、これも不合理とはいえない」と判示する(p108)。
 しかし、これも明らかに誤りである。控訴人が問題としているのは次のことである。平成7年度の1人1日平均給水量の実績値388Lに水公団予測で仮定した有効率0.9を乗じると358Lであり、これに対し、同年度の大垣地域の1人1日有効水量の実績値は316Lである。水公団予測では1人1日有効水量を有効率で除して1人1日平均給水量を求める考え方に立っているので(乙115p51)、実際の有効率が0.8なのに、仮定した0.9を用いると、計算の起点となる平成7年度の1人1日平均給水量が過大になり(37L過大である)、同じ伸び率でも、その分、将来予測値も過大になることなのである(最終準備書面p45)。仮に有効率が将来向上しないと仮定して予測するなら、最初の起点の段階で水増しされた分、将来予測値が過大となってしまうのであり、「確実に向上すると断定することができないから」と言っても、問題点は何ら解決しない。原判決は、明らかに間違っている。
 2)  実績との乖離
イ)  原判決のもっとも重要な問題点
 上記のように、水公団予測の1人1日平均給水量(原単位)の将来予測は誤りであるが、このことを端的に示すのは、何よりも当該供給予定地域の過去の実績と乖離している点である。
 水需要予測は、過去の実績を基になされなければならない。被控訴人大臣でさえ、水公団が本件事業認定申請時に最初に提出してきた水需要予測についての資料(長期計画ベース、乙115p135以下)を、実績値との間で乖離があると門前払いし、平成30年時点の水需要予測が過去の実績との関係で合理的な値か否かを明らかにするよう水公団に指示した。予測結果が実績値との間で連続性が認められず乖離があれば、予測結果の合理性を疑うのが将来予測の基本であり、通常のことである。
 そこで、原審において、控訴人は、1人1日平均給水量の水公団予測結果と過去の実績とが乖離していることを詳細に主張・立証したが、それにもかかわらず原判決は、その乖離について合理性があるか否か全く判断しなかった。逆に「昭和60年以降の水需要傾向が平成30年まで継続するとの確実な根拠がない限り、公団の前記水需要予測が不合理であると断定することはできない」などと、乖離することの確実な根拠を求めた。
 被控訴人大臣でさえ、「過去の実績との関係で合理的な値であることを明らかにするよう」に指示しているのに、水公団予測結果が過去の実績から乖離していることに開き直って、逆に、昭和60年以降の水需要傾向が平成30年まで継続して乖離することの確実な根拠を求めるとは明らかに間違った判断である。
 最も精確な将来予測は、当該対象地域での数値、それも実績値に基づいた予測であることは言うまでもない。以下、各供給予定地域別に検討する。
ロ)  各供給予定地域別の水公団予測と実績との乖離
   @名古屋市
     a) 乙115からわかる水公団予測と実績との乖離
 乙115p63以下に愛知県の水道年報がある。第4表の名古屋市の「原単位」(ここでは1人1日最大給水量)を見ると、昭和60年(p65)が531L、平成7年(p69)が528Lであり、10年経過しても増えておらず、むしろわずかだが減少している。乙115には、p71に平成6年のデータが、p73に平成5年のデータがあり、昭和60年、平成5年、平成6年、平成7年の順に名古屋市の1人1日給水量(最大)を見ると、531L、516L、478L、528Lとなる。
 これらの数値から、1人1日平均給水量についても右上がりに直線的に増加し続けると考えるのは無理があり、1人1日平均給水量が毎年5.4Lずつ増加するという水公団予測が実績と乖離していることは明らかである。
     b) 名古屋市の過去20年間の統計からわかる実績との乖離
 これに対し山崎証人は、「期間のとり方だと思う」とし、水公団には過去の実績を「長期的に出してもらった」とする(平成13年5月16日付け山崎証人調書p30)。
 そこで実際に、名古屋市の20年間の実績を統計で見てみたものが甲67p1である。
 これによると、日最大給水量・日平均給水量とも、昭和50年度が最大値で、特に平成4年度以降は減少から横ばい傾向にある(甲68p6、在間正史尋問)。
 水公団が予測の要素としている1人1日平均給水量の実績を統計で見ても、昭和50年度が最大で、昭和50年度から年々減少し、昭和62年度から増加するが、平成4年度をピークにしてその後減少し、平成7年度以降は横ばいであり、昭和50年度は456Lあったが、平成10年度は389Lである(甲68p6、在間尋問)。水公団は平成30年に501Lになると予測するが、実績は20年間で67L減少しているのであり、水公団予測の数値に到達するには、今後20年間でその倍の112Lが逆に増加しなければならない。
 なお、水公団は1人1日平均有効水量の増加量を予測し、有効率で除して1人1日平均給水量の予測をしているが、その1人1日平均有効水量自体の実績を見ても、平成4年度(383L)がピークで頭打ちになって、以後減少して370L程度で横ばいになっている(甲68p7、在間尋問)。
 これらの傾向は、被控訴人大臣から提出された乙151の1を見ても明らかである。
 このように長期的に実際の過去の実績を見てみれば、より一層水公団予測が実績と乖離していることが明らかになるのである。
     A尾張地域
     a) 乙115からわかる水公団予測と実績との乖離
 乙115p63以下の愛知県水道年報を見ると、尾張地域の1人1日最大給水量は、昭和60年が422L(p65)、平成7年が438L(p69)であり、10年で16Lしか増えていない。単純に年平均すると年1.6Lの増加に過ぎない。年5.4Lずつ増加するという水公団予測が実績と乖離していることは明らかである。
     b) 尾張地域の過去20年間の統計からわかる実績との乖離
 甲67p5は、尾張地域の過去20年間の実績を統計で見たものであるが、日最大給水量・日平均給水量とも、少しずつ増加しているものの平成4年度以降伸びは鈍化している。1人1日平均給水量も平成4年度の360Lをピークにしてその後は横ばいである(甲68p17、在間尋問)
 1人1日有効水量の実績についても、昭和56年度から年々増加するものの、やはり平成4年度をピークにしてその後は330L前後で頭打ちないし横ばい傾向である(甲68p17、在間尋問)。平成4年から平成8年の4年間で3Lしか増えていない。
     c) 起点から実績と乖離
 乙115では、平成7年度を起点として予測され、尾張地域は名古屋市と合わせて、同じ1人1日平均給水量377Lが用いられている。しかし、1人1日平均給水量の値は、名古屋市に比べ尾張地域は小さい。甲68添付資料によれば、名古屋市の平成7年度の1人1日平均給水量が390Lなのに対し、尾張地域のそれは354Lである。にもかかわらず両地域を合わせた平均を用いると、尾張地域は水量の大きい名古屋市に引っ張られて、実際よりも大きい1人1日平均給水量を需要予測の起点として用いることになる。そのことを示しているのが、甲67p6の平成7年度における1人1日平均給水量の実績(□印)と水公団予測(■印)、1人1日最大給水量の実績(◇印)と水公団予測(◆印)である。水公団予測が実績よりも大きい。特に、実績からかけ離れた負荷率0.7を用いた最大給水量では、その乖離が著しい(甲68p17)。
 被控訴人大臣が「長期計画ベース」と呼ばれる予測を門前払いにしたのは、「起点のところの値と実績値の乖離が説明できない」(平成13年5月16日付け山崎証人調書p45)という理由からであった。そうだとすれば、上記のように尾張地域については起点から水公団予測と実績との乖離がある以上、「実績ベース」と呼ばれる水公団予測も同じく合理的でないと判断すべきであったのである。
d) 名古屋地域と尾張地域
 なお、原判決は、「名古屋地域と尾張地域は水道事業の供給区分は異なるものの、同県内の隣接する地域というにとどまらず、社会・経済的に密接な関係を有する地域ということができるから(公知の事実、弁論の全趣旨)、将来需要量推計に当たり両地域を合わせて推計した上、将来需要量を平成7年度までの両地域の最大給水量ベースの実績値で按分して、それぞれの地域の需要量としたことが不合理であると断定することはできない。」と判示する(判決書p105)。
 これについては、先に東海地方全体の数値から個別地域の予測することの誤りを指摘したのと同じ事がいえる。また、上記のように、実際に名古屋市と尾張地域の過去の実績を検討すれば、異なった推移を示しており、これが誤りであることが一層明らかである。
     B大垣地域
     a) 乙158(過去の実績)からわかる水公団予測と実績との乖離
 被控訴人大臣は、在間証人の反対尋問の段階になって、大垣地域の実績データを書証として提出してきた(乙158)。この実績データこそ、水需要予測にあたって必要不可欠なものである。
 この乙158によると、1人1日平均給水量の実績は、平成2年度以降ほぼ横ばいであり、そのことは乙158の1の■のグラフ線をみれば明らかである。
 1人1日有効水量の実績についても、平成2年度以降、横ばいないし微増傾向である。平成2年度から平成8年度の平均増加量は1.833L/年であり、水公団予測である4.9L/年の半分をはるかに下回る。
   b) 起点から実績と乖離
 大垣地域は、乙115で出発年としている平成7年度の数値でみると、1人1日平均給水量は388Lであるが、1人1日有効水量は316Lであって、大垣地域の有効率は0.8である。
 乙115では、大垣地域の水道用水についても、有効率0.9を前提として計算しているが、それは誤りである。平成7年度の1人1日平均給水量388Lに0.9を乗じると358Lであり、これに対し、同年の大垣地域の1人1日有効水量は316Lである。乙115では1人1日有効水量を有効率で除して1人1日平均給水量を求める考え方に立っているので(p51)、実際の有効率が0.8なのに、0.9を用いると、計算の出発点となる平成7年度の1人1日平均給水量が過大になり(37L過大である)、同じ伸び率でも、その分、将来予測値も過大になる。
 3)  小括
 以上のように、原判決の1人1日平均給水量の将来予想についての認定は、水公団の推計手法の誤りを看過し、当該供給予定地域の実績との乖離などの控訴人の主張について判断をしなかった点で、明らかに誤りがある。

4 負荷率
1)  原判決は、水公団が本件水需要予測において負荷率を0.7と設定した点に
つき、「長期的に安定した水資源を確保する観点から、余裕を考えて将来の負荷率を設定すること自体不合理ではない」とし、また、「名古屋地域の負荷率の昭和60年から平成7年までの10年間における最低値は74%であること、大垣地域の昭和54年の負荷率は70.1%であること」を考慮すると、70%が不合理な数値であると断定することはできないと判示する。
2)  しかし、そもそも負荷率自体が季節の変動を考慮に入れた、いわば余裕値で
あるのに、何ら合理的根拠なく「余裕を考えて」負荷率減少の要因とすることは、一つの要因を二重に評価して負荷率を不当に低下させ、ひいては将来需要量を増加させることとなり、将来予測として著しく科学性を欠く。
 名古屋の最低値が74%というが、この74%から「計画上の余裕を考慮して」4%小さく設定することは、誤差の範囲ではない。この4%は誤差の範囲ですまされない大きな数値である。乙115p49の日最大給水量の算出式「404万人×501L/人/0.7」の0.7を0.74にすると、274万m3/日となり、15万m3/日の差が生じる。15万m3/日は、秒当たりに換算し、有効率0.9として有効水量ベースにすると、1.56m3/秒となる。これは徳山ダムによる名古屋市の新規利水分2m3/秒が不要となるほどの大きな数字である。山崎証人は、この数字を「余り大差ない」(平成13年5月16日付け山崎証人調書p74)と言うが、余りに現状認識に欠けるものであって、杜撰な審査をしたこと、徳山ダムが必要とされていないことを自ら認めたと言っても過言でない。
 少なくとも、被控訴人大臣自身が「計画上の余裕を考慮して」実績値より小さい値を設定していることを認め、より小さい値を設定することの合理的理由を説明できない以上、意図的に負荷率を過小に設定して水公団の過大な予測を追認したとの批判を免れない。
 また、確かに、大垣地域の昭和54年の負荷率は70.1%となっているが、その後の動向をみると、昭和57年以降は0.75を下回ったことはなく、特に昭和61年以降の13年間は、0.8を基本とする数値に変わってきている。
 その要因の細かい内容までは不明であるが、少なくとも負荷率の過去の実績の推移は、昭和50年代中頃に0.70〜0.73程度に小さかったことがあるものの、その後は上昇し、昭和62年以降は0.8前後となっているのであって、実績の傾向としては0.8程度まで大きくなっているといってよい。本件事業認定処分時から約20年前の昭和54年の0.701という数値だけをもって、水公団予測に合理性があるとはいえない。むしろ乙158の2の実績数値からは、負荷率は、種々の要因によって引き起こされた傾向として、20年程度前は低くても、10年程度前の昭和62年以降は0.8程度なっていることを明らかにしており、水公団予測の不合理性を明らかにしたといえる。
3)  以上からも明らかなように、水公団の想定する負荷率70%という値は実績
と著しく乖離し、極めて客観性に欠ける小さすぎる数値である。小さすぎる負荷率は、日最大給水量の予測を過大にし、水公団の水需要予測を不合理なものとしている原因の大きな一つとなっている。
 そして負荷率の設定が小さすぎることは水公団自身が認めているところであり、かつ、乙161、158の2が被控訴人大臣から提出されていることからも、被控訴人大臣は水公団予測の不合理性について十分認識しながら、ここでも意図的に水公団の過大な予測を追認したとしか考えられないのである。
 よって、原判決が、水公団の予測を「不合理でない」というのも、過大な予測を追認しているだけであって、誤りである。

