徳山ダム建設中止を求める会・事務局ホームページ


3.木曽川水系フルプランの分析 −水源施設供給応力の低下問題−

伊藤達也・金城学院大学現代文化学部教授

要約

1.次々と変わってきた徳山ダムの水資源開発目的

 徳山ダムは1973年に初めてフルプラン施設として位置づけられて以来、その利水目的は頻繁に変更され、目的の一貫性を疑わざるを得ない状況が発生している。そして、今回のフルプラン改定作業では、水資源計画の前提を変更しない限り、事業そのものが成り立たなくなってしまった。

2.今回のフルプラン改定作業で明らかになった問題
 今回のフルプラン改定の中で明らかになったことは、93年フルプランの水需要予測が余りにも過大であったこと、木曽川水系フルプラン地域には使用量を超える余剰水量が存在していること、今回のフルプランは今後15年間で、15%の都市用水需要増加を想定する過大水需要予測であること等であった。

3.ダム等水源施設の供給可能水量の低下・利水安全度の低下問題
 しかし、今回のフルプラン改定作業では、どのような過大水需要予測を立てたとしても、使用実績とほぼ同量の余剰水量を示す水需給ギャップを埋めることはできない。そこで現れたのが「ダム等水源施設の供給可能水量の低下・利水安全度の低下」問題である。これまで10年に1回程度の渇水を対象に立てられてきたダム・河口堰開発水が、近年の少雨化傾向により、10年に1回の利水安全度を確保できなくなっている。改めて10年に1回の利水安全度を再計算すると(計画基準年を1951年度から87年度に変更)、フルプラン地域の水需給は均衡し、94年のような戦後最大級の渇水時には水源施設の供給能力が極端に低下し、徳山ダムがあっても、水不足は避けられないと政府は予測する。
 利水安全度の低下対策をとることは必要である。しかし、どのレベルの渇水にまで恒常的な対策を講じるかは、社会の側の事情に規定される。従って、河川流況が悪化しているからといって、従来と同レベルの策を講じるかどうかは、社会の側が決定すべき事柄である。渇水被害が発生するとしても、被害額以上の費用を要する対策は成立しない。さらに利水安全度低下対策が社会的合意を得たとしても、その策としてダム・河口堰策が望ましいかどうかは、また別の問題である。木曽川水系で策を考える場合、ダム・河口堰策ではなく、河川自流依存農業用水の水利転用や河川維持用水利用策が望ましいと筆者は考える。ダム・河口堰以外の現実的な策があるにもかかわらず、それとの間で比較検討がされなければ、ダム・河口堰策が最も適切な策であると結論づけることはできない。水資源計画の計画基準年を変更させるほどの大きな前提変更を行っていながら、その変更をダム・河口堰供給可能水量減少の議論にとどめている点に今回のフルプラン改定議論の問題点が集約されている。
さらにフルプラン改正資料や各県市資料は94年渇水規模の異常渇水に対する策についての説明をしていない。異常渇水の危機をあおるだけでは対策にはならない。今後、木曽川水系の異常渇水対策を充実させていくのならば、経済面、環境面で負担の大きな流域外水源策(長良川河口堰、徳山ダム)を除いた策(河川自流水依存農業用水との水利調整、発電ダムからの緊急放流、河川維持用水の一時的利用、木曽川既存水源ダム群の統合運用)の組み合わせが現実的であると筆者は考える。


木曽川水系フルプランの分析−水源施設供給能力の低下問題−

― 目次 ―
1.次々と変わってきた徳山ダムの水資源開発目的
2.今回のフルプラン改定作業で明らかになった問題
(1) 93年フルプランの水需要予測は余りにも過大であった
(2) 使用量を超える余剰水量の存在
(3) 今回のフルプランは今後15年間で、15%の都市用水需要増加を想定
(4) 個別問題で気になること
3.ダム等水源施設の供給可能水量の低下・利水安全度の低下問題
(1) 「ダム等水源施設の供給可能水量の低下・利水安全度の低下」問題とは何か?
(2) 木曽川水系の利水安全度低下を徳山ダムで対応することの問題点
 (3) 岩屋ダムの利水安全度が極端に低い理由−基準点流量との関連で−
(4) 94年渇水に対する対応策(異常渇水対策)