5 水道用水需要の合理的将来予測
 1) 合理的な予測と要因分析の重要性
 合理的な将来予測と言えるには、やはり過去の実績から推測するほかない。そして過去の実績の科学的な要因分析が必要である。
 1人1日平均給水量について言えば、過去の実績が横ばい傾向にあることは客観的な事実である。この事実を予測の基礎にする必要がある。そして、1人1日平均給水量の中身を科学的に分析することによって、その横ばい傾向の理由が説明できれば、将来予測としては、横ばい傾向が続くと推測するのが合理的なのである。
 2) 嶋津暉之による要因分析
   イ) 実績の分析
 嶋津によると、水道用水給水量の実績についての分析は以下の通りである(甲20、23、24、嶋津尋問)。
 水道用水の実績は、高度成長時代終焉後の1973年以降、伸び率が大きく鈍化した。その理由は、都市の人口増加の鈍化、上下水道料金の値上げと逓増制の料金体系に伴う大口使用者の節水、浴室の普及の頭打ちなどである。
 その後、バブルのはじけた1992年以降、水道用水の実績がほぼ横ばいの傾向になってきた。その理由は、人口の増加率の鈍化、水洗便所(下水道および浄化槽)の普及による普及速度の低下、漏水防止対策による漏水量の減少によるものである。
   ロ) 今後の動向を決める要因
 そして、嶋津は、今後の動向について、@給水人口、A1人あたり使用水量(原単位)、B無収水量(漏水量)、それぞれの要因についてその動向を見極めることが必要だと述べる(甲20、嶋津尋問)。
 @人口については、国立社会保障人口問題研究所の推計から頭打ちが明らかであるから、A原単位の横ばい・頭打ち傾向の原因(増加要因の限界)、B有効率、有収率の向上について検討することが必要となる。
 3) 1人1日平均給水量(原単位)の増加要因の限界
   イ) 用途別分析
 1人1日平均給水量は、日平均給水量を給水区域内の居住人口で除したものである。日平均給水量には、居住者である一般家庭が日常生活で使用する家庭用給水量の他に、都市活動用水である業務用給水量、さらに無効水量も含まれているが、給水人口と直接結びつき給水量に直結するのは、家庭用給水量である。そこで、家庭用給水量の増加要因について分析するのが最も重要である。
 さらに業務用給水量など他の用途の水量についても検討すれば、その地域の1人1日平均給水量の今後の傾向が予測可能となる。
   ロ) 家庭用給水量
     a) 増加要因とその限界
 在間は、次のように指摘する。
 「家庭での水使用量で多いのは、水洗便所、風呂、洗濯である。(洗濯というのは洗濯機がもうかなり普及し、洗濯機自体が節水化が進み、増加要因としてはきいてこない(平成14年2月20日付け在間証人調書p12))。そして、水洗便所と風呂は普及途上にある。したがって、家庭用給水量の増加要因は、便所の水洗化や家庭風呂の普及である。(中略)
 便所の水洗化、家庭風呂・浴室の普及が100%に……(中略)……なれば、家庭用給水量は基本となる増加要因がなくなり、その増加は頭打ちになる。家庭用給水量は限界なく増加し続けるものではない。これらの増加要因が限界に近づけば、1人1日家庭用給水量の増加は、限界に近づいて頭打傾向になる。1人1日家庭用給水量の推移パターンは、直線ではなく、ロジスティック曲線を示すのである。」(甲68p8、9)
 水洗便所、風呂や洗濯機は、一世帯に一つあれば十分であり、その使用も世帯単位で行われるから、その各世帯での普及が100%になれば、もはや水使用量の増加要因とならなくなるのである。
 このことは、名古屋市を統計的に追求してみただけの結論ではなく、横浜市のデータを検討した結果からも裏付けられる(平成14年2月20日付け在間証人調書p11、甲68p9)。
     b) 横浜市の1人1日家庭用水使用量(甲20図15)
 嶋津の調査によれば、横浜市の家庭用水の1人1日水量は平成7年度の260L程度をピークにして頭打ちになっている(甲20図13)。そして、同年度には、水洗便所と家庭風呂の普及率が100%近くに達して限界に近づいている(甲20図14)。つまり、増加要因である水洗便所と家庭風呂の普及率が進むにつれて1人1日家庭用給水量も増加するが、水洗便所と家庭風呂の普及率が100%に近づくと同時に、1人1日家庭用給水量は横ばい傾向となって頭打ちになっているのである。このことを図で示したのが甲20の図15である。図15は、1人あたり便所用水、風呂用水をそれぞれ70L/日として、水洗便所と家庭風呂の普及率の変化から1人あたり家庭用水の増加量の構成を推定したものである(甲20p7)が、水洗便所と家庭風呂の普及率と1人1日家庭用給水量の増加率が連動していることがよく見て取れる(甲20、68、嶋津尋問、在間尋問)。
     c) 世帯細分化は増加要因にならない(乙151、152、225、226)
 もっとも、嶋津も、在間も、家庭用給水量の増加要因として、世帯の細分化を挙げていた(甲20p6、甲68p8)。「風呂のように世帯単位で最低必要な量がある。したがって、核家族化や単身者世帯の増加によって、世帯が細分化すれば(世帯当たり人数の減少となって現れる)、1人当たり家庭用給水量は増加する」(甲68p8)であろうと考えたのである。
 しかし、被控訴人大臣提出の乙151、152によって、世帯の細分化が増加要因として寄与していないことが実証された。すなわち、乙152によると、名古屋市では、世帯当たり人数が1965年以降2000年まで継続的に減少しているにもかかわらず、前述のように名古屋市の1人1日家庭用給水量は1987年からの数年間は上昇しているものの、ほぼ横ばいであり、最近でも1991年以降ほぼ横ばいである(乙151)。世帯細分化が1人1日家庭用給水量の増加要因であれば、他の要因が効いていないときでも、世帯細分化があればそれに応じて1人1日家庭用給水量も増加するという関係にならなければならないが、そのような関係にはなっていないのである(平成14年5月8日付け在間証人調書p8)。
 なお、他の要因(水洗便所、風呂の普及率など)を除いた世帯としての水使用が1人1日給水量(原単位)に関係がある指標は、世帯当たりの人数である。世帯数は、世帯当たりの人数が変わらなければ全体量としての日給水量の増減に影響することがあっても、原単位である1人1日給水量には関係がない。また、給水量のうち、世帯の水使用が関係するのは居住世帯が使う家庭用給水量であるから、世帯細分化の影響の検討において用いるべきは1人1日家庭用給水量である。乙225(尾張地域)と乙226(大垣地域)では、1人1日家庭用給水量ではなく1人1日平均給水量が引用されているが、資料の引用を誤っている。
 乙225(尾張地域)の世帯関係の数値を乙160(尾張地域)の1人1日家庭用給水量と比較すると、世帯人数が減少し続けているのに比べて、1人1日家庭用給水量は、尾張地域では1991年から260L程度になると横ばいになっている。逆に、世帯人数の年減少数の少ない1980〜1989年は、1人1日家庭用給水量の年増加量はその傾きよりもより大きい。世帯細分化に応じて家庭用給水量も増加するという関係にはなっていないのである。
 乙226(大垣地域)の世帯関係の数値を乙158の1(大垣地域)の1人1日家庭用給水量と比較すると、1980〜1989年の世帯当たり人数の増加が少ないときに1人1日家庭用給水量の増加量が多く、1990年からは世帯当たり人数の増加が多くなったのに、1人1日家庭用給水量の増加量が減少している。世帯細分化に応じて家庭用給水量も増加するという関係にはなっていない。
 したがって、世帯の細分化は大きな増加要因とはならず、水洗便所と家庭風呂の普及率の傾向がもっとも大きな要因として家庭用給水量の増加率に連動していると見てよい。
   ハ) 業務用給水量
 嶋津は、用途別使用水量のデータが公表されている横浜市水道を例にとって、「1993年頃まで増加傾向が続いていたのは家庭用水のみである。都市活動用水は微増又は横ばいで、工場用水と公衆浴場用水は減少傾向が続いている」と指摘する(甲20p6)
 都市活動用水の微増又は横ばい傾向については、次のように分析する。「横浜市においては最近20年間において「みなと未来横浜」に大きなビル街ができるなど、ビルの建設が盛んに行われてきたが、都市活動用水の増加はわずかなものである。これは、都市活動用水のほとんどは人間が使うものであって、ビルの延べ床面積の増加が使用水量の増加にそのままつながらないことと、水道・下水道の逓増制料金体系によって大口使用者の料金がかなり高くなり、ビル等が節水機器の導入に努めなければならなくなっていることを物語っている」(甲20p6)と分析する。
 確かに、名古屋市、尾張地域、大垣地域でも、1人1日の有効水量から家庭用給水量を差し引いて求めた最広義の1人1日業務用給水量は、名古屋市は140〜160L程度、尾張地域は70L台程度、大垣地域は80L台程度で横ばいに推移してきている(乙151、158、160、甲67p5)。
 よって、業務用給水量については、せいぜい横ばいで、減ることはあっても増えることは余り考えられないと見てよい。
ニ) 消費支出動向と1人1日水使用量(乙154)
a) 標記に関して、水公団代理人は、在間証人の反対尋問において景気(正
しくは、乙154の出典で明らかなように、家庭での消費支出)と1人1日給水量に相関関係があるのではないかと指摘した。乙154の図によって、尾張地域と大垣地域では消費支出の傾向と1人1日平均給水量(有効水量)の傾向が似た動きになっているというのである。
 しかし、消費支出動向と水使用量について相関関係になく、「景気」がよくなれば水使用量も増えるというのは先入観に基づく全く根拠のない仮説に過ぎない。
 すなわち、@消費支出動向と水道用水需要が相関しているならば、どの地域でも、どの時期でも消費支出の動きと水道用水需要の動きとが相関していなければならないが、名古屋市では、乙154の通り、消費支出が上昇しているときに1人1日有効水量は横ばい傾向であり、両者に相関関係は認められない、A消費支出が増えれば水使用量も増えるという直接の因果関係はなく、その間に水使用関係の設備投資という因子が必要であり、消費支出と水使用とは間接的な関係であり、Bそうであれば、結局は、水使用の直接的要因である水洗便所や家庭風呂の普及といった増加要因に帰結され、それらが限界に達すれば水使用量の増加も限界に達するのであり、名古屋市の実績が消費支出動向と相関関係を示さないのは、すでに増加要因が限界近くに達していることの何よりの証左なのである。
 被控訴人大臣の寄って立つところは結局「景気」であるので、以下、さらに詳論する。
b) 名古屋市等の動向から見る消費支出と水使用量
 乙154を見れば明らかなように、消費支出が同図の目盛りの下において毎年大きく上昇し続けている1976年から1987年の間、この11年もの間、名古屋市では、1人1日有効水量は減少から横ばいなのである。消費支出が水道使用量の直接的な増加要因であれば、それが上昇している時は、例外なく1人1日有効水量が増加しなければならないが、乙154で名古屋市はそうではなく、消費支出は水道使用量の直接の増加要因でないことを明らかにしてくれた。乙154は、被控訴人大臣等のいうような情緒的な仮説が全く根拠のないことを示してくれた貴重な資料である。
 また、乙154によれば、尾張地域と大垣地域についても、1973年から1982年の9年間は、消費支出の伸びは最も大きいのに、1人1日有効水量は横ばいないし微増傾向であって、明らかに傾向が違っている。さらに、大垣地域についていえば、その後の1982年から1991年までの間も、消費支出の動きと1人1日有効水量の動きとは傾向が違っている。尾張地域も大垣地域も、消費支出の動きと1人1日有効水量の動きとは傾向が違っているのである。
 被控訴人大臣等は、乙154で、1976年から1987年の11年を除いて尾張地域、大垣地域、名古屋市の1人1日有効水量は消費支出動向と同様の動きをしており、両者は相関関係があるという。
しかし、消費支出動向と1人1日有効水量というような異なった領域の事柄について、両者に相関関係があるかを一定期間の資料数値に基づいて検討するには、両者のその期間全部の資料数値を使用しなければならない。これは資料整理を科学とするための基本であり、資料整理の初歩である。特に、検討者が結果と仮定している事柄について、原因と仮定している事柄の数値と同じ傾向を示している数値のみを取り出して、両者に相関関係があるというのは、資料整理の基本をわきまえないやり方である。これは、自己の仮説に都合のよい結果を得るための作為的な資料整理であって、資料整理の基本的ルール違反である。
c) 消費支出と水使用との間接的関係
 消費支出はその全てが水使用に直結するものではない。そのうち、水洗便所や風呂に代表される水使用を伴う設備投資のための支出があって、水使用に結びつくのである。消費支出と1人1日家庭用給水量や1人1日有効水量との間には、水使用を伴う設備投資という水使用を引き起こす要因が存在しているのである。したがって、消費支出がこれらになされなければ1人1日有効水量は増えないのであり、これらの普及が限界に達すれば1人1日有効水量の伸びは頭打ちになるのである。これらの水使用を引き起こす要因に基づく検討をすることがまず第一なのである。
 したがって、木曽川流域では、最大の都市で水使用設備の整備の普及が最も早く進んでいる名古屋市の1人1日家庭用給水量や1人1日有効水量の実績の推移が重要なのである。尾張地域や大垣地域は、最初の1人1日家庭用給水量が少ないので、水使用設備の整備に伴い一時的に大きい年増加量を示すことがあるが、名古屋市の1人1日家庭用給水量程度になったとき、その後は、1人1日家庭用給水量は頭打ちになり、名古屋市と同様な頭打ちの傾向を示すことになるのである。
d) 消費支出と1人1日給水量の関係(節水の意味)
 原判決は、「近年の水需要の横ばいないし微増傾向については、バブル崩壊後の不景気による節水の可能性も否定できない」という(p109)。
 また、被控訴人大臣等の主張では、「不況が1人1日使用水量を増やさない原因である」ことの根拠として、「不況のため節水の努力をしているから」と述べているところがあり(最終準備書面(補充)p12)、被控訴人大臣等は「不況」が節水努力を引き起こすので、1人1日使用水量を増やさないといいたいようである。
 しかし、原判決や被控訴人大臣等は、「消費支出」および「好況」と1人1日水道用水使用量(1人1日有効水量、特に1人1日家庭用水量)との関係、前者がどのようにして後者に影響するかをよく理解できていないようである。
 1人1日水道用水使用量は、水を使用する設備の下で、実際に水を使用する水量である。水を使用する設備がなくては水使用は生じようがないのであり、これに基づいて実際の水使用がなされるのである。
 したがって、水使用の基礎になる水を使用する設備が多く普及することが、水道用水使用量を増加させる要因なのである。水使用設備の普及は、水道用水使用量を増加させる基盤(ベース)となって、水道用水使用量を増加させる。
 しかし、その普及が限界に達すれば、もはやそれによる水使用量の増加は停止する。また、同じ種類の水使用設備でも、水使用量が違うのが通常であり、年々改良されて水使用量が少ない設備が普及していくので、次第にその種類の設備による水使用量が減少していくのが通常である。洗濯機、水洗便所や食器洗浄機に、その典型例を見ることができる。
 同じ水使用設備でも、使われる水の量が人によって異なるものもある。あるいは同じ人でも、時によって違いが生じることもある。これらによって、水使用設備の普及を基礎としながら、水使用量は変動する。あるいはブレを生じるといってもよい。
 原判決や被控訴人大臣等がいう「節水」とは、一つは、同じ水使用設備の下で、その使用方法や使用頻度を変えることであり、それによって水使用量の変動、ブレが生じる。もう一つは、節水型の水使用設備を用いることであり、これは設備自体が節水型となるので、節水努力の結果、以後の水使用量はこれまでに比べて減少したままである。被控訴人大臣等はおそらく前者の水の使い方しか考えていないと思われるが、それは理解不十分の浅知恵である。
 また、前者の水の使い方は、当該水使用設備の普及を前提とした、その使用量の変動であって、その増減の幅の問題である。一時的に増えるけれども、また減少するものである。水使用の内容により、このような使用量の増減を繰り返すのもあるが、増加は一時的に放漫になったためで、冷静になったことで無駄な使用がなくなって減少したままのものもある。控訴人が最終準備書面p63で述べた「景気が好況局面のときは、もの使いが荒くなって使用量が増える傾向にある」とは、この一時的に生じる放漫な水使用ことを指してのことである。特に、バブル経済期のように、好況の原動力が工業生産増であったのではなく、投機的な差益であるときは、まさしく好況感であり、生活が放漫になって、金使いや物使いが荒くなることが多い。
 この一時的な水使用量の増加は、やがては無駄な使用がなくなって減少して、そのまま安定するのが通常である。少なくとも、使用量の増減を繰り返すだけである。この使用水量の放漫な一時的な増加はなくなるものであって、これを指して、一時的にふくらむけれども結局はじけてなくなる「バブル」とか、「バブル経済」というのは、正鵠を得た名言である。名古屋市(甲67p1)、横浜市(甲20図13、15)の水道用水に見られるように、バブル経済期には、1人1日の有効水量や家庭用水量も、その前後に比べて山形に推移しているが、この山形の部分が一時的な使用水量の増加と減少の現れなのである。
 そうすると、消費支出の増加に併せて、その支出が水洗便所や家庭風呂の水使用設備に用いられて、水使用設備が普及していき、その普及が100%に近づくと、1人1日水使用量(有効水量)は頭打ちになる。1人1日水使用量(有効水量)の基礎的な増加というものはなくなってしまう。後は、これを前提とした使用量の一時的な増加か、増減があるだけである。水使用が放漫となり、最も使用量が多かった時が最高使用量であり、普及が頭打ちになっているのでこれを上回ることは考えられない。したがって、将来の1人1日水使用量(有効水量)水の予測においては、この水使用設備の普及した最近の最高値を増減幅における増加限界値と考えればよいのである。
  ホ) 1人1日平均給水量の頭打ち傾向
 1人1日平均給水量は1人1日有効水量を有効率で除したものである。
 以上より、有効率に変化がなければ、用途別に分析すれば、1人1日平均給水量の傾向は、業務用給水量には大きな変化はない。また、家庭用給水量が増加要素であるが、その増加要因は水洗便所と家庭風呂の普及率が最も大きなものであり、その普及率が100%になり限界に達すると、家庭用給水量の増加も限界に達し、つまりは1人1日平均給水量も頭打ち傾向になることが科学的に予想されるということである。木曽川水系地域の名古屋市、尾張地域、および大垣地域では、限界とみられる1人1日平均給水量は、有効率を0.9とすると、370〜410L程度である。
 4) 1人1日平均給水量の減少要因−有効率の向上−
 前述のように、1人1日平均給水量には、家庭用給水量や業務用給水量の他に、無効水量、すなわち給水されたがそのうち漏水等の有効な使用にならない水量も含まれている。
 漏水対策をとって無効水量を減らして、有効率を高めれば、給水量を減少させたり、増加させないことができる。1人1日使用量が増加しても、1人1日平均給水量や日平均給水量が減少したり、増加しなかったりするのである。
 実際、名古屋市は、漏水対策をとって無効水量を減らして有効率を高めることによって、平均給水量を減少させている(甲68p8)。甲67p1の図で、1人1日有効水量(▲)を1人1日平均給水量(■)と比較してみると、昭和50年度から昭和57年度にかけて、1人1日平均給水量(■)が大きく減少しているのに対し、1人1日有効水量(▲)は漸減から横ばいである。平均給水量と有効水量の差は無効水量であり、■と▲との差の部分が無効水量にあたる。この差の部分が次第に小さくなってきているということは、有効率を向上させて、1人1日平均給水量を減少させているのである(甲68p8)。
 漏水となっていく無効水は、料金が入らないので、収入にならない無収水でもある。水道事業は、地方公営企業であって、料金収入に経営の基礎がある。したがって、給水のため配水はするが、漏水となって使用されない水は、製造費用をかけ生産しながら捨てている水であり、製造費用を全く回収できない水である。このような水を多く抱えていることは、経営体としては、改善を要する最重要事項である。したがって、水源開発をするしないにかかわらず、有効率を向上させて、無効水量を減らすことは、水道事業において、真っ先に取り組まれることである。そのため、かなり水道事業においては、すでに近年おいて、有効率が90%を超えてきている(甲67p1、5、および、甲68p33、34の■平均と▲有効の比)。
 よって、有効率が低く、向上させる余地のある地域の水道事業では、今後は有効率の向上が図られるのである。それによって給水量が減少したり、増加が抑制されることを視野に入れなければならない。
 原判決は、「将来確実に有効率が向上すると断定できないから、公団がこれを考慮しなかったとしても、そのことをもって本件需要予測が不合理であるということはできない」というが(p109)、上記のような水道事業の実際を無視したものであって、誤っている。
 5) 名古屋市の水道用水需要の合理的将来予測
 以上を前提に、各地域別に、その水道用水需要の合理的将来予測を検討する。
   イ) 家庭用給水量
 名古屋市の1人1日平均家庭用給水量の実績は、何度もいうように、平成3年度以降、220L台でほぼ横ばいである(乙151)。
 そして、甲58の図16(甲20、24の訂正、データは甲59)を見てもわかるように、三河地方を含めた愛知県全体で見ても、水洗便所普及率も浴室普及率も90%を超え100%近くになってきており、名古屋市の1人1日家庭用給水量の増加要因は限界近くに達したものと認められる。
 なお、乙228の1[名古屋市の下水道普及率]によって、被控訴人大臣は、名古屋市の「下水道普及率」が1970年の約33%から毎年増え続けており1997年に80%台になったばかりで、さらに増え続けるといいたいようである。しかし、乙228の1の「下水道普及率」は処理区域面積の市域面積に対する率で、面積当たりの下水道普及率である。「下水道普及率」には人口当たりのものがあり、下水道利用人口(水洗化人口)の市人口や処理区域内人口に対する「下水道普及率」がある。人間がいなかったり、人間に利用されないものは、1人1日給水量には結びつかない。下水道普及率で1人1日給水量に関係するのは、人口当たりの下水道普及率である(このようなことは被控訴人大臣等は分かっているはずであり、それを、わざわざ面積当たりの下水道普及率を出してくるのは、意図的な作為が窺える)。
 乙28の2以下(名古屋市統計年鑑)の[10-11.下水道普及状況]には、被控訴人大臣等が利用した面積当たりの外に人口当たりの数値が記載されている。それによれば下水道普及率(人口当たり)は、1996年度(平成8年度)には、水洗化人口(下水道利用人口)の行政区域内人口に対する率では94.9%、処理区域内人口に対する率では99.2%に達している(乙228の7p176)。すでに限界に近づいている。市域のうち処理区域になっていないところでも(人口で4.3%、面積で21.5%ある)、浄化槽によって水洗化が行われているので、浄化槽を含む水洗化人口の行政区域内人口に対する水洗化率では94.9%をさらに超えるのである。
 そして、世帯の細分化がさらに進んだとしても、上記したように、それは増加要因とはならない。
 そうだとすれば、名古屋市の1人1日家庭用給水量は、今後も220L台で横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。
   ロ) 業務用給水量
 乙151の1の図の営業用、官公署学校用、公衆浴場用、工場用の水量が1人1日業務用給水量である。過去の実績は横ばいないし減少傾向にある。資料整理基準が変更された1991年(平成3年)以降を見ると、合計した1人1日業務用給水量では、1991年頃の140L程度が最高で、その後は130L程度で横ばいである。また、1人1日有効水量から1人1日家庭用給水量を差し引きした最広義の1人1日業務用給水量も、1991年頃の160L程度が最高で、その後は130L程度で横ばいである。嶋津の横浜市についての分析は、同じ大都市圏である名古屋市にも当てはまると見てよい。
 1人1日家庭用給水量が頭打ちになっているので、増加要因となり得るのは1人1日業務用給水量であるが、実績からは、1人1日業務用給水量は、最広義のそれで最大160L程度で今後も横ばい傾向が続くものと考えるのが合理的である。特に、1人1日業務用給水量が水公団予測のような年増加量4.9Lで23年間増加し続けるというのは不合理である。業務用給水量も横ばい傾向が今後も続くと考えるのが合理的である。
   ハ) 合理的将来予測
 以上からすれば、名古屋市の1人1日平均給水量は、1人1日家庭用給水量は頭打ちであり、業務用(最広義)も減少から横ばい傾向というのが過去の実績であり、1人1日平均給水量の実績は、平成4年頃の410L程度が最大で、以後は390L程度で横ばい傾向が続いている。それを裏付ける根拠があるから、名古屋市の1人1日平均給水量は実績の390L程度、多くても410L程度以下で横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。とすれば、給水人口も頭打ちが確実な状況では、日最大給水量も大幅な増加はありえないと言ってよい。
 名古屋市水道は20m3/秒の開発水・水利権水量を有しており、供給能力として160.7万m3/日(=20m3/秒×86400秒×0.93、0.93は給水施設能力/取水量)ある(甲69)。さらにその外に長良川河口堰で2m3/秒の開発水を有しているが、取水施設・導水施設もなく水利権許可も得ていない供給過剰の状態である。
 実績の推移からの連続性からは、日最大給水量が供給能力を超えるに至るような予測は困難であり、実績の最大値である昭和50年度の1、235、140m3/日を超えるかどうかであろう。
 6) 尾張地域の水道用水需要の合理的将来予測
   イ) 家庭用給水量(乙160)
 甲67では、1人1日家庭用給水量について整理することができなかったが、横浜市や名古屋市の実例や試算例から、1人1日家庭用給水量は250Lから300L程度が限界で頭打ちとなると推定した。
 この推定が合理的なものであったことが、在間証人の反対尋問の段階になって被控訴人大臣から提出された乙160により明らかになった。すなわち、乙160によると、尾張地域の1人1日家庭用水使用量は平成4年度以降260L程度でほぼ横ばいであり、乙160の折れ線グラフをみればそのことは一目瞭然である。
 尾張地域の1人1日給水量は、もともと名古屋市に比べ値自体が小さかったので平成4年ころまでは伸びてきたが、乙160のグラフ線ではっきりと頭打ち傾向が現れており、これだけでも増加要因が限界に達し、今後も横ばい傾向が続くことが容易に予測される。
 甲58の図16(甲20、24の訂正、データは甲59)を見てもわかるように、三河地方を含めた愛知県全体で見ても、水洗便所普及率も浴室普及率も90%を越えて100%に近くなっていることから、尾張地域の1人1日家庭用給水量の増加要因も限界近くに達したものと認められる。
 また、1人1日家庭用給水量の260Lという値は、横浜市のそれとほぼ同じであり、名古屋市のそれに近い数字である。さらにいえば、尾張地域の水道契約・料金体系が春日井市、小牧市といった主要都市で口径別となっていることから、名古屋市の場合の水道統計でいう「家庭用」(乙151)と同様に一般居住世帯が使う水の量に最も近い水量をデータとして出せば、260Lよりも小さな値になるはずであり、名古屋市の場合の220Lより近い数字になるはずであると言える。1人1日家庭用給水量の値自体からも、増加要因が限界に達し、横ばい傾向が続くことが予測される。
 仮に世帯の細分化が進んだとしても、増加要因とはならない。
 そうだとすれば、やはり尾張地域の1人1日家庭用給水量は、今後も横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。
   ロ) 業務用給水量
 甲68p34の資料にある、年間有収水量を365日と給水人口で割れば、1人1日有収水量が算出される。この1人1日有収水量と乙160の「1人1日家庭用水使用量」の差が、1人1日業務用給水量となる。
 昭和55年の1人1日業務用給水量は54Lであり、本件事業認定時に利用できた資料では平成8年は66Lとなる。16年間で12Lしか増えておらず、年平均増加量は0.75Lである。しかも、平成2年のそれは65Lであり、その後の7年間はほぼ横ばいである。1人1日有効水量から1人1日家庭用給水量を差し引いた最広義の1人1日業務用給水量も、昭和55年の62Lが平成2年に70L程度になってから横ばいである。つまり、過去の実績としては、平成2年までは微増傾向(年平均増加量0.8〜1.1L)であったが、その後は横ばい傾向である。
 1人1日家庭用給水量が頭打ちになっているので、増加要因となり得るのは1人1日業務用給水量であるが、実績からは、1人1日業務用給水量は最広義のそれで70L程度で、今後も横ばい傾向が続くものと考えるのが合理的である。特に、1人1日業務用給水量が水公団予測のような年増加量4.9Lで23年間増加し続けるというのは不合理である。業務用給水量も横ばい傾向が今後も続くと考えるのが合理的である。
   ハ) 合理的将来予測
 以上からすれば、尾張地域の1人1日平均給水量は、1人1日家庭用給水量も業務用給水量(最広義)も横ばい傾向いており、360ないし370L程度で横ばい傾向が続いているのが過去の実績である。それを裏付ける根拠があるので、過去の実績の360〜370L程度で今後も横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。とすれば、給水人口も頭打ちが確実な状況では、日最大給水量も大幅な増加はありえないと言ってよい。
 尾張地域の水道は自己水源30万m3/日と木曽川用水7.22m3/秒の開発水・水利権水量を有しており、供給能力として86.1万m3/日(=7.22m3/秒×86400秒×0.90+30m3/日、0.90は給水施設能力/取水量)ある(甲69)。
 実績の推移からの連続性からは、日最大給水量(平成8年で63.8万m3/日)が供給能力(86.1万m3/日)を超えるに至るような予測は困難であり、供給能力を超えるようにはならないと予測される。
 7) 大垣地域の水道用水需要の合理的将来予測
   イ) 家庭用給水量
 乙158によれば、大垣地域の1人1日家庭用給水量は、もともと名古屋市や尾張地域に比べ値自体が小さく、平成8年までをみれば増加傾向にある。
 しかし、甲58の図16(甲20、24の訂正、データは甲59)を見ると、浴室普及率はむしろ岐阜県の方が愛知県より高くなっている。また、平成10年度の1人1日家庭用給水量245L(乙158の2)という値は、尾張地域の260Lにかなり近づいてきていると言える。名古屋市や尾張地域がそうだったように、増加要因が限界になれば、頭打ちになることが予測され、実際、平成9年度と平成10年度の数値をみれば、ほとんど増加がなく、頭打ち傾向がすでに現れ始めているとも言いうる。
   ロ) 業務用給水量
 乙158の2には、1人1日有収水量全体のデータがないので、1人1日有効水量から1人1日有収水量(家庭用)を差し引いた最広義の1人1日業務用給水量で検討してみる。そうすると、過去20年間では、平成3年度の90Lをピークにして、横ばいないし減少傾向にある。
 1人1日家庭用給水量が頭打ち傾向になっているので、今後の増加要因となり得るのは1人1日業務用給水量であるが、実績から見て、1人1日業務用給水量は、最広義のそれで最大90L程度で今後も横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。特に、1人1日業務用給水量が水公団予測のような年増加量4.9Lで23年間増加し続けるというのは不合理である。業務用給水量も横ばい傾向が今後も続くと考えるのが合理的である。
   ハ) 有効率の向上
 大垣地域の特徴は、無効水量が大きいことである。乙158の1の図で、1人1日平均給水量(■)と1人1日有効水量(▲)を比較してみると、大垣地域の有効率は、0.8くらいしかない。名古屋市や尾張地域が0.9以上あるのに比べ、かなり低い数値になっている。
 漏水対策をとって無効水量を減らして、有効率を高めれば、給水量を減少させたり、増加させないことができる。実際大垣地域でも、平成2年度と平成8年度を比べると有効率は3%程度上昇しており、その間、家庭用給水量は増加し、有効水量は横ばいないし微増傾向であるが、平均給水量はほぼ横ばいである。平成8年度の1人1日平均給水量387Lを前提として、有効率を名古屋市の平成8年度の実績0.95まで高めたとしたら、1人1日有効水量は368Lとなり、大垣地域の実績323Lから45Lの1人1日有効水量を生み出すことができる。これは、大垣地域の平成8年度までの10年間の1人1日家庭用給水量の増加量よりも多い。
 なお、最終弁論期日の直前に送られてきた乙227の1[1人当たり水道配水管延長と無効水量率]によって、被控訴人大臣は、1人当たり水道配水管延長が小さい名古屋市は無効水量率を減らすことができるが、1人当たり水道配水管延長が大きい大垣市など大垣地域の市町は無効水量率を減らすことが難しいといいたいようである。しかし、無効水は水道管の接続部等からの漏水が殆どである。したがって、水道配水管延長が大きくなればなるほど、接続部の数は増えるので、漏水の可能性は増大する関係にある。水道配水管延長が大きい名古屋市でも、無効水量がかって昭和53年は17%であったのが、その減少の取組により、平成7年には6%に減少してきているのである。名古屋市よりも水道配水管延長が小さい大垣地域の市町、特に水量の多い大垣市では、無効水量減少のための取組がなされれば、有効率は向上していくのである。
   ニ) 合理的将来予測
 以上からすれば、大垣地域の場合、家庭用給水量は増加傾向にあるものの、頭打ちの兆しが見えており、業務用は横ばいないし減少傾向にある。有効率が低いので向上の余地があり、これにより1人1日平均給水量を減少させたり、増加させないことができる。
 実際、1人1日平均給水量の実績は、平成2年度以降390L程度でほぼ横ばいであり、そのことは乙158の1の■のグラフ線をみれば明らかである。1人1日有効水量の実績についても、平成2年度以降、横ばいないし微増傾向である。平成2年から平成8年の平均増加量は1.833L/年しかなく、水公団予測である4.9L/年の半分をはるかに下回る。
 したがって、1人1日平均給水量は390L程度で横ばい傾向が続くと考えるのが合理的である。この390Lは名古屋市の1人1日平均給水量と同じで、かなり大きい数値である。仮に1人1日有効水量が平成7年から30年までの23年間、1.833L/年で増加し続けるとしても、平成7年度の316Lから約42Lしか増えず、有効率の向上によって平均給水量の増加が抑制されるので、有効率の低い現状での400L以下で横ばい傾向が続くと考えられる。
 とすれば、給水人口も頭打ちが確実な状況では、日最大給水量も大幅な増加はありえないと言ってよい。
 大垣地域の場合には、水道用水の水源はほとんどが地下水であり、河川水源を前提とした供給能力というものは想定できない。もっとも、上水道の計画1日最大取水量をみると19.4万m3/日、簡易水道の最大給水量実績推定値2.1万m3/日を合わせると21.5m3/日になり、これを大垣地域の供給可能水量と見ることができる(甲20p11、乙137p798)。
 実績の推移からの連続性からは、日最大給水量(平成8年で15万m3/日)が供給可能水量(21.5万m3/日)を超えるに至るような予測は困難であり、供給能力を超えるようにはならないと予測される。