1.次々と変わってきた徳山ダムの水資源開発目的

 徳山ダムは木曽川水系フルプランに位置づけられた水資源開発施設である。しかし、当初計画から現在に至るまで徳山ダムの水資源開発目的はあまりにも頻繁に変更されており、その目的の一貫性を疑わざるを得ない状況が発生している。
 徳山ダムがはじめて木曽川水系フルプランに登場したのは1973年のフルプラン改定においてである。1973年フルプランは1985年の都市用水需要を178m3/sと見込み、それに対処する水源施設として徳山ダムを位置づけた(図1)。当時、水源施設はどれだけあっても足らないと考えられており、徳山ダムは「将来の水需要発生に備えるための水源施設」として15m3/sを供給する施設として計画された。 
 徳山ダムの位置づけが変化するのは1970年代後半から急速に進んだ都市用水需要増加の安定化による。特に1990年代に入ると木曽川水系フルプラン地域の都市用水需要はほとんど増加しなくなり、水需要予測と実態の乖離が著しく大きくなった。そうした中、1990年代前半に全国的な運動となった長良川河口堰建設反対運動の影響もあって、1995年から96年にかけて、「徳山ダム建設事業審議委員会」が開催され、名古屋市が徳山ダムに確保していた水利権6m3/sから3m3/sを返上した。1993年フルプランでは相変わらず水需要が大きく増加することに固持した水需要予測が立てられたが、一方で水利権の地域間・部門間転用、フルプラン地域の拡大(中勢地域の編入)、周辺事業の中止(矢作川河口堰、木曽川導水事業)が進み、水資源開発をめぐる状況の変化が実際の水資源開発の目的を揺るがすようになった。徳山ダム事業についてみると、「将来の水需要発生に備える」ための開発水量は12m3/sに減少され、一方で木曽川水系、さらには日本の水資源開発施設が渇水に弱いことを政府が強調するようになり、徳山ダムは「異常渇水のための予備水源」的な役割も同時に持たされるようになった。しかし、資料1からも明らかなように、あくまでも徳山ダムは将来の水需要が増加することを前提に立てられた水源施設計画であり、渇水対策としての性格は付随的なものであった。
 今回、改めてフルプランの改定作業が行われるに当たって、徳山ダム計画の位置づけはこれまでとは全く異なったものになっている。現在、どのような水需要予測を行ったとしても、徳山ダムをこれまでの計画延長線上で将来の水需要発生に備える施設として位置づけることはできない。今回のフルプラン改定では、これまでのフルプランとは明らかに異なる理屈を立てないと、事業そのものが成り立たなくなってしまったのである。その結果、水源施設供給能力の低下問題を前面に出すことによって、木曽川水系フルプラン計画の前提そのものを根本から修正し、徳山ダムを「低下した利水安全度を補う存在」に位置づけることにしたのが今回の改定作業である。通常需要に備えるための確保水利権は6.6m3/sに減少させられ、当初計画の44%にまで減少している。
 これほどの目的変更が行われた計画を、果してどれだけ論理的に説明することができるのであろうか。これまで、繰り返し過大水需要予測を行うことによって、徳山ダム計画を支えてきたことについて、根本からの反省をまず行うべきではないのか。その上で、何故、これほどまでにフルプランの水需要予測が外れてきたのかについての釈明をすべきではないのか。その中には、目的を根本から変更してまでも、とにかくダム・河口堰建設にまい進して来た政府、並びにそれを支えてきた審議会のあり方について、真摯な議論がされるべきではないのか。
 実は今回のフルプラン改定論議の中でも、個々の自治体の水需要予測において相変わらずの過大予測が行われている。また、計画前提の根本的な修正とも言える「利水安全度の低下問題」においても、ダム・河口堰の建設による対策のみを議論していること等、とてもそのままでは認められない内容を含んでいる。以下では特に「ダム等水源施設の供給可能水量の低下・利水安全度の低下」問題を中心に、その問題点を論じる。

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資料)伊藤達也・在間正史・富樫幸一・宮野雄一(2003)『水資源政策の失敗−長良川河口堰−』成文堂
建設省河川局・水資源開発公団(1990)『長良川河口堰について』
建設省中部地方建設局・水資源開発公団中部支社(1995)『徳山ダムについて』
国土審議会水資源開発分科会木曽川部会(2004)『第2回木曽川部会資料』

資料1 政府報告書による水資源開発の説明

●『長良川河口堰について』(建設省河川局・水資源開発公団、1993年9月)
「岩屋ダムの開発水量が余っているので、今後の新たな水資源開発は不要ではないか」という意見がありますが、前述のように、新たに供給すべき水量約20m3/sは、岩屋ダムの未利用分を今後すべて使い切るという見通しにたっての数字になっています(p30)。

●『徳山ダムについて』(建設省中部地方建設局・水資源開発公団中部支社、1995年12月)
徳山ダム完成後において、需要に対して余裕がある場合には、平成6年のような異常渇水の際に、渇水被害の軽減に役立てることができます(p3−7〜9)。
2.今回のフルプラン改定作業で明らかになった問題

(1) 93年フルプランの水需要予測は余りにも過大であった

93年フルプランの予定していた2000年度需要(水道用水61.06m3/s、工業用水33.28m3/s)に対して、2000年度需要発生率は63%であった(水道用水73%、工業用水46%)。これにより、政府によるこれまでの水需要予測がいかにいい加減であったかが明らかになった。

(2) 使用量を超える余剰水量の存在

 これに対して、水資源開発施設の現況(2000年度)は108.5m3/sの供給能力であり、需給差49.5m3/sの異常なまでの水余り状況が発生している。徳山ダムは2000年度以降の需要を保証するものとして計画されていた。当初15 m3/s、現在6.6 m3/sの開発水量であり、現状では完成と同時に水余り施設になることがはっきりした。

(3) 今回のフルプランは今後15年間で、15%の都市用水需要増加を想定

 新聞等の報道では「国、水需要想定27%下げ」(朝日新聞)、「木曽川水系需要27%減」(中日新聞)等、今回のフルプランが2015年度を目標とする水需要予測において、需要を大幅に下げた予測をしていることが強調されている。しかし、これは明らかに一面的な見方である。図1からも明らかなように、今回のフルプラン改定は、今後も相変わらず木曽川水系の都市用水需要が一定程度増加する(約9.1m3/s、15年間で15%増)という「水需要増加型予測」から抜け出せていない。過去の水使用実績から考えれば、やはり「過大水需要予測」である。

(4) 個別問題で気になること

水需要側
@ 利水安全度を1/10年に回復させても、水系全体では供給(徳山ダム開発量を除いた値)が需要予測を上回っている。
A 過大水需要予測である
  四半世紀にわたって水需要の安定している都市用水を、引き続き増加を前提に予測を行っている(表1)。これほど増加しなければ水使用量は2015年度の供給可能量(1/10)を大きく下回る。
B 愛知県はフルプラン地域を拡大(水源施設を一部地域外の供給施設に)している
   愛知県は味噌川ダムに確保した水道水利権2.769m3/sのうち、1.756m3/sを西三河地域に供給する予定である。西三河地域は現状において水不足状況にあるとは言えず、そうした地域に木曽川水系フルプラン施設の開発水を供給することには、木曽川水系の水余りを地域的に転移させて、結果として水余り施設である徳山ダムの利水目的を少しでも正当化させようとする意図が見えてくる(西三河地域の水需給状況については拙稿2002a,b,2003参照のこと)。
C 愛知県はさらに工業用水から上水道への水利転用を行っている
  今回、愛知県は長良川河口堰工業用水水利権8.39m3/sのうち、5.46m3/sを水道用水へ転用する計画になっている。しかし、それでも長良川河口堰工業用水水利権の残り2.93m3/sは使う予定にない。これは徳山ダムで愛知県が必要とする水道用水2.3m3/sを上回る量であり、少なくとも長良川河口堰工業用水を全て水道用水に転用すれば、1/10利水安全度の時も徳山ダムの水は愛知県の計算上いらなくなる。

水供給側
 @ 岐阜県は将来の地下水利用を1994年の地下水利用量の約80%に制限することによって徳山ダム依存水量を生み出した

   計算式=1994年の地下水揚水量×0.9×0.9=1994年の地下水揚水量の約80%


表1 木曽川水系の水需要想定と実績

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資料)国土審議会水資源開発分科会木曽川部会(2004)『第2回木曽川部会資料』

   この計算でいくと、少なくとも約5m3/s程度の地下水揚水を規制することになることから、岐阜県の徳山ダム依存量(2.6m3/s)は全て地下水揚水規制の賜物となる。
 A 水需要計算式の中で現状を大きく上回る安全率を採用して、水供給能力を意識的に低下させている

3.ダム等水源施設の供給可能水量の低下・利水安全度の低下問題

 今回のフルプラン改定作業では、どのような過大水需要予測を立てたとしても、使用実績とほぼ同量の余剰水量を示している水需給ギャップを埋めることはできない。従って、これまでの水資源計画の前提を変え、別の論理で水資源計画を再編成しない限り、フルプランは完全に破綻する。そこで現れたのが「ダム等水源施設の供給可能水量の低下・利水安全度の低下」問題である(資料2)。

資料2 ダム等水源施設の供給可能水量の低下の説明

供給可能水量は降雨の状況や河川の流況に左右されるものであり、供給可能水量と取水実績との間に乖離があるからといって、必ずしも常に必要な水量が確保されているとは言えず、例えば平成6年のような少雨の年には必要な推量が確保されない場合もある。したがって、供給可能水量と取水実績の間に乖離があることによって水利用の安定性が確保されているという一面があることにも留意しつつ、需要と供給の両面から水利用の安定性向上に資する対策を図っていくことが重要である。(国土審議会水資源開発分科会木曽川部会(2004)『第2回木曽川部会資料3』(3-8))

(1) 「ダム等水源施設の供給可能水量の低下・利水安全度の低下」問題とは何か?