5 まとめ(甲67p2、6、8)
 1) 名古屋市における水公団予測と実績との乖離
 名古屋市における水公団予測と実績との乖離について、甲67p2の図によって説明する。
 名古屋市について、乙115の水公団予測で示された平成30年度の予測値の1人1日平均給水量501Lが■印であり、日最大給水量184万m3が黒色棒グラフである。これが平成7年度の1人1日平均給水量377Lが年当たり5.4L増加し続けた結果である。
 昭和50年度以降の実績は、1人1日平均給水量が□印、日最大給水量が白色棒グラフである。この実績値の推移から水公団予測値への連続性を見いだすことはできない。1人1日平均給水量の実績は、平成4年頃の410L程度が最大で、以後は390L程度で横ばい傾向が続いており、今後もこの傾向が続くと考えるのが合理的であり、年当たり5.4Lも増加し続けることは到底考えられない。実績の推移からの連続性からは、日最大給水量が供給能力160.7万m3/日を超えるような予測は困難である。
 名古屋市についての乙115の水公団予測は、実績から大きく乖離しているとしか言えない。
 2) 尾張地域における水公団予測と実績との乖離
 尾張地域における水公団予測と実績との乖離について、甲67p6の図によって説明する。
 尾張地域について、乙115の水公団予測で示された平成30年度の予測値の1人1日平均給水量501Lが■印であり、日最大給水量105万m3が黒色棒グラフである。これが平成7年度の1人1日平均給水量377Lが年当たり5.4L増加し続けた結果である。
 昭和50年度以降の実績は、1人1日平均給水量が□印、日最大給水量が白色棒グラフである。この実績値の推移から水公団予測値への連続性を見いだすことはできない。1人1日平均給水量は370L程度で横ばい傾向が続いており、これが今後も続くと考えるのが合理的であり、年あたり5.4Lも増加し続けることは到底考えられない。実績の推移からの連続性からは、日最大給水量が供給能力86.1万m3/日を超えるような予測は困難である。
 尾張地域についての乙115の水公団予測は、実績から大きく乖離しているとしか言えない。
 3) 大垣地域における水公団予測の実績との乖離
 大垣地域における水公団予測と実績との乖離について、甲67p8の図によって説明する。
 大垣地域について、乙115の水公団予測で示された平成30年度の予測値の1人1日平均給水量512Lが■印であり、日最大給水量32万m3が黒色棒グラフである。これが平成7年度の1人1日平均給水量388Lが年当たり5.4L増加し続けた結果である。
 平成2年度以降の実績は、1人1日平均給水量が□印、日最大給水量が白色棒グラフである。この実績値の推移から水公団予測値への連続性を見いだすことはできない。1人1日平均給水量は実績の390L程度、多くとも400L程度以下で横ばい傾向が続くと考えるのが合理的であり、年あたり5.4Lも増加し続けることは到底考えられない。実績の推移からの連続性からは、日最大給水量が供給可能量21.5万m3/日を超えるような予測は困難である。
 大垣地域についての乙115の水公団予測は、実績から大きく乖離しているとしか言えない。
 4) 水公団予測の不合理性は本件事業認定処分時に明白であった
 これらの水公団の水需要予測が過去の実績から大きく乖離している不合理性を、被控訴人大臣は、本件事業認定処分時に十分認識していたか、少なくとも容易に知り得た。
 人口については、それが減少することを予測し得たことを山崎証人自身が認めた。原単位についても、乙115を見るだけでも実績との乖離は明らかだった。在間証人の反対尋問にあたって必要かつ重要なデータを法廷に提出してきたことは、被控訴人大臣に水公団予測と実績との乖離を認識する能力が十分あったことの何よりの証左である。負荷率についても、あえて実績より小さな値を用いている。
 このような事情から、被控訴人大臣は単に水公団予測の不合理性を過失によって見過ごしたにとどまらず、むしろ意図的に過大な予測を追認したと考えざるをえない。
 5)  以上のように、水公団の予測は実績と乖離した過大なものであることは明らかであり、合理的に予測すれば、水道用水について徳山ダム開発水に水需要はなく、それをあるかのように認定した原判決は事実認定を誤っている。
第3 工業用水
1 原判決の問題点
   原審において控訴人は次の事実を明らかにして新規水需要の欠落を指摘した。しかるに原判決はこれらの事実について,主張の整理において取り上げながら,これらの事実に対し全く判断しないまま判決した。
  @ 木曽川水系では、工業用水を開発したものの、かなりの開発水が利用されていない状態が恒常化しており新規の水需要開発は不要であること。
  A 実績値において工業出荷額の上昇と補給水量が正の相関性は認められない。過去の工業用水の需要実績は増加傾向にないのであるから、その需要が増加し続けるという本件事業認定申請での水公団の予測は、過去の実績と乖離しているので不合理であること。

2 徳山ダムよって開発される工業用水について
 1) 徳山ダムで新規利水として開発される都市用水12m3/sのうち、工業用水は4.5m3/sで、そのうち、3.5m3/sが岐阜県、1.0m3/sが名古屋市に供給される。岐阜県の工業用水は大垣地域(工業統計では大垣市をはじめとする20市町村)で工業用水道事業を行う利水者に使用され、名古屋市の工業用水は名古屋市営工業用水道に使用される予定である。
 2) 名古屋市には名古屋市の経営する工業用水道事業(名古屋市営工業用水道、地方公営企業)が存在するが、大垣地域には工業水道事業が存在しておらず、工業用水道事業は具体的な計画すらない(乙115p58)。工業水道事業の計画すら存在しない状況で新規に工業用水が必要であるとは到底言えない。
 3) そもそも,木曽川水系では、工業用水を開発したものの、かなりの開発水が利用されていない状態が恒常化している。例えば、岩屋ダム(昭和51年完成)は岐阜県の工業用水として4.33m3/sを開発したが、これは、0.35m3/sの半分を使用して可茂地区工業用水道が原水供給しているだけで、残りは現在まで使われておらず、工業用水道を敷設する計画のめどすら立っていない。本件では徳山ダムにより岐阜県工業用水道事業に供給される水源が開発されようとしているのであるが,同じく岐阜県の工業用水道事業ですら既に未使用の部分があるにもかかわらずなぜ,それに上乗せして徳山ダムが必要であるかについての理由は全く示されていない。
 4) また,岩屋ダムは愛知県の工業用水として6.30m3/sを開発したが、うち2.52m3/sは名古屋臨海工業用水道事業の水源であるが、事業自体が休止して、全く利用されていない(長良川河口堰が完成するまでは、暫定転用利用として、知多地方の水道用水に使用されていた)。
 5) 名古屋市および岐阜県の工業用水の需要実績および供給能力からすれば、今後、新たな水源として徳山ダムを求める必要などない。にもかかわらず、著しく過大な水需要予測を行なうことにより水公団および被控訴人大臣は徳山ダム建設を行おうとしているのである。原判決はこの点について判断するべきであった。