 @ 木曽川水系の既開発施設の水供給能力が近年、大幅に縮小している
これまで10年に1回程度の渇水を対象に立てられてきたダム・河口堰開発水が、近年の少雨化傾向により、10年に1回の利水安全度を確保できなくなっている。木曽川水系では2015年に113m3/sの供給能力が確保される予定だが(徳山ダムを含む)、近年の少雨化、河川流量減少にあわせて、改めて10年に1回の利水安全度を再計算すると(計画基準年を1951年度から1987年度に変更)、77m3/sの供給能力にとどまる(図1、表2)。2015年の水需要予測が約69m3/sであることから、徳山ダム開発水量(6.6m3/s)を除くと、木曽川水系フルプラン地域の水需給は均衡してしまう。さらに1994年のような戦後最大級の渇水時において、既存水源施設の供給能力は51m3/sに低下すると計算されており、その場合、徳山ダムがあっても、水不足は避けられない。
表2 ダム開発水量に対する安定供給可能水量の割合

i-hyo02.jpg注)合計の値は、四捨五入の関係で一致しない場合がある。
揖斐川に建設される徳山ダムの2/20供給可能量は、S59年度の値である。なお、()書きにてS62年度の値を示す。
農業用水は、期別変化があり年間を通じて一定の取水となっていないため、年間を通してほぼ一定の取水が行われている都市用水のみを表示している。
三重用水は、水資源機構が計算した値である。
各県における需給想定に際しては、地域の実情を考慮し、岐阜県は上記のS59年度値を、愛知県は他の施設と同様のS62年度値(()書き)を基本として、徳山ダムの2/20供給可能水量を算出している


A 「ダム等水源施設の供給可能水量の低下・利水安全度の低下」は本当か?
 近年、利水安全度が低下しているというのは、降水量の減少傾向、河川流量の減少傾向から見て事実として確認できよう。表3は木曽川水系における渇水発生状況を示したものである。牧尾ダムでは最近20年間で14回、岩屋ダムでは10回の取水制限が実施されている。従って、10年に1回の利水安全度を前提に考えられた水源施設が、現状ではそれ以上の確率で渇水状況に陥っていると言わざるを得ない。ただ、この中でダム貯留水が枯渇する異常渇水と呼ぶことのできる規模の渇水は1984年、86年、87年、94年に限定される。従って20年間で4回、5年に1回レベルでダム等水源施設が機能しなくなる異常渇水が発生していることになる。


表3 木曽川で発生した渇水(1973〜2002年度)

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資料)愛知県『災害の記録 平成12年』、国土庁(国土交通省)『日本の水資源』各年度版
注)最低貯水率の「―」はデータなし。
 政府のシミュレーションでは、近年の20年間に2回発生する規模の渇水を対象とした都市用水の供給可能水量が約31%減少し、1994年を対象とした供給可能水量は約53%減少している。ダム・河口堰だけでみると、それぞれ41%、70%の減少である。ダムが空っぽになる異常渇水が発生しやすくなっているのは、こうしたシミュレーション結果からも明らかで、それに対する策を考えていくことは、当地域の社会的安定にとっても必要であると考える。

(2) 木曽川水系の利水安全度低下を徳山ダムで対応することの問題点

 自然の降水量に変動があることから、どのような策をとったとしても結果的に渇水が発生してしまうことは避けられない。しかし、一方で、どのレベルの渇水に対してまで恒常的な対策を講じていくかは、社会の側の事情に規定される。従って、水源施設計画の前提となった1950年代に比べ、近年、河川流況が悪化しているからといって、従来と同レベルの対策を講じるかどうかは、本来、社会の側が決定すべき事柄であり、決して所与のものではない。