3 実績と予測の乖離
 1) 本件では、控訴人は工業用水の補給水量、使用水量とも過去の実績は減少あるいは横ばい傾向にあるから、水需要が増加するとの被控訴人大臣の予測は過去の実績に照らして誤りであると主張した。原判決は過去の実績がどのようなものであるか、その傾向はどのようなものであるか、さらに過去の実績と被控訴人大臣の予測が整合性を持つのか、まず判断するべきであった。しかるに、原判決はこの点、全く答えなかったのである。
 2) 水公団および被控訴人大臣の工業用水需要予測
 乙115p52〜54にかけて水公団が行った予測の推計過程が記載されている。この予測・推計は次の式を用いて求められたものである(平成11年10月15日付被控訴人大臣第2準備書面p30以下)。
 将来工業用水需要量(将来淡水補給量)
 =将来の工業出荷額×将来の補給水原単位
 =将来の工業出荷額
  ×{(将来の工業出荷額当たり淡水使用水量原単位×(1−回収率)}
 乙115p52では名古屋地域の工業用水の、同p54では大垣地域の工業用水の需要予測について記載されている。いずれの予測も次の3つの考え方を基本に推計されている。
 @ 淡水使用水量原単位は将来にわたって変化しない。
 A 回収率は将来にわたって変化しない。
 B 工業出荷額は今後も継続して伸びていく。
 上記@〜Bを前提にして推計式に当てはめれば、工業出荷額の伸びと共に当然に補給水量も増大する。この水公団の予測に立てば、時が経てば経つほど補給水量は伸びていくことになる。
 その結果、工業用水需要量(淡水補給水量)は、大垣地域では平成7年度の37.1万m3/日が平成30年度には64万m3/日に、名古屋市では平成7年度の7.6万m3/日が平成30年度には16万m3/日に、2倍近くになる予測をしている。
 しかし、このような予測は明らかに過去の実績の推移とは異なっており、これから乖離している。本件ではこの乖離が最も重要な争点である。にもかかわらず、原判決はこの予測と実績との乖離に対して判断を示さないまま、本件処分の合理性を判断したのである。
 3) 水公団および被控訴人大臣の予測の過去の実績との明らかな乖離
 甲20図19には岐阜県大垣工業地区の工業用水に関する水公団の予測が、同図20には名古屋市工業用水道に関する予測が示されている。これらの図中の水公団予測に関する部分は乙115p52〜54を基に作成したものである。水需要予測の関係で言えば、これらのことは水公団が被控訴人大臣に提出した資料からも判断できる事柄であった。
 水公団予測に従えば、工業用水需要量(淡水補給水量)は、大垣地域では、予測の開始時点である1995年(平成7年)には371,000m3/日であったのが、2018年(平成30年)には640,000m3/日と急激に増加することになる(甲20図19、甲59)。
 同様に、名古屋市工業用水では、水公団予測の開始地点である1995年(平成7年)には76,000m3/日であったのが、2018年(平成30年)には160,000m3/日と急激に増加することになる(甲20図20、甲59)。
 乙115の予測は、工業用水需要量(淡水補給水量)はいずれの地域も直線的に増加する予測になっている。一方、甲20図19、図20で黒丸で示された工業用水の実績は1991年から減少傾向にあり、過去の実績に比較して被控訴人大臣等の乙115の予測は明らかに異なった傾向を示している。
 甲67p12、14、15にも1995年(平成7年)までの工業用水(淡水補給水量)の需要実績と水公団予測の関係が図示されている。それらによると水公団予測の目標年である平成30年における淡水補給水量の数値は実績の傾向とは全く異なったものとなっている。
 被控訴人大臣等は「実績ベース」と称して、過去の実績傾向は今後も続くものとして過去の実績をもとに将来を予測しているというが、そうであるならば被控訴人大臣等が示す将来の傾向は過去の実績傾向と連続する結果になってしかるべきである。しかし、補給水量の実績が示す傾向は、乙115の予測とは大きく異なる。乙115等の被控訴人大臣等の予測(水需要の直線的上昇)が不合理であることはこうした過去の実績を示す図を一見するだけでも明らかである。
 4) 乙115p78、79の表
 控訴人は平成12年2月21日付第3準備書面p35にて、大垣地域および名古屋地域の工業用水について補給水量の動向および問題点を明らかにした。
 それは乙74および75をもとにしたもので、控訴人・被控訴人間に争いのない過去の実績をもとに主張したのである。乙74の表は乙115p79の、乙75は乙115p78の各表にそれぞれ対応しており、内容は全く同じである。但し、乙74および75は補給水量(使用水量−回収水量で求められる)の欄を作成していないため、補給水量が横這い又は減少傾向であることが隠蔽された内容となっている(このような自己に不都合な重要データを隠して誤解をさせるというやり方は、随所で見られる水公団や被控訴人大臣のやり方である。その代表的な例は、愛知県、名古屋市、および岐阜県の水道用水の1人1日給水量の実績が判っているのに、これを用いず、実績と異なる東海地方全体の直線化しやすい数値だけを用いて将来値を予測したやり方であるが、これもそのようなやり方の一つである)。
 乙115p78は名古屋地区の工業用水関係資料であるが、昭和60年の工業出荷額(H7ベース)は42,334億円、使用水量は1,912,653m3/s、補給水量は411,169m3/sである。これが平成7年になると出荷額は55.603億円と上昇しているのに対し、使用水量は1,734,814m3/sに大きく減少し、補給水量も353,892m3/sと減少している。
 乙115p79は大垣地区の工業用水関係資料であるが、昭和60年の工業出荷額(H7ベース)は7,970億円、使用水量は615,617m3/s、補給水量は407,675m3/sである。これが平成7年になると出荷額は10,189億円と上昇しているのに対し、使用水量は564,264m3/sに大きく減少し、補給水量も371,262m3/sと減少している。
 過去の実績から判断すれば、工業出荷額の上昇に対し使用水量、補給水量は減少している。証人山崎房長は当法廷で「一般論として過去の実績をふまえるということは重要な要素だと思います。」、「過去の実績は重要な要素だと思います。」と繰り返し証言する(第14回調書p94)。そして工業出荷額と補給水量の関係について、乙115p78の数値を示して水公団予測と過去の実績があわないことが反対尋問で追及されたところ、水公団予測と過去の実績が合わないことを認めざる得ない結果となった(同調書p95)。
 乙115は本件事業認定処分の基礎となった資料であるが、この資料から水公団予測が不合理なものであるかは容易に理解できるのである。
 5) 甲20
  イ) 甲20は嶋津作成にかかるものであるが、図19では岐阜県の、図20では名古屋市の工業用水の過去の実績が●で示されている。甲67p11、13にも同様に過去の実績が図化されている。これらの図からも1977年(昭和52年)から1998年(平成10年)にかけての実績は岐阜県において明かな減少傾向にあり、名古屋市においては横這いから減少傾向にあり、いずれの地区においても1991年から減少傾向にあるる。
 なお、甲20の名古屋工業用水の実績は、乙115p76、78の使用水量に、乙115p53に記載されている名古屋市工業用水の名古屋地区全体に対する補給量率28.7%が乗じて求めてある。これは、乙115p76、78の使用量に「名古屋市工水」と「県工水その他」が含まれていることから、名古屋市工水分を被控訴人大臣の手法によって算出したためである。
 甲20図19、図20には「公団の予測」が□‥‥□で示されているが、年の経過と共に工業用水の需要が限りなく伸びていくという乙115の被控訴人大臣等の予測は、過去の水需要の実績と全く異なる傾向であることが明白に見て取れる。
  ロ) 嶋津は、甲20図1では木曽川流域の工業用水の実績と旧フルプランとの関係を、同図4ではそれと新フルプランとの関係を明らかにした。図1でも分かるように旧フルプランは過大な予測となっており、1970年以降は実績とは全く異なる。このような誤った予測がされていたにもかかわらず、新フルプランにおいても実績とは乖離した過大な予測がされたのである。
 新フルプランは、旧フルプラン期限切れの1985年(昭和60年)を出発年としているが、現実に改訂決定がなされたのは1993年(平成5年)であった。新フルプラン改訂時には旧フルプランの過大予測は明白となっていたのであるから、新フルプランでは旧フルプランの誤りを分析して改めるべきであった。しかし、新フルプランにおいても甲20図4の通り、同じ誤りが繰り返された。しかも、新フルプランが決定された1993年は、既に予測出発年の1985年から7年経過していた。その7年間について実績と比較しても、既に新フルプランの予測は実績と齟齬していた。新フルプランが実績と齟齬する不合理なものであることは新フルプラン決定時に既に判明していたのである。
 乙115など水公団および被控訴人大臣による大垣地域と名古屋市の工業用水需要予測は新フルプランの予測を追認するものであり、過去に繰り返されてきた過ちが改められないままなされた予測なのである。
 6) 甲67
 乙115p78の表に従えば、名古屋地区の場合、工業出荷額(H7ベース)は昭和60年(42,334億円)から平成7年(55,603億円)にかけて上昇傾向にあることが容易に判断できる。一方、補給水量は横這いまたは減少傾向である。
 在間正史は乙115p78などを利用して甲67を作成した。甲67p14には名古屋地区について、工業出荷額H7年ベースが−×−の線で示され、市補給量が−◇−の線で示されているが、工業出荷額は昭和60年頃から平成3年にかけて上昇傾向にある一方で、名古屋市補給量は横ばいあるいは減少傾向であることが容易に理解できる。平成3年以降工業出荷額の線は減少傾向あるいは複雑な動きをするが市補給量にはそれに対応した変化はなく横ばい、減少という傾向を示している。
 乙115p79には大垣地区の値が示されているが、この表の数値を眺めるだけでも工業出荷額の上昇があるにもかかわらず補給水量は減少傾向にあることが見て取れる。甲67p11および12には乙115p79が図化されたものが示されているが、工業出荷額と補給水量との関係に特定の関係を見いだすことはできない。
 このように工業出荷額および補給水量の過去の実績を検討すれば両者が正の相関性を示すとは言えない。むしろ過去の実績は企業は「使える水」の範囲で生産活動を行う傾向にあると思われる。
 7) 被控訴人大臣等の予測手法は、工業用水需要量(淡水補給水量)は1)で述べた推計式で得られ、式の変数の使用水量原単位も回収率も一定という前提に立つ。したがって、工業出荷額の増加に併せて、使用水量、補給水量ともに同じ傾向で増加していくというのが被控訴人大臣等の予測であった。しかし、乙115p78、79で示された実績値は、工業出荷額が伸びていても補給水量は横ばい又は減少傾向にあり、工業出荷額に変動があってもそれと同じ傾向で補給水量は変動しておらず、むしろ補給水量はあまり変動していない。被控訴人大臣等の予測手法に合理性があるならば、過去の実績においても、工業出荷額の変動に併せて、使用水量、補給水量ともに同じ傾向で変動していくという関係がなければならないが、事実は以上のように全く異なる。このように事実は明白なのである。
 しかも特に重要なことは、甲20あるいは甲67によって示された過去の実績は全て乙115の資料をもとに作成されている点である。乙115p78には名古屋地区の工業用水についての、同p79には大垣地区の工業用水についての補給水量などの過去の実績が記載されている。これらの数値の傾向を追っていけば、被控訴人大臣は過去の補給水量の実績が漸減傾向にあることは、グラフ化しなくても容易に判断できた。平成7年度から平成30年度へ急激に上昇していく水公団の推計が過去の実績と矛盾することの判断も、被控訴人大臣にとっては容易にできることだったのである。被控訴人大臣は、本件事業認定処分時に実際に水公団から提出された資料から、水公団予測が不合理であることをきわめて容易に判断できたにもかかわらず、これをせず本件事業認定処分をしたのである。
 8) 過去の実績と確保量
  イ) 乙115p59には、徳山ダム以外の既存供給施設等による確保量が示されている。甲20図19には大垣地区工業用水の、甲67甲20図20、甲67p13〜15には名古屋地区工業用水の実績が示されている。いずれの図にも示されている大垣地区、名古屋地区の工業用水の供給量は乙115p59「現在の確保量(給水量)」である。上記で指摘した工業用水の過去の実績からすれば将来にわたっても工業用水需要は確保量内で対応でき、徳山ダム開発の必要はない。
  ロ) 名古屋市工業用水
 名古屋市工業用水道の給水能力と供給実績との比較が甲67p15の図に示されているが、市補給量および名古屋市工業用水道平均配水量の過去の実績は8万m3/日または6万m3/日で横ばいないし漸減傾向にある。過去の実績からすれば名古屋市工業用水道の給水能力15万m3/日を上回ることはない。嶋津は甲19図20で、ウォータープラン21をベースにした予測を示しているが、過大予測との批判があるウォータープラン21を基にしたとしても将来の工業用水需要が名古屋市工業用水道の供給能力を上回ることはない。
  ハ) 大垣地域工業用水
 大垣地域では工業用水道事業は存在せず、計画すら決定されていない(乙115p58)。工業用水の水源は殆どが地下水である。そのため確保量を確定することは困難であるが、水公団は昭和60年〜平成7年で最大となった平成2年の淡水補給水量をもって「現在の確保量」としている(乙115p57、79)。そして、平成11年10月15日被控訴人大臣第2準備書面p56によると、「大垣地域では、今後(平成7年)の新たな需要増に対してはすべて徳山ダム開発に依存することになる。」としている。大垣地域では全量地下水に依存しているから「今後の新たな需要」が徳山ダム開発水に依存するとは、新たな工業用水需要全量に対して地下水使用禁止の規制が行われるということが前提になる。また、前述の通り、乙115によれば大垣地域では淡水補給水量を確保量としているのであるから、平成8年以降は新規の地下水揚水を禁止する揚水規制が行われ、新規水需要分は全て徳山ダム開発に依存することを前提とする。この点、後記第4地盤沈下において明らかにするように、大垣地域では、新規地下水揚水の禁止はもちろん、その他の本格的な地下水揚水規制は平成14年の今日でも行われていないし、今後本格的な規制を実施する予定もない。
 甲67p11の使用水量の推移、補給水量の推移で見られるように大垣地域の工業用水の実績は減少傾向にあり、現在の確保量(地下水揚水量)で十分対応できる。また、乙19p19図ではウォータープラン21をベースにした予測が行われているが、それであっても「徳山ダムを除く供給量」に収まる結果となっている。後記の通り大垣地域の回収率は33%程度できわめて低い。大垣地域での回収率が70%程度に向上することは可能なことであり、回収率の向上により水源を得るのと同じ結果となる(甲68p28)。そのような事情のある大垣地域の工業用水について、新規に水源開発をする必要はないのである。
 9) 実績の重要性
 一つの予測が合理的であるかは、過去の実績を説明できるかどうかによって判断されることは言うまでもない。控訴人が繰り返して説明してきた内容は、すべて過去の実績データやそれを分析した結果を基にしたものである。これらのデータについては既に控訴人被控訴人間で争いのない事実なっている。
 ところで、本件での被控訴人大臣等の予測、すなわち将来にわたって工業出荷額は限りなく増加していく、また、その増加と共に補給水量も限りなく増加していくという予測は、過去の実績に基づくものであるから合理的であると被控訴人大臣はいう(証人山崎房長)。その被控訴人大臣の合理的であるという判断の基礎資料が乙115である。
 乙115には2つの推計が示されているが、本件では被控訴人大臣はそれぞれ「長期計画ベース」、「実績ベース」と命名し、「長期計画ベース」を排したうえで、「実績ベース」予測から判断して本件事業認定申請に合理性ありと判断した。被控訴人大臣が「長期計画ベース」を採用しなかったのは「起点のところの値と実績値の乖離が説明できない」(平成13年5月16日付け証人山崎の調書p45)という理由からであった。証人山崎房長は1つの予測が合理的であるかどうか判断する上で、過去の事実を説明できるかどうかどうかは合理性判断の「かなり重要な要素だと思います。」と証言した(証人山崎の平成13年5月16日付調書p84)。
 このように、当該予測が過去の実績で説明できるかどうか、あるいは当該予測で過去の実績を説明できるかによって、その予測が合理的であるか、科学的であるかが判断されることを被控訴人大臣は認めざる得ないのである。
 被控訴人大臣の考えを貫くならば、それまで補給水量が横ばい又は漸減であるならば、将来においても横ばい又は漸減であろうと推測すべきである。実績値において工業出荷額の上昇と補給水量が正の相関性が認められないというのであれば、将来も正の相関性は認められないだろうと考えるべきなのである。過去の工業用水の需要実績は増加傾向にないのであるから、その需要が増加し続けるという本件事業認定申請での水公団の予測は、過去の実績と乖離しているので不合理であると、被控訴人大臣は結論づけなければならなかったのである。
 10) 原判決の問題点
   本件では原告の主張は過去の実績と、水資源公団の予測との乖離を主張した。被控訴人大臣等は、工業出荷額の増加に併せて、工業用水需要量は伸びていくと予測した。このような考えが不合理であることは、過去の実績自体が横ばい、下降傾向である以上誤りである。「工業出荷額の増加に併せて淡水使用水量も増加するという前提で将来の淡水使用水量や淡水補給水量を予測するのは、誤っているのである。」(甲68p25)。原判決はこの事実を認定した上で判断するべきであった。しかるに原判決はこの乖離については主張の整理では取り上げながら、何らの判断しなかった。
   原判決は判決書109pにて、「公団は、将来補給水量の推計方法として、将来の工業出荷額に将来の工業出荷額当たりの水需要量(補給水原単位)を乗じる手法(ただし、回収率を考慮)を採用しているという」が、誤りである。水公団予測が採用した手法は、次式である。
    将来の補給水量
    =将来の工業出荷額
   ×(将来の工業出荷額当たり使用水量原単位×(1−回収率)
 上記式から明なように、用いている原単位は、補給水量ではなく、使用水量である。
     そして、原判決は、水公団予測の上記手法を不合理ではないとして控訴人の主張を退けているが、重要なのは過去の結果と照らして予測された結果が整合性を持つかどうかである。この不整合の事実について原判決はまず事実を認定し、本件予測が不合理であるか判断するべきであったし、この事実が認定されれば本件における工業用水需要の予測は不合理であると判断せざる得なかったのである。