 @ 費用対効果分析の欠如
渇水が発生すれば、当然、何らかの被害が発生する。ダム・河口堰を、低下した利水安全度を補う策として用いる場合、そこでは渇水予想被害額とダム・河口堰建設費用(+環境コスト)の比較が必ずされなければならない。たとえ、渇水による被害が発生するとしても、被害額以上の費用を伴う対策は成立しないからである。その点で、今回のフルプラン改定の中で利水安全度低下問題をダム・河口堰で対応するという主張には、こうした経済性の視点が徹底的に欠落している(資料3)。
特に徳山ダムや長良川河口堰をこうした議論の俎上にのせて検討する場合、本体施設だけではなく、末端水消費地域までの導水路事業も含めて検討しなければならない。なぜならば、木曽川水系フルプラン地域は基本的に木曽川取水を前提に水利用システムが整備されていることから、それ以外の長良川、揖斐川から取水しようとした場合、システム整備に巨額の費用を要するからである。徳山ダムの場合、ダム本体建設費用だけで3,500億円、導水路事業等を含めると4,400億円になると試算されている。導水路計画が試案の域を脱していないことから、恐らくそれ以上の費用となることは確実である。そうした費用を見据えた上で徳山ダムによって得られる便益との比較検討がされなければならないし、後述するように、他の選択肢との比較が行われなければならない。こうした手続きを経ないまま行われている現行のダム建設実施システムは明らかに手続き不備である。
さらにダムを建設することは、河川を超長期的に分断することを意味する。ダム建設の諸影響(ダム上流部での堆砂、下流部での河床侵食、海岸侵食、水生生物の移動通路の分断、生息地破壊、水質悪化、ダム撤去費用等いわゆる環境コスト)をも含めた検討がされなければ、適切な費用対効果分析にはならない。


資料3 政府審議会における渇水被害額の説明

●水資源開発審議会 調査企画部会(2002)「第2回 議事録」国土交通省ホームページ
部会長:平成6年の渇水でも、状況は何日間、そういう断水、工場が操業停止みたいなのがあるのだけれども、その辺の経済調査的なものはまだできていないわけですね。
事務局:平成6年の渇水の被害を、そのときのデータを元にしていろいろと定量化しようという試みが幾つかあります。ただ、正直言いまして、これで皆さんが「そうか」と言うようなレベルまで行っていないというのが実態だと思います。

委員:骨子案の中に水のコスト、あるいは利用の経済性というような点については盛り込まれておらないわけです。フルプランのねらうところからすれば、当然直接的な課題でないのは十分わかるのですけれども、本審議会はもっと幅広く議論するような観点からいたしますと、これは非常に重要な問題であるというように私は考えています。特に日本の今の社会の現状からすると、いろいろな分野におきまして環境問題と同様に一番大きな問題になっておるのではないかというように考えているわけです。
事務局:その辺を含めまして今後、関係省庁も含めまして検討させていただきたいと思います。


A 選択肢の検討の欠如
 利水安全度の低下に対する策が社会的合意を得たとしても、その策としてダム・河口堰策が望ましいかどうかは、全く別の問題である。筆者はこれまで、木曽川水系で渇水対策を考える場合、ダム・河口堰策ではなく、河川自流依存農業用水の水利転用や河川維持用水の利用による策が望ましいという提案を何度も提出してきた(伊藤1996、2001、伊藤・在間・富樫・宮野2003)。この提案の論理をそのまま利水安全度の低下策に採用することが可能である。例えば1987年(政府の言う1/10渇水年)の木曽川流況に照らし合わせて利水安全度低下問題を考えてみる。図2を見ると、馬飼流量は年間を通じて基準点流量の50m3/sを維持しており、1/10渇水年においても、木曽川は比較的豊かな流量を保っていることがわかる。従って、この馬飼流量から5m3/s、10m3/s取水することによって、利水安全度の低下策にすることは十分現実的でかつ容易な策である。今回のフルプラン改定作業では利水安全度の低下が強く懸念され、徳山ダムの必要性がクローズアップされているが、その場合、河川維持流量利用策と徳山ダム利用策(1/10渇水年における供給能力は4.6 m3/s)の比較検討がされた上での徳山ダム利用策にはなっていない。両選択肢の経済費用、環境コストが適切に比較検討される必要がある。ダム・河口堰以外の策があるにもかかわらず、それとの間での比較検討がされていない場合、ダム・河口堰策が最も適切な策であると結論づけることはできない。
今回のフルプラン改定において、政府は河川維持流量を減少させて取水増強を図る策や、河川自流依存水利団体(ほとんどが農業用水)の保有する水利権の転用策等の検討を全く行っていない。水資源計画の計画基準年を変更させるほどの大きな前提変更を行っていながら、その変更をダム・河口堰供給可能水量減少の議論にとどめていることに今回のフルプラン改定議論の問題点が集約されている。木曽川の河川流量全体が減少しているのならば、当然、既存の河川維持流量の適切性等も再検討されなければならないはずである。
河川維持流量の再検討を提起し、それを利水安全度低下問題の対応策とすることに対して、「自然環境の破壊である」というコメントが返ってくることは承知している。ここで担保すべきは、河川維持用水が河川の自然生態系維持のためにどれほどの役割を果しているか、ということであろう。そして、この問題の解決には河川生態系に関するさらなる理解の深まりを待つしかない。ただ一方で、この問題をダム・河口堰建設による環境影響問題との比較抜きに扱うことにも、筆者は反対である。筆者は河川流量が全体として減少している中で河川維持流量に手をつけることよりも、現行の河川維持流量を確保し続けるためにダム・河口堰建設を行おうとしている政府論理の方が、河川生態系には明らかに問題であると考えている。ダム・河口堰による半永久的な環境破壊の問題を政府はどのように考えているのであろうか。
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資料)名古屋市『名古屋市水道の取水実績』各年度版

(3) 岩屋ダムの利水安全度が極端に低い理由−基準点流量との関連で−

 政府の計算では木曽川水系にある水源施設の中でも、岩屋ダムの利水安全度が抜きん出て低くなっている(1/10年−44%、1/20年−20%)(表2)。果して岩屋ダムはそれほどの欠陥ダムであったのだろうか。このことを検討していくことが今回の改定の中心課題である利水安全度低下問題を考えていく際の鍵となる。
 従来の水資源開発の前提として、「10年に1回程度発生する渇水に対応するレベルの水供給の保証」と、「既得水利権者の水利用保証」の二点があげられる。前者の考えからすれば、本来、ダム等水源施設の利水安全度はいずれも1/10年である。しかし、今回の改正作業のように、前提となる計画基準年を変える、しかも、より渇水状況(河川流況)の厳しい年へ変更する場合、ダム運用の前提となる基準点流量ルール等を変えないで計算すれば、同一水系内においては、開発の古いものほど、利水安全度がより低くなってしまうのは当然である。理由は以下の通りである。
 降水量の減少は河川流量の減少を伴う(図3における河川流量(従来)から河川流量(現状)へ)。すると、河川流量において基準点流量(図3では基底流量)を超える水が減少することから、ダムに依存して設定された水利権のダム依存度が全体的に高くなる(図3の先発水利権(Aダム)の場合、100m3/sを下回る河川流量状態が増加し、その分、ダム依存が増加する。後発水利権(Bダム)も同じく140m3/sを下回る河川流量状態が増加し、やはりダム依存が増加する)。その場合、開発の古いダムほど、河川自流水により多く依存した開発特性を有するため、取水可能な自流水の減少に伴い、より厳しいダム運用を迫られていく(図3の先発水利権と後発水利権のダム依存水量の変化率を比べた場合、先発水利権のダム依存水量の変化率の方が大きくなる)。
木曽川水系の場合、岩屋ダムが39.56m3/sという大量の都市用水(+農水6.13m3/s)の開発を可能にしながら、6,190万m3という小さな利水容量で済んでいるのは、まさに先発水利権の恩恵を最大限に享受しているからである。開発年は牧尾ダムの方が早いが、牧尾ダムは兼山取入口下流に位置する兼山、今渡両水力発電水利権によって、河川自流水の取水を著しく制約されており、先発水利権としての恩恵をほとんど受けることができなかった(これ自体、木曽川水系の水の有効利用を考える際の大きな課題の一つになっている)。
では岩屋ダムの先発水利権の恩恵とは具体的には何を意味しているのか。実は、岩屋ダムは単独で39.56m3/sもの都市用水を開発できたのではない。開発に当たって木曽川下流部に存在していた大量の河川自流農業水利権を木曽川大堰(馬飼頭首工)に統合・合理化することによって、先発水利権の恩恵を享受できたのである。1951年度を基準年とした当初計画を見ると、今渡下流〜馬飼頭首工地点での計画取水量が12億7,109万m3であるのに対して、河川自流取水量は12億4,060万m3と、実に98%を占めていた。岩屋ダム依存量は2%、約3,000万m3に過ぎない。つまり、岩屋ダムによって開発されたとする都市用水水利権のうち、少なくとも今渡下流で開発が可能となった水利権のほとんどは、1951年度木曽川河川流況において豊かに存在する河川自流水から取水することによって可能となったものなのである。
従って、今回のように水資源計画の計画基準年を、より渇水状況の厳しい年へ変更してしまうと、1951年度木曽川河川流況においては、ダムに依存することなく河川自流水からの取水が可能であった今渡下流岩屋ダム依存水利権は、木曽川自流水が馬飼地点で50m3/sを割り込むことによって、自流取水が不可能になってしまうのである。
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しかし、ここで少し考えてみたいのは、馬飼基準点流量によって河川自流水の取水制約を受けるのはダム依存水利権だけであるという点である。木曽川大堰に統合された水利権が仮に統合されることなくそのまま自流水取水を続けていたとしたら、どのような渇水状況においても、これら水利権者は基準点流量の制約を受けることなく木曽川から自流水取水が可能となる。なぜならば、彼らが権利をもつ水は木曽川からなくなってしまったのではなく、たまたま馬飼地点において50m3/sを下回ったにすぎないからである。木曽川大堰に統合された水利権はそもそもそうした性格を有した水なのであり、それを継承した岩屋ダム依存水利権が馬飼基準点50m3/sルールによって自流水取水できなくなってしまうのは、元々の水利権の存立根拠からすれば、矛盾したものとなる。
筆者はここで木曽川大堰に統合され、岩屋ダム依存となった水利権は全て馬飼基準点ルールを無視して、どのような状況においても木曽川自流水を取水可能にすべきだと言っているのではない。岩屋ダム開発水は木曽川からなくなってしまったのではなく、馬飼流量50m3/sの中に潜り込んでしまったことを指摘したかったのである。木曽川の河川流量が減少しているという事実を真正面から捉えた場合、それはダム・河口堰の運用だけに不利になるように減少しているのでは決してなく、河川流量全体として減少しているのである。そうした状況下において河川水利システムの運用ルール(基準点流量等)については全く検討しないで、ダム・河口堰供給能力の再計算だけをし、その結果を供給可能水量の低下問題として示すやり方は、木曽川の河川流量が全体として減少することによって、木曽川河川水利システム全体の修正が求められている現実からすれば、明らかに部分的かつ偏った検討である。計画基準年をより渇水状況(河川流況)の厳しい年へ変更して計算し直すのならば、同時に河川水利システムの運用ルール(基準点流量ルール等)の適切性等の検討を行い、木曽川河川水利システム全体の再検討を実施すべきである。