4 原単位について
 1) 変化する原単位
 乙115p79には大垣地区の使用水量原単位が記載されている。それによると昭和60年から平成7年にかけての実績は年毎に著しく変化し一定していない。甲67(甲34)p12には使用水量原単位が−◇−で示されているが、昭和60年から平成6年にかけての変化を見れば減少の一途をたどってきたことが分かる。平成6年から平成8年頃については一定の傾向を見いだすことが難しい。また、甲54p1は乙115p78の大垣地区の使用水量と工業出荷額を散布図にしたものであるが、使用水量原単位が一定であれば、直線状に並んで右上がりの点群にならなければならないが、点は図全体に散らばっており、傾向は読み取れない。いずれにしろ、被控訴人大臣がいうように使用水量原単位が変化せず一定であるという事実はない。
 甲67p14には名古屋地区の使用水量原単位が示されているが、それも昭和60年から平成7年にかけては減少の一途をたどっている。甲54p2は乙115p78の名古屋地区の使用水量と工業出荷額を散布図にしたものであるが、点は図全体に散らばっており、傾向は読み取れない。このように過去の実績から判断すれば、使用水量原単位が将来にわたって変化がないとすることは実績を無視した不合理な判断である。
 2) 水公団の考えとその矛盾
 乙115p54によると、大垣地域の工業用水について水公団は平成3年から平成7年の「実績を見てもほとんど変化はなく、この間の各年のバラツキの方が大きい」と説明したうえで、使用水量原単位は平成7年度の値から将来にわたって変化のないものとして扱っている。
 しかし、既に述べたように甲67p12のように、昭和60年から平成6年ころについては使用水量原単位は減少傾向にありその後また変化している。平成3年から平成7年の間をみれば「バラツキ」が大きく、そこに一定も含めて変化の法則を見いだすことは難しい。平成3年から平成7年にかけては年毎に変化がある。このような大きな「バラツキ」を認識しながら、水公団はこれを「実績をみてもほとんど変化はなく」、つまり一定という、読み誤りとしか考えられない評価を下しているのである。
 これは名古屋地区工業用水についても同じことが言える。乙115p78、それを図化した甲67p13およびp14からみれば、使用水量原単位は減少傾向にあり、明らかに年ごとに変化している。このような明確な変化、それも乙115p78のように水公団が被控訴人大臣に対してわかりやすくまとめた表があるのであるから、使用水量原単位が将来にわたって変化しないと言い切ることはできない。
 3) 甲19p17図10は、富樫幸一が大垣地区における淡水使用水量原単位と実質工業出荷額との関係を図に表したものである。
   被控訴人大臣等の主張に沿えば、工業出荷額が変化しようと淡水使用量原単位は変化がないのであるから、グラフ線は一定の水準で水平な直線傾向にならなければならないのであるが、そうはなっていない。「1980年代に入ると実質工業出荷額の成長に対して、使用水原単位は右下がりの減少傾向を示していた。1990年代に入ると出荷額の増加と減少の振動に対して、原単位の変化は少し複雑な動きを示す。一見して原単位の低下傾向が小さくなるかのようであるが、実質出荷額が減少した1991年から94年の期間は原単位はさほど低下せず、あるいは94年のようにむしろ上昇し、再び実質出荷額が成長する94年から97年の期間は再び減少傾向が生じている。」(甲19p10)。このグラフ線で示された1980年(昭和55年)から1998年(平成10年)の一連の使用水量原単位の数値を見れば一定傾向にないことは明らかである。とりわけ、平成3年から平成10年にかけての変化には法則を見いだすことは難しい。
   甲67p11には大垣地域の工業出荷額と淡水使用水量、淡水使用水量原単位が示されており、これに基づき、同様の分析が甲68p23、24でも次のように行われている。
   大垣地域の工業出荷額と淡水使用水量、淡水使用水量原単位との関係は、非常に複雑な関係を示している。
@昭和60年度から昭和62年度にかけては、工業出荷額が増加しているが、淡水使用水量は減少している。そのため、淡水使用水量原単位は大きく低下している。
A昭和62年度から平成3年度までは、工業出荷額が増加し、淡水使用水量も増加している。しかし、淡水使用水量の増加率が工業出荷額の増加率よりも小さいため、淡水使用水量原単位は低下している。
B平成3年度から平成5年度までは、工業出荷額が減少し、淡水使用水量も減少している。そして、淡水使用水量の減少率が工業出荷額の減少率よりも大きいため、淡水使用水量原単位は低下している。
C平成5年度から平成6年度までは、工業出荷額が減少したが、淡水使用水量が増加している。そして、当然に淡水使用水量原単位は上昇している。
D平成6年度から平成7年度までは、工業出荷額が増加したが、淡水使用水量は減少した。そのため、淡水使用水量原単位は大きく低下している。
   名古屋地区の工業用水についても事情は同じである。甲67p13に示されている名古屋地区の工業出荷額と使用水量、補給水量により、甲68p30で分析が次のように行われている。
@ 昭和60年度から平成3年度にかけては、工業出荷額が増加しているが、淡水使用水量は増減を繰り返している。そのため、淡水使用水量原単位は少しずつ低下している。
A 平成3年度から平成6年度までは、工業出荷額が減少し、淡水使用量も減少している。そして、淡水使用量の減少率が出荷額の減少率よりも大きいため、淡水使用水量原単位は低下している。
B 平成6年度から平成7年度までは、工業出荷額が増加し、淡水使用水量は増加した。しかし、工業出荷額の増加率が淡水使用量の増加率よりも大きいため淡水使用水量原単位は低下している。
 以上のような、大垣地域と名古屋地区の工業出荷額と淡水使用水量の関係からは、工業出荷額の増加とともに淡水使用水量が増加する、淡水使用水量原単位は一定である、というような定まった関係を見いだすことができない。これらの間に何らかの定まった関係を見いだすことは困難である。
 この事実は工業出荷額が伸びれば使用水量が伸びていくという関係にはないことを物語っている。たとえば工業用水道の場合、工場側の受水量の変動にかかわりなく一定量までは同一の水道料金を支払う仕組みになっている。そのため、一定量までは節水に向けての動機付けに乏しい。逆に生産量の上昇と共に使用水量が増加してコストの上昇に転嫁される段階になると節水の動機付けが生まれ、使用水量の減少につながるのである。また、大垣地域の場合、工業用水の全量を地下水によっているのであるが、地盤地下において述べるように地下水揚水に対してはほとんど無規制であり実質的な規制は行われていない。電気代だけで殆どタダ同然の地下水を規制なく自由に使用している状態では、節水への動機付けは一層乏しいのは明らかである。そうした事実一つとってみても工業出荷額と使用水量原単位との関係は複雑になると言わざる得ないのである(甲19p10)。
 同様のことは岩波新書「水の環境戦略」(中西準子著)p42においても述べられている。それによると「1970年頃をピークにして、日本全体での工業用水使用量は年とともに減り続け、ここ10年くらいは横ばいで推移している。・・・この間全体の工業生産指数は2.1倍になっているから、生産高当たりの使用水量は減少している。・・・・・・工業用水道は契約量があって、それを減らすことが難しく、減らしても料金は安くならないから、必要であろうとなかろうと、当初の契約量を使っているのである。つまり、わが国の工業用水道のシステムは、企業に節約へのインセンティブ(誘因)が働かないようになっているのである。」と記されている。
 4) 控訴人は使用水量原単位が変化することを明らかにしたのであるが、原判決は、「使用水原単位は、生産活動の合理化により一定の値に集束していくものと考えられるところ」とし、「平成7年度の使用水量原単位の実績値が平成30年度までほぼ横ばいに推移するものと予測したことは、合理的なものということができる」と認定している(p111)。
   しかし、使用水量原単位が「生産活動の合理化により一定の値に集束」するという根拠はどこにも存在しない。むしろ、使用水量は節水への動機付けによって左右される。工業用水道のように、工場側の受水量の変動にかかわりなく一定量までは同一の水道料金を支払う仕組みや、また、大垣地域の地下水利用のように、規制のなくタダ同然で自由に使用できるなどの事情から、節水する動機付けに乏しく、取り入れる水つまり補給水量の範囲内で生産を行っていることが使用水量原単位に影響を及ぼしているのである。原判決の、使用水量原単位が「生産活動の合理化により一定の値に集束」するというような経験則はなく、また、本件ではどこにも主張されず、立証もされておらず、裁判所が根拠のないまま行った独断である。
 5) 水公団予測の恣意性と原判決の誤り
 そもそも、被控訴人大臣等は使用水量原単位について平成3年から平成7年の5年間の数値を持ち出して「実績をみてもほとんど変化はなく」と結論づけた。
 上記にように、この期間を見ても実績に変化があることは明らかなのであるが、昭和60年からの数値を判断すれば年ごとに変化しており、特に、使用水量原単位が減少していることが明らかであった。乙115p78、79に表によってわかりやすく整理されているにもかかわらず、使用水量原単位一定という自己を少しでも正当化しようとして、平成3年から平成7年を選び出しているのである。
 後に述べるように被控訴人大臣は工業出荷額変化の基礎資料としての過去の実績値を使用する場合には昭和60年から平成7年の10年間の数値を用いた。一方で、使用水量原単位となると平成3年から平成7年の5年間を用いている。同一の推計計算式に用いる変数を得るための基礎データの選択において、一方で過去10年分を基準とし、他方で過去5年分を基準とする合理性はどこにも見いだせない。同じ推計式に使用される変数事項(要因)は、年ごと、地域ごと、産業ごとの特徴が反映して実績として現れたものである。したがって、式に使われる変数事項については、期間(年)も、地域も、産業も共通にしなければ、精度の良い推計はできない。特に、工業出荷額も工業出荷額当たり使用水量原単位も、その定義からすれば工業出荷額に結びついたものであるから、両者を別異の期間から求める理由に乏しい。
 このような水公団などの恣意的なやり方に対し、原判決は「過去の実績から合理的に将来の変動を予測したものであるから」とのみ言って理由を示さないまま被控訴人大臣の判断を容認した。上記のように、使用水量原単位は工業出荷額との関係で将来を予測しようと言うものであるから、工業出荷額についても、原単位の取り方につても共通の期間のデータに立って判断されるべきである。これは過去の実績から将来を予測しようと言う場合に最も注意されるべき事情である。過去のいかなるデータを採用するかは需要予測に大きな影響を与えることは明らかであるから、過去のどのデータが採用されるべきかについては合理的根拠が必要である。これに対し、原判決は何も答えず、誤っている。
 6) 被控訴人大臣は長期計画ベースが誤っているとしてやり直しさせ、実績ベースの推計を水公団に出させた。しかし、実績だとしつつも被控訴人大臣が採用した原単位の傾向は実績とは異なるものであった。そして、変化する原単位については他の資料からも見て取れる。
 中部地方整備局事業評価監視委員会議事概要(乙193)添付説明資料9には大垣地域の工業用水の使用水量原単位を示した図が掲載されているが、そこでは使用水量原単位は明らかに減少傾向を示している。特に、工業出荷額が上昇している年に使用水量原単位が減少している。添付説明資料11には名古屋市の工業用水の使用水量原単位が図で示されているが、様々に変化している。大垣地域と同様に、工業出荷額が上昇している年は使用水量原単位が減少し、工業出荷額が横這い又は減少した年に使用水量原単位は横ばい又は上昇している様子が分かる。いずれの地域においても、補給水量(需要量)は減少または横ばいである。企業などが取り入れる水の範囲内で生産活動を行っている傾向を読みとることができる。
 平成8年度版「流域別下水道整備総合計画調査」(乙224p36)には工場の排水量の予測について記載されている。
 工場排水量=用水量合計−(ボイラー用水量+原料用水量+回収水量)
 補給水量=用水量合計−回収水量
で求められるので(乙193p37)、工場排水量は工場補給量と基本的に同じ計算である(水量としても、用途水量においてボイラー用水と原料用水の占める割合は小さい)。工場排水量の予測は補給水量と同様の手法で行われているのである。p39図3-9は排水量原単位と工業出荷額の関係が図化されているが、それによると、工業出荷額が増加傾向になっているときに、排水量原単位は減少傾向にある。さらに、平成3年以降、工業出荷額は減少しているが、排水量原単位は横ばい傾向に転じている。補給水量に相当する排水量は減少傾向であり(p38図3-8)、企業などが取り入れる水の範囲内で生産活動を行っている傾向を読みとることができる。この資料でも、甲67p11の図と同様の企業などが取り入れる水の範囲内で生産活動を行っている傾向を読みとることができる。
7)イ) 被控訴人大臣等は乙115p238の使用水量と工業出荷額の図(全国)
をもって正当化しようとする。しかしながら、この図を利用できるかどうかは、全国についての資料が大垣地域、名古屋地域で当てはまるかどうかの検討が不可欠である。
 大垣地域と名古屋地域についての工業出荷額、使用水量の過去の実績が乙115p78、79に分かりやすい表となって示されている。甲54は乙115p78、79の名古屋地域と大垣地域の使用水量と工業出荷額を散布図にしたものである。使用水量原単位が一定であれば、乙115p238の全国値のように直線状に並んで右上がりの点群にならなければならないが、甲54では、点は図全体に散らばっており、傾向は読み取れない。大垣地域および名古屋地域の工業出荷額と淡水使用水量との間に一定の関係を見いだすことは難しい。乙115p238の図が両者の関係を正の直線となっていることと明らかに異なっている(甲68p31)。乙115p78〜79に示されている数値から、乙115p238の図は大垣地域、名古屋地域には当てはまらないことは明らかであるし、乙115にあるのであるからそのように判断することも容易であった。
 本件事業認定では、乙115p78、79によって名古屋地域と大垣地域での使用水量原単位の一定は否定されており、乙115p238の図をもって名古屋地域と大垣地域での使用水量原単位の一定の根拠にすることはできず、被控訴人大臣等は名古屋地域と大垣地域の実績に即して予測を進めるべきだったのである。
 大垣地域と名古屋地域の使用水量原単位の動向が乙115p78、79で判っていることを考えると、大垣地域と名古屋地域の実態と異なって、使用水量原単位一定を正当化するために、わざわざ対象地域の値を用いずに、全国の乙115p238の図を持ち出したものである。
ロ) 原判決は、大垣地域と名古屋地域の実態と異なった全国値の乙115p2
38の図を根拠として使用水量原単位が一定であるとした水公団予測が合理的であるかどうかについて、河川砂防技術基準案解説(乙115p238、乙126p37、38)に「計画目標年次における製造業出荷額、工業用水原単位を基に必要水量算定する」という記載があり、この推計方法は一般的であると認められるので、大垣地域と名古屋地域で上記の推計方法をとったことは不合理であるとはいえない」とした(p110)。
 しかし、「河川砂防技術基準(案)解説」では、用いるものとしている原単位は使用水量原単位ではなく、補給水量原単位である。また、河川砂防技術基準案解説では、「工業用水は使用目的によって、良質の淡水を必要とせず、他の代替手段(回収率の向上、下水処理水の再利用、海水の利用)が可能であるので、総需要量の予測はこれらの水量を考慮して検討することが必要であり、」としている(乙126p38)。「河川砂防技術基準(案)解説」では、使用水量原単位は現在値を将来値にすべきとは記載されておらず、むしろ、将来値は現在値よりも減少する可能性があるので、それを考慮すべきと記載されているのである。原判決の判断は明らかに誤っている。
 また、控訴人が指摘しているのは、名古屋地域、大垣地域、それぞれの地域で工業出荷額と淡水使用量との関係に正の相関関係が認められてるかを乙115の資料からまず検討し、それが認められない事実を判断したうえ、水公団予測に合理性があるかを判断すべきであるということである。原判決はまず工業出荷額と淡水使用量との関係に正の相関関係が認められていない事実をまず認定し、しかる後に水公団予測の合理性を判断するべきであった。ところが、原判決はこのようなことは全くせず、被控訴人大臣の主張を鵜呑みにしたのである。
 8) 以上、控訴人は大垣地区、名古屋地区いずれについても使用水量原単位、補給水量原単位も一定ではない、すなわち工業出荷額と使用水量、補給水量との間に一定の関係を見いだすことは難しいこと、むしろ、工業水道の責任水量制や大垣地域の地下水の無規制的な使用事情から、取り入れる水、つまり補給水量の範囲で生産活動を行っていることを明らかにした。また、当該地域の統計がありながら、これと矛盾する全国の値を使うことは不合理であることを指摘した。
   原判決はこれらについて「不合理であるとは言えない」のみ判断し、控訴人が証拠と経験則に基づいて明らかにした主張に対し何も答えなかった。特に原単位の問題については、使用水量原単位と補給水量原単位について混乱があるばかりでなく、原告が示した事実については全く目をつむり、事実認定すらせず、被控訴人大臣の主張をそのまま引用しているのである。