(4) 94年渇水に対する対応策(異常渇水対策)

政府試算によれば、徳山ダムが94年規模の渇水時に供給可能な水量は水利権のちょうど半分の3.3m3/sに過ぎない。他の水源施設の供給可能能力も軒並み水利権の半分以下になっている。94年渇水は政府も認めているように、既存水源施設、さらには今後完成予定の水源施設全てをもってしても需要を充たすことはできず、他の策を用いざるを得ない。渇水影響を少しでも緩和するためには、今からできる限りの策を用意しておくことが必要であるが、フルプラン改正資料や各県市資料を見る限り、94年渇水規模の異常渇水に対する策の説明は全くなく、ひたすら渇水影響の大きさだけが危機的に語られているのみである。果して政府がこのような形で異常渇水の危機をあおるだけでよいのであろうか。今回のフルプラン改定作業のもう一つの問題点がここにある。
筆者等は長良川河口堰問題を検討する中で、木曽川水系フルプラン地域における異常渇水対策案を既に提示している(伊藤、在間、富樫、宮野 2003)。以下で簡単に紹介する。図4は94年渇水時の木曽川河川流量の変化を見たものである。河川流量には利水部門別の取水量内訳を示しており、さらに牧尾、岩屋、阿木川3ダムのダム放流量が実線で示されている。当時運用中であった牧尾、岩屋、阿木川3ダムは5月上旬から本格的な補給水供給を開始し、6月上旬に補給のピークを迎え、その後、補給水量を減少させ、8月5日枯渇した。5日以降の水道用水、工業用水は、発電ダム貯留水と河川自流水依存農業用水の水利調整によって支えられた。
 今後、94年渇水と同規模の渇水を想定した場合、渇水時水源は必ずしも多くなく、A:発電ダム、B:河川自流水依存農業用水(水源ダム枯渇後)、C:河川自流水依存農業用水(水源ダム枯渇以前)、D:河川維持用水、E:流域内の渇水対策専用ダム、F:流域外の水源、くらいであろう(図4内のA〜Fと同じ)。Aの発電ダム、Bの河川自流水依存農業用水(水源ダム枯渇後)を利用した渇水対策は、いずれも94年渇水時に採用された。発電ダム水の緊急放流は、これまでも渇水対策として採用されており、上流発電ダム群の貯水規模を考えると、非常に効果の大きな策である。また、水源ダム枯渇後の河川自流水依存農業用水との水利調整は、1994年にはじめて実施され、その効果の大きさを実証した。94年渇水の場合、25m3/sの巨大水量を8月22日から9月15日の間供給し続け、供給総量は5,000万m3を超えている。従って、両対策との関係で現在求められるのは、両対策の正式なルール化である。
94年渇水は以上の2策で渇水期間を乗り切った。しかし、94年渇水は地域社会に多大の被害を与えたことから、さらなる渇水対策を考える必要があろう。その場合、最も現実的で効果的な策は、Cの水源ダム枯渇以前からの河川自流水依存農業用水との水利調整、さ
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資料)伊藤達也・在間正史・富樫幸一・宮野雄一(2003)『水資源政策の失敗−長良川河口堰−』成文堂


らにはDの河川維持用水を利用した策である。94年渇水の場合、ダム依存水利団体は既に7月上旬から本格的な渇水対策を採用し、7月14日には史上最高の節水率を設定しているのに対して、河川維持用水は8月に入り、急激に流量を減少させている。従って、こうした河川自流水との関連で行う渇水対策は、実施時期が早い程、効果は大きく、渇水が深刻化し、河川自流量が減少するにつれて効果を小さくする。
最後にEの流域内の渇水対策専用ダムとFの流域外水源策について見る。両対策の共通点は渇水専用水源を流域内外に確保して、既存水利団体の水利権や既存河川水利システムに影響を与えない対策を実施できることにある。しかし、両対策の決定的な問題点は経済的に成り立たないことと、環境面等で絶対的損失を招きやすいことである。ダムや河口堰が渇水対策として経済的に成り立つとすれば、これらの施設が完成した時点で給水先事業所は喜んで水利権を確保する行動に出るはずであるが、そうした事実はない。特に長良川河口堰や徳山ダム等流域外水源を確保しようとした場合、水源施設建設費の他に導水施設建設費等がかかることから、より高価な策になってしまう。例えば、徳山ダムには渇水対策容量として1997年に名古屋市が返上した3m3/s分5,300万m3が確保されているが、この水を名古屋市等最終水消費地に輸送するためには巨大な導水路が必要であり、膨大な費用が必要とされる(国土交通省の試算では約900億円)。さらにその水は10年に1回も使用しない水となり、供給される際の水単価はペットボトル水と同じ桁になるほどの高価なものになることが予想される。今後、導水路計画をはじめ、更なる巨大な施設投資と長期にわたる建設期間を考えた場合、徳山ダムの渇水対策容量は異常渇水対策としてはあまりにも問題の多い策なのである。さらに徳山ダムの渇水対策容量5,300万m3はもっぱら国の補助率を高めるために、本来の機能として、渇水に陥った際、第一に木曽川の河川維持流量を補う機能を持たされてしまっている。その具体的な運用ルールは不明だが、少なくとも異常渇水時、水不足に苦しむ都市用水部門に優先的に供給される性格の水でないことを私たちは理解すべきである。
既に施設が完成し、運用を開始している阿木川ダム、味噌川ダムも通常時の水需要面では水余り施設であるが、流域内施設であることから、渇水対策優先の運用に変更した場合でも、追加費用はかからない。利水安全度が低下し、異常渇水が発生しやすくなっている現状からすれば、両ダムのより有効な利用策を模索し、木曽川河川水利システムを水の有効利用の点から再編成していくことが必要である。今後、木曽川水系の異常渇水対策を充実させていく場合、経済面、環境面で負担の大きな流域外水源策を除く、上記策の組み合わせで考えていくことが現実的と言えよう。

参考文献)
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(石原 潤編『農村空間の研究(下)』大明堂)
伊藤達也・在間正史・富樫幸一・宮野雄一(2003)『水資源政策の失敗−長良川河口堰−』成文堂
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岐阜県(2003)『岐阜県史通史編 続現代』岐阜県
岐阜県水資源課(2004)「(記者発表資料)徳山ダムの利水計画の見直しについて」
建設省河川局・水資源開発公団(1993)『長良川河口堰について』
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国土審議会水資源開発分科会木曽川部会(2003)「議事次第」国土交通省HP
国土審議会水資源開発分科会木曽川部会(2004)「第2回部会議事次第」国土交通省HP
国土庁編(1999)『新しい全国総合水資源計画(ウォータープラン21)』大蔵省印刷局
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水資源開発審議会 調査企画部会(2002)「第2回議事録」国土交通省HP
水資源開発審議会 調査企画部会(2002)「第3回議事録」国土交通省HP

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