5 回収率
 1) 大垣地域では、回収率は34.2%が継続するものと仮定している(乙115p54)。この回収率は全国的に見ても著しく低い数値である。
 なお、乙115p146では、平成4年度から平成7年度までの実績に基づいて求めた年当たり回収率改善率0.31%を用いて、平成12年度における大垣地域の回収率は34.0%としている。これは、岐阜県想定の回収率37.7%と大きな違いはないとしているが、その理由について何も触れていない。そして、乙115p147では、年当たり回収率改善率0.31%を用いて、平成30年度における岐阜県の回収率を43.3%としている。上記の34.2%はこの値よりもさらに小さい。ここでも少しでも水需要を増加させる数値を用いようとする被控訴人大臣や水公団の姿勢が見て取れる。
 もっとも、乙115p241では、回収率が向上するとの考えに対しては一応のコメントがしてある。それによると、平成6年の実績との比較から見て、水公団は向上するとの見解をとらないとしている。用水量に大きな制約を受けた平成6年の渇水時にも回収率が上昇しなかったことから、回収率の向上は限界にあるとしている。しかし、大垣地域の工業用水はほとんど全部が井戸水(地下水)を水源としている。したがって、河川水の取水制限は関係がない。実際、平成6年度においても、大垣地域を含む岐阜県の濃尾平野地盤沈下等対策要綱観測区域では、工業用水の地下水揚水量は前年度よりも多かった(甲36p38)。回収率の予測に当たって平成6年の渇水を持ち出すことは根拠がない。
 2) いずれにしろ、30%や40%の回収率が著しく低い値であることは間違いない。名古屋地域の場合には80%台で推移しているし、北九州市では90%を超えている。大垣地域の回収率が著しく低いのは、大垣地域ではほとんどが工業用水に地下水を利用しており、節水に向けての動機付けに乏しいうえ、行政も地下水揚水規制条例のような回収率を向上させるための積極的な施策をしていないからである。
 前述のように、「建設省河川砂防技術基準(案)解説」(乙126p38)には「工業用水は使用目的によって、良質の淡水を必要とせず、他の代替手段(回収率の向上、下水処理水の再利用、海水の利用)が可能であるので、総需要量の予測はこれらの水量を考慮して検討することが必要であり、」としている。工業用水ではその用途によって回収し易さが大きく異なる。工業統計表では工業用水の用途を「ボイラー用水、原料用水、製品処理用水、洗滌用水、冷却用水、温調用水」の別に分類しており、冷却用水、温調用水は使用後の排水の水質がよいため、回収利用による再使用が容易である。実際に回収して再使用される水は冷却・温調用水が大部分であると考えてよい。
 大垣地域の場合、用途別合計水量(=水源別合計水量)に対する冷却・温調用水の占める割合は72.3%である(甲68p27)。回収率は33.9%であるので、50%以上の冷却・温調用水が回収されていない(甲68p27)。このような大垣地域の状況を考えれば、今後の回収率の向上は可能である。さらに、厳格な地下水揚水規制が実施されれば、節水に向けてのインセンティブが働き、実際にも回収率は向上する。「大垣地域では地下水の揚水規制は、条例はもちろん要綱による規制すらなされていない。……地下水揚水を、最終的には条例、初めにまず要綱によって厳しく規制するとともに、回収率向上のための指導や努力をすべきである。」(甲68p28)。
 大垣地域に隣接する尾張地域は、回収されにくい製品処理洗浄用水の比率が高い繊維関連業種が大垣地域にもまして多いとされる。用途別合計水量に対する製品処理洗浄用水量の率は40.5%であり、またこれに対する冷却・温調用水量の率は54.1%にすぎないが、回収率は66.5%であり、驚くべきことに回収水量の冷却・温調用水量に対する率は123.1%であり、100%を超えている(甲67p16)。尾張地域は、大垣地域よりも回収しにくい条件にありながら、はるかに多く回収されているのである。また、大垣地域に水道事業が実施され有料の工業用水を利用するとなれば、当然回収率が向上する。
 大垣市の回収率はあまりにも低く、回収率をさらに高めていくことは容易なことであり、回収の動機付けさえあれば、回収率はすぐに向上する。
 3) 大垣地域が回収率を考える上で極めて特殊であることは、その異常に小さい数値から明らかである。その原因が地下水を殆ど無規制に自由に利用していることからくるものであることは、水公団や被控訴人大臣にとって容易に調査できる事実である。
   原判決は「原告らが主張する回収率の向上は可能性があるというにすぎず、確実な根拠を有するものではない」などといって、控訴人の主張を退けた。
   しかし、控訴人は回収率が著しく低いという大垣地域の現状、大垣地域の地下水揚水規制の実態、回収率向上の可能性を示した。一方、被控訴人大臣は回収率が低い原因については一切ふれないままであった。
   そして、上記で述べ、第4地盤沈下で明らかにするように、大垣地域においては地下水の揚水規制がほとんど行われていない。大垣地域においても、地下水揚水規制が行われ、地下水揚水に制約がかかるようになれば、回収率向上に対する動機付けが働き、回収率は向上する。控訴人は回収率向上の可能性を根拠を持って示しているのである。
   原判決は控訴人の主張を根拠無く退けたのである。

6 工業出荷額
 1) 経済構造の変化による出荷額と水需要の関係の変化
 被控訴人大臣等の予測は経済構造の変化に全く目を向けることなく、出荷額の上昇が伸びて止まらないものとしている。
 いわゆるバブル経済の崩壊を契機に日本の経済構造が大きく変化したことは公知の事実である。
 甲198では、富樫は工業出荷額の予測について1990年代以降の日本の経済構造の変化を「90年代におけるバブルの崩壊、製造業の海外進出などによって、マイナス成長ないし低成長となる大きな構造変化が認められ、1994年で既にそれが事実として明白になっていた」と指摘する。
 このような経済構造の変化について、嶋津はバブル経済以降の我が国の経済構造の変化を指摘し、工業における用水部門の減少がある一方で、「非用水型工業の生産増または用水型工業の非用水部門の生産増」があるとし、「用水型工業である重厚長大型産業の停滞という産業構造の変化は歴史的な流れであって、今後、鉄鋼業や化学工業などの用水型工業の生産が再び増加傾向に変わることはなく、これからの生産増は非用水型工業、非用水型部門によるものである。」という(甲20p6)。
 産業構造の変化は当然、淡水使用水量あるいは補給水量に反映することになる。被控訴人大臣はこのような経済の構造の変化があるにもかかわらず、工業出荷額が伸び続ける、工業出荷額の上昇に応じて工業用水は限りなく大きく上昇していくものだという前提に立って予測をしているのである(乙115p52、同p54)。
 2) 工業出荷額の実績
 乙115p78、79には、昭和60年から平成7年の名古屋地区と大垣地区の工業出荷額が示されているが、それによると昭和60年から上昇しているが、平成3年をピークに減少傾向となっている。このように、平成3年ころをピークにして出荷額が伸び悩んでいるが、それは先に述べた産業の構造変化が反映しているためである。
 在間は甲67p11およびp12では大垣地区の、p13およびp14では名古屋地区の工業出荷額の傾向を−×−で示し明らかにした。それによれば、いずれの地区も工業出荷額の傾向は昭和60年ころから平成3年ころまで上昇し、その後減少傾向を示している。
 3) 被控訴人大臣等がおこなった工業出荷額の将来予測について
 被控訴人大臣等は昭和60年と平成7年の二つの年を比較して1年当たりの平均伸び率を大垣地域にあっては1.024倍とし、名古屋市地域にあっては1.027倍として将来にわたって同じ割合で工業出荷額が伸びていくと判断した。この時、被控訴人大臣等は昭和60年と平成7年との間の10年間の平均伸率が将来を予測するのに適するかについては何らの判断もしていない。被控訴人大臣等のやり方は、過去の任意の2点を好きに捉えて、その間の平均伸率を用いればよいというものである例えば過去5年間の平均であってもよいし、過去30年の平均であってもよいということである。
 既に述べたように我が国の産業構造は昭和48年の第一次オイルショックを期に高度経済成長が終焉し、昭和54年の第二次オイルショックを経て、経済成長率の伸びは鈍化した。さらにバブル経済を経て大きな変化をが生じた。高度経済成長期には重化学工業といった用水型産業が中心であったものが、今日では非用水型の加工組立産業や重化学工業でも非用水部門が生産の中心となっている。社会的には低成長時代に入ったされ、経済の右肩上がりの時代は終わったと言われて既に久しい。バブル経済の崩壊を経て、経済成長は殆どなく、海外生産の展開によって国内産業はスクラップされている。大垣地域でも名古屋地域でも、工場の閉鎖が相継いでいる。このような産業構造の大きな変化を経ている今日、工業出荷額の変化も将来を予想するのに有意な期間、すなわち、バブル経済崩壊以降の実績を選択するべきであった。
 乙115p78、79ページで示された平成3年から平成7年間の工業出荷額の傾向は大垣地区、名古屋市ともに減少傾向にあることは既に述べた。バブル経済崩壊以降の産業構造が将来大きく変化する要素は見いだせない。そうであるならば、工業出荷額の予想は横這い或いは減少傾向を考慮した手法が用いられるべきであって、被控訴人大臣のように将来にわたって限りなく伸びていくものとすることは合理性がないと言わなければならない。
 4) 原判決はこの点、「第五次全国総合開発」であるとか、「第二東名、第二名神高速道路」などを持ち出して、出荷額の伸びにうちて論及した。これらの計画がいつの段階でどの程度までに達成されるのかは全く明らかでないし、計画の具体性については原審においては何等主張も立証もされていない。しかも、原判決の考えに従えば、これらの計画の具体化が水需要の増加につながらなければならないが、そのような事実は被控訴人大臣からも主張すらされていない。
   さらに、こららの開発は、それ自体よりも、それによる工業用水の需要に意味がある。開発され工場立地する業種によって、工業用水需要は全く異なるのである。例えば、第二東名や絵第二名神高速道路が開通して、物流産業が立地しても、工業用水需要は殆ど無い。したがって、水需要予測において開発をいうときは、どのような業種の産業立地であるかを明らかにしなければ意味がないのである。
   原判決は開発という言葉だけで、工業出荷額の増加、水需要の増加を認定したのである。

7 小括
 1) 以上の通り、工業用水需要量(淡水補給水量)の実績は減少から横ばいであり、今後も横ばいが予測される。乙115の水公団予測のように、大垣地域では平成7年度の37.1万m3/日が平成30年度には64万m3/日に、名古屋市では平成7年度の7.6万m3/日が平成30年度には16万m3/日に、2倍近くになることはあり得えない。甲67p12、14を見ただけでも明らかである。大垣地域および名古屋市では徳山ダムの工業用水は将来においても需要がないことは、本件事業認定処分時はもちろん現時点でも明らかである。
 水公団および被控訴人大臣が予測の基礎とした
   @ 淡水使用水量原単位は将来にわたって変化しない。
   A 回収率は将来にわたって変化しない。
   B 工業出荷額は今後も継続して伸びていく。
等の関係は大垣地域、名古屋市地域の実績や実態とは異なっている(@について甲68p24、Aについて同p28)。これらは根拠がない。原判決はこの事実をまず認定するべきであったし、控訴人の主張に答えるべきであった。
 2) そもそも将来の水需給を考える上で重要なのは、どれほど新規に工業用水の補給が必要かである。したがって、原単位として注目すべきは補給水に関する補給水量原単位であり、また、これに影響を与える回収率の向上や使用水量の節減を考慮することである。
 本件事業認定における工業用水需要予測のやり方の根拠として、乙115p238は、「建設省河川砂防技術基準(案)同解説3.5 工業用水の需要予測」を引用して、「工業用水の需要予測にあっては、計画目標年次における製造業出荷額、工業用水原単位をもとに必要水量を算定する。」としている。
 しかし、上記したように、「建設省河川砂防技術基準(案)同解説3.5 工業用水の需要予測」には続きがあり、乙126p38にそれが示されている。そこでは「工業用水は使用目的によって、良質の淡水を必要とせず、他の代替手段(回収率の向上、下水処理水の再利用、海水の利用)が可能であるので、総需要量の予測はこれらの水量を考慮して検討することが必要であり、原単位としては淡水補給量としての原単位を使用する。」と続いている。工業出荷額に工業用水量原単位を乗じて補給水量を求めるならば、原単位として用いるべきは補給水量原単位であり、また、補給水量を減少させる回収率の向上等の節減要素を考慮することとしているのである。
 上記の指摘内容が、本件事業認定処分の根拠となった乙115に添付されている「建設省河川砂防技術基準(案)」に明確に記載されている。
 3) 水公団や被控訴人大臣は工業用水の需要予測について、「使用量原単位を独自の説明要因として誤って位置づけ、さらに需要が増加するような予測を導くために、原単位の低下傾向の弱まりや横ばいを恣意的に想定した」(甲19p10)。このやり方(乙164もp93の式で明らかなように、使用量原単位を独自の説明要因とするこのやり方の一例である)は、これまで、「たえず誤った需要予測を繰り返してきた。」(甲19p10)のである。
 甲73p5図4の愛知県地方計画における各計画次での需要予測と実績の乖離の繰り返し、また、新フルプラン(甲20図4)の旧フルプラン(図1)と同様な実績との乖離は、この誤った需要予測の繰り返しの一例である。工業用水需要量(淡水補給水量)の予測は、これまで、特に第1次オイルショック後の1975年(昭和50年)以降については、実績が予測の通りになったことは、1例も1度もない。全ての予測が、実績が予測値を下回っており誤っている。将来予測を下方修正しても、実績は必ずその予測を下回って、減少または横ばいであり、この繰り返しである。工業出荷額が上昇しても、工業用水需要量(淡水補給水量)は、減少から横ばいに推移し続けている。
 将来を誤った需要予測において説明されていることは、いつも決まっている。それは、「水使用合理化が限界に近づき、使用水量原単位は低下せず、回収率は上昇せず、両者は今後変化しない」、という説明である。しかし、実際は、工業用水需要量(淡水補給水量)は、予測に反して、減少または横ばいに推移してきている。それは、回収率の低下はもちろんであるが、水使用合理化によって使用水量原単位が減少しているからである。
 取り入れる補給水量の範囲内で生産するのは水使用合理化の具体的な現れである。また、甲68p28で述べたように、回収水は工場プラント内を循環している水であるので、その循環速度を速めてより多い回収水量を得るのも水使用合理化の一つである。乙115p78、79で用いられている工業統計表を整理してみると、尾張地域の回収水/冷却・温調用水は1.231である。企業はこのような水使用の合理化をして、補給水量を増やさないで、言い換えれば補給水量の範囲内で生産を行っているのである。
 実際の工業用水需要は淡水補給水量である。淡水使用水量原単位は淡水補給水量から導き出される結果にすぎないのである。「要するに、淡水使用量の原単位とは予測のための説明変数ではなく、(工業)出荷額の変動とあまり変化のない淡水補給量の推移から生じる見掛け上の結果に過ぎないのである。」(甲19p10)。
 乙163のような水需要予測で特徴的なことは、予測対象の工業用水需要量である淡水補給水量については、その実績の経年的な推移が示されないことである。例えば乙163では、重要な1975年(昭和50年)以降の実績の推移が明らかにされていない。乙163でも、工業出荷額、使用水原単位、回収率については、経年的な実績の推移が図で示されているが、予測対象の淡水補給水量については、経年的な実績の推移が図で示されていない(p8、10)。その結果、予測が実績の傾向から乖離していることが判らないようになっている。
 乙115では、淡水補給水量の実績資料はあるが(p78、79)、これを本文で図としては整理していない。しかし、本件事業認定の処分権者である被控訴人大臣は、この実績資料によって、本文の水公団予測(p52〜54)がこれと乖離していることを認識、判断することができるし、それが事業認定処分権者の役割であり、責務である。
4) 工業出荷額、使用水原単位、回収率などを説明要因とする式を用いて、将来予測をする場合、予測対象(淡水補給水量)と説明要因との間に質的変化が生じているのに、その質的変化が解っていない等のため、質的変化を推計式の中に織り込むことはかなり困難である。したがって、説明要因を多用しない比較的簡単な予測手法の方が適切なことが多い(乙229p76でも同旨のことが述べられている)。したがって、説明要因の最も少ない比較的簡単な淡水補給量の過去実績の推移から将来の予測を行うのが適切なことが多いのである。工業用水需要量(淡水補給水量)の場合、得ようとする将来値は淡水補給水量であるから、それは淡水補給水量の実績に基づく、あるいはこれを重視した予測が適切なのであることは、当然といえば当然である。
 これに対し、原判決はp113にて同趣旨のことを述べて、「比較的単純な予測手法の方が有効であるとされている」とながら、公団の採用した推計方法(将来の工業出荷額に現在の工業出荷額当たりの使用水量原単位と現在の(1−回収率)を乗じて求める方法)が不合理であると断定できない」とした。
 しかし、選択された方法は「有効」でなければならないのであるから、過去になされたこの方法による予測が実際に生じた実績に合致していていなければならない。しかし、上記したように、過去にこの方法によって予測された需要は実際に生じた実績とは大きく異り、過大なものであった。こうした過去の実績と照らして、用いられた方法の有効性が判断されなければならない。
 それからいえば、公団の採用した推計方法(将来の工業出荷額に現在の工業出荷額当たりの使用水量原単位と現在の(1−回収率)を乗じて求める方法)は、有効でないのである。その原因は、工業出荷額、使用水原単位、回収率などを説明要因とするこの将来予測式は、予測対象(淡水補給水量)と説明要因(工業出荷額、使用水原単位、回収率)との間に質的変化が生じているのに、その質的変化が解っていない等のため、質的変化を推計式の中に織り込むことはが困難だからである。
 したがって、説明要因の最も少ない比較的簡単な淡水補給量の過去実績の推移から将来の予測を行うのが適切なことが多いのである。本件で言うならば乙115p78、79で示されている淡水補給水量(工業用水需要量)が横ばい、減少している実態を直視し、将来の工業用水需要量を判断すべきであった。また、上記予測式に基づく予測結果が、過去の実績とは異なって乖離して連続性がない事実を直視するべきであったのである。
 原判決は、水公団予測や被控訴人大臣らの主張に対し、誠実に事実を認定し、検討を加えるべきであったのである。
第4 地盤沈下
 控訴人は、原審で、最終準備書面(補充書も含む)において、証拠と経験則によって、地下水揚水による地下水位の状況、最近の地盤沈下原因の解明、大垣地域の地盤沈下対策の現状とあり方、1994年(平成6年)の地盤沈下の原因(特に地下水揚水との関係)について、詳しく事実を述べ、地下水代替水源としての徳山ダム開発水の必要性がないことを明らかにした。しかし、原判決は、p116〜119で抽象的・一般なことを述べるだけで、これらについて具体的な論述が殆どない。そのことから、原裁判所は控訴人の主張をきちんと理解しておらず、これに答える判断することができなかった可能性が高い。
 以下では、上記の問題について、もう一度詳述し、併せて、原判決の誤りを指摘する。

1 地盤沈下と地下水揚水の関係
  −地下水揚水による地盤沈下のメカニズム−
1) 地下水揚水がどうして地盤沈下を起こすか、その地盤沈下のメカニズムはどのようになっているのか。
イ) 濃尾平野の地下の地質構造は、表層から、沖積砂礫層、沖積粘土層があり、その下は、洪積世の砂礫層、粘土層が交互に存在している(甲89『濃尾平野の地盤沈下と地下水』p40)。
 地下水は、この砂礫層を流れる(詳しくは、砂礫粒子の間隙部分を流れる)水である。この砂礫層を帯水層という。地下水は、地上に降った降水が、地下帯水層に浸透し、それがより水頭の高い上流から下流へと流れて涵養されている。
 帯水層のうち、表層砂礫層の地下水は水圧が開放されており、不圧地下水である。沖積粘土より下の砂礫層の地下水は、その上にある粘土層の透水性が低いため、粘土層によって被圧されており、その位置の標高よりも地下水頭値が高くなる。したがって、そこに井戸を掘って、粘土層を貫く孔を開けると、地下水位は上昇し、地表上に自噴することが多い。濃尾平野では自噴地下水が多くみられた。これは、濃尾平野では、地下水が豊富であることの結果であり、現れである。
 地下水は、井戸を掘って、ポンプで汲み上げれば利用できる。非常に安価であって、温度変化も少なく、水質も良い。この安価で良質の地下水は、工業用水として、高度経済成長期に、揚水量が急激に増加していった。
 この工業用の地下水揚水の急激な増加は地下水の過剰揚水を引き起こした。上記したように、地下水は、降水が地下帯水層に浸透し、上流側から流れて補給されて涵養されている。揚水量が涵養量を上回ると、地下水収支がマイナスになる。この涵養量を上回る揚水が、過剰揚水であり、地下水位の低下を引き起こす。(甲89p140)
 地下水の過剰揚水があると、帯水層の砂礫層の地下水位(水頭)が低下するが、その上下にある粘土層の地下水流速は非常に遅いので、粘土層の地下水位(水頭)よりも低くなる。水は水頭値の高いところから低いところに流れるので、粘土層から砂礫層への地下水の流れが生じるが、粘土層の地下水流速は非常に遅く、粘土層から地下水が絞り出される。粘土は水がなくなると収縮するので(圧密収縮)、粘土層の収縮が起こり、それより上の部分の沈下を起こして、地盤沈下が生じる。
 地盤沈下は砂礫帯水層の地下水位が低下して、その上下の粘土層から粘土の地下水流速が遅いため水がゆっくりと絞り出されることにより、粘土層が収縮して生じる現象である。地盤沈下は帯水層の地下水位が低下して、瞬時に、あるいは急速に起こるもののではない。したがって、地下水位の低下として重要なのは粘土層から砂礫層への地下水の流れを引き起こす低い水位の継続期間である。一時的に地下水位が下がっても、速やかに水位が高くなれば、粘土層からの地下水の絞り出し量は少ないので粘土の収縮は起きにくく、地盤沈下への影響は小さい。
 以上が地下水揚水による地盤沈下の基本的な機序である。
ロ) 原判決は、地下水揚水による地盤沈下の機序について、第4・2(1)エ(ア)A、B(p117)で論述している。
 そこでは、上記したような詳しい論述をしていない。
 また、原判決は、「帯水層内の地下水位が急激に低下し、粘土層の土中に含まれる水が絞り出される」というが、上記したように、帯水層内の地下水位の「急激な低下」はあまり意味がない。粘土層から砂礫層への地下水の絞り出しの原因は粘土層と砂礫層の地下水流速の違いであり、粘土層から砂礫層への地下水の絞り出し量が大きいことが地盤沈下の原因なのであり、それには、粘土層から砂礫層への地下水の流れを起こす低い地下水位の継続時間が重要なのである。
 上記のことを別にすれば、被圧地下水の過剰揚水が帯水砂礫層内の地下水位(水頭)を低下させて、これが原因となって、粘土層(粘土粒子と間隙から構成されている)からの砂礫層への地下水の絞り出しが起こり、粘土層の間隙から水が失われてその分間隙が狭くなって粘土層が収縮し、その上の地盤が沈下するということについては、基本的に正しく理解している。地盤沈下の原因は、被圧地下水の過剰揚水によって帯水層内の地下水位(水頭)が低下したためであることは、正しく理解している。
2) 以上のように、地下水揚水を原因とする地盤沈下の解明において、キーになり最も重要なことは、地下水揚水による地下水位の低下である。地下水揚水と地下水位の状況について、時間、地域、帯水層に関して解明することが重要であり、それ問題なのである。
 したがって、地下水揚水による地盤沈下の調査、解明には、必ず、地下水汲み上げの状況ともに、地下水位の状況も調べることが必要である。
 本件事業認定処分の根拠となった資料である乙115のなかの地盤沈下の関係部分(p116〜122、177〜185)には、地下水採取量全体の推移の図があるだけで、それ以外には資料がない。特に、地下水位に関する資料が全くない。このような資料の程度では、地下水揚水による地盤沈下の検討をしたとはいえない。何も検討しなかったに等しい。
 原判決は、上記のように、地盤沈下の原因が被圧地下水の過剰揚水によって帯水層内の地下水位(水頭)が低下したためであることを正しく理解しており、地下水揚水の状況にあわせて地下水位の状況も検討しなければならないことを分かっておりながら、本件事業認定処分の過程において地下水位の状況の検討がなされているか、また、それがなされていない事実について全く判断していない。原判決は、本件事業認定処分の判断過程の検討をしていないのである。
3) 濃尾平野の地質構造、粘土層−砂礫層(G、帯水層)の層序は、表層からみて、おおよそ以下の通りである(甲89p59〜73)。
 沖積粘土1−G1−熱田層粘土2−G2−海部累層粘土3(部分的)−G3
(G深度)  −50m    −100〜200m        −150〜250m
 甲89p59〜73には、大垣地域を含む南北断面オ、カと東西断面B〜Hが記載されており、大垣地域の帯水層の分布状態が読みとれる。これによれば、大垣地域の被圧帯水層は、南北方向では傾きが殆どなく、内陸側の北から南に向かって少し傾いている程度である。しかし、東西方向では、西に傾き、それも深い帯水層ほど傾きが大きく、また、圧密収縮層の粘土層と帯水層を含めた堆積層全体の厚さも西側ほど深い。以上が読みとれる。
 地下水はそれぞれの帯水層から揚水されている。したがって、地下水位の変化も帯水層毎に異なり、その過剰揚水による地下水位の低下によって収縮する粘土層も異なる。そうすると、どの帯水層の地下水位が低下しているかが重要となる。

2 濃尾平野の地盤沈下と濃尾平野地盤沈下防止等対策要綱
1) 濃尾平野では、高度経済成長期の1960年代〜1970年代始めにかけて、工業用水のために被圧地下水の揚水が激しく行われ、そのために地下水位が大きく低下していき、その結果、平野南部の愛知県尾張地域、三重県北勢地域海岸部で、毎年10pを超える激しい地盤沈下が起こった(甲35p14、甲89p134〜142)。
 そのため、愛知県と名古屋市は1974年(昭和49年)から、三重県は1975年(昭和50年)から、公害防止条例によって地下水揚水の規制を始めた(甲36p34〜36)。この規制は、工業用水道による代替水を確保して転換させる方法ではなく、代替水を用いない規制であった。その結果、地下水揚水量が減少し、地下水位が次第に上昇して回復に向かい、1980年代始めには、毎年激しく進行していた地盤沈下が沈静化してきた(甲89p142、p138〜140、甲35p5、14)。
 以上のように、1980年代始めには、すでに、愛知県、名古屋市、三重県の要綱や条例による地下水揚水規制によって、地下水位が回復してきて、地下水揚水に原因する激しかった地盤沈下は沈静化してきているのである。
2) 1985年(昭和60年)4月に、濃尾平野地盤沈下防止等対策要綱(以下、地盤沈下対策要綱という)が閣議決定された。
 しかし、1985年には、1960年代〜1970年代中頃にかけて激しかった地盤沈下は、すでに愛知県、名古屋市、三重県の要綱や条例による地下水揚水規制によって、地下水位が回復してきて、沈下は沈静化してきており、遅きに失したのが実態である(甲35p14、36p34〜36)。
 地盤沈下対策要綱は、対象地域を規制地域と観測地域に分ける。規制地域内の地下水採取目標量を年間27億m3とし、地下水採取をこの目標量以内にするため、規制地域(愛知県においては、尾張地域の全域と名古屋市の全域)については、@地下水採取規制、A代替水源の確保及び代替水の供給、B節水及び水使用の合理化を行う。また、観測地域(岐阜県においては各務原市、岐阜市、糸貫町、大野町、揖斐川町以南の全域)については、@地盤沈下、地下水位の状況の観測又は調査、A地下水採取の自主規制の継続等の指導を行う。以上のような内容である(甲36p67〜69)。
 規制地域での対策のAの代替水の供給に係る事業は、愛知県関係では、愛知県水道用水供給事業と尾張工業用水道第1期事業、名古屋市工業用水道事業が明記されているだけで、それ以外に具体的な代替水供給事業は記載されていない(甲36p70)。愛知県水道用水供給事業と尾張工業用水道第1期事業の水源は、岩屋ダム・木曽川総合用水であり、名古屋市工業用水道事業もすでに自己水源がある。代替水源としては、長良川河口堰が、愛知県工業用水として8.39m3/s、名古屋市水道として2.00m3/sが開発されておりながら未利用である。徳山ダム建設事業は、代替水源の確保に係る事業として記載されているけれども、これを利用した代替水供給事業はなく、その実体はないのである。
 また、観測地域では、地盤沈下、地下水位の状況の観測又は調査と地下水採取の自主規制の継続等の指導を行うことが対策の内容であって、地下水代替水の供給事業は対策となっていないのである。
 そして、1985年から1998年(平成9年)までの間に、濃尾平野の地盤沈下は、1985年以前の年間2p以上の沈下量の沈下域が無くなり、異常渇水の1994年(平成6年)を別にして、1p以上2p未満の沈下域も小さくなり、無い年もあるようになった(甲35p5)。
3) 原判決は、地盤沈下対策要綱が閣議決定され地下水採取の抑制が講じられて
きた(p117)、地盤沈下対策要綱では、地下水採取目標量を設定し、目標量以内抑制するための諸施策を推進し、その一つして代替水源に係る事業として本件事業が明記されている(p118)というだけである。
 原判決はこのような抽象的、簡単なことを述べるだけで、濃尾平野の地盤沈下の経過、地盤沈下対策要綱以前の条例に基づく地下水揚水規制による地盤沈下の沈静化、および、地盤沈下対策要綱での対策の具体的な内容、特に、徳山ダム開発水を使用した代替用水供給事業の有無、内容、さらに、観測地域である岐阜県の対策については何も展開しない。徳山ダムに関連することについては、徳山ダム建設事業が代替水源確保の事業とされていることを述べるだけで、殆ど何も論述しないのである。
 したがって、原判決が述べた内容では、論述する意味がないのである。むしろ、条例に基づく地下水揚水規制によって地盤沈下が沈静化してきていることや徳山ダムに関連することを具体的に述べないことで、不十分ではなく、誤ったものとなっている。

3 近年における地盤沈下
1) 上記のように、濃尾平野の地盤沈下は、かっての毎年10pを超える沈下量はなくなり、2p以上の沈下量の沈下域も無くなり、1p以上2p未満の沈下域も小さくなり、無い年もある。濃尾平野の地盤沈下は沈静化してきているのである。
 しかし、近年の東海三県地盤沈下調査会『濃尾平野の地盤沈下の状況』の年次報告(甲35・平成10年、甲36・平成11年、甲52・平成12年)において、地盤沈下対策要綱の観測地域の平野北部と南西部の観測点で、継続的な地盤沈下が報告されている。
 確かに、地盤沈下対策要綱の観測地域である濃尾平野西部の海津町、輪之内町、大垣市、また同平野北部の穂積町、羽島市、川島町では、この10年間の累積沈下量が5〜10p程度あり、毎年1p前後の継続的な沈下が観測されている(甲35、36、52各p10)。
 しかし、この沈下量は、濃尾平野南部において、毎年10pを超える沈下があり(上記の沈下量の10年間分が1年間で生じていることになる)、10年間で1m以上という激しい沈下を記録し、地盤沈下対策が求められた1960年代に比べれば(甲35p17)、比較にならないほど少ない沈下量である。濃尾平野では、2p以上の沈下域は1880年(昭和55年)以降、異常渇水の1994年を除いて、殆どなくなり、1〜2pの沈下域も大幅に減少し、年によっては無くなるようになった(甲52p8)。
 もっとも、毎年、わずかとはいえ1p前後の沈下が観測され、10年の累積沈下量が10p程度となっているのは事実のようである。この原因を検討してみよう。
 地盤沈下は地盤の収縮や沈降によって地表面が沈下する現象である。その原因は、地震による急激な沈降変動を除けば、軟弱粘土層の自然圧密による収縮、基盤の沈降や傾動運動(濃尾傾動盆地運動)、そして地下水の過剰揚水によって地下水位が低下しての粘土層の圧密収縮である。(甲89p143)
 地盤沈下が問題になったのは、最後に挙げた地下水の過剰揚水により地下水位が低下して粘土層に圧密収縮が生じたため地盤沈下が激しかったからである。昭和28年から昭和57年の期間においては、これによるものが地盤沈下変動量の約83〜95%に達するとされている。(甲89p143)
 過剰地下水揚水は地盤沈下の原因であるけれども、それが地盤沈下の原因の全てではない。それは、沈下変動量の83〜95%であり、それ以外にも、軟弱粘土層の自然圧密による収縮、基盤の沈降や傾動運動(濃尾傾動盆地運動)が継続的な地盤沈下の原因なのである。
 また、地下水揚水が地盤沈下の原因になるのは、地下水の補給量(涵養量)を超える過剰な揚水により、地下水位が低下し、それが粘土層の収縮を引き起こすからである。したがって、地盤沈下が観測されている地域では、地下水位を検討して、地下水揚水によって地下水位が低下していることが地盤沈下の原因であるかを検討することが何よりも重要である。
 2) 地盤沈下観測地点の特徴
イ) この10年間の累積沈下量が5〜10p程度あり、毎年1p前後の継続的
な沈下が観測されている地点は、共通して河川堤防沿いで堤防が道路として使用されているところが殆どで、それ以外は道路または鉄道沿いである(甲35、36、52各p19、甲52p9)。河川沿いは地層形成が若く、粘土層の自然圧密による収縮も収縮過程にあり、収縮が完結していないことが多い(甲89p143)。砂質土層でも堆積が新しいので、粒子の結合も緩く、間隙部分が多いので、振動等(車両の通行は振動原因の一つである)によって粒子結合が密に変化して、間隙部分が少なくなって、地盤沈下を引き起こすことがある。
 また、これらの地点は、多くが濃尾平野西部、特に揖斐川沿いである。濃尾平野は、基盤が養老断層を端にして西側ほど大きく沈降する濃尾傾動盆地運動があり、岐阜県の揖斐川沿川は最も沈降している地域であり、この地域は現在も沈降を続けている。(甲89p143、38、39、68〜72)これによる地盤沈下があっても当然である。
 3) 濃尾平野西部の地盤沈下
イ) 濃尾平野西部の海津町・五町観測所では地下水位に併せて地盤沈下量が、−55m(第1帯水層)と−200m(第2帯水層)で観測されている(甲35、36、52各p12〜14)。
 両帯水層とも、地下水位は毎年殆ど変わっていない。そして、地盤収縮量は、0〜−55mの収縮量も0〜−200mの収縮量も殆ど変わらない。
 したがって、地盤収縮は、−55〜−200mの間では生じておらず、地表から−55mまでのところ、沖積層で生じていることが確認された。(甲35、36、52各p12)
 沖積層は地層形成の若い地層であるから、自然の粘土層の圧密による収縮等が生じても当然である。
 なお、大垣地域の市町の水道用水は第2帯水層以深から取水しており、第1帯水層から取水していないので、水道用水の取水はこの地盤沈下とは関係がないことが分かった。
ロ) 濃尾平野西部の岐阜県内の地盤沈下対策要綱の観測地域が、地盤沈下を引き起こすような地下水位であるかは、観測地域に属する五町、大須、墨俣、大垣の各地下水位観測所の地下水位の観測記録で、近年と地盤沈下の記録がある昭和30年以前との地下水位を比較することが最もよいが、そのような資料はないから、それは不可能である。
 しかし、他に方法がないわけではない。濃尾平野で激しい地盤地下と地下水位の低下が観測されたのは、昭和40年代と50年代初頭の期間である。その後、この激しい地盤沈下が観測された地域では、地下水揚水規制により地下水位が回復して、地盤沈下が沈静してきている(甲35p14)。したがって、これらの観測所の地下水位を地盤沈下が激しかった地域の観測所の地下水位とを比較してみれば、濃尾平野西部の地盤沈下と地下水位の関係をみることができる。
 観測地域にある五町、大須、墨俣、大垣の各観測所の地下水位は、観測当初(昭和46〜52年)から継続して、比較的高い地下水位のままで変わっていない(甲36および52p59、61、62)。そして、次第に地下水位が上昇している観測所と帯水層もある(甲36および52p59、61、62)。これに比べて、昭和40年代から50年代初頭にかけて地盤沈下が激しかった地盤沈下対策要綱の規制地域(例えば、松中、飛島、十四山)の地下水位は、これら観測地域よりも、観測当初(昭和46〜52年)は第2、3帯水層で20m程度、第1帯水層で10〜12mも低く、現在も観測地域と同程度の水位にまでに回復していない(甲36および52p51〜53)。これらの規制地域では、地下水位の回復によって、地盤沈下量が極めて少なくなり、地盤沈下が沈静化している(甲36p14、甲52p17)。したがって、近年地盤沈下が観測されている濃尾平野西部の観測地域の観測地点では、その地下水位は、以前激しい地盤沈下を起こし、その後地盤沈下が沈静化している規制地域の地盤沈下沈静化時の地下水位よりも高いのである。したがって、近年地盤沈下が観測されている濃尾平野西部の観測地域では、地盤沈下を引き起こすような地下水揚水量や地下水位ではないのである。そこの地盤沈下は地下水揚水による地下水位の低下以外の沈下原因を考えるべきである。
 4) 平野北部(穂積町、巣南町、羽島市、川島町)の地盤沈下
 この地域は長良川や木曽川流域にあり、地下水流動も、第1帯水層、第2帯水層とも、長良川、木曽川流域である(甲89p118、187)。
 また、岐阜地域であって、「岐阜地区工業用水道事業」の区域である(甲88p3)。
 したがって、揖斐川の大垣地域とは関係がない地域である。
 5) 原判決
  原判決は、乙112に示される1994年(平成6年)の地盤沈下を述べるだけで、上記した濃尾平野の地盤沈下の実態をについて、殆ど何も述べない(p117、118)。特に、地下水揚水と地下水位の状況について述べなければ、地下水揚水と地盤沈下、地下水代替水の供給の必要性を検討したことにならない。原判決の記述では、濃尾平野の地盤沈下について判断したことにならないのである。
 なお、原判決は、乙139、193により、大垣地域においては平成6年以降も平成11年まで地盤沈下が続いている(1998年の本件事業認定処分時に入手できた資料は甲35の平成9年までのもので、1999年の資料は入手不可能であるが)という。しかし、年間沈下量はせいぜい1p程度であって、15年間で10pにもならない。かっては、年間10p以上、10年間で120pの沈下量を示した地点があるのに比べれば、僅かな沈下量である。また、この沈下と地下水位との関係が全く明らかでない。これでは、地盤沈下対策として、地下水位を上昇させるために地下水代替用水が必要であるかあるか明らかでない。
 また、原判決は、大垣市、小牧市、名古屋市天白区では、昭和末から平成5年までの期間と比較して、平成5年以降9年までの期間は早いペースで沈下しているという。しかし、1994年(平成6年)は異常渇水で沈下が他の年より大きく、その前年の1993年(平成5年)は沈下が他の年より小さかったので、そのような結果になっているのである。1993年と1994年を除けば、その前後の沈下量は、ほぼ直線化して同じ傾向である。 なお、小牧市と名古屋市天白区は、徳山ダムの工業用水の供給地域ではないので、地盤沈下対策とは関係がない。

4 岐阜県における地盤沈下対策の現状
1) 岐阜県域は、地盤沈下対策要綱の観測地域であって、規制地域でない(甲35p68)。
 地盤沈下対策要綱では、規制地域にあっては、地下水採取に係る目標量を設定し、その遵守のための規制、代替水源の確保、代替水の供給および地盤沈下による災害の防止等の措置を講ずるが、観測地域にあっては、地盤沈下、地下水位の状況の観測又は調査等の措置と地下水採取の自主規制の継続の措置を講ずるだけで、規制地域のような代替水源の確保と代替水の供給は講ずべき措置とされていない(甲35p67、69)。したがって、観測地域である岐阜県域、特に大垣地域では、徳山ダムによる代替水源の確保とそれによる代替水の供給は措置すべきものとされていないのである。
 2) 岐阜県の地下水揚水規制は、条例による規制はもちろん、要綱による規制もなく、自主規制だけで、それも大垣地域だけである(甲35、36、52各p35)。
 大垣地域の自主規制は、昭和49年6月に始まり、平成12年になりようやく規制地区を拡大した。規制内容は、大垣市街のA地区を除いて新設のみに対する規制で、既設については規制がされておらず、新設に対する規制は大量のもの(1000m3/日・口径80oと500m3/日・口径65o)についてストレナーの位置を深くして深井戸にさせることである。大垣地域の規制内容は以下の通りである。(甲35、36、52各p35、36)
 A地区:新設認めず。既設は昭和52年3月までに基準日の30%削減
 B'地区(平成12年から地区指定):新設のみ100m以深
 B地区(大垣市内だけから平成12年に地区拡大):新設のみ70m以深
 C地区:新設のみ30m以深
 D地区:新設のみ25m以深
 愛知県、名古屋市、三重県は、昭和49年から条例によって、既設について全地域で揚水量の20%を削減するだけでなく、新設については、ストレナー位置10m以浅のみ、つまり被圧地下水の深井戸揚水を認めないで、1日揚水量も350m3以下と、厳しい規制を行っている(甲35p35)。これに比べて、上記のように、岐阜県の地下水揚水規制は極めて緩やかである。岐阜県は、愛知県、三重県、名古屋市が厳しい地下水揚水規制を行っているのに対して、条例制定もしておらず、地下水揚水規制は無いに等しく、地盤沈下防止対策に殆ど取り組んでいない。このような条例はもちろん要綱による規制もしない岐阜県の地下水揚水規制状況は、濃尾平野の地盤沈下が大きな問題になり規制が始まった昭和49年頃だけでなく、上記のように岐阜県域の近年における地盤沈下が指摘されている現在でも同じである(甲35、36、52各p35)。
3) 岐阜県が地盤沈下対策に殆ど取り組んでいないことは、揚水規制だけでなく、地下水代替用水の供給にも現れている。
 岐阜県は岩屋ダムの工業用水4.33m3/秒・給水能力347千m3/日(新フルプランにおける岐阜県の2000年の給水量/取水量0.93による、以下同じ)を岩屋ダムが完成後の昭和52年度から開発水源として有しているが、これを水源とする工業用水道事業は、可茂工業用水道(水利権許可量0.18m3/秒)が行われているだけで、残りの4.15m3/秒・給水能力333千m3/日については全く事業が行われていない(甲19表3)。
 より正確には、1988年度(昭和63年度)に名古屋通商産業局によって、そのうちの2.855m3/秒を水源とする「岐阜地区工業用水道事業」の事業計画が詳細に調査されたが(甲88『岐阜県岐阜地区工業用水道事業計画調査報告書』)、岐阜県ではこの事業化は全くされようとしていない。同調査では、「岐阜地区工業用水道」は、地盤沈下対策要綱の観測地域である各務原市から羽島市、さらに揖斐川左岸の穂積町・巣南町までを供給区域とし、この地域の工業用地下水の全量を水源転換する工業用水道事業の計画であった(甲88p3)。岐阜県が口先だけなく本当に地盤沈下対策に取り組む考えであれば、この「岐阜地区工業用水道」を事業化するはずである。しかし、上記調査から10年以上経過しているのに、岐阜県では、「岐阜地区工業用水道」の事業化の動きは全くない。
 岩屋ダムの建設費の償還期間(23年間)が2001年度(平成13年度)に終了したにもかかわらず、未だに、岩屋ダムの工業用水4.15m3/秒が使用されないままであり、この建設償還金は全額が一般会計から支払われている。
 地盤沈下対策要綱の観測地域のうち、岐阜地区と大垣地区とを合わせた岐阜県域の平成8年の工業用地下水揚水量は606千m3/日であり(甲35p39)、上記した未使用の岩屋ダムの工業用水4.15m3/秒・給水能力333千m3/日はこの55%に相当する。これだけの地下水代替用水の供給が可能なのであり、地下水転換の意志があれば、容易に用水転換できる。しかし、岐阜県には同観測地域を供給区域とした工業用水道の事業化の動きは全くなく、岐阜県には地下水転換の意志がない。
4) 岐阜県が地盤沈下対策に殆ど取り組んでいないことは、工業用水回収率にも
現れている。
 大垣地域の工業用水の回収率は34%であり、極めて低い。大垣地域は、容易に回収可能な冷却・温調用水の全用水に対する比率が72%であるのに、回収率はその2分の1以下の34%である。冷却・温調用水の全用水に対する比率が大垣地域よりも低い54%である尾張地域の回収率67%と比べて、違いが顕著である。(甲67『徳山ダム関係水需給図表集(補正版)』p16)
 大垣地域では、冷却・温調用水に対する回収水の比率が47%であって、冷却・温調用水の47%以下しか回収されておらず、回収率の向上が可能であり、容易である。地盤沈下対策要綱の規制地域の尾張地域の例(冷却・温調用水の全用水に対する比率54%、回収率67%、冷却・温調用水に対する回収水の比率123%)から、大垣地域で回収率を70%、2倍まで向上させることが可能である。(甲67p16)

5 大垣地域での地下水揚水規制の強化の順序 
1) 上記のように大垣地域を始めとする地盤沈下対策要綱の観測地域である岐阜
県域の地下水揚水規制は極めて緩やかである。この規制強化は可能か、どのような順序、方法があるのか。岐阜県のように口先だけで地盤沈下問題を言うだけで要綱や条例による規制をやろうとしないのではなく、このようなことを検討することが何よりも必要である。
 岐阜県が地下水揚水の規制として最初に行うべきことは、要綱、ついで条例による愛知県、名古屋市のような厳しい揚水規制である。岐阜県では、このような規制も未だ行われていない。(甲35、52各p35)
 この要綱、条例による規制は、条例による強制力に基づく規制においても、工用水道による代替水源の供給を伴わない規制である(甲35p29)。
 地盤沈下対策要綱の愛知県の規制地域では、昭和49年9月から始まった条例による規制により、工業用水の地下水揚水量が、昭和51年の743千m3/日から、尾張工業用水道の稼働前年の昭和59年には438千m3/日と、305千m3/日・41%の削減がなされた(甲35p37)。この地下水揚水の削減は、代替用水によらない工場の補給水量自体の減少によるものであって、工場の回収率の向上、水使用の合理化による使用水量原単位の減少による結果である。この条例による規制により、愛知県観測地域の地下水位は大幅に上昇し(一宮観測所では、70m井、250m井で約4m上昇)、地盤沈下も大きく沈静化した(甲35p17)。
 大垣地域を始めとする地盤沈下対策要綱の観測地域でも、愛知県のような条例による規制が行われれば、愛知県の例からみて、地下水揚水量を40%程度削減することが可能である。大垣地域の回収率が34%と低い現状からすれば、これ以上の地下水揚水量の削減が可能である。平成8年の工業用地下水揚水量は、岐阜県の観測地域(岐阜地域と大垣地域)で606千m3/日(甲35p39、)、うち大垣地域で346千m3/日であり、これを40%程度削減して、岐阜県の観測地域364千m3/日、大垣地域208千m3/日以下に削減することが可能である。
2) 条例による規制からさらに進んで地下水揚水を規制するには、最終的に工業用水法によって工業用水道によって代替工業用水を供給して規制を行うことである。
 地盤沈下対策要綱の愛知県規制地域では、江南市、一宮市以西の第1、2規制区域を対象として、岩屋ダムの開発水を水源とする尾張工業用水道が昭和60年8月から供給を開始し、同61年1月には地下水から工業用水道への水源転換をほぼ終えた(甲35p28、29、36)。その結果、地盤沈下対策要綱の愛知県規制地域の工業用水の地下水揚水量は、昭和59年の438千m3/日から、昭和61年には194千m3/日・44%に減少した(甲35p37)。上記のように地下水揚水量は、昭和59年には昭和51年に比べて代替用水がなくても60%程度まで減少していたのが、代替用水によってさらに45%程度まで減少したのである。その後も工業用の地下水揚水量は減少を続けている(甲35p37)。尾張工業用水道の給水開始により、地盤沈下対策要綱の愛知県規制地域(一宮観測所)では、地下水位がさらに1m程度上昇し、その後も少しずつ上昇傾向にある。また、地盤沈下量も一層沈静化した。(甲35p17)
 地盤沈下対策要綱の観測地域である大垣地域を始めとする岐阜県地域で、工業用水道による代替用水を伴っての地下水揚水の規制を真剣に考るならば、全く使用されずにいる岩屋ダムの工業用水4.15m3/秒・給水能力333千m3/日を水源とする工業用水道事業によって工業用水を供給すれば十分である。
 地盤沈下対策要綱の観測地域の岐阜地域と大垣地域とを合わせた岐阜県域の平成8年の工業用地下水揚水量は606千m3/日であり、未使用の岩屋ダムの工業用水4.15m3/秒・給水能力333千m3/日はその55%に相当する。これだけの地下水代替用水の供給が可能なのであり、容易に工業用水道に用水転換できる。
 水量的に可能なだけでなく、上記のように名古屋通商産業局の『岐阜県岐阜地区工業用水道事業計画調査報告書』では、各務原市で取水した工業用水道は、長良川を越えて揖斐川左岸の穂積町・巣南町まで幹線配水管が布設され、南は羽島市全域が供給地域とされている。揖斐川を越えれば、大垣地域の中心である大垣市であり、そのまま南下すれば、大垣地域の安八町、墨俣町、輪之内町、平田町、海津町(羽島市の長良川対岸であり、岐阜県自主規制のB'地区)である。岐阜地域に加えて大垣地域も供給地域にすることは、現実的であり、可能なことである。
3) 以上のような要綱や条例によって地下水揚水を規制し、さらに岩屋ダムの工業用水の未使用開発水4.15m3/秒を使用した工業用水道の供給地域を大垣地域まで含めることで、岐阜県の地下水揚水規制の段階的規制として十分である。
 したがって、徳山ダムの開発水がなくても、大垣地域での厳しい地下水揚水規制や地下水揚水の削減ができるのである。
4) 原判決は、「大垣地域を含む徳山ダムの供給予定地域においては、依然として地盤沈下対策が重要な課題であるというべきであり、代替水源として本件事業の必要性を肯定できる」という(p118)。
 しかし、広い意味での地盤沈下対策が必要なことはあっても、上記2、3で述べたように、すでになされた地盤沈下対策により、地盤沈下の原因となっていた低下していた地下水位は回復してきて、沈下は沈静化してきている。また、大垣地域では、地下水位は以前から高い状態が継続しており、それに起因する地盤沈下を引き起こさない地下水位である。
 また、上記2、4、および51)〜3)で述べたように、地下水代替水源としても、すでにある代替水源によって地盤沈下対策としては十分であって、徳山ダム開発水を代替水源にする必要性はないのである。

6 1994年(平成6年)の地盤沈下の原因
1) 1994年(平成6年)は地下水位の低下が大きく、地盤沈下は、沈下量が大きく沈下域も広範囲であった。
 その原因は渇水のため地下水揚水が増加したためであるのか。
 しかし、濃尾平野地盤沈下対策要綱規制域での地下水揚水量は、前年の1993年(平成5年)よりも減少している(甲36p37〜38)。
 地下水位の低下を大きくしたのは、[「渇水」→工業用水道給水量の減少→事業所の地下水利用量の増加→地下水位の低下]のパターンではないのである。「渇水」の原因となった降水量自体が少なかったため、地下に浸透して地下水になる地下水涵養量が少なかったためである。降水量が少ないという自然現象が原因なのである。1995年以降は地下水位は回復しており、1994年の地下水位の低下は一時的な現象である。
2) 甲36p29の[尾張工業用水道供給区域における給水量、地下水揚水量(全用途)、稲沢観測所の地下水位の関係]の図では、1994年(平成6年)の状況は以下のことが読みとれる。
 地下水揚水量(全用途)は、5月まで同程度であったが、6月から増加し始め、7月から大きく増えて、8月に最大になり、その後減少して、10月には6月以前の水準になっている。地下水揚水量が多かったのは7〜9月の3ヶ月である。例年、6〜9月の地下水揚水量は他の月に比べて多い傾向がある。
 これに対し、稲沢観測所の地下水位は、6月から低下を始め、9月に最低となり、その後上昇して、5月の水位になったのは12月である。
 最多地下水揚水量の月は8月で、最低地下水位の月は9月である。地下水揚水が地下水位低下の原因とすると、地下水位は、揚水月から1月遅れで変化していることになる。
 そこで、地下水揚水量と地下水位の月ごとの変化を比較対照する。地下水揚水量が増え始めた6月の揚水量が地下水位に反映するのは7月であるが、地下水位は6月から低下し始めており、7月以前から低下している。また、地下水揚水量は10月には5月以前の水準になっているが、地下水位は11月に5月以前の水準になっておらず、11月も低下した状態で、12月に5月以前の水準になっている。さらに、地下水位の低下の程度は、地下水揚水量の多かった7〜9月に対応する8〜10月よりも、5〜7月と10〜12月の変化量のほうが大きい。以上のことは、地下水位の低下は、地下水揚水量の変化以外の原因、つまり地下水涵養量の減少を予想させる。そして、当然ながら、7〜10月の地下水位の低下には、地下水涵養量が少なかったことによるものも含まれている。地下水位は、降水による地下水涵養量が少なくなれば低下するので、この地下水位の低下は、降水が非常に少なく地下水涵養量が少なかったからである。甲36p12でも、「平成6年は降水量が非常に少なかったため、地下水位も低下し、沈下域、沈下量とも近年になく大きな値となっている」と記載されている。
 1994年(平成6年)に年間最低地下水位が下がったといっても、それは、前年の1993年(平成5年)に比べると下がったにすぎない程度であって、その前の1986〜1992年(昭和61年〜平成4年)の水準と同程度である。さらに前の1985年以前とは4m〜13m高く、1986年(昭和61年)以前の1976〜1985年(昭和51〜60年)の最高地下水位と比較しても、2〜8m高い(乙36p60)。尾張工業用水道供給区域で地盤沈下が激しかったのは、1977年(昭和52年)頃以前であり、年沈下量が4p以上、10pを超える年もあった(乙36p17の@、A、B)。その頃の沈下量と比べて、平成6年の沈下量は、4p以下、多くは1〜2pであって、格段の違いがあり、その沈下の程度は極めて小さい。そして、1994年(平成6年)の地盤沈下は、異常気象によるその年限りの現象である。1994年(平成6年)の地盤沈下は対策として問題になるようなものではないのである。
3) 原判決は、平成6年渇水時には河川水の取水制限を補うための大量の地下水が汲み上げられたとし、平成6年の地盤沈下の原因はこの地下水揚水による地下水位の低下であり、広範囲に高度な地盤沈下が発生したので、この地下水揚水に対する代替水源として徳山ダムが必要であるという(p117、118、119)。
 しかし、上記したように、1994年(平成6年)は、濃尾平野地盤沈下対策要綱規制域での地下水揚水量は、前年の1993年(平成5年)よりも減少している(甲36p37〜38)。原判決が前提としている事実は間違いである。
 また、確かに1994年(平成6年)は地下水位が低下したが、その原因は上記2)で詳しく明らかにしたように、降水量が少なかったため地下水涵養量が少なかったためである。地下水位は、入ってくる涵養量と出ていく採取量と比較して、収支の量が以前より減少すれば低下する。したがって、地下水揚水量が減少していても、地下水涵養量が前年よりさらに少なければ、地下水位は低下するのである。1994年(平成6年)は、異常に降水量が少なかったため、このような現象が生じたのである。
 なお、原判決の「地下水の過剰な採取により地下水位が低下し、粘土層が収縮するために地盤沈下が生ずることと平成6年の降水量が少なかったこととは矛盾せず」(p119)とは、何が言いたいのか意味不明である。平成6年は、降水量が少なかったことにより、地下水位が低下したこと、それによって粘土層が収縮するために地盤沈下が生じたのと、どう矛盾しないのか。

7 大垣市の地盤沈下と洪水に対する安全性
 原判決は、「比較的内陸部の大垣市においても、市街地の標高が5mと低平な地形になっており、………こうした地形のもとで更に地盤沈下が進行した場合、洪水への脆弱性が顕在化し、深刻な影響が生じることは明らかである」という(p119)。
 原判決は、地盤沈下が生じると、河道、特に河床は沈下しないが、堤防から堤内側の部分のみが沈下すると思っているようである。このように考えると、洪水への脆弱性は増す。
 しかし、地盤沈下は堤防や堤内地だけでなく、河床を含めた河道も沈下させるのであり、地盤沈下によって洪水の流れる高さも低下し、洪水位の標高も低下するのである。同じ沈下域では、地盤や堤防と洪水位との差は沈下以前と変わりがないのである。これは当たり前のことである。原判決はこのような初歩的なことも理解できないようである。
 さらにいえば、地盤沈下によって、河床が沈下すれば、計画高水位は設定された高さであるので変わらないから、計画高水位以下の河道断面積は増加する。堤防が沈下しているので、設定された計画高水位に合わせて堤防の嵩上げが必要になる。地盤沈下は、計画高水位以下の河積を増大させるので、洪水対策としては安全性を増加させる要因である。

